11.24 莊子 秋水 — 濠梁の辯 — Epoché
この篇でできるようになること 五つの発言を順に捉え、相手の形を借りた返しを示せます。 安をどうしてと読む場合と、どこでと読む場合を比べられます。 二つの之の違う働きを、内側から訳せます。 前提 :11.23「莊子 齊物論 — 朝三暮四」。一つの言葉をどう受け取るかによって、やり取りが変わる所を引き続き読みます。 橋の上の五つの発言 莊子の秋水篇にある、莊子と惠子のやり取りです。惠子は惠施とも呼ばれ、この書に莊子の論争相手として繰り返し現れます。濠は川の名、梁は橋です。二人が橋の上を歩く所から始まります。 場面を示す最初の文の後、発言は莊子、惠子、莊子、惠子、莊子の五つです。問いと返事を一組にした往復数と、発言そのものの数を混ぜず、誰の言葉かを確かめます。 話す人 言っていること 次の発言へのつながり 莊子 魚がゆったり泳ぐのが魚の楽しみだ 魚でなくても分かるのかと問われる 惠子 魚でないあなたに、どうして分かるか 同じ問い方で返される 莊子 私でないあなたに、私が分からないと分かるか 前提を認めて返される 惠子 私はあなたを知らないが、あなたも魚ではない 最初の聞き方へ戻される 莊子 ここで魚の楽しみを知った 知る場所を示して終わる 安は問いを作る 安知魚之樂 の 安 は、どうして分かるのか、という疑問詞です。安らかに知るという意味ではありません。知る動詞より前にあります。 本文では、この字は三か所にあります。最初の惠子の問い、莊子の返し、最後にその問いを取り上げ直す所です。後半では、どこで知ったのかという読みも関わります。現代語の 怎么 と 哪儿 の両方にまたがる働きを持つ字として、前後を読んでください。 安らかという形容ではなく、知ることを問い直す語です。書き下しの「安くんぞ」も手がかりにします。 相手の形を借りて返す 惠子は 子非魚 と、あなたは魚でないと言います。莊子は 子非我 と、あなたは私でないと返します。名詞を打ち消す 非 の後を替え、同じ組み立てを相手に向けています。 特別編 8篇 で見た判断の否定で、現代語の 不是 と比べられます。続く知る内容も変わります。魚の楽しみから、私が魚の楽しみを知らないことへ移ります。短い問いに長い内容を重ねて返す点を読みましょう。 同じ字が並ぶことだけでなく、誰が誰について分からないと言っているかを確認します。魚についての問いが、相手についての問いへ移っているのです。 内側のまとまりから読む 子之不知魚之樂 には、二つの 之 があります。まず内側の 魚之樂 を、魚の楽しみ、と読みます。こちらは、の、に当たる関係です。 そのまとまりを、知らないという動詞の対象にします。すると、あなたは魚の楽しみを知らない、という主語と述語の組ができます。外側の字は、その組を一つのまとまりにします。全体では、あなたが魚の楽しみを知らないこと、となります。 特別編 6篇 で読んだ、主語と述語の間の字と比べられます。同じ句に二回出るから二回とも、の、と訳すのではありません。内側の対象と、外側の主語・述語を順に読みます。 認めてから、同じ前提を返す 我非子,固不知子矣 で、惠子は、もとよりあなたのことは分からないと認めます。自分もあなたでないからです。 固 は、もちろん、もとより、という副詞です。固い、頑固だ、という人柄の説明ではありません。 これは負けを認めて終わる言葉ではありません。他人の心は分からないという前提を、自分にも当てます。その上で、あなたも魚でない、と同じ考え方を莊子へ返しています。 自分にも同じ前提を当てはめることと、議論で負けたと認めることは別です。その後に続く、相手へ返す言葉まで読みましょう。 どうしてから、どこでへ 最後に莊子は 請循其本 と、初めに戻ろうと言います。取り上げるのは惠子の最初の問い方です。魚の楽しみをどうして知るのかという問いを、どこで知ったのかと受け取り直します。 我知之濠上也 と、濠のほとりで知ったと述べます。 莊子は、あなたは私が知っていると分かった上で私に問うたのだ、と返します。その返しは、論理上の決着とは限りません。言葉のすり替えなのか、知るという経験についての指摘なのか、読みが分かれてきました。 勝ち負けだけを追う読みから離れ、実際に橋の上で見ている場面へ戻る結びとも読めます。安の二つの受け取り方と、最後に場所を述べる文をつなぐと、議論がどこで動いたかを具体的に示せます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 濠梁 名詞 濠水の橋 二人のいる場所 濠梁之上 濠水の橋の上 鯈魚 名詞 はやの類の魚 泳ぎを見ている対象 鯈魚出游從容 魚が泳ぎ出てゆったりしている 從容 形容詞 ゆったりしている 泳ぐ様子 出游從容 泳ぎ出てゆったりしている 安 疑問詞 どうして・どこで 知る動詞の前 安知魚之樂 どうして魚の楽しみが分かるか 非 否定の語 ではない 名詞を打ち消す 子非魚 あなたは魚ではない 固 副詞 もとより・もちろん 固いという性質ではない 固不知子矣 もちろんあなたのことは分からない 循 動詞 たどる・戻る 初めの問いへ戻す 請循其本 初めに戻ろう 矣 語気詞 言い切りを結ぶ 判断が定まる調子。前の「あなたが魚の楽しみを知らないこと」を受ける 全矣 それで決まりだ(論は完全だ) 練習 空欄を埋めて本文のまとまりを書いてください。 子_魚 空欄を埋めて本文のまとまりを書いてください。 _知魚之樂 空欄を埋めて本文のまとまりを書いてください。 魚_樂 空欄を埋めて本文のまとまりを書いてください。 _不知子_ 子非魚,安知魚之樂? と 子非我,安知我不知魚之樂? を現代語にしてください。 子非魚,安知魚之樂? の魚を私に替え、知る内容を、私の楽しみ、に替えて返す句を作ってください。 本文の三か所の 安 と最後の場所の返事を見て、受け答えが次のどちらの読みでつながっているかを、それぞれ選んでください。(ア)どうして(イ)どこで 最後の返しに読みの違いが生まれる理由を説明してください。 橋の上で魚を見ている二人の会話を、現代語で二文書いてください。一文目は魚の様子を 放松 などの語で言い、二文目は 子非魚 のように 你不是…,怎么知道…? の形で返します。 子之不知魚之樂 を、二つの 之 の働きが分かるように日本語に訳してください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 子非魚,安知魚之樂? ▶ の手本を聞き、惠子の問いとして音読します。 子非魚 で少し区切り、 安知魚之樂 を問いの調子で読んでください。 この篇のまとめ 五つの発言を、誰が誰について問うかに注意して読みました。二つの之を内側から捉え、安を取り直して知る場所を示す最後の動きを確かめます。 次の篇へ 次の11.25では莊周が蝶を夢見る話を読みます。夢から目覚めた後にどちらが夢かを問い、自分と物の境目を述べる結びへ進みます。 答え 子非魚 安知魚之樂 魚之樂 固不知子矣 你不是鱼,怎么知道鱼的快乐? 你不是我,怎么知道我不知道? (「鱼的快乐」は前の文から分かるので省いています) 子非我,安知我之樂? (本文には無い、型に合わせて作った句です) 最初の問いと莊子の返しは(ア)どうして、です。最後は(イ)どこで、です。莊子は最初の問いを、どこで、と取り直し、濠のほとりで知ったと答えます。 莊子は惠子の問いの 安 を、どうして、ではなく、どこで、と取り直し、どうして知るかという問いを、どこで知ったかとして受け取るためです。言葉のすり替えとも、知る経験を実際の場に結び付けた指摘とも読めます。 鱼在水里很放松。 你不是鱼,怎么知道它很放松? あなたが魚の楽しみを知らないこと。内側の 魚之樂 の 之 は「の」(魚の楽しみ)、外側の 子之不知… の 之 は主語と述語の間に入り、「あなたが…を知らない」の組を一つのまとまり(〜こと)にします。 参考文献 莊周『莊子 秋水』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/莊子/秋水