11.36 孟子 梁惠王上 — 五十步、百步を笑ふ — Epoché
この篇でできるようになること 戦でたとえさせてくださいという切り出しを訳せます。 以を比較の型ではなく、笑う根拠を示す語として読めます。 王がただ百歩でないだけだと言って認めた内容を説明できます。 前提 :11.35「孟子 公孫丑上 — 苗を揠きて長ずるを助く」。結論を先に示すたとえから、相手に結論を言わせるたとえへ進みます。 問いに、別の問いで応じる 梁の惠王は、国政に心を尽くしているのに、なぜ民が増えないのかと問います。孟子はすぐに政治の評価を告げず、王の好む戦を材料にして話し始めます。 ここで読むのは、そのたとえと王の返事の抄です。外側の問いを知っておくと、単に戦場から逃げる人を笑うべきかという話ではないと分かります。王が自分で認める判断が、その後に王自身の政治へ返されます。 前の苗の話では、悪い例であることを先に示していました。今回は、起きた動作を示し、いかがか、と相手へ判断を渡す順です。同じたとえ話でも、結論を誰がどの時点で言うかが違います。 自分がたとえる許しを求める 請以戰喻 は、どうか戦でたとえさせてください、という切り出しです。 請 は、自分がこれからすることへの許しを求めています。 現代語の 请坐 なら、相手に座るよう頼む言い方です。同じ字でも、誰に何をしてもらうのかを場面で確かめます。ここで王にたとえ話を作らせるのではありません。 以 の後ろにある戦が、たとえる材料です。相手の関心のある話を使うと断るため、王も聞いて判断する立場になります。言葉の丁寧さだけでなく、その後の問いへ導く働きを読みます。 動作だけを順に置く 太鼓が鳴り、武器の刃が交わり、よろいを捨てて逃げる。たとえの中は、動作を続けて示しています。怖かった、卑怯だったという気持ちや評価は、先に書かれていません。 棄甲曳兵而走 では、よろいを捨て、武器を引きずり、逃げるという動きが続きます。 兵 は武器で、兵士を引きずったのではありません。前の 兵刃既接 にも武器の刃が出てきます。 走 はここでは逃げる動詞です。現代語の歩く意味のままにしないでください。どれだけ散歩したかを比べるのではなく、戦場から逃げた人の止まる位置を比べています。 兵を兵士にすると、引きずる対象が変わります。刃のある武器と、捨てたよろいを場面の道具として捉えます。 五十歩だからといって笑えるか ある者は百歩で止まり、ある者は五十歩で止まります。 以五十步笑百步 の 以 は、五十歩で止まったことを根拠にする、という関係です。五十歩だからといって百歩の者を笑う、という内容になります。 これは 比 を使って程度の差を述べる型ではありません。何を理由に笑うかを示しています。二つの数が出てくるだけで、比較の介詞と決めないでください。 最後の 則何如 が、いかがか、と王へ答えを求めます。 特別編 13篇 では同じ問いの語で売り手が黙りました。一方、ここは王が判断を口にすることで話が進みます。 ただ、それだけの差だ 王はまず 不可 と答えます。笑ってはいけない、という 則何如 への直接の答えです。続けて 直不百步耳 と言います。 直 と 耳 が、ただ百歩でないというだけだ、と違いを限ります。現代語の 只是 ・ 罢了 に当たる組です。 五十と百の数字が同じだと言っているのではありません。逃げた距離は違っても、逃げたことに変わりはない、と述べています。距離の差を認めた上で、その差を相手を笑う理由にしないという判断です。 是亦走也 の 是 は、これ、を指します。五十歩で止まった側を受け、これもまた逃げたのだ、と読みます。現代語の、である、という動詞だけにして、指す対象を落とさないでください。 是を判断の動詞として機械的に読むと、何を指しているかが見えなくなります。五十歩の側も逃げた、と主語を立てて訳します。 認めた判断が、自分へ戻る 王は、他より逃げた距離が短くても、逃げたことは同じだと、自分の言葉で認めました。孟子は最初から王も隣国と同じだと押し付けるのでなく、王が別の例で判断する所を作っています。 抄の後では、王がこれを分かれば、民が隣国より多いことを望むべきでないと続きます。少しの違いを理由に、根本的に違う結果を期待する政治へ、王自身の判断が返されるのです。 自分で述べた判断を自分に適用されると、相手の結論を一方的に退けるよりも、理由を考え直す必要が生まれます。問いの順番、評価を先に書かない描写、王の短い返事をつないで、この問答の運びを読みましょう。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 喻 動詞 たとえる 王の関心を材料にする 請以戰喻 戦でたとえさせてください 填然 音の語 どんどんと鳴る様子 太鼓の音 填然鼓之 どんどんと太鼓を打つ 兵 名詞 武器 ここでは兵士ではない 曳兵 武器を引きずる 曳 動詞 引きずる 逃げる時の動作 曳兵 武器を引きずる 走 動詞 逃げる ここでは歩くではない 棄甲曳兵而走 よろいを捨て武器を引きずって逃げる 或 代詞 ある者 二つの距離の者を分ける 或百步而後止 ある者は百歩で止まる 直 副詞 ただ 差を小さく限る 直不百步耳 ただ百歩でないだけだ 是 代詞 これ 五十歩の側を受ける 是亦走也 これもまた逃げたのだ 亦 副詞 もまた 共通する動作を述べる 亦走也 もまた逃げたのだ 練習 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 _以戰喻 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 _五十步笑百步 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 則__ 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 _不百步_ 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 是_走也 直不百步耳,是亦走也。 を、限定と指す対象を残して現代語へ直してください。 成語としての 五十步笑百步 を使い、現代語の一文を作ってください。本文でその前にある以の働きも説明します。 兵 ・ 走 ・ 是 ・ 以 を、この篇での意味に合わせて説明してください。 孟子が王に答えさせた判断が、王の政治へどう返るかを説明してください。 戻す語の 运动员 ・ 步行 ・ 停下 ・ 准时 を使い、先に止まった人と後に止まった人を比べる文を、現代語で二つ書いてください。 請以戰喻 を日本語に訳し、孟子がなぜ戦でたとえるのかを本文の句から説明してください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 填然鼓之,兵刃既接,棄甲曳兵而走。或百步而後止,或五十步而後止。以五十步笑百步,則何如? 不可;直不百步耳,是亦走也。 ▶ の手本を聞き、孟子のたとえは落ち着いて淡々と音読します。いかがかという問いで止め、王の返事を少し強く読んでください。 この篇のまとめ 戦のたとえを申し出てから、動作を示し、王に判断を渡す順を読みました。限定の言葉と指示の語を保つと、王が認めた共通点と、それを王へ返す運びが分かります。 次の篇へ 次の11.37では齊の男と妻の物語を読みます。ごちそうを食べて帰る夫を妻が追い、隠れていた事実を知る場面へ進みます。 答え 請以戰喻 以五十步笑百步 則何如 直不百步耳 是亦走也 只是没跑到一百步罢了。 这也算逃跑。 他们是五十步笑百步。 本文の 以 は、五十歩で止まったことを根拠にする働きです。 武器、逃げる、これ、五十歩で止まったことを根拠にする、です。 距離が違っても逃げたことは同じだ、と王が認めます。その判断が、隣国と少し違うだけで民が多くなると期待する王の政治へ返されます。 运动员先停下来了。 (先に止まった人) 他步行很久,没准时停下。 (後に止まった人) どうか戦でたとえさせてください。直前に 王好戰 とあり、王の好む戦を材料にすると、王が自分で判断する立場になって話を聞くからです。これが説得の切り出しになっています。 参考文献 孟子『孟子 梁惠王上』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: 当館所蔵の文書