2.4 係り結び — 音で聞き分ける — Epoché
この課でできるようになること ぞ・なむ・や・か があると文末が連体形に、 こそ があると已然形になる、という決まりを言える。 連体形を「名詞の前の形」、已然形を「ば・ども の前の形」として、活用表を見ずに見分けられる。 「〜こそすれ」「〜のみぞ知る」など、いまも使う言い回しが係り結びだと分かる。 『徒然草』と百人一首で、係りの語と結びの語を線で結べる。 前提 : 2.3 まで。 係り結びは、高校の古文でいちばん有名で、いちばん嫌われた項目です。「ぞ・なむ・や・か・こそ」と唱えさせられ、「連体形」「已然形」という名前を覚えさせられ、それでも原文で見つけられなかった——原因ははっきりしています。 形の名前を先に覚えさせられたから です。 この課では活用表を出しません。連体形と已然形を、名前ではなく 置かれる場所 で覚えます。そして、係り結びは目で探すものではなく 耳で聞き分けるもの だという立場を取ります。文末の音がふだんと違って聞こえたら、前に係りの語がある——その気づき方を身につけます。 現代語に残っている形 係り結びは死んだ規則ではありません。いまの日本語にも、そのまま残っています。 いまの言い回し 係りの語 結びの形 意味 事の真相は神のみぞ知る ぞ 知る(名詞の前と同じ形) 神だけが知っている 多少の違いこそあれ こそ あれ(「ば」の前と同じ形) 違いはあるけれども 増えこそすれ、減りはしない こそ すれ(同上) 増えることはあっても わが世たれぞ常ならむ ぞ 常ならむ(名詞の前と同じ形) 誰が変わらずにいられようか われこそは こそ (結びが省かれている) ほかならぬ私が 「増えこそすれ」を「増えこそする」と言う人はいません。 あなたはすでに、「こそ」のあとの形を正しく選べています。 名前を知らないだけです。その形の名前が已然形で、「ば」「ども」の前に立つ形と同じもの。「あれば」の「あれ」、「すれば」の「すれ」——同じ形です。 「神のみぞ知る」も同じ。「知る」は「知る人」「知るとき」のように名詞の前に置く形と同じで、これを連体形と呼びます。体言(名詞)に連なる形、という意味の名前です。 古文ではこうなる 規則は一行で済みます。 ぞ・なむ・や・か が文の中にあると、文末は 連体形 になる。 こそ が文の中にあると、文末は 已然形 になる。 この五つの語を係助詞と呼び、文末の形が変わることを係り結びと呼びます。では連体形と已然形とは何か。名前は忘れて、 置かれる場所 で覚えてください。 形の名前 ふだんはどこに立つか 例 連体形 名詞の前 若き人 の 若き / 見る人 の 見る / ある所 の ある 已然形 「ば」「ども」の前 なせば の なせ / あれども の あれ / 悲しけれども の 悲しけれ つまり係り結びとは、 本来は途中に立つはずの形が文末に来てしまう 現象です。だから耳で気づけます。ふつうなら 悲し のところが 悲しき 、 けり のはずが ける 、 なり のはずが なる 。この「終わりそこねた感じ」が耳に来たら、前に ぞ ・ なむ ・ や ・ か がいます。 こそ のときは けれ ・ なれ ・ あれ と、エ段の音で止まります。 意味は二組です。 ぞ ・ なむ ・ こそ は 強調 で、訳では「〜こそ」と補うか、語気だけ強めます。 や ・ か は 疑問 (〜か)で、答えを求めていないときは 反語 (〜だろうか、いや〜ない)。どちらかは文脈で決めます。 ただし、耳で分からない場合もあります。 知る ・ 言ふ のような四段の動詞は連体形が言い切りの形と同じで、音が変わりません。助動詞の けむ も同じです。そういうときは、係りの語のほうを目で見つけます。形の全体は形編で表にします( 形編 1課 )。 原文で確かめる 『徒然草』序段 — こそ つれづれなるままに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。 [1] 読み: つれづれなるままに、ひぐらし すずりに むかいて、こころに うつりゆく よしなしごとを、そこはかとなく かきつくれば、あやしゅうこそ ものぐるおしけれ。 訳: することもないままに、一日中硯に向かって、心に浮かんでは消えていくとりとめのないことを、あてもなく書きつけていると、妙に気が変になりそうだ。 係りは こそ 、結びは ものぐるほしけれ 。 こそ が無ければ ものぐるほし で終わっていました。訳に「こそ」を足すと重くなるので、「妙に」の一語で語気を受けるのがふつうです。 『徒然草』第52段 — こそ・ぞ・か 聞きしにもすぎてたふとくこそおはしけれ。 [2] 読み: ききしにも すぎて とうとくこそ おわしけれ。 訳: 聞いていたのにも増して、尊くていらっしゃった。 石清水八幡宮を拝みそこねた法師の言葉です。 こそ の結びは おはしけれ 。無ければ おはしけり でした。「たふとく」を「とうとく」と読むのは長音の規則です( 音編 4課 )。 何事かありけむ、ゆかしかりしかど、神へまゐるこそほいなれと思ひて、山までは見ず」とぞいひける。 [2] 読み: なにごとか ありけん、ゆかしかりしかど、かみへ まいるこそ ほいなれと おもいて、やままでは みず、とぞ いいける。 訳: 何事があったのだろうか、知りたかったけれど、神にお参りするのが本来の目的だと思って、山までは見なかった」と語ったのだった。 一続きの中に係り結びが三つあります。 か の結びは けむ (疑問)、 こそ の結びは なれ (断定の「なり」の已然形)、 ぞ の結びは ける 。ただし けむ は連体形も言い切りの形も同じ音で、耳では気づけません。 なれ ・ ける は なり ・ けり のはずが変わっているので分かります。終わりの 」 は、この段の前のほうで開いた引用を閉じるものです。 百人一首から三首 奥山に 紅葉ふみ分け なく鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき [3] 読み: おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきはかなしき 訳: 奥山で紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞くときこそ、秋は悲しい。 係りは ぞ 、結びは 悲しき 。ふつうなら 悲し です。歌は五・七・五・七・七で切れ目が耳に残るので、係り結びを覚えるにはいちばん向いています。 月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど [4] 読み: つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど 訳: 月を見ると、あれこれと物思いが悲しい。私ひとりに来た秋ではないけれど。 同じ「悲し」でも、 こそ なら 悲しけれ です。前の歌と並べて声に出すと、 ぞ と こそ の違いが音として頭に入ります。 有馬山 ゐなのささ原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする [5] 読み: ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする 訳: 有馬山の猪名の笹原に風が吹くと笹がそよぐ、さあそれよ、あなたを忘れたりするものですか。 係りは やは 、結びは する 。ふつうなら す で終わります。ここは疑問ではなく反語で、「忘れるものか、忘れはしない」という強い否定です。 や ・ か は、まず疑問で訳し、通らなければ反語にする——この順で外しません。 『宇治拾遺物語』 — 引用の中の係り結び このよこ座にゐたる鬼のいふやう。こよひの御あそびこそいつにもすぐれたれ。 [6] 読み: この よこざに いたる おにの いうよう。こよいの おんあそびこそ いつにも すぐれたれ。 訳: この上座にいた鬼が言うことには、「今夜の遊びは、いつにも増して優れている。 「こぶとり爺さん」のもとになった話の一場面です。 いふやう で引用が始まり、その中に係り結びがあります。係りは こそ 、結びは すぐれたれ 。無ければ すぐれたり でした。 係り結びは一文の中で閉じる ので、引用の内と外をまたぎません。 なお、結びの語のうしろに「ば」「に」が続いて文が終わらないこと(結びの流れ)や、結びを言わずに終わること(結びの省略)もあります。どちらも辞編で扱います。いまは「結びが見当たらないこともある」とだけ知っておいてください。 読み上げと音読 この課は、目より耳のほうが速く覚えます。まず三首の歌を読み上げで聞き、 ぞ ・ こそ ・ やは のところで耳が「終わり方が違う」と反応するかを確かめてください。反応しなければ二首を続けて聞きます。 悲しき と 悲しけれ は同じ語の違う形なので、並べると差が出ます。 そのあと、係りの語で少し声を強め、結びの語で下ろす読み方をしてください。 係り結びは、そもそも声に出す言葉の技だった のです。歌は歌われ、物語は語られました。表で覚えると難しいものが、声に出すと自然になります。 練習 次の文の係りの語と結びの語を、それぞれ抜き出してください。 あやしうこそものぐるほしけれ。 秋は悲しき と 物こそ悲しけれ は、同じ形容詞「悲し」の別の形です。それぞれ、なぜその形になっているか説明してください。 百人一首の三首を、係りの語で声を強め結びの語で下ろしながら、二回ずつ音読してください。二回目は読み上げを止め、自分の声だけで。 この課のまとめ 係りの語が無いとき ぞ・なむ・や・か (連体形) こそ (已然形) 悲し 悲しき 悲しけれ あり ある あれ けり ける けれ なり なる なれ す する すれ 知る (四段) 知る (音は同じ) 知れ ぞ・なむ・や・か は結びが連体形(名詞の前の形)、 こそ は已然形(「ば」「ども」の前の形)。 意味は ぞ・なむ・こそ が強調、 や・か が疑問または反語。疑問で訳して通らなければ反語。 四段の動詞や けむ は音が変わらない。そのときは係りの語を目で探す。 次の課へ ここで切編「切」の第 1 期分は終わりです。3.1 から形編「形」に入り、この課で場所だけで覚えた連体形・已然形に、ほかの四つ(未然・連用・終止・命令)を足して、六つの役目を一枚に並べます。名前は全部、役目の名前です。切れ目が見えるいまなら、活用表は暗記するものではなく確かめる道具になります。 答え 係りの語は こそ 、結びの語は ものぐるほしけれ 。 悲しき は ぞ を受けた連体形、 悲しけれ は こそ を受けた已然形。係りの語が無ければどちらも 悲し 。 読みの目安: こえきくときぞ あきはかなしき/ちぢにものこそ かなしけれ/わすれやはする。 参考文献 兼好法師『徒然草』序段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。踊り字を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 兼好法師『徒然草』第52段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 猿丸太夫の歌。『小倉百人一首』五番(Wikisource 版・出典は古今集 秋上215)。パブリックドメイン。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首 大江千里の歌。『小倉百人一首』二十三番(Wikisource 版・出典は古今集 秋上193)。パブリックドメイン。踊り字を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首 大貮三位の歌。『小倉百人一首』五十八番(Wikisource 版・出典は後拾遺集 恋二709)。パブリックドメイン。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首 『宇治拾遺物語』巻第一「鬼にこぶとらるる事」(國史大系本)。パブリックドメイン(作者未詳・十三世紀前半)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/宇治拾遺物語