8.172 仕組みが、人の振る舞いを作る — そして最後に数が出る — Epoché
この篇でできるようになること ★ 仕組みが振る舞いを作る という論の形が読める。 ★ 引用符の中だけで論が進む 書き方に気づける。 ★ 成果の数 を、出どころから見られる。 ★ テイラー 4 篇で何を渡されたか を言える。 前提 : 8.171 まで。 読む前に ★ 出来高払い ( piece work )は、★ 作った数だけ払う やり方です。★ 一見、 働くほど得になるので怠業は起きないはず です。 ★ ところが逆になる、とこの篇は言います。 ★ なぜでしょうか。 何が起きるか 働き手から見ると ★ たくさん作る 賃金が上がる ★ 単価を下げられる ★ 前と同じ賃金で、もっと働くことになる ★ 次からは、わざと遅く作る ★ 下げられないようにする ★ これは 「人が悪い」話ではありません 。 ★ 「仕組みがそうさせる」話 です。★ 読 G でこのあと何度も出てくる形 なので、★ ここで覚えてください。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1479 語、文は 33 本、一文の平均は 44.8 語、いちばん長い一文は 91 語です。 ★ piece work が 4 回 出ます。★ そして、 この篇はほとんど全部が引用符の中 です ( 8.171 読編 で見た、自分の旧稿)。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 「通常の型のうちで最もよい日給制のもとでは、つまり、各人のこなした仕事の量とその能率が正確に記録され、各人が上達するにつれて賃金が上げられ、一定の水準まで上がれない者は解雇されて、その代わりに、注意深く選ばれた新しい人手が仕事を与えられる場合には、生まれつきののらくらも、組織的な怠業も、大部分は打ち破ることができます。しかし、これができるのは、遠い将来においてさえ出来高払いを導入するつもりはまったくないと、働く人びとが心から納得している場合に限られます。そして仕事が、出来高払いがやってみられると彼らが思うような性質のものである場合には、彼らにこのことを信じさせるのはほとんど不可能です。たいていの場合、出来高払いの基準として使われるような記録を作ってしまうことへの恐れから、彼らは思い切れるかぎり怠業をするのです。」 「しかしながら、組織的な怠業の技が徹底して発達するのは、出来高払いのもとにおいてです。働き手が、もっと懸命に働いて生産高を増やした結果として、自分のしている仕事の一個あたりの単価を二度、三度と引き下げられると、彼は雇い主の側の言い分をすっかり見失い、怠業で防げるものなら、もうこれ以上の引き下げは受けまいという険しい決意をしみこませるようになりがちです。働き手の人柄にとって不幸なことに、怠業には雇い主を意図して欺き、だまそうとすることが伴います。こうして、まっすぐで正直な働き手たちが、多かれ少なかれうわべだけの人間にならざるをえなくなるのです。雇い主はやがて、敵とまではいかなくとも相手方と見なされるようになり、指導者とその部下とのあいだにあるべき互いの信頼、熱意、自分たちはみな同じ目的のために働いていて、その成果を分かち合うのだという気持ちは、まったく欠けてしまいます。 「通常の出来高払いの仕組みのもとでの反目の気持ちは、多くの場合、働く人びとの側でたいへんはっきりしたものになるので、雇い主の出すどんな提案も、それがどれほど理にかなったものであっても、疑いの目で見られます。そして怠業はすっかり身についた習慣になるので、働く人びとは、生産高を大きく増やしても自分たちの仕事はまったく増えないような場合でさえ、自分の動かしている機械の生産をわざわざ手間をかけて抑えることがしばしばあります。」 第三。仕事が遅くなる第三の原因について言えば、この論文では後に、あらゆる職種の仕事の、ごく細かな点に至るまで、目分量のやり方を科学的なやり方に置き換えることから生じる、雇い主と雇われる者の双方にとっての大きな利益を例示するのに、かなりの紙幅を割くつもりです。私たちのどの職種で働く人びとについても、不必要な動作を取り除き、遅くて非能率な動作を速い動作に置き換えることによって実現できる時間の莫大な節約、したがって生産高の増加は、有能な者が行う徹底した動作・時間研究から生じる改善を、自分の目で見たあとでなければ、十分には実感できません。 手短に説明しましょう。私たちのあらゆる職種で、働く人びとは自分の仕事の細かな点を、すぐ周りにいる人たちを見ることによって教えられてきました。そのため、同じことをするのにも、ふだん使われている異なるやり方がたくさんあり、各職種の各動作について、おそらく四十、五十、あるいは百ものやり方があります。そして同じ理由から、仕事の種類ごとに使われる道具にも、たいへんな種類の違いがあります。さて、各職種の各要素で使われるさまざまなやり方と道具の中には、ほかのどれよりも速くてよいやり方と道具が、いつも一つずつあるのです。 そしてこの一つの最善のやり方と最善の道具は、使われているすべてのやり方と道具を科学的に研究し分析し、それとあわせて、正確で細密な動作・時間研究を行うことによってしか、見いだすことも作り上げることもできません。これには、機械を扱う技芸の全体にわたって、目分量を科学に少しずつ置き換えていくことが伴います。 この論文では、ふだん使われている古い管理の仕組みのすべての根底にある考え方のために、各々の働き手が、管理する側からの助けや助言をわりあいにわずかしか受けずに、自分の仕事を実のところ自分がいちばんよいと思うやり方でするという最終的な責任を負わされたままにならざるをえない、ということを示します。そしてまた、働き手がこのように孤立しているために、これらの仕組みのもとで働く人びとは、たいていの場合、科学や技術の規則と法則が存在するところでさえ、それに従って仕事をすることができない、ということも示します。 筆者は一般的な原則として次のように主張します(そして、その事実を裏づける例を、この論文の後のほうで示すつもりです)。ほとんどすべての機械を扱う技芸において、各々の働き手の各動作の根底にある科学はたいへん大きく、たいへん多くのことを含むので、実際にその仕事をするのに最も適した働き手は、教育が足りないためにせよ、知的な力が十分でないためにせよ、一緒に働く人たちや上に立つ人たちの手引きと助けがなければ、この科学を十分に理解することができないのです。仕事が科学的な法則に従って行われるためには、管理する側と働く側とのあいだで、通常のどの型の管理のもとにあるよりも、はるかに等しく責任を分け合うことが必要です。管理する側のうち、この科学を作り上げることを務めとする者は、その科学のもとで働けるように働き手を導き、助けもすべきであり、また、通常の状況のもとで管理する側が負っているよりも、はるかに大きな結果への責任を引き受けるべきです。 この論文の本体では、科学的な法則に従って働くためには、いま働く人びとに任されている仕事の多くを、管理する側が引き受けて行わなければならない、ということを明らかにします。働き手のほとんどすべての動作には、管理する側の下ごしらえの動作が一つ以上先立つべきであり、それによって働き手は、そうでない場合よりもよく、速く仕事ができるようになります。そして各人は、一方の極端では上役に駆り立てられたり力ずくで従わされたりし、もう一方の極端では助けのない自分自身の工夫に任されたりする代わりに、毎日、上に立つ人たちから教えを受け、最も親身な助けを受けるべきなのです。 管理する側と働く人びととのこの緊密で、親しく、人と人とのじかの協力こそが、近代の科学的管理、すなわち課業管理の本質なのです。 一連の実際の例によって、次のことが示されるでしょう。この親身な協力によって、つまり毎日の負担を等しく分け合うことによって、その事業所の各人と各機械から最大の生産高を得ることへの(上に述べた)大きな障害は、すべて一掃されるのです。働く人びとが古い型の管理のもとで受け取る額を超えて得られる、三割から十割の賃金の増加は、管理する側との毎日の、肩を並べた親しい触れ合いと相まって、怠業のあらゆる原因をすっかり取り除きます。そしてこの仕組みのもとで数年たつと、働く人びとは、一人あたりの生産高が大きく増えることは、人を職から追い出すのではなく、かえってより多くの人に職を与えることになるのだという生きた手本を目の前にすることになり、こうして、一人あたりの生産高が増えればほかの人が職を失うという誤った推論は、根こそぎにされるのです。 そこで筆者の判断はこうです。各人と各機械の最大の生産高を得ることの大切さについて、働く人びとだけでなく、社会のあらゆる階層の人びとを教え導くために、書いたり話したりすることで多くのことができますし、またすべきでもありますが、この大きな問題を最終的に解決できるのは、近代の科学的管理を取り入れることによってだけなのです。おそらくこの論文の読者の大半は、これはすべてただの理論にすぎないと言うでしょう。それどころか、科学的管理の理論、つまり考え方は、ようやく理解され始めたばかりですが、管理そのものは、三十年近くにわたる少しずつの進化を経てきたものなのです。そしてこのあいだに、広い範囲のさまざまな産業を含む、次から次の会社の従業員たちが、通常の型の管理から科学的な型の管理へと少しずつ移ってきました。合衆国では少なくとも五万人の働き手が、いまこの仕組みのもとで雇われています。そして彼らは、周りにいる同じくらいの力量の人たちに支払われる額よりも、日々三割から十割高い賃金を受け取っており、その一方で、彼らを雇っている会社はこれまでになく繁盛しています。これらの会社では、一人あたり、一機械あたりの生産高は、平均して二倍になりました。この年月のあいだ、この仕組みのもとで働く人びとのあいだでは、ストライキはただの一度も起きていません。通常の型の管理の特徴である、疑い深い見張り合いと、多かれ少なかれあからさまな争いの代わりに、管理する側と働く人びととのあいだには、どこでも親身な協力があるのです。 語釈 帯の外の語は 24 語です。★ discharged (解雇された)・ caliber (力量)・ watchfulness (見張ること)が要 です。★ warfare (いくさ)は、 職場を戦場にたとえた語 です。 語(品詞) 意味 注 antagonism en 名 対立、反目 Old antagonism between the two neighboring farms slowly faded after the flood. その二つの隣り合う農場の間の古い対立は、洪水のあと少しずつ薄れていきました。 antagonist en 名 相手方 The young lawyer treated her courtroom antagonist with calm, careful respect. その若い弁護士は、法廷での相手方に落ち着いた注意深い敬意をもって接しました。 caliber en 名 力量、器量 Everyone agreed that the new teacher was of exceptional caliber. 誰もが、その新しい教師が並外れた力量の持ち主だと認めました。 coerced en 動 力ずくで従わせた No one coerced the young clerk; he offered to help entirely on his own. 誰もその若い事務員を力ずくで従わせたわけではなく、彼はまったく自分から手伝いを申し出ました。 comparatively en 副 わりあいに The new road made the journey comparatively short compared to the old trail. その新しい道路は、その旅を古い小道に比べてわりあいに短いものにしました。 eradicating en 動 根こそぎにする( eradicate の - ing ) The town spent years eradicating the weeds that had overrun the old fields. 町は、古い畑にはびこった雑草を根こそぎにすることに何年も費やしました。 fallacy en 名 誤った推論 The teacher gently pointed out the fallacy hidden in the student's argument. 教師は、その生徒の議論に隠された誤った推論を穏やかに指摘しました。 gradual en 形 少しずつの The old orchard's decline was so gradual that no one noticed it for years. その古い果樹園の衰えはあまりに少しずつのことで、何年も誰も気づきませんでした。 hypocritical en 形 うわべだけの His hypocritical praise fooled no one who had watched him work. 彼のうわべだけの称賛は、彼の仕事ぶりを見てきた誰もだませませんでした。 imbued en 動 しみこませた Her grandmother's stories imbued her with a lifelong love of the sea. 祖母の話は、彼女に海への生涯にわたる愛をしみこませました。 imperative en 形 切迫した、ぜひ必要な。名詞では命法(命令の形) In grammar class, the teacher used 'sit down' as an example of the imperative. 文法の授業で、教師は「座りなさい」を命法の例として使いました。 incapable en 形 〜できない The old machine was completely incapable of printing more than a few pages. その古い機械は、数ページ以上を印