6.28 魯迅『鴨的喜劇』 — Epoché
この篇でできるようになること 冒頭と最後に戻る語から、語り手の位置の変化を読めます。 軽い調子と寂しい結末の関係を、題と結び付けて説明できます。 結果補語や兼語文で、起きたこととその結果を短く書けます。 前提 :6.27「朱自清『荷塘月色』」。本文の文書を開き、誰が何の声を待っているかを追います。 誰のための喜劇か 詩人エロシェンコは、北京が寂しいと言います。かえるの声を待っておたまじゃくしを育てますが、買ってきた子あひるが食べてしまいます。詩人は去り、育ったあひるだけが鳴き続けます。 あひるが水浴びし、宙返りまでする場面は軽やかです。しかしその楽しそうな動きが、おたまじゃくしの不在へつながります。何が起きたかと、どんな調子で書かれたかを分けて読みます。 題の繁体字は 鴨的喜劇 、簡体字では 鸭的喜剧 です。あひるには楽しい出来事でも、声を待つ詩人には同じではありません。「誰にとって」を変えると、題の響きも変わります。 語釈 語 品詞 意味 読み取る手がかり 例文 訳 盲 形容詞 目が見えない 詩人について述べる語 盲诗人 目の見えない詩人 诗人 名詞 詩人 登場人物 俄国诗人 ロシアの詩人 六弦琴 名詞 六弦の楽器 詩人が持参した物 带六弦琴 六弦琴を携える 诉苦 動詞 つらさを訴える 冒頭の発言 便向我诉苦说 私につらさを訴えて言った 寂寞 形容詞 寂しい 全篇に関わる感覚 在沙漠上似的寂寞呀! 砂漠にいるような寂しさだ! 沙漠 名詞 砂漠 冒頭と結末に戻る語 在沙漠上似的寂寞呀! 砂漠にいるような寂しさだ! 嚷嚷 動詞 がやがや騒ぐ 語り手の初めの感覚 只以为很是嚷嚷罢了。 ただひどく騒がしいと思っただけだ。 地气 名詞 土地の気候 北京に長い人の説明 地气北转了 暖かな気候が北へ移ってきた 衔接 動詞 つながる 季節の移り 冬末和夏初衔接起来 冬の終わりと夏の初めがつながって 闲暇 名詞 暇 訪問できた時 我偶而得了闲暇 私はたまたま暇ができて 寓 動詞 身を寄せる 住んでいる場所 他一向寓在仲密君的家里 彼はずっと仲密君の家に身を寄せていた 卧榻 名詞 寝いす 詩人の座る所 他独自靠在自己的卧榻上 彼は独り自分の寝いすにもたれて 眉棱 名詞 眉の骨の隆起 顔の描写 眉棱很高 眉の骨が高い 蹙 動詞 ひそめる 眉の動き 微蹙 少しひそめる 缅甸 固有名詞 ビルマ・ミャンマー 思い出す土地 缅甸的夏夜。 ミャンマーの夏の夜。 吟叫 動詞 鳴く 虫の声 都有昆虫吟叫 どこでも虫が鳴いている 合奏 名詞 合奏 さまざまな音 成为合奏 合奏になる 蛇鸣 名詞 蛇の声 思い出の音 其间时时夹著蛇鸣 その合間にときどき蛇の声が混じる 和协 形容詞 調和する 本文の表記 也与虫声相和协 虫の声とも調和する 沉思 動詞 考え込む 記憶をたどる様子 他沉思了 彼は考え込んだ 开不得口 動詞句 口を開けない 言い返せないこと 我开不得口。 私は口を開けなかった。 辩护 動詞 弁護する 北京を擁護すること 也辩护不得 弁護することもできない 蛙鸣 名詞 かえるの鳴き声 待っている音 「北京却连蛙鸣也没有……」他又叹息说。 「北京にはかえるの鳴き声さえない……」と彼はまたため息をついた。 叹息 動詞 ため息をつく 語り手の反応を促す 「北京却连蛙鸣也没有……」他又叹息说。 「北京にはかえるの鳴き声さえない……」と彼はまたため息をついた。 有的 連語 ある( 是…的 で「あるのだ」と言い切る) 語り手の抗議 蛙鸣是有的! 「かえるの鳴き声ならあるよ!」 大雨 名詞 大雨 かえるが鳴く時 大雨之后 大雨の後 勇猛 形容詞 勇ましい 抗議する語り手 却使我勇猛起来了 かえって私を勇み立たせた 虾蟆 名詞 かえる 本文の呼び名 你便能听到许多虾蟆叫 たくさんのかえるが鳴くのが聞こえる 沟 名詞 溝 かえるのいる所 因为北京到处都有沟。 北京にはどこにも溝があるからだ。 蝌蚪 名詞 おたまじゃくし 池に放す生き物 蝌蚪成群结队的在水里面游泳 おたまじゃくしが群れをなして水の中を泳いでいる 掘 動詞 掘る 池を作る 是仲密所掘 仲密が掘ったものだ 合式 形容詞 ふさわしい 池の評価 很合式 とてもふさわしい 成群结队 連語 群れをなして 泳ぐ様子 蝌蚪成群结队的在水里面游泳 おたまじゃくしが群れをなして水の中を泳いでいる 踱 動詞 ゆっくり歩く 池へ来る動き 爱罗先珂君也常常踱来访他们。 エロシェンコ君もよくぶらりと彼らを訪ねてきた。 池沼 名詞 池や沼 音楽家の比喩 池沼很多 池や沼が多い 自食其力 動詞句 自力で生計を立てる 詩人の主張 他是向来主张自食其力的 彼は以前から自力で生計を立てるべきだと主張していた 畜牧 動詞 家畜を飼う 勧める仕事 常说女人可以畜牧 女性は家畜を飼えばよいとよく言っていた 劝诱 動詞 勧める 友人への働きかけ 他便要劝诱他就在院子里种白菜 彼はその人に庭で白菜を作るよう勧めようとした 屡次 副詞 何度も 勧める回数 也屡次对仲密夫人劝告 仲密夫人にも何度も勧めた 啄完 動詞 ついばみ尽くす ひよこの動作 啄完了铺地锦的嫩叶 地を覆う草の若葉をついばみ尽くした 铺地锦 名詞 地面を覆う草 本文で若葉を食べられる植物 啄完了铺地锦的嫩叶 地を覆う草の若葉をついばみ尽くした 嫩叶 名詞 若葉 ひよこの食べ物 啄完了铺地锦的嫩叶 地を覆う草の若葉をついばみ尽くした 积食 動詞 食べ物が消化せずたまる ひよこの不調 因为小鸡是容易积食 ひよこは食べた物がもたれやすいので 发痧 動詞 急な体調不良を起こす 本文の病気の表現 小鸡发痧 ひよこが急に具合を悪くする 咻咻 擬音語 ぴいぴい 子あひるの声 而小鸭便在他两手里咻咻的叫。 子がもは彼の両手の中でぴいぴい鳴いた。 松花黄 色名 松の花粉のような黄色 子あひるの毛 遍身松花黄 全身が松の花粉のような黄色 蹒跚 動詞 よろよろ歩く 子あひるの歩き方 便蹒跚的走 よちよち歩いた 泥鳅 名詞 どじょう 買う予定の餌 大家都说好,明天去买泥鳅来喂他们罢。 みんなが賛成した。あした、どじょうを買ってきて食べさせよう。 泼水 動詞 水をはね散らす 池で聞こえる音 在远处已听得泼水的声音 遠くから、もう水をはね散らす音が聞こえた 拦 動詞 止める あひるを上げる 等到拦他们上了岸 彼らを止めて岸に上がらせたときには 浑水 名詞 濁った水 泳いだあとの池 全池已经是浑水 池じゅうがもう濁った水になっていた 澄清 動詞 澄む 泥が沈んだ水 澄清了 澄んだ 藕 名詞 蓮根 泥から見える物 只见泥里露出几条细藕来 泥の中から細い蓮根が何本かのぞいているのが見えた 褪 動詞 抜け替わる 黄色い毛の変化 待到小鸭褪了黄毛 子がもの黄色い毛が抜け替わるころには 渴念 動詞 強く恋しく思う 故郷への思い 渴念母亲 母を強く恋しく思う 赤塔 固有名詞 チタ 詩人の向かう所 便匆匆的向赤塔去。 急いでチタへ向かった。 盘桓 動詞 うろうろする あひるの動き 荷花池也早已容不下他们盘桓了 蓮の池ももう彼らがうろうろするには狭くなっていた 欣欣然 形容詞 うれしそうな 雨の中のあひる 他们便欣欣然 彼らはうれしそうに 人名の 爱罗先珂 はエロシェンコです。子供の台詞では呼び方も崩れています。正しい人名へ直して引用せず、子供の声として読みます。 対訳で筋を追う 短い台詞も含め、本文の順に読みます。子あひるが来る前のひよこの場面も、動物が増える流れとして残します。 詩人が来る ロシアの盲目の詩人エロシェンコ君は、六弦琴を携えて北京へ来てまもなく、私につらさを訴えた。 寂しさの言葉 「寂しい、寂しい、砂漠にいるように寂しい」。 私の感じ方 本当なのだろうが、私はそう感じたことがない。長く住んで、香草の部屋にいれば香りが分からなくなるようになり、ただがやがやとうるさいと思っていた。だが、私のいううるささが、彼のいう寂しさなのかもしれない。 北京の季節 私は北京に春と秋がないように感じる。長く住む人は、気候が北へ移り、以前はこんなに暖かくなかったと言う。ともかく春も秋もなく、冬の終わりと夏の初めがつながり、夏が去ると冬が始まると思う。 夜の訪問 ある冬の終わり、夏の初めの夜、暇ができて詩人を訪ねた。ずっと仲密君の家に身を寄せていた。家の人はみな寝て、静かだった。ひとり寝いすにもたれ、金色の長い髪の間の高い眉を少しひそめ、かつて訪れたビルマの夏の夜を思っていた。 ビルマの音 「こんな夜には、ビルマはどこも音楽です。部屋、草、木、どこにも虫が鳴き、さまざまな声が合奏になります。見事です。ときどき蛇のしゅうしゅうという声も混ざりますが、それも虫の声と調和する……」。当時の様子を思い出そうとするように、考え込んだ。 言い返せない私 私は口を開けなかった。そんな不思議な音楽を北京で聞いたことは確かにない。国をどれほど愛していても弁護できない。彼の目は見えなくても、耳は聞こえないわけではないからだ。 かえるもいない 「北京には、かえるの声さえない……」。またため息をついた。 抗議 「かえるの声はあります」。そのため息が私を勇ましくし、抗議した。「夏の大雨のあとなら、たくさん鳴くのが聞こえます。みんな溝にいます。北京にはどこにも溝がありますから」。 小さな池 数日後、私の言葉は裏づけられた。詩人がおたまじゃくしを十数匹買い、窓の外の中庭にある小池へ放したのだ。長さ三尺、幅二尺、仲密が蓮を植えるため掘った池だった。花が半分でも咲いたのを見たことはないが、かえるを育てるには実にふさわしかった。 足が生える おたまじゃくしは群れで泳ぎ、詩人もよくゆっくり歩いて訪ねた。子供が「先生、足が生えました」と教えると、うれしそうに微笑み、「おお」と言った。 自力で暮らすこと 池の音楽家を育てるのは、詩人のすることの一つにすぎなかった。自力で暮らすべきだと主張し、女性は家畜を飼い、男性は畑を耕すべきだとよく言った。親しい友人には庭で白菜を作るよう勧め、仲密夫人にも蜂、鶏、豚、牛、らくだを飼うよう繰り返し勧めた。のちに家にはひよこが増え、庭を駆け回り、草の若葉をついばみ尽くした。おそらくこの勧めの結果だったのだろう。 子あひるを買う ひよこ売りがたびたび来て、そのたび何羽か買った。ひよこは消化を悪くして病みやすく、長生きしにくいからだ。一羽は詩人が北京で書いた唯一の小説「ひよこの悲劇」の主人公にもなった。ある午前、売り手が子あひるを連れてきた。ぴいぴい鳴くが、夫人はいらないと言った。詩人も走り出て、両手に一羽載せてもらうと、その中で鳴いた。かわいいと思い、結局買わずにいられなくなった。四羽で、一羽八十文だった。 かわいい姿 子あひるは確かにかわいい。全身が松の花のような黄色で、地面ではよろよろ歩き、呼び合っていつも一緒にいる。みな喜び、翌日どじょうを買って餌にしようと言った。詩人はその金を自分が出してもよいと言った。 池の中 詩人は授業に行き、みなも散った。ほどなく夫人が冷や飯を持ってくると、遠くから水をはねる音がした。走って見れば四羽とも池で水浴びし、宙返りまでして何かを食べていた。止めて岸に上げると水は濁り、しばらくして澄んだあとには細い蓮根が泥から見えるだけだった。足の生えたおたまじゃくしは、一匹も見つからなかった。 子供の知らせ 夕方、帰った詩人を見ると、いちばん小さい子が急いで言った。「イロシェンコさん、いなくなった、かえるの子」。 聞き返す声 「うむ、かえる?」 報告 夫人も出てきて、子あひるがおたまじゃくしを食べ尽くしたことを知らせた。 ため息 「ああ、ああ……」と彼は言った。 出発 黄色い毛が抜け替わるころ、詩人は突然「母なるロシア」が恋しくなり、慌ただしくチタへ発った。 成長したあひる あちこちでかえるが鳴くころ、あひるも育ち、二羽は白、二羽はまだらになった。もうぴいぴいでなく、があがあと鳴く。池はうろつくには狭くなったが、家の土地が低く、夏の雨で庭に水がたまると、うれしそうに泳ぎ、潜り、翼を打ち、があがあ鳴いた。 消息 今また夏の終わりから冬の初めになったが、詩人の音沙汰はなく、どこにいるかも分からない。 最後の声 ただ四羽のあひるだけが、今も砂漠の上で、があがあと鳴いている。 戻ってくる砂漠 在沙漠上似的寂寞呀! と最初に言うのは詩人です。語り手は、その寂しさを自分では感じていなかったと書きます。しかし最後には、自分の語りで 却还在沙漠上「鸭鸭」的叫。 と言います。 同じ語が戻るだけで、見る位置の変化が伝わります。砂漠は、最初は他人の比喩でした。最後には、あひるの鳴く場所の呼び名になっています。語り手が「今は私も寂しい」と説明しなくても、詩人の言葉が自分の文へ入ったことが分かります。 音がなくなったわけではありません。あひるは鳴いています。それでも待っていたかえるの声や、思い出の合奏とは違います。音の多さだけでは埋まらない寂しさを、残った鳴き声から読みます。 動作の先にある結果 啄完了铺地锦的嫩叶 は、ひよこが草の若葉をついばみ尽くした場面です。 啄 が動作、 完 がし終える結果です。子あひるの場面では、 小鸭吃完蝌蚪的故事 として、食べ尽くしたことが報告されます。どの動物が何を食べたかも分けましょう。 食べたことだけと、食べ終えたことを分けます。 吃完了・看完了・写完了 では、動詞の後ろの 完 がし終えた結果を加えています。結果を落とすと、全部なくなった場面とのつながりが弱くなります。 我开不得口。 では、私は言い返せず、口を開けないと述べます。口が物理的に動かないのではなく、北京を弁護できないという前後の内容に合わせて読めます。動詞+ 不得 は「〜できない」の古い言い方で、意味は 开不了口 や 不能开口 に近いです。すぐ後の 辩护不得 も同じ形です。その前の 即使…也 (たとえ…でも)は訳で追います。この形は後の課で学びます。 誰が、誰を変えるのか 这叹息,却使我勇猛起来了 は、このため息が私を勇ましくした、という意味です。 使 のすぐ後ろに私を置き、その私がどうなったかを続けています。ため息をついた人と、勇ましくなった人は別です。 兼語文は、 使・让・叫 の後ろに人、そのあとに動作や状態を置きます。本文の 使我勇猛起来了 で、人に当たるのが 我 、変化を述べるのがその後ろだと