9.17 先行研究 — 人の説を運び、位置を決める — Epoché
この課でできるようになること ★ 要約・評価・位置 の三つを書き分けられる。 ★ 要約の動詞で評価が漏れる ことが分かる。 ★ 要約の裏を、本人の文で取る ことができる。 ★ 読んでいないものに印を付ける ことができる。 前提 : 9.16 まで。読は 8.168 まで。作は 10.16 まで。 道具 ★ 先行研究の段落は、三つの仕事をします。 どの仕事か 何を書くか ★ 一 要約 ★ 誰が、何を言ったか ★ 二 評価 ★ それを、どう見るか ★ 三 位置 ★ 自分は、そのどこに立つか ★ 初めて書く人は、たいてい一つめで終わります。 ★ 「Aはこう言った。Bはこう言った。Cはこう言った」—— ★ 並べただけでは、 読む人はどこを見ればいいか分かりません 。 ★ けれども、評価を別の文で足す必要はありません。 ★ 要約の 動詞 に、もう入っているから です。 ★要約の動詞で、評価が漏れる どんな動詞か 書き手はどう見ているか ★ said 、 wrote ★ 中立。運んだだけ ★ pointed out 、 showed ★ 正しいと認めている ★ claims 、 argues ★ 距離を置いている ★ assumes 、 supposes ★ 前提にしているだけだと見ている ★ pointed out と claims の差は大きい です。★ 前者は「そのとおりのことを、この人が先に言った」、後者は「この人はそう言っている」。 ★ だから、 中立に運びたいときは said を使います 。 ★ 飾らない動詞のほうが、かえって難しい です——★ 自分の見方を動詞に紛れ込ませられないから 。 ★読んでいないものは、読んでいないと書く ★ 人の説を引くとき、二つの場合があります。 どちらか どう書くか ★ 自分で読んだ ★ そのまま出どころを書く ★ 誰かの引用で知った ★ 「〜に引用」と添える ★ 二つめを 孫引き といいます。 ★ 悪いことではありません ——★ 原典が手に入らないことはいくらでもあります。 ★ 悪いのは、 孫引きを自分で読んだように書く ことです。 ★ 9.11 論編 の四つの段でいえば、 「聞いた」を「見た」と書く ことに当たります。 実例 ★ 読 F の三篇から、人の説の運び方を見ます。 一つめ — 書誌を、全部書く 8.160 読編 のジェイムズは、★ プラグマティズムという語がどこから来たかを書いています。 It was first introduced into philosophy by Mr. Charles Peirce in 1878 [1] ★ 「それは一八七八年に、チャールズ・パース氏によってはじめて哲学に持ち込まれた」。 ★ そして、そのあとが大事です。 In an article entitled 'How to Make Our Ideas Clear,' in the 'Popular Science Monthly' [1] ★ 「『われわれの観念を明晰にする方法』と題された論文で、『ポピュラー・サイエンス・マンスリー』誌の」。 ★ そのあとに その年の一月号 と続き、さらに脚注で 仏語訳の載った雑誌と巻 まで書いています。 何が書いてあるか なぜ書くか ★ 著者 ★ 誰の手柄か ★ 年 ★ いつからか ★ 題 ★ どれか ★ 誌名と号 ★ 読む人が同じものを見られる ★ 四つめが、書誌を書く ほんとうの理由 です。 ★ 飾りではありません ——★ 「疑うなら、自分で見に行ってください」という合図 です。 二つめ — 運んでから、名づける ★ ジェイムズは、パースの主張を二段で運びます。 after pointing out that our beliefs are really rules for action, said that [1] ★ 「われわれの信念はじつは行為の規則だと指摘したうえで、……と述べた」。 ★ 動詞が二つ使われています。 どの部分か どの動詞か ★ 土台になる指摘 ★ pointing out (認めている) ★ 主張そのもの ★ said (中立に運ぶ) ★ これが上手い です。★ 土台には賛成だと示し、主張そのものは 自分の色を付けずに 運んでいます。 ★ そのあとで自分の評価を書くから です。 ★ 運び終えたところで、名づけます。 This is the principle of Peirce, the principle of pragmatism [1] ★ 「これがパースの原理、プラグマティズムの原理である」。 ★ 長い要約のあとに 短い名づけ を置くと、 そのあとは名前だけで呼べます 。 ★ 9.14 論編 で「争われている語を決めて使う」と置きました ——★ ここは、 自分で名づけて 決めています。 三つめ — 受け取られ方を、書く ★ ジェイムズは、そのあと二十年の 受け取られ方 を書きます。 It lay entirely unnoticed by anyone for twenty years [1] ★ 「それは二十年のあいだ、誰にもまったく気づかれずにあった」。 ★ これが隙間の指し方です ( 9.16 論編 )——★ 「論じられていない」ではなく 「気づかれていない」 。 ★ そして、自分が持ち出したと続けます。 ★ いまの状況も、三つに分けて書いています。 sometimes with respect, sometimes with contumely, seldom with clear understanding [1] ★ 「あるときは敬意をもって、あるときは罵りをもって、はっきり分かったうえでのことはまれである」。 どう書いたか 何が言えているか ★ 敬意と罵り ★ 賛否が割れている ★ まれ ★ 賛否のどちらも分かっていない ★ 賛否を並べただけなら、ただの整理です。 ★ 三つめを足したところで、 自分の仕事の場所 ができます ——★ 「では、はっきりさせよう」。 四つめ — 別の人が、別の名前で ★ ジェイムズは、もう一つ足します。 had been making perfectly distinct use of the principle of pragmatism in his lectures [1] ★ 「講義のなかで、プラグマティズムの原理をまったくはっきりと使っていた」。 ★ ライプツィヒの化学者オストワルトのこと です。★ そして —— tho he had not called it by that name [1] ★ 「もっとも、彼はそれをその名で呼んではいなかったが」。 ★ tho は though の古い綴り です。 ★ これは、先行研究のなかでいちばん強い一手 です。 どんな裏付けか なぜ強いか ★ 同じ説を支持する人 ★ 仲間内だと言われる ★ 別の分野の人が、別の名前で ★ 示し合わせようがない ★ 名前が違うのに中身が同じなら、 名前のほうが後から来た ということ です。★ 9.11 論編 の出どころの話につなげると ——★ 独立した二つの出どころが一致したとき、その一致自体が証拠になります。 五つめ — 要約の裏を、本人の文で取る ★ ここまで、ジェイムズの書き方を見てきました。 ★ けれども、 要約が正しいかどうかは別の話 です。 ★ この課程には、パース本人の篇があります ( 8.163 読編 ・ 8.164 読編 )。★ 突き合わせてみます。 誰の文か どう言っているか ★ ジェイムズの要約 our beliefs are really rules for action [1] ★ パース本人 belief is a rule for action [2] ★ パースの原文は、こうです。 since belief is a rule for action, the application of which involves further doubt [2] ★ 「信念は行為の規則であり、それを当てはめればさらなる疑いが生じるのだから」。 ★ 一致しています。 ★ ジェイムズは、 言葉をほとんど変えずに 運びました。 ★ けれども、ここで止めてはいけません。 ★ 確かめられたのは この一点だけ です。 ★ ジェイムズの要約にはこのあと三文続きますが、それに当たる文はこの課程の篇には入っていません。 ★ これが、裏取りのほんとうの形 です——★ 「一致した」ではなく 「どこが一致したか」 を言えるようにしておきます。 六つめ — 要約と評価を、一文で 8.143 読編 のアリストテレスは、★ 先行の説を 一文のなかで 運んで評価しています。 for those who think that the principles of a political, a regal, a family [3] ★ 「政治的な統治、王の統治、家族の統治、主人の統治の原理は同じだと考える人たちは、誤っている」。 ★ herile は 主人の という古い語 です。 ★ 一文のなかに、三つとも入っています。 どの部分か 何をしているか ★ those who think that ... ★ 要約 ★ are mistaken ★ 評価 ★ while they suppose that ... ★ 誤りの中身 ★ 三つめが要る です。★ 「誤っている」だけでは、 どこがどう誤っているのか が分かりません。 ★ アリストテレスは続けて、誤りの機序を書きます ——★ この人たちは、四つの統治が 治める人数で違うだけ で 仕組みは同じ だと思っている、と。 ★ つまり ——★ 相手の誤りを、 相手が使っているはずの理屈 で書き直しています。 ★ 9.7 論編 のわら人形を避ける手 です——★ 相手が言いそうにないことを書いていないか、ここで自分に問えます。 ★ そして、反論の予告で締めます。 as will be evident to any one who will consider this question in the most approved method [3] ★ 「最もよしとされる方法でこの問いを考える人になら、明らかになるように」。 ★ 序で方法を名づけておく形 です( 9.16 論編 のロック)。 言い回し 人の説を運び、評価する言い方を置きます。★ どれも池から取りました。 英文 日本語訳 運ぶ According to her, he isn't coming. [4] 彼女の話では彼は来ないそうだ。 ★ 〜によれば、と言う 。★ 出どころを前に出す He pointed out that the plan would cost a lot of money. [5] 彼はその計画には多額のお金がかかるだろうということを指摘した。 ★ 〜だと指摘した、と言う 。★ 正しいと認めて運ぶ He claims he knows nothing about her. [6] 彼女の事は何も知らないと彼はいいはる。 ★ 〜だと言い張る、と言う 。★ 距離を置いて運ぶ ★ 三つを続けて読むと、 温度の差 がはっきりします。 ★ 一つめは 誰が言ったかを先に出す 形 ——★ 「自分の考えではない」と最初に断る言い方 です。 ★ 三つめの claims は、 強すぎることがあります 。 ★ 日本語の「言い張る」に近い響きが出る ので、★ ただ距離を置きたいだけなら argues のほうが穏やか です。 英文 日本語訳 評価して、位置を決める He is right in a sense. [7] 彼はある意味正しい。 ★ ある意味では正しい、と言う 。★ 部分的に認める Ability alone is not enough. [8] 能力がすべてではない。 ★ それだけでは足りない、と言う 。★ いちばん安全な批判の形 In other words, he doesn't want to do it. [9] すなわち彼はそれをしたくないのだ。 ★ 言い換えれば、と言う 。★ 要約は言い換えでできている ★ 二つめの形をよく見てください。 ★ alone is not enough です。★ 「Xは間違いだ」ではなく「Xだけでは足りない」 ——★ 9.16 論編 の隙間の三通りでいえば、 「足りない」 に当たります。 ★ この形の利点は、 相手の仕事を否定しないまま自分の場所が取れる ことです。 ★ そして、 足りない分が自分の仕事になります 。 やってみる ★ 同じ説を、三つの動詞で運ぶ 。身近な誰かの言い分を一つ選び、 said / pointed out / claims で書き分ける。★ 三つ並べて、 自分の見方がどこに出たか を確かめる。 ★ 要約の裏を取る 。誰かが誰かを要約している文章を一つ見つけ、★ 要約された側の原文に当たる 。★ 一致した箇所と、 確かめられなかった箇所 を分けて書く。 ★ 「それだけでは足りない」を三つ書く 。自分が扱う題について、先にある説を三つ挙げ、それぞれに alone is not enough の形で一文ずつ足す。★ 足りない分が、自分の仕事。 ★ 孫引きに印を付ける 。自分の書いたもの(あるいは読んでいるもの)から、★ 原典を見ていない引用 を探す。★ 一つも無ければ、 出どころを全部たどれるか を確かめる。 もっと深く — 時間のあるときに じっくり取り組みたい人向けの、長めの講義や原典の解説です。この課を進めるのに見る必要はありません。長さを見て、興味のあるところだけ選んでください。 Synthesis Workshop: How to Write a Literature Review Concordia University Irvine (58:42, 2025) 先行研究のまとめ方。コンコルディア大学アーバイン。59 分の演習 練習 「実例」に引いたジェイムズの書誌の二文を 続けて音読 する。★ 題名と誌名のところで 少し間を置いて 読んでください。 3 周する。 ★ This is the principle of Peirce, the principle of