制度と政党の数――デュヴェルジェの法則 — Epoché
制度と行動 選挙・政党・市民 約 27 分 本文 約 11,700 字 図 5・表 2 資料 1 節 この課の要点 現象・仕組み・限界の 3 つ 現象 相対多数の小選挙区制では議席が上位の二党に集まりやすく、比例代表制では多くの党に分かれやすいという傾向が、国をまたいで観察されます。 仕組み 数を絞る仕組みは二つあります。票を議席に換える計算による機械的効果と、それを見越した有権者・政治家の戦略的な行動による心理的効果です。 限界 法則は全国ではなく選挙区ごとに、条件つきで働きます。支持が地域に固まった党や社会の亀裂があれば、全国では二党に収まらないことがあります。 はじめに 2024 年 10 月 27 日の第 50 回衆議院議員総選挙で、有権者は投票所で 2 枚の用紙を受け取りました。1 枚目は小選挙区の用紙で、候補者の名前を書きます。2 枚目は比例代表の用紙で、政党の名前を書きます。同じ人が同じ日に投じた 2 票なのに、議席の分かれ方は大きく違いました。候補者届出の区分で数えると、小選挙区では自由民主党が 132、立憲民主党が 104 の議席を得て、3 位の日本維新の会(23)を大きく引き離しました。比例代表では公明党が 20、れいわ新選組が 9 の議席を得ましたが、小選挙区ではそれぞれ 4 と 0 でした。 世界を見渡しても、政党の数は国によって大きく違います。米国の連邦議会は二つの大きな党がほとんどの議席を占めます。オランダや北欧の国々の議会には、多くの党が並びます。この違いは、国民性や歴史だけで決まるのでしょうか。それとも、選挙のルールが関わっているのでしょうか。フランスの政治学者モーリス・デュヴェルジェは、1951 年の著作『政党』(邦訳『政党社会学』)で、一つの選挙区から一人を選ぶ相対多数の選挙は二党制を促し、比例代表は多党制を促すと論じました [1] 。デュヴェルジェは前者について、「真の社会学的法則に近い」とまで書いています。今では、相対多数の小選挙区が二党制を促すという前者の命題だけを「デュヴェルジェの法則」と呼び、比例代表が多党制を促すという後者の命題は「デュヴェルジェの仮説」と分けて呼ぶ区別が定着しています [10] 。 この課では、まず法則が何を言っているのかを見ます。次に、なぜそうなるのか(機械的効果と心理的効果)、どこで当てはまらないのか(地域に固まった党)を考えます。最後に、日本の並立制で何が起きているのかをたどります。この課程の「選挙制度――多数代表と比例代表」の課で見た二つの選び方の違いを、政党の数という数えられる結果で確かめる課です。 最初に二つ断っておきます。一つは、ここで問うのは「政党はいくつあるか、それはなぜか」という実証の問いで、「二党制と多党制のどちらがよいか」という規範の問いとは分けて扱うことです。もう一つは、例に使う 2024 年の選挙は、いちばん新しい選挙ではないことです。その後、2026 年 2 月に第 51 回総選挙が行われました。この課では、照合を済ませた 2024 年の数を一つの事例として使います。 この課の問い 国によって政党の数が二つだったり五つ以上だったりするのはなぜでしょうか。選挙のルール(一つの選挙区から何人を選ぶか)は、政党の数をどこまで決めるのでしょうか。 この課のことば デュヴェルジェの法則 一つの選挙区から一人を選ぶ相対多数の選挙では、二つの大きな党に勢力が集まりやすいという経験的な傾向。必ずそうなるという決まりではありません。比例代表が多党制を促すという命題は、「デュヴェルジェの仮説」と呼んで区別します。 機械的効果 票を議席に換える仕組みそのものが、小さな党の議席を得票より少なくしてしまうこと。人の行動が変わらなくても、計算だけで生じます。 心理的効果 勝ち目のない党に入れても無駄になると見て、有権者が勝てそうな候補に寄っていくこと(戦略投票)。デュヴェルジェ本人が論じたのは主にこの有権者の側で、政治家や献金をする人が立候補を見送ったり候補を一本化したりする側への広がりは、コックスら後の研究によります。 死票 当選につながらなかった票。小選挙区では、各区の二位以下の候補に入った票がすべて死票になります。 M+1 の法則 一度に M 人を選ぶ選挙区では、戦略投票が働く条件がそろえば、有力な候補(党)の数がおおよそ M+1 に収まるというコックスの一般化。 有効政党数 党の大きさの偏りを考えに入れて数えた政党の数。ごく小さな党を一つと数えずに済むよう、ラクソーとタゲペラが考えた指標です。 制度と政党の数――選挙のルールは政党をいくつに絞るか 前の課「選挙制度――多数代表と比例代表」で、多数代表と比例代表という二つの選挙の仕方を見ました。この章では、その違いが政党の数というはっきり数えられる結果にどう表れるかを、現象・理論・例外・日本の順にたどります。理論の本体はデュヴェルジェ [1] と、それを一般化したコックス [2] です。 現象――同じ選挙で、小選挙区と比例で議席の分かれ方が違う 相対多数の小選挙区制では議席が上位の二党に集まり、比例代表制では議席が多くの党に分かれるという規則性が、国をまたいで観察されます [1] [2] 。相対多数とは、過半数でなくても、いちばん多くの票を得た候補が当選する決め方のことです。デュヴェルジェは、この規則性を選挙制度と政党の数の関係として定式化しました。コックスは、世界の多くの選挙制度を比べて、同じ方向の傾向を確かめています [2] 。 ここで扱う政党の数は、選挙の結果として数えられる量です。だから「制度が変われば数は変わるか」は、データで確かめられる実証の問いになります。これに対して「二党制の方が政権を選びやすくてよい」「多党制の方が多様な声を映せてよい」という主張は、何を大切にするかによって答えが変わる規範の問いです。この課は前者を扱います。後者を論じる人がいることは、日本の節で立場を並べて紹介します。 日本の衆議院選挙は、この規則性を一つの選挙の中で見られる例です。衆議院の定数 465 は、小選挙区の 289 と比例代表の 176 に分かれています [9] 。有権者は 2 票を持ち、小選挙区では候補者に、比例代表では政党に入れます。2024 年の選挙の後、衆議院の議席は図のように多くの党に分かれました (図 1) 。第一党の自由民主党は 191 議席、第二党の立憲民主党は 148 議席で、第一党も単独では過半数に届いていません。これを小選挙区と比例に分けると、分かれ方の違いがはっきりします。数は「資料で確かめる」の章のグラフで読みます。 465 議席 自由民主党 191 立憲民主党 148 その他 126 その他の内訳:日本維新の会 38・国民民主党 28・ 公明党 24・れいわ新選組 9・日本共産党 8・参政党 3・ 日本保守党 2・社会民主党 1・無所属 12・諸派 1 出典:総務省・第50回衆議院議員総選挙結果調(2024) 図 1 2024 年(第 50 回)衆院選後の衆議院の党派別の議席(小選挙区と比例の合計、候補者届出の区分)。総務省『第 50 回衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調』から。 政党の数を数えるときには、数え方に気をつける必要があります。議席を得た党をそのまま数えると、1 議席だけの党も、多くの議席を持つ党も、同じ「1」になります。たとえば、ほとんどの議席を一つの党が持ち、ほかに 1 議席ずつの党がたくさんある議会は、党の数だけを見れば多党制です。しかし実際の政治は、一つの党がほぼ決める状態に近いでしょう。そこでラクソーとタゲペラは、党の大きさの偏りを考えに入れた「有効政党数」という指標を考えました [6] 。大きな党ほど重く、小さな党ほど軽く数える方法です。比較政治学の研究で「何党制か」を比べるときは、この指標がよく使われます。 国際比較では、米国の連邦議会の下院や英国の下院(どちらも小選挙区の相対多数)と、オランダや北欧の議会(比例代表)とで、議会に並ぶ党の数が大きく違うことが知られています [2] 。ただし、国どうしを比べるだけでは、制度の違いなのか、社会や歴史の違いなのかを切り分けにくいという弱みがあります。日本の衆院選は、同じ有権者が同じ日に二つの制度で投票するので、その点で比べやすい材料です。それでも、小選挙区と比例は重複立候補などを通じて影響し合っています。ですからこの比較は、制度の効果を示唆する比較にとどまります。候補者・競争・選挙区の特徴をそろえた因果の推定ではありません。 ここで間違えやすい 「小選挙区なら必ず二党制になる」と読むのは誤りです。デュヴェルジェ自身、地域政党などの例外を認めていました(それでも「真の社会学的法則に近い」と強く述べています) [1] 。多くの場合にそうなる傾向として読みます。実際、2024 年の衆院選の小選挙区でも、上位二党以外の党や無所属の候補が議席を得ています。 説明――機械的効果と心理的効果 デュヴェルジェは、小選挙区制が二党制を促す理由を二つに分けました [1] 。一つは、票を議席に換える仕組みそのものによる「機械的効果」です。もう一つは、その仕組みを見越した人々の行動による「心理的効果」です。デュヴェルジェが主に論じたのは有権者の側でした。のちにコックスは、心理的効果を政治家の側にも広げ、「戦略投票」と「戦略的な立候補・候補者の調整」として、より厳密に定式化しました [2] 。二つの効果がどうつながるかを、図にまとめます (図 2) 。 小選挙区制 一つの区で一位の候補だけが当選する 機械的効果 二位以下の票は議席にならず、薄く広く 支持される党は議席が減る 心理的効果 有権者は勝てる候補に入れ、政治家は 立候補を控え一本化する 区で二人の争い 各選挙区で有力な候補が二人に 収れんしやすい 全国化 党が区をまたいで結びつけば、全国でも 二党の競争になる 分かれ道 支持が地域に固まった党や社会の亀裂が あれば、全国では多党 図 2 小選挙区制が政党の数を絞る道筋。最後の段(点線)は、二党に収まらない分かれ道です。 まず機械的効果です。小選挙区では、一つの区で一位になった候補だけが当選します。二位以下の候補に入った票は、どれだけ多くても議席になりません。これが死票です。ここで、全国どこでも一定の支持を集めるのに、どの区でも一位には届かない第三党を考えてみましょう。この党は、全国の得票は多いのに、議席はほとんど取れません。英国の自由民主党は、得票の割に議席が少ない党の例として、かつて(2010 年代まで)よく挙げられました。逆に、支持が特定の地域に固まった党は、全国の得票率が低くても、その地域の区では一位になれます。機械的効果は、薄く広く支持される党に厳しく、地域に固まった党には厳しくない、という偏りを持っているのです。 次に心理的効果です。有権者の側から見ると、第三党の候補を本当は支持していても、その候補に勝ち目がなければ、票は死票になります。そこで、いちばん嫌いな候補を落とすために、上位二人のうち「まだましな方」に入れる人が出てきます。デュヴェルジェ本人の例では、ある選挙区に穏健派の有権者が 10 万人、共産主義者の有権者が 8 万人いるとします [1] 。穏健派が二人の候補を立てて票が割れると、まとまって投票する共産党の候補が一位になりかねません。それを避けたい穏健派の有権者は、勝てそうな方の穏健派の候補に票を寄せていきます (図 3) 。こうして選挙区の争いは、二人の候補に絞られていきます。 票が二つに割れるとき 穏健派A 穏健派B 共産党 穏健派10万人の票が二つに割れる 共産党の候補が一位になりかねない 票を一人に寄せるとき Bの支持者もAへ 穏健派A 穏健派B 共産党 勝てそうな穏健派の一人に票が寄る 穏健派の候補が勝つ 図 3 デュヴェルジェの例。上の絵:穏健派 10 万人の票が二人の候補に割れると、共産主義者 8 万人がまとまって入れる候補が一位になりかねない。下の絵:穏健派の有権者が勝てそうな一人に寄ると、穏健派が勝つ(心理的効果)。 心理的効果は、有権者が投票する前の段階でも働きます。政党や政治家、献金をする人たちも、勝ち目のない区に候補を立てても無駄だと考えます。そのため、立候補を見送ったり、近い立場の党どうしで候補を一本化したりします [2] 。有権者が投票所に行く前に、選択肢そのものが絞られるわけです。身近な場面で言えば、次のようになります(本教材の作例です)。学級委員を一人だけ選ぶ投票に、A さん・B さん・C さんが立候補しました。C さんを応援していた人も、C さんは勝てそうにないと分かると、A さんと B さんのうち、まだましな方に入れます。次の年には、C さんの仲間はそもそも立候補せず、どちらかの陣営に加わります。 二つの効果は、制度が変わってすぐに表れるとは限りません。有権者も政治家も、選挙を何回か経験して、どの候補に勝ち目があるかを学ぶからです。リードは、1990 年代に小選挙区を中心とする制度に変えたイタリアについて、選挙区の争いが回を重ねるごとに二人の争いへ近づいていったことを示しました [3] 。法則は一回の選挙の結果ではなく、時間をかけて現れる傾向として見る必要があります。 ここで間違えやすい 機械的効果と心理的効果を同じものと考えないようにします。前者は、人の行動が変わらなくても計算だけで生じる差です。後者は、人がその計算を予想して行動を変えることで生じる差です。また、戦略投票を「本心を偽る不誠実な投票」と評価するかどうかは規範の問いで、ここでは扱いません。 一般化と例外――M+1 の法則と地域政党 コックスは、デュヴェルジェの法則を「M+1 の法則」として一般化しました [2] 。M は、一つの選挙区から一度に選ぶ人数(定数)です。M 人が当選する区では、戦略投票が働くと、有力な候補の数はおおよそ M+1 に収まるとされます。一人区(M=1)なら有力な候補は 2 人です。これがデュヴェルジェの法則にあたります。三人区なら 4 人ほどになります。日本の旧中選挙区制は、おおむね 3〜5 人を選ぶ区が中心でした。そこでは自民党のほかに、社会党や中小の党も議席を得ました。この見方では、定数が大きいほど、より多くの