社会主義――平等と共同所有 — Epoché
思想 イデオロギー 約 32 分 本文 約 14,500 字 図 4・表 2 資料 2 節 この課の要点 定義・分かれ道・現代の 3 つ 定義 社会主義は資本主義との対比で定義され、最小の定義は「生産手段の大部分を社会が民主的に統制する」こと。民主的に統制されない国家による経済の支配とは区別される 分かれ道 社会主義は、移る道(革命か議会を通じた改良か)と制度(計画か市場か)で大きく分かれてきた 現代 戦後の福祉国家や協同組合のような部分的な改良をどう評価するかで、今も社会主義者の意見は割れている はじめに 「社会主義」という言葉は、日常ではさまざまな意味で使われます。ある人は旧ソ連のような計画経済を思い浮かべ、ある人は北欧の手厚い福祉を思い浮かべます。「何でも国が決める仕組み」と言われることもあれば、「みんなで平等に分け合う理想」と言われることもあります。同じ一つの言葉が、これほど違うものを指して使われるのはなぜでしょうか。ニュースや選挙の論戦で「社会主義的だ」という言い方を耳にしたとき、それが何を指しているのかを確かめるには、まず言葉の中身を分けて見る必要があります。 この課では、政治哲学の議論にそって、社会主義を一つの思想の束として整理します。手がかりは三つです。一つ目は定義です。社会主義は、資本主義と比べて定義すると分かりやすくなります。資本主義の何を問題にし、何を変えようとするのかを確かめます。二つ目は歴史です。マルクスより前の社会主義者から『共産党宣言』へ、さらに革命の道と議会の道への分かれへと、流れをたどります。三つ目は現代です。戦後の福祉国家や協同組合をどう評価するかで、今も社会主義者の意見は分かれています。 前の課『保守主義』では、社会を変えるときの「変え方」が問われました。社会主義が問うのは、生産を「誰が決めるのか」です。工場や土地や機械の使い方を、持ち主が決めるのか、そこで働く人や社会全体が決めるのか。この問いは遠い国の昔話ではありません。日本でも明治の終わりに社会主義の政党が作られ、戦後には社会党の委員長を首相とする内閣が生まれました。2020 年には、働く人が自ら出資し、一人一票で運営する組合のための法律もできています。工場や店を「誰が持ち、誰が決めるか」という問いは、私たちの職場や地域の組織にも当てはまる問いなのです。 なお、この課は社会主義に賛成するか反対するかを決めるものではありません。社会主義を支持する論者の理由と、批判する論者の理由を並べ、現実の政党や国家については出来事と立場の違いを示すにとどめます。課の途中では『共産党宣言』の原文と日本の法律の条文を読み、主張を自分の目で確かめます。課の終わりでは、身近な仕組みに社会主義の定義を当てて、自分で考える練習をします。 この課の問い 社会主義は、何を「共同」にし、何を「平等」にしようとする思想なのでしょうか。国が経済を動かすことと、社会主義とは同じなのでしょうか。 この課のことば 生産手段 物やサービスを作るのに使う土地・機械・道具・場所のこと。パン屋なら窯や店がこれに当たります 賃労働 生産手段を持たない人が、働く力を売って賃金で暮らすこと。会社に雇われて給料で暮らす働き方がその例です 民主的な統制 生産手段の使い方を、持ち主一人ではなく、関わる人々が民主的な手続きで決めること 国家主義 国家が経済を握っているが、その国家が人々に民主的に統制されていない状態。SEP の項目は社会主義と区別します 計画経済 何をどれだけ作るかを、市場の値段ではなく計画で決める経済 社会民主主義 市場経済を残しつつ、議会を通じた改良と福祉国家で働く人の暮らしを守ろうとする立場 社会主義――何を共同にし、何を平等にするのか 前の課の保守主義が社会の「変え方」を問うたのに対し、社会主義は「誰が生産を決めるのか」を問います。この章では、定義・歴史・内部の分かれ・現代の順に、社会主義という思想の束をほどいていきます。 核の考え――生産手段を社会が民主的に統制する 社会主義をどう定義するかは、それ自体が論争の的です。スタンフォード哲学百科事典(SEP)の「社会主義」の項目を書いた哲学者のジラベールとオニールは、社会主義は資本主義との対比で定義するのがよいと述べます。社会主義は、資本主義への批判として、またそれを乗り越えて置き換える提案として現れてきたからです [1] 。そこで、まず資本主義の特徴を確かめましょう。項目は古典的なマルクス主義の定義にそって、資本主義に欠かせない特徴を三つ挙げます [1] 。(i)生産手段の大部分が私有され、私的に統制されています。(ii)人々は自分の働く力(労働力)を法的に所有しています。ここが奴隷制や封建制と違う点です。(iii)市場が、生産に使う物と生まれた物を配分します。社会の余剰を消費に回すか投資に回すかも、主に市場で決まります。 さらに項目は、(i)〜(iii)がそろう所には典型的に、二つの特徴が伴うとします。(iv)資本家と労働者の階級の分かれがあること、(v)生産が主に資本の蓄積、つまり人々の必要を満たすことよりも利潤に向かうことです [1] 。ただし(iv)には例外もありえます。独立した小さな生産者だけの社会や、働き手が企業を所有する「財産所有の民主主義」です [1] (表 1) 。 この表で分かること: 社会主義の最小の定義が変えるのは(i)だけで、ほかの特徴は論争の的 特徴 資本主義 社会主義(最小の定義) (i)生産手段 大部分が私有 大部分を社会が民主的に統制 (ii)労働力 各人が法的に所有 各人が統制(絶対の権利かは論争) (iii)配分 主に市場 論争(市場社会主義の構想も) (iv)階級 資本家と労働者に分かれる 定義の外(全面的な変更は解消) (v)生産の向き 主に資本の蓄積・利潤 論争(利潤の動機を疑う人が多い) 表 1 資本主義の特徴と社会主義の最小の定義(SEP「社会主義」の項目の整理 [1] を本教材が表にしたもの)。(iv)(v)は(i)〜(iii)がそろう所に典型的に伴う特徴とされます。 社会主義の側から見て要になるのは、賃労働です。社会主義者はしばしば、賃労働があることを、ある社会を資本主義と数えるための必要条件とみます [1] 。労働者は生産手段を持たないので、働く力を売って暮らすしかありません。それを買うのは生産手段を持つ資本家です。資本家は何をどう作るかについて、労働者より大きな決定権を持ち、作った物を所有して市場で売り、経済の投資の流れの大部分を握ります。両者の間には協力もありますが、賃金や働く条件をめぐる対立もあります [1] 。 これに対して社会主義は、少なくとも(i)を次の(i*)に置き換えた社会だと定義されます。「生産手段の大部分が、社会の民主的な統制の下にある」という定義です [1] 。最小の定義が変えるのはこの一点だけで、ほかの特徴をどう変えるかは、社会主義者の間で激しく争われています。たとえば(iii)の市場について、市場を広く残したまま社会主義の経済を作る「市場社会主義」の構想が、近年さかんに論じられています [1] 。 図1は、この定義を本教材が町のパン工場にたとえた作例です。上の絵では、窯の持ち主が何を何個焼くかを決め、働き手は賃金を受け取ります。下の絵では、働き手と近所の人が机を囲み、窯の使い方を話し合って決めます。ただし定義が言うのは、社会全体の生産手段の「大部分」の話です。一つの工場が下の絵の形になっても、それだけで社会が社会主義になるわけではありません。 持ち主が決める 今日は食パンを千個 賃金 窯(生産手段) 持ち主 働き手 働き手は働く力を売り、賃金を受け取る 会議が決める 何をどれだけ焼く? 働き手 近所の人 窯の使い方を会議が民主的に決める 図 1 町のパン工場で、窯の使い方を誰が決めるか(本教材の作例)。上の絵では窯の持ち主が決め、働き手は賃金を受け取ります。下の絵では働き手と近所の人の会議が決めます。社会主義の定義が問うのは社会全体の生産手段の大部分で、一つの工場だけで社会主義かどうかは決まりません。 この定義でとくに大事なのは、社会主義と国家主義を区別する点です。項目は社会学者のライトにならい、自発的な協力を動員する「社会の力」を、規則を作り執行する「国家の力」や、物の資源を握る「経済の力」と分けます。社会主義が広げようとするのは社会の力だとされます。国家が経済を握っていても、その国家が経済に携わる人々によって民主的に統制されていなければ、それは国家主義の一種であって社会主義ではない、と項目は整理します [1] 。 では、社会主義者は何のためにこの統制を求めるのでしょうか。項目によれば、社会主義者が掲げてきた価値は、平等・民主主義・個人の自由・自己実現・共同体(連帯)です [1] 。平等は、誰もが豊かな生を送るのに必要な物と社会の手段に、おおむね等しく近づけることとして語られます。民主主義は、政府だけでなく企業の中など経済の場にも広げるべきだ、と考える社会主義者が多いとされます。自由には、不当な干渉から守られることに加え、自分の計画を実現できる「実質的な自由」も含まれます [1] 。 これらの価値をつなぐ標語としてよく引かれるのが、マルクスが 1875 年に書いた『ゴータ綱領批判』の「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて」です [1] 。マルクス本人は短く述べただけで、人々がどう動くようになるかの予測と読む見方もあれば、生産物への貢献の義務と受け取る権利を定めた規範と読む見方もあります [1] 。マルクスにとってこれが正義の原理だったのか、それとも共産主義は正義をもはや必要としない社会だと考えていたのかも、研究者の間で争われています [2] 。 ここで間違えやすい 社会主義を「国がすべてを持ち、すべてを決める仕組み」と同じだと考えるのは誤りです。最小の定義が求めるのは生産手段の「社会的で民主的な」統制で、SEP の項目は、人々に民主的に統制されない国家による経済の支配を、社会主義ではなく国家主義と呼んで区別しています [1] 。 歴史の文脈――産業社会への批判と『共産党宣言』 社会主義は、資本主義への批判と、それに代わる社会の提案として現れました [1] 。その早い担い手として名高いのが、サン=シモン(1760〜1825)、フーリエ(1772〜1837)、オーウェン(1771〜1858)の三人です。マルクスは、彼らに始まる流れを「空想的社会主義」と呼び、この三人をその創始者とみました [2] 。 SEP の「マルクス」の項目を書いたウルフとレオポルドによれば、空想的社会主義者の特徴は、未来の社会主義の詳しい設計図を描くことを、正当で必要な仕事とみた点です。社会主義の未来は、実現する前に設計されなければならない、という考えです [2] 。マルクスは反対に、未来の共産主義の社会の基本の構造を詳しく描きませんでした。未来の「料理店」のための「献立」を書くことを、わざと控えたのだとされます [2] 。もっとも、マルクスは空想的社会主義者を一様に退けたのではありません。項目によれば、マルクスは第一世代を後の世代より高く評価し、構想の部分よりも、同時代の資本主義の社会の欠陥を描いた批判の部分を高く評価しました [2] 。 マルクスが設計図から始めなかった背景には、歴史の見方があります。マルクスとエンゲルスは、人間は生きるために生産しなければならない存在だ、という所から出発しました。物の生産のあり方が社会の形を、さらに人々の意識を条件づける、という見方です [2] 。哲学者のコーエンは、この見方を二つのテーゼで組み立て直しました。生産力(土地や技術などの生産手段と、人の力や知識)はより強くなる傾向がある、という発展のテーゼと、社会の経済の構造はその生産力の水準で説明される、という優位のテーゼです。この再構成では、経済の構造が生産力の発展の足かせになると、その構造は覆され、より適した構造に置き換えられます [2] 。ただし項目は、この理論は単純で力強く見えるものの、肉付けしようとすると深刻な問題が出てくる、とも書いています [2] 。 1848 年 2 月、マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』が、著者名を出さずにロンドンで刊行されました [3] 。「これまでのすべての社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という書き出しで知られる本です。第 2 章で二人は、共産主義者の理論を「私有財産の廃止」という一つの表現にまとめます [3] 。何を廃止するのかは、資料の節で原文を読んで確かめます。同じ章は、労働者の革命の第一歩を、プロレタリアート(賃労働者の階級)を支配する階級に高めること、つまり「民主主義を闘いとること」だとします。そして、国によって違うと断ったうえで、最も進んだ国々ではおおむね当てはまりうる方策として、強い累進税や、すべての子どもの公的で無償の教育など 10 項目を挙げます [3] 。一方で本の結びは、自分たちの目的は、これまでの社会の秩序全体を暴力によって覆すことでしか達せられない、と公言しています [3] (図 2) 。 1848 マルクスとエンゲルス『共産党宣 言』 1875 マルクスが『ゴータ綱領批判』を 書く 1899 ベルンシュタインが漸進的な 改革を説く主著 1901 日本で社会民主党が結成され、 禁止される 1904 『平民新聞』が『共産党宣言』を 初めて訳す 1918 英国労働党が規約第 4 条に 共同所有を掲げる 1945 日本社会党が結成される 1947 片山内閣(社会党の委員長が 首相の連立) 1955 日本社会党の左右が再統一 1959 ドイツ社会民主党の ゴーデスベルク綱領 1960 日本で民主社会党が結成される 1995 英国労働党が第 4 条を改める 1996 日本社会党が社会民主党に改称 図 2 社会主義の歩み(主な出来事)。ヨーロッパの出来事と日本の出来事を年の順に並べています。 日本にもこの流れは早く届きました。1901 年 5 月、片山潜・安部磯雄・幸徳秋水らが社会民主党を結成し、「土地・資本の公有」などを党の理想に掲げました。しかし結成の届け出の後、治安警察法によって結社を禁止されています [5] 。1904 年 11 月には、幸徳秋水と堺利彦が週