9.14 争われている語を使う — Epoché
この課でできるようになること ★ 定義で答えの数が変わる ことが分かる。 ★ 相手の語を定義する 手が使える。 ★ 語に無いものを足しては消す 手が使える。 ★ 名前に引っかからない 構えが取れる。 前提 : 9.13 まで。読は 8.136 まで。 道具 ★ 世の中の言い争いの多くは、事実ではなく定義の争いです。 ★ そして、たいてい当人たちがそれに気づいていません。 どう見えるか 本当は何か ★ あの国は民主的か ★ どの定義を使うかの争い ★ これは芸術か ★ 芸術の範囲をどこで切るかの争い ★ それは仕事と言えるか ★ 仕事の定義の争い ★ 見分け方は一つ です——★ 両方が同じ事実を認めているのに、結論が違うとき。 ★ 事実が違うなら、調べれば決まります。 ★ 事実が同じで結論が違うなら、語の意味が違っています。 ★ 9.3 論編 で「定義する — X とは何か」と置きました。 ★ あそこでは、定義は一つ決めるものでした。 ★ この課では、 決まらない語をどう扱うか を扱います。 ★狭い定義と、広い定義 ★ 争われている語には、たいてい二つの定義があります。 狭い定義 広い定義 ★ 条件が少ない ★ 条件が多い ★ 当てはまるものが増える ★ 当てはまるものが減る ★ 測りやすい ★ 測りにくい ★ どちらを採るかで、 答えの数が変わります 。 ★ だから、定義の争いは言葉の遊びではありません。 ★ そして、 どちらを望む人がどちらを使うか は見当が付きます。 実例 ★ 読 E の四篇から、四つの手を見ます。 一つめ — 決めずに、両方置く 8.128 読編 の記事は、★ 定義を決めません。 No consensus exists on a precise definition of democracy [1] ★ 「民主主義の正確な定義について、合意は存在しない」。 ★ そして、合意の無さを 数で示します ——★ 英語で民主主義を形容する語が二千二百三十四あると数え上げた研究を引きます。 「合意が無い」とだけ書くと 数を添えると ★ 曖昧な印象で終わる ★ どれくらい割れているか分かる ★ 読者は困る ★ 割れていること自体が事実になる ★ この手が使えるのは、 書き手が決める立場にないとき だけ です。★ 8.127 読編 で置いたとおり、あの記事には 決める人がいません 。 ★ 自分の論では、決めなければ先へ進めません。 ★ けれども、 決める前に両方を置く のは使えます ——★ そのうえで、どちらを採るかと理由を書く。 二つめ — 相手の語を、定義する 8.111 読編 のリンカンは、★ 論敵の一文を出発点に採り、その中の語を一つずつ定義しました。 It simply leaves the inquiry: "What was the understanding those fathers had of the question mentioned?" [2] ★ 「残るのは、この問いだけである——『かの父祖たちは、いま言われた問題についてどういう理解を持っていたのか』」。 どの語を問うか どう答えるか ★ 「政府の枠」とは何か ★ 合衆国憲法である ★ 「父祖たち」とは誰か ★ 署名した三十九人である ★ 「この問題」とは何か ★ 連邦の領地で奴隷制を禁じてよいか ★ 定義したのは、 自分の語ではなく相手の語 です。 ★ 相手の語を定義すると、二つのことが起きます ——★ 相手は自分の言葉を疑えない。 ★ そして、 定義した時点で答えが決まる 。 ★ リンカンは「父祖」を三十九人と定義しました。 ★ だから、三十九人の投票を数えれば答えが出ます。 ★ 9.10 論編 で「よい問いは答えが出る形をしている」と置きました ——★ 定義は、問いを答えの出る形にする道具 です。 三つめ — 語に無いものを、足しては消す 8.135 読編 のアンソニーは、★ 憲法前文の三語をこう扱いました。 It was we, the people; not we, the white male citizens; nor yet we, the male citizens; but we, the whole people, who formed the Union. [3] ★ 「それは『われら人民』であって、『われら白人男性市民』ではなく、『われら男性市民』でもなく、『われら全人民』がこの連邦を作ったのである」。 どう書けたか どう書いたか ★ 「男性とは書いていない」 ★ 書いてみせてから、消す ★ 読者は自分で補う ★ 読者の目の前で消える ★ 「書いていない」と言うだけでは弱い ——★ 書いてみせてから消すと、 何が無いか がはっきりします。 ★ これは、自分の思いこみを見つける道具にもなります。 ★ 決まりごとを読んで、 そこに書かれていない限定 を書き出してみる ——★ たいてい、自分が勝手に補っていたものが見つかります。 四つめ — 名前に、引っかからない ★ ここまでの三つと、向きの逆な道具 です。★ 8.121 読編 のファラデーは、 毛管引力 という語を出したところで聞き手が引っかかったとき、こう言いました。 Well, never mind the name [4] ★ 「まあ、名前は気にしないでください」。 ★ 「よく分かっていなかった昔に付けられた名だ」と一行で片づけて、働きの説明へ移ります。 どんなときに使うか どうするか ★ 名前の由来が争点でない ★ 名前を横に置いて、中身を説く ★ 名前そのものが争点 ★ 定義から入る(一つめ〜三つめ) ★ 見分け方は一つ です——★ 名前を別のものに取り替えても論が成り立つか。 ★ 成り立つなら、その名前は ただの呼び名 です ——★ 引っかからずに先へ進みます。 ★ 成り立たないなら、 定義が論の中身 です ——★ 先に決める必要があります。 言い回し 語の意味を扱う言い方を置きます。★ どれも池から取りました。 英文 日本語訳 定義を扱う Some words are hard to define. [5] 定義するのが難しい語もある。 ★ 定義しにくい語がある、と認める 。★ 争いを始める前の一文 Can you clearly define this word? [6] この語を明確に定義できますか。 ★ はっきり定義できるかと問う 。★ 相手に定義させる形 Boxing has been defined as the art of hitting without being hit. [7] ボクシングは、打たれずに打つ術だと定義されている。 ★ 〜と定義されている、と引く 。★ 誰かの定義を借りる形 ★ 三つめの中身にも注目してください。 ★ 「ボクシングは、打たれずに打つ術だと定義されている」 ——★ この定義が良いのは、 やることが一文で決まる から です。 英文 日本語訳 意味を問う・示す What do you mean by that? [8] それ、どういう意味ですか。 ★ それはどういう意味かと問う 。★ 定義の争いを見つけたときの一文 The sign means that the answer is correct. [9] その記号は答えが正しいことを示す。 〜を意味する、と言う 。★ 印と意味を結ぶ形 You'd better look up the word. [10] その単語は調べた方がいい。 辞書を引けと言う 。★ 8.135 読編 の三つの辞書を思い出す ★ 一つめが、この課でいちばん使える形です。 ★ 「あなたの言う〇〇とは何ですか」 ——★ これを聞くだけで、事実の争いか定義の争いかが分かります。 やってみる 自分がかかわっている言い争いを一つ選び、★ 事実の争いか、定義の争いか を決める。★ 「両方が同じ事実を認めているか」で見分ける。 定義の争いなら、★ 狭い定義と広い定義 をそれぞれ一行で書く。★ どちらを採ると自分に有利かも書く。 ★ 書かれていない限定を挙げる 。その語の使われ方から、 暗黙に補われている限定 を二つ書き出して、消してみる。 ★ 名前を取り替える 。その語を別の呼び名に置き換えて、 論が成り立つか を確かめる。★ 成り立つなら、定義の争いではありません。 練習 「実例」に引いた四つの英文を 続けて音読 する。3 周する。3 周目は音声に重ねて シャドーイング する。 「言い回し」の六文を音読する。★ What do you mean by that? は 強く聞こえないように 読んでください。★ 詰問ではなく、確かめる問いです。 ★ Boxing has been defined as the art of hitting without being hit. [7] を そらで言えるまで 音読する。★ 良い定義の見本です ——★ やることが一文で決まります。 AI への頼み方 AI に語を定義させると、 辞書のような定義が返ってきます 。★ けれども、 争われていることが見えません 。 頼み方を三つ置きます。 何を頼むか 頼み方の型 ★二つの定義を出させる 「この語の 狭い定義と広い定義 を一つずつ書いてください」 ★数が変わることを見せさせる 「それぞれの定義で、 当てはまる例が何個になるか を書いてください」 誰が使うかを書かせる 「どちらの定義を、 どういう立場の人が使いたがるか を書いてください」 ★ 三つめが効きます。 ★ 定義の選び方には、たいてい 望む結論 がついて回ります。 ★ それを先に見ておくと、自分がどちらを選ぶかも自覚して選べます。 この課のまとめ ★ 両方が同じ事実を認めているのに結論が違うなら、定義の争い。 事実が違うだけなら、調べれば決まる。 ★ 狭い定義は当てはまるものが増え、広い定義は減る。 どちらを採るかで、答えの数が変わる。 ★ 「合意は無い」と書けるのは、決める立場にないときだけ。 自分の論では、決める前に両方を置き、どちらを採るかと理由を書く。 ★ 相手の語を定義する。 相手は自分の言葉を疑えないし、定義した時点で答えが決まる。 ★ 定義は、問いを答えの出る形にする道具 ( 9.10 論編 )。 ★ 「書いていない」と言うだけでは弱い。書いてみせてから消す。 自分の思いこみを見つける道具にもなる。 ★ 名前を別のものに取り替えても論が成り立つなら、ただの呼び名。 そのときは引っかからずに先へ進む。 ★ 定義の選び方には、たいてい望む結論がついて回る。 次の課へ 次の課は 9.15 、 論を人に渡す です。★ 第 5 期の論編の最後 です。★ 要旨を書き、人に読んでもらい、直す ——★ 書いたものを、自分の手から離すところまで行きます。 答え 「やってみる」の四つの答えです。 ★ 見分けてみると、 定義の争いのほうが多い ことに驚くはずです。 ★ 事実で争っているつもりでも、たいてい「それは〇〇と言えるか」に行き着きます。 ★ そして、そこで気づけば、 調べる必要がない と分かります ——★ 決めればよいのです。 ★ 二つ書いてみると、 自分がどちらを使っていたか が分かります。 ★ そして、たいてい 自分に有利なほう です ——★ それは悪いことではありません。 ★ 悪いのは、 気づかずに使っている ことです。 ★ 書かれていない限定。 ★ 「仕事」なら「お金をもらう」「外でする」。 ★ 「読書」なら「紙の本」「一人で」。 ★ 消してみると、 自分が何を外していたか が見えます ——★ 8.135 読編 のアンソニーがしたのと、同じことです。 ★ 取り替えてみたとき。 ★ 成り立つなら、 8.121 読編 のファラデーのように先へ進めます。 ★ 成り立たないなら、 その語の中身が論の中身 です ——★ そのときは、定義を先に一段落書いてから本題に入ります。 ★ 順を逆にすると、最後まで噛み合いません。 参考文献 原文の出所: English Wikipedia「Democracy」, "wiki:Democracy"。CC BY-SA 4.0。原文は 1 字も変えていない。https://en.wikipedia.org/wiki/Democracy 原文の出所: Abraham Lincoln, Cooper Union Speech (1860), "cooper_union"。パブリックドメイン。English Wikisource から。原文は 1 字も変えていない。https://en.wikisource.org/ 原文の出所: Susan B. Anthony, On Women's Rights to Vote (1873), "anthony"。パブリックドメイン。English Wikisource から。原文は 1 字も変えていない。https://en.wikisource.org/ 原文の出所: Michael Faraday『The Chemical History of a Candle』(1861), "faraday(3/3)"。パブリックドメイン(Project Gutenberg)。原文は 1 字も変えていない。https://www.gutenberg.org/ebooks/14474 Tatoeba 文 #278455(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/278455 Tatoeba 文 #59336(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/59336 Tatoeba 文 #33585(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/33585 Tatoeba 文 #43210(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/43210 Tatoeba 文 #48778(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/48778 Tatoeba 文