11.13 韓非子 難一 — 自相矛盾 — Epoché
この篇でできるようになること 二つの売り文句の、反対になる否定の範囲を訳せます。 二重否定と客の問いを現代語に書き換えられます。 二つの主張が同時に成り立たない理由を説明できます。 前提 :11.12「韓非子 五蠹 — 守株待兔」。同じ書き手の、別の結末の置き方を読みます。 二つの売り文句を聞く 難一篇は、人の説を取り上げて退ける議論を含む篇です。この話は、堯と舜をともに聖人とたたえる説への反論の中に置かれています。ここでは、提示された楚の売り手の話を読みます。 楚人有鬻楯與矛者 で、楯と矛を売る者が現れます。 譽之曰 の代詞は、最初にほめる楯を指します。その後、矛もほめます。何を守る道具、何を突く道具として述べているかを分けましょう。 A 読み B 読み 違い 物莫能陷也 物として能く陷す莫きなり 於物無不陷也 物に於いて陷さざる無きなり 楯は通せるものがない、矛は通せないものがない 何ものもできない 物莫能陷也 は、何ものも楯を突き通せないという意味です。 莫 は、突き通せるものが一つもないという範囲を作ります。 能 はできることを述べる字で、動詞の前にあります。 日本語の「莫かれ」という読みにつられて、突き通すなという禁止にしないでください。売り手は客に行動を禁じているのではなく、自分の楯の堅さをほめています。誰が何を言っている場面かも、否定を読む手がかりです。 ここでは、ある一つの道具が通せないだけではありません。何ものも通せないという範囲です。この範囲を狭めると、後の問いが効かなくなります。 できないものがない 無不陷 は、突き通さないものが無いという二重否定です。まず、後ろの否定を読みます。その上で、突き通さないものが存在することを、さらに否定します。結果として、どんなものも突き通すという強い肯定になります。 現代語の 没有 と 不 を組み合わせる形にも移せます。二つとも否定だから全体も否定だ、とまとめてしまわず、一つずつ何を打ち消すかを読みます。日本語の「突き通さないものはない」も手がかりになります。 結びには 不可陷之楯 と 無不陷之矛 が並びます。どんな楯・どんな矛なのかという説明を前に置き、 之 で名詞につなぎます。 型編 4課 の名詞の前の修飾と比べます。長いまとまりでも最後の道具を見失わないようにします。 問いが二つをぶつける 以子之矛陷子之楯,何如 は、あなたの矛であなたの楯を突いたらどうなるか、という問いです。 以 は使う道具を先に示し、 何如 が結果を問います。 何如 は様子や結果を、字の順が逆の 如何 は方法を問うことが多い、と比べられます。ただし例外もあり、どちらかの意味だけに固定する規則ではありません。この客は、二つをぶつけた結果を聞いています。 現代語の 怎么样 を問いの後ろに置く形と対応させます。客は新しい武器を持ち出して反論したのではありません。売り手の二つの言い分を、そのまま一つの場面に置いてみただけです。 売り手が黙る結末 其人弗能應也 で、男は答えられません。 弗 は、ここでは動詞を否定する字として読みます。目的語を含む否定とする説もありますが、例外があり、解釈は分かれます。この篇では、答えられなかったという内容を確かめれば十分です。 書き手は最後に 不可同世而立 と結びます。どちらの武器が実際に強かったかは試しません。何ものも通せない楯と、何ものでも通す矛は、同時には成り立たないと述べています。 特別編 12篇 の結びは、話を今の政治へ重ねました。この抄の結びは、二つが両立しないという関係自体を示します。同じ書き手でも、結末で述べる内容を原文から確かめてください。 否定の字を省いて、堅い楯と鋭い矛があっただけの話にしないでください。答えが塞がるのは、二つとも例外を認めない言い分だったためです。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 鬻 動詞 売る 有の後の人物説明 鬻楯與矛者 楯と矛を売る者 楯 名詞 たて 現代語では 盾 と書く 吾楯 私の楯 矛 名詞 ほこ 突く道具 吾矛 私の矛 譽 動詞 ほめる 道具のよさを言う 譽之曰 それをほめて言う 陷 動詞 突き通す ここでは道具を通す意味 無不陷 突き通さないものがない 莫 否定の語 何ものも〜ない 禁止ではない 物莫能陷也 何ものも突き通せない 弗 否定の語 〜ない 目的語を含むかは説が分かれる 弗能應 答えられない 何如 疑問の語 どうなるか ここでは結果を問う 何如? どうなるか 應 動詞 答える 問いへの応答 弗能應 答えられない 練習 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 物_能陷也 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 於物__陷也 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 其人_能應也 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 以子之矛陷子之楯,__ 於物無不陷也 を、二つの否定を使って現代語にしてください。 「知らない人はいない」という意味を、文言の形にしてください。存在の否定( 無 +人)と動詞の否定( 不 +知)を重ねます。 以子之矛陷子之楯,何如 を、道具と問いを表す現代語に書き換えてください。 莫 ・ 不 ・ 無 ・ 弗 を、この篇での「何ものも〜ない」「〜しない」「〜が無い」「〜ない(後ろの 能 を打ち消し、ここは答えられなかった)」と対応させてください。 客は何を聞いたため、男が答えられなくなりましたか。 自信 ・ 诚实 ・ 优秀 などの語を使い、同じ人が両立しない二つのことを言う現代語の文を、 说自己…,又说… の形で二つ書いてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 其人弗能應也。 ▶ に続いて、答えられなかったという 其人弗能應也 の一句を読みます。読み終えたら少し止めて、結末の間を作ってください。 この篇のまとめ 否定の字だけでなく、何をどの範囲で否定するかを読みます。客の問いは売り手の言葉を一つの場面へ集め、両立しないことを示しています。 次の篇へ 次の11.14では、舟から落とした剣を探す話を読みます。動く舟と、動かない剣の位置を分けて追います。 答え 物莫能陷也 於物無不陷也 其人弗能應也 以子之矛陷子之楯,何如 没有它刺不穿的东西。 無人不知 ( 莫不知 とも言えます)。 無人 で「いない人」、 不知 で「知らない」を表し、知らない人は一人もいない、となります。 用你的矛刺你的盾,会怎么样? 莫 =何ものも〜ない、 不 =〜しない、 無 =〜が無い、 弗 =〜ない。 弗能應 では、 弗 が「できる」の 能 を打ち消し、答えられなかったという意味になります。 その矛でその楯を突いたらどうなるか、と聞きました。楯の言い分なら通せず、矛の言い分なら通せるため、二つを同時には保てません。 他说自己很优秀,又说很差。 她说自己有自信,又说没自信。 参考文献 韓非『韓非子 難一』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/韓非子/難一