1.2 語中・語尾のハ行 → ワ行 — Epoché
この課でできるようになること 語の中と語の終わりにある は ・ ひ ・ ふ ・ へ ・ ほ を、「わ・い・う・え・お」と読める。 語の頭のハ行は読み替えない、という境目を自分で引ける。 読み替えない語( はは )と、二つの語がくっついた語の切れ目を見分けられる。 『徒然草』『方丈記』の六つの実例を、声に出して読み通せる。 前提 : 1.1 まで。 歴史的仮名遣いの八つの規則のうち、これがいちばん出番の多いものです。古文の一文に平均して二回か三回は当たります。逆に言えば、この一つを身につけると、原文の見た目の八割は片づきます。「思ふ」を「おもう」、「あはれ」を「あわれ」、「いはく」を「いわく」と読む——ここまでは、たぶん高校でも聞いたことがあるはずです。 この課で足すのは、その先です。 どこからが「語の中」なのか。 「思ふ」の ふ は読み替えるのに、「花」の は は読み替えない。この線を引けるようになると、規則が暗記ではなく判断になります。 現代語に残っている形 まず確かめておきたいのは、 読み替えた後の語を、あなたはもう全部知っている ということです。次の表の左は、いまふつうに使う語です。右が古文での書き方です。 いまの語 古文の書き方 変わった字 あわれ あはれ は → わ いわく(曰く) いはく は → わ かわ(川) かは は → わ におい(匂い) にほひ ほ → お、ひ → い こい(恋) こひ ひ → い まえ(前) まへ へ → え うえ(上) うへ へ → え おもう(思う) 思ふ ふ → う ゆうべ(夕べ) ゆふべ ふ → う 右の列を初めて見る人でも、左を隠して読めば意味は取れるはずです。新しい語を覚えるのではなく、 知っている語の昔の綴りを受け取る だけ。この向きで見ると、規則の重さがだいぶ変わります。 古文ではこうなる 規則は一つです。 語の中と語の終わりにある は・ひ・ふ・へ・ほ は、わ・い・う・え・お と読む。語の頭にあるものは、そのまま読む。 この読み替えを「ハ行転呼」と呼びます。転呼とは「転じて呼ぶ」、つまり読み方が移ったという意味です。 なぜ語の中だけなのか。平安時代の中ごろ、母音にはさまれたハ行の子音が弱まって、ワ行の音に移りました。語の頭は前に母音が来ないので、この変化を受けずに残ったのです。だから境目は音の理屈であって、覚えものではありません。前に母音があるかどうか、それだけです。 位置 読み方 例 語の頭 そのまま はな → はな、 ひと → ひと、 ふね → ふね 語の中 ワ行に かは → かわ、 こひ → こい、 まへ → まえ 語の終わり ワ行に 思ふ → おもう、 あはれ → あわれ 読み替えない語がある 数は少ないのですが、語の中にあっても読み替えない語があります。代表が はは (母)です。二つ目の は も「は」のままで、「はわ」とは読みません。同じ音を二度重ねた語では、変化がそろって起きなかったためだと説明されます。 はは は本文によく出るので、ここで覚えてしまってください。 二つの語がくっついた語では、後ろの語の頭も「語の頭」 ここがこの課のいちばん大事なところです。 をりふし (折節)は「をり」と「ふし」がくっついた語です。 ふし は後ろの語の頭ですから、読み替えません。読みは「おりふし」であって「おりうし」ではない。同じように ふみわけ (踏み分け)の ふ 、 ころもほす (衣干す)の ほ 、 ひえの山 (比叡の山)の ひ も、そのままです。 機械にはこの切れ目が見えません。だから読み上げが「おりうし」と鳴ることがあります。判断できるのは、語の意味を知っている人だけです。 迷ったら、その語を二つに割れるか考えてください。 割れるなら、割れ目の後ろは語の頭です。 原文で確かめる 『徒然草』から、弓を習う人の話の書き出しです。 ある人弓射ることをならふに、もろ矢をたばさみて的にむかふ。 [1] 読み: あるひと ゆみいることお ならうに、もろやお たばさみて まとに むかう。/訳: ある人が弓を習うとき、二本の矢を手にはさんで的に向かう。 ならふ と むかふ は、どちらも語の終わりの ふ なので「う」になります。 をりふしのうつりかはるこそものごとにあはれなれ。 [1] 読み: おりふしの うつりかわるこそ ものごとに あわれなれ。/訳: 季節の移り変わりこそ、何ごとにつけても心にしみる。 かはる は「かわる」、 あはれ は「あわれ」。ところが をりふし の ふ は「おりふし」のままです。理由はさきほどのとおり、これが二語の合わさった語だからです。 狂人のまねとて大路をはしらば、すなはち狂人なり。 [1] 読み: きょうじんのまねとて おおじお はしらば、すなわち きょうじんなり。/訳: 狂人のまねだと言って大通りを走るなら、それはもう狂人だ。この一文に、規則の表と裏がそろっています。 はしらば の は は語の頭なので「は」のまま、 すなはち の は は語の中なので「わ」。 ゐなかびたる所、山里などは、いと目なれぬことのみぞおほかる。 [1] 読み: いなかびたるところ、やまざとなどわ、いと めなれぬことのみぞ おおかる。/訳: 田舎めいた所や山里などは、見慣れないことばかりが多い。 おほかる の ほ が「お」です。 ゐなか は前の課の規則で「いなか」。 これを聞きてかたへなるもののいはく、 [1] 読み: これお ききて かたえなるものの いわく、/訳: これを聞いて、そばにいた者が言うことには。 かたへ は「かたわら・そば」で、読みは「かたえ」。 いはく は「いわく」です。 『方丈記』から、大風の被害を描いたところです。 なぎさこぐふねは浪にただよひ、道ゆく駒は足のたちどをまどはせり。 [2] 読み: なぎさこぐ ふねわ なみに ただよい、みちゆく こまわ あしの たちどお まどわせり。/訳: 岸辺を漕ぐ舟は波に漂い、道を行く馬は足の踏み場を失った。 ただよひ は「ただよい」、 まどはせり は「まどわせり」。 こぐふね の ふ は ふね という語の頭なので、そのままです。 読み上げと音読 読み上げはいまの音で鳴りますから、 思ふ は「おもう」、 あはれ は「あわれ」と聞こえます。ただし、語の切れ目の判断は機械の苦手なところで、合わさった語を割り損ねて「おりうし」のように鳴ることがあります。 耳を疑ってよいのはここだけ です。おかしいと思ったら、その語が二つに割れないかを考えてください。 音読は、語のまとまりごとに区切って読むのがこつです。「ある人/弓射ることを/ならふに」のように、意味の切れ目で息を継ぐと、どこが語の頭かが口のほうで分かってきます。 練習 次の語の読みを、ひらがなで書いてください。 かは / まへ / にほひ / はは / はな 。 ころもほす (衣干す)の ほ を「お」と読んではいけないのはなぜですか。二十字ほどで説明してください。 この課の原文六つを、いまの音で三回、声に出して音読してください。三回目は 狂人のまねとて大路をはしらば、すなはち狂人なり。 だけを、語の頭と語の中を意識しながら読んでください。 この課のまとめ 表記 読み 語の例 語中・語尾の は わ あはれ → あわれ、 かは → かわ 語中・語尾の ひ い こひ → こい、 たまひ → たまい 語中・語尾の ふ う 思ふ → おもう、 ゆふべ → ゆうべ 語中・語尾の へ え まへ → まえ、 かたへ → かたえ 語中・語尾の ほ お おほし → おおし、 にほひ → におい 語頭のハ行 そのまま はな 、 ふね 、 ほす 読み替えない語 そのまま はは → はは(母) 合わさった語の後半 そのまま をりふし → おりふし、 ふみわけ → ふみわけ 次の課へ 1.3 では、濁った仮名の ぢ ・ づ と、合わせて読む くわ ・ ぐわ を扱います。「みづ」が「みず」、「くわんおん」が「かんおん」になる規則です。現代語にも ぢ と づ が残っている語があるので、その線引きも一緒に見ます。 答え かわ/まえ/におい/はは/はな。四つ目と五つ目が読み替えない例です。 「衣」と「干す」が合わさった語で、 ほ は後ろの語の頭だから。読みは「ころもほす」です。 読みの目安: あるひと ゆみいることお ならうに、もろやお たばさみて まとに むかう。/おりふしの うつりかわるこそ ものごとに あわれなれ。/きょうじんのまねとて おおじお はしらば、すなわち きょうじんなり。/いなかびたるところ、やまざとなどわ、いと めなれぬことのみぞ おおかる。/これお ききて かたえなるものの いわく、/なぎさこぐ ふねわ なみに ただよい、みちゆく こまわ あしの たちどお まどわせり。 参考文献 兼好法師『徒然草』第15段・第19段・第85段・第92段・第93段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 鴨長明『方丈記』(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改め、踊り字は開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/方丈記_(國文大觀)