偽ディオニュシオス――神は言葉を超えている(否定神学) — Epoché
中世 教父哲学と初期スコラ 約 16 分 本文 約 6,300 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 作者・二つの道・闇の 3 つ 作者 使徒言行録 17:34 のアテナイのディオニュシオスを名乗るが、SEP の推定では実際の著者は 5 世紀末〜6 世紀初め、プロクロスより後の人である。この名乗りのため、中世には使徒の弟子として重んじられた(SEP 1・5)。 二つの道 神を「善」「存在」と名づける肯定の道(『神名論』)と、その名を神から遠いものから順に取り去る否定の道(『神秘神学』)がある。否定するのは神に何かが欠けているからでなく、神があらゆる名を超えているからである(MT 1.2・3)。 闇 モーセが山の上の闇に入る場面(MT 1.3)を手がかりに、言葉と知を取り去った先で、知ることをやめて神と結びつく、と説く。この結びつきが知の一種か、感じ方の一種かは解釈が分かれる(SEP 3.4)。 はじめに 神について語るとき、私たちは「善い」「全能だ」「光だ」と、人の世界の言葉を使うほかありません。けれども、神が人の世界のどんなものとも違うなら、その言葉はどこまで当たっているのでしょうか。この課で読む著者は、神は人の言葉も知もすべて超えている、と説きました。そして、神について語る言葉を一つずつ取り去っていく道を示しました。のちに 否定神学 と呼ばれる考え方です [1] 。 著者は自分を、使徒パウロの説教を聞いて信じたアテナイの人ディオニュシオス(使徒言行録 17:34)であるかのように書きました。しかし SEP の推定では、実際に書いたのは、新プラトン主義者プロクロス(485 年没)の思想をよく知る、5 世紀末から 6 世紀初めの人です [1] 。残る著作は、『神名論』『天上位階論』『教会位階論』『神秘神学』の 4 つの論考と、10 通の書簡です [1] 。 この課では、いちばん短い『神秘神学』を中心に、著者の謎、名づける道と名を取り去る道、モーセが闇に入る場面を順に見ます。原典を読むでは、像を彫る人のたとえをギリシア語から訳して読みます。 この課の問い 前の課のボエティウスは、神の知を、人が目の前のものを見ることにたとえて説きました。では、神について人の言葉やたとえは、どこまで当たるのでしょうか。「神は善い」と言うことと、「神は善でも光でもない」と言うことは、どちらが神に近いのでしょうか。 この課のことば 肯定神学 神を「善」「存在」「命」「光」などと、名を当てはめて語る道です。『神名論』が扱います。たとえば「神は善い」と言うのがこの道です。 否定神学 神に当てはめた名を、神から遠いものから順に「〜でもない」と取り去っていく道です。『神秘神学』が扱います。 「超」をつけた名 「超善」「超存在」のように、神の名に「超」をつけて、神がその名の意味を超えていることを示す言い方です。 否定と欠如 欠如は、あってよいものが無いことです(「命が無い」)。否定は、神が「生きている」と「命が無い」の両方を超えていることを示します。神に欠けがあるのではありません。 不知(アグノシア) 知ることをやめたあり方です。ただの無知ではなく、知を超えて神に向かうあり方として語られます。 合一 神と一つに結びつくことです。モーセは闇の中で、知ることによってでなく神と結びつきます。 否定神学――神について語れることはあるのか ボエティウスと同じころ、東の地中海世界で、使徒の弟子の名を借りた一人の著者が、神は人のどんな言葉も知も超えている、と説きました。この章では、著者の謎、神を名づける道と名を取り去る道、モーセが闇に入る場面、を順に読みます。 作者の謎――使徒の弟子の名を借りた著者 使徒言行録 17:34 には、アテナイのアレオパゴス(町の評議会)でパウロの説教を聞いて信じた人として、ディオニュシオスの名が出てきます。この課の著作は、その人が書いたかのように作られています。『神秘神学』は三位一体の神への祈りで始まり、そのあと「愛するテモテよ」と弟子に呼びかけます。感覚も知のはたらきも後に残して、知ることなく上へ引き上げられよ、と勧めるのです(MT 1.1) [3] 。テモテはパウロの弟子の名です。読者は、使徒の時代の師が弟子に語る場面に立ち会うよう導かれます。 では、なぜ後の時代の人の作と分かるのでしょうか。SEP によれば、著作には 5 世紀末のアテナイの新プラトン主義、とくにプロクロスの考えや、5 世紀末の典礼の言い回しが出てきます [1] 。一方、著作を初めて確かに引くのはアンティオキアのセウェロスで、518〜528 年のことです。そこで SEP は、書かれたのを 485 年から 518〜528 年のあいだと推定します [1] (図 1) 。使徒言行録の人物と、実際の著者とは別の人です。 1 世紀 ディオニュシオスがパウロの 説教で信じる 485 年〜6 世紀初め SEP による推定の執筆時期 (プロクロスの後) 827 年 ミカエル 2 世がルイ敬虔帝に 写本を贈る 9 世紀 ヒルドゥイン(838 年ごろ)と エリウゲナ(862 年)の ラテン語訳 1457 年 ロレンツォ・ヴァッラが著者を 疑う 1501 年 ウィリアム・グロシンが疑う 1505 年 エラスムスがヴァッラの注解を 刊行する 図 1 名乗りの時代と、実際に書かれた時代、その後の受け入れと疑いです。執筆の時期は SEP による推定で、使徒言行録の人物と実際の著者は別人です [1] 。 疑いは古くからありました。6 世紀にもすでに疑いがあり、1457 年にはロレンツォ・ヴァッラが、1501 年にはウィリアム・グロシン( William Grocyn )が疑いました。疑いはエラスムスによって広まります [1] 。ただし、後の人の著作とする見方が広く認められたのは、近代になってからです [1] 。 中世では逆に、使徒の弟子の書物として大きな重みを持ちました。827 年、ビザンツ皇帝ミカエル 2 世がフランク王ルイ敬虔帝に写本を贈り、ヒルドゥイン(838 年ごろ)とエリウゲナ(862 年)がラテン語に訳しました。ヒルドゥインは、この人をパリの最初の司教とも同じ人だとしました [1] 。 ここで間違えやすい 「偽」の字から、人をだますために書いた悪い書物だと決めつけないようにしましょう。SEP は、昔の人物になりきって書くのは古くからの修辞の型で、「偽造」という見方は近代のものだと読みます。著者は自分を、新しい説の作り手でなく、伝統の受け渡し手として示した、という読み方です [1] 。逆に、中世の人々のように使徒の時代の書物と取るのも誤りです。 肯定の道と否定の道――名づけることと取り去ること 神について語る道は二つあります。一つは、神を「善」「存在」「命」「知恵」などと名づける肯定の道で、『神名論』が扱います。ただしその名には「超善」「超存在」のように「超」をつけ、神が名の意味を超えていることを示します [1] 。もう一つは、当てはめた名を一つずつ取り去る 否定の道 で、『神秘神学』が扱います [1] 。 『神秘神学』第 1 章第 2 節は、二つの道の関係をこう言います。すべての原因である神には存在するものの名をすべて当てはめてよいが、神はすべてを超えているので、すべてを否定する方がより正しい、と言うのです。そのとき否定は肯定と対立せず、神は欠如をも超えています(MT 1.2) [3] 。この課で第 1 章と第 2 章後半から第 5 章の中身を紹介する所は、Parker の英訳(1897 年)からの重訳です。 二つの道は向きが逆です (表 1) 。名づけるときは、高い名(善・存在)から始めて、感覚の物から借りた名(眠り・酔い・怒り)へと下ります。下るほど言葉は多くなります。取り去るときは、神から遠い名から始めて上ります。神は酔ったり怒ったりするものではない、とまず否定し、次に、神は言葉で表せず思考でも捉えられない、と進みます。「命」や「善」は「空気」や「石」より神に近いので、後まで残すのです。上りきると、言葉はまったく黙ります(MT 2・3) [3] 。 この表で分かること: 名づけるときは神に近い名から下り、取り去るときは神から遠い名から上ります。上るほど言葉は少なくなり、最後は黙ります。 名の種類 例 扱う著作 否定する順 感覚の物から借りた名 眠り・酔い・怒り 『象徴神学』(残っていない。実在は未確定) 最初に取り去る 知性で分かる名 善・存在・命・知恵 『神名論』 次に取り去る 神の内の区別の名 一・三・父・子 『神学概要』(同上) 最後に取り去る 否定そのもの 語られない・知られない 『神秘神学』 否定もまた超える 表 1 名の種類と、扱う著作、否定する順です。MT 3・5(Parker の英訳による)と SEP をもとにした本教材の整理です [1] [3] 。 第 4 章は感覚で分かるものを否定し、神は形や大きさを持つものでも、場所の中にあるものでもない、と言います。第 5 章は知性で分かるものを否定し、神は魂でも知性でもなく、生きてもおらず、存在でも善でもない、と進みます [3] 。ここで「生きていない」は「命が無い」という意味ではありません。神は「生きている」と「命が無い」の両方を超えている、ということです [1] 。著者は、この取り去るはたらきを、石から像を彫る人にたとえます (図 2) 。 削り取ることで、隠れた美しさを現す 削る前 削る 現れる 隠れた姿 光 善 存在 名を取り去る 足さずに現れた像 否定は、足すのでなく、覆いを取り去ること 欠片の語は本教材の描き方 図 2 『神秘神学』第 2 章の、像を彫る人のたとえを絵にしたものです(本教材の絵)。削る前・削る・現れる、の三つの場面を並べました。欠片に名を書いたのは本教材の描き方です。 ここで間違えやすい 否定神学を、「神はいない」「神は空っぽだ」と言う説だと取らないようにしましょう。否定は、神が名の意味より劣るからでなく、名の意味を超えているから行われます。また、肯定の道を捨てるのでもありません。著者は『神名論』で名づけ、『神秘神学』で取り去るという二つの道を、一つの組み立ての中に置いています [1] 。 闇に入る――知ることをやめて結びつく 否定の道の行き着く所を、著者はモーセの話で描きます(MT 1.3) [3] 。下敷きは『出エジプト記』の、モーセがシナイ山に上る場面です。19 章の清めとラッパと光、20:21 の神のいる密雲、24:9–11 の選ばれた人々と山に上る場面などを合わせて、著者が組み立て直しています。 段は四つあります (図 3) 。モーセはまず清められ、清められていない人々から離れます。次に、多くの声のラッパを聞き、多くの光を見ます。そのあと選ばれた祭司たちと山の頂に上りますが、そこでも神そのものには会わず、神のいる場所を見るだけです。最後に、見るものからも見られるものからも離れて、 不知(アグノシア) の闇に入ります。そこであらゆる知のはたらきを止め、まったく知られないものと結びつきます(MT 1.3) [3] 。 知ることをやめて結びつく(MT 1.3) 光を超えて輝く闇 神のいる場所を見る 神そのものでない ラッパと光 感覚で分かるもの 知性で分かるもの 不知の闇 人々から離れる 矢印は本教材の描き方 図 3 『神秘神学』第 1 章第 3 節で、モーセが山を上り、闇に入る段を絵にしたものです(本教材の絵)。山の下から順に、人々から離れる、ラッパと光、神のいる場所を見る、闇に入る、と上ります。脇の矢印は、上るほど言葉が減るという MT 3 の考えを、本教材が描き加えたものです。 この闇は、ただの暗さではありません。冒頭の祈りは、隠れた沈黙の、光を超えて輝く闇を語ります(MT 1.1) [3] 。SEP は、沈黙・闇・不知が、言葉や知のただの欠けでなく、神に近づく特別な場として描かれていると整理します [1] 。 では、闇の中の結びつきとは何なのでしょうか。ふつうでない一種の知とする読み方と、言葉にできない感じ方とする読み方があり、解釈は分かれます。著者はどちらとも決めず、ただ 合一 と言います [1] 。この考えは、エリウゲナ、トマス・アクィナス、エックハルト、クザーヌスらに受け継がれました [1] 。 ここで間違えやすい 「闇に入る」を、考えるのを投げ出して気分にひたることだと取らないようにしましょう。モーセは清めと上る段を順に経たあとで闇に入ります。知を止めるのは、知の段を上りきった後のことです。また「神秘」は、ここでは特別な体験という今の意味でなく、「隠れた」という意味だと SEP は注意します [1] 。 原典を読む 像を彫る人のたとえを、『神秘神学』第 2 章の前半で読みます。原文はギリシア語で、本教材が訳しました。章の後半は、本文に欠けがあるので訳さず、この課の本文で Parker の英訳から重訳して紹介しました。 偽ディオニュシオス『神秘神学』第 2 章(前半) 削り取るだけで、隠れた美しさを現す モーセが闇に入る場面のすぐ後で、著者は自分たちもその闇に入ることを祈ります。訳すのは章の始めの一文です。 1 私たちは、この光を超えた闇の中に入ることを祈ります。 2 そして、見ないこと、知らないことを通して、見ることと知ることを超えたかたを見て知ることを祈ります。見ないこと、知らないこと、そのものによってです。 3 ――これこそが、本当に見ることであり、知ることだからです。―― 4 また、存在を超えたかたを、存在を超えたしかたで讃えることを祈ります。存在するものすべてを取り去ることによってです。 5 それはちょうど、おのずと宿る像を彫り出す人々が、隠れたものを曇りなく見ることを妨げる邪魔物を、すべて取り除くのに似ています。 6 彼らは、取り去ることだけによって、隠れていた美しさを、それ自体として現すのです。 Κατὰ τοῦτον ἡμεῖς γενέσθαι τὸν ὑπέρφωτον εὐχόμεθα γνόφον καὶ δι' ἀβλεψίας καὶ ἀγνωσίας ἰδεῖν καὶ γνῶναι τὸν ὑπὲρ θέαν καὶ γνῶσιν αὐτῷ τῷ μὴ ἰδεῖν μηδὲ γνῶνα