8.202 犬の側から — 語り手は、犬の知っていることだけを言う — Epoché
この篇でできるようになること ★ 冒頭の一文 が語り手の立場の約束だと分かる。 ★ 人の語で犬を書く やり方が見える。 ★ 崩した綴り が話す人を分けていると分かる。 ★ 犬の思いが地の文に入る ところに気づける。 前提 : 8.201 まで。 読む前に ★ 読みはじめの一文だけ、先に置きます。 Buck did not read the newspapers, or he would have known that trouble was brewing ★ 犬が新聞を読まないのは 当たり前 です。★ それをわざわざ書くのは、 語り手が読む人と約束をしている からです——★ 「この先、 この犬が知らないことは書きません 」。 ★ だから、話の背景は この一文の中だけで済まされます 。★ 金が見つかったこと、北へ人が押し寄せたこと ——★ 犬に分かる範囲を外れた話は、 ここから先には出てきません 。 どちらの段落か 段落と文の数 一文の語数 ★ 地の文 14 段落・66 文 ★ 21.0 語 ★ 台詞 8 段落・13 文 ★ 13.2 語 ★ 8.201 読編 では地の文と台詞の差が 三倍近く ありました 。★ この篇では その差が小さい ——★ 台詞が少なく、 ほとんどが地の文 だからです。★ 犬は口をきかないので、 話を運ぶのは地の文しかない のです。 読み方 ★ はじめの一文を三度読む 。★ そこに この篇の作りが全部ある 。 ★ 犬に使われている語に線を引く 。★ 人に使う語が犬に使われている ところを探す。 ★ 台詞の綴りを見る 。★ ふつうと違う綴りに印を付ける (この篇に 4 語 )。 ★ 終わりの段落を、声に出して読む 。★ だれの声で問われているか を考える。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1561 語、段落は 22 段落です。いちばん長い文は 82 語です。 ★ いちばん長い文は、 犬の一日を数え上げた文 です——★ 泳ぐ・狩る・送る・寝る・運ぶ・守る 。★ 並べることで、 この犬の暮らしの広さが出ます 。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 バックは新聞を読みませんでした。読んでいれば、面倒なことが起こりかけていると知っていたはずです。それは自分ひとりにとってだけではなく、ピュージェット湾からサンディエゴまでの、筋肉が強く、暖かい長い毛を持つ、海沿いのあらゆる犬にとってでした。北極の闇の中を手探りで進んでいた人々が黄色い金属を見つけ、汽船会社や運送会社がその発見を盛んに宣伝したために、何千人もの人々が北の地へ押し寄せていたのです。この人々は犬を欲しがりました。しかも欲しがったのは重い犬、骨の折れる仕事をこなす強い筋肉と、霜から身を守る毛皮を持った犬でした。 バックは、日の光にあふれたサンタクララ谷の大きな屋敷に住んでいました。そこはミラー判事の屋敷と呼ばれていました。屋敷は道から引っこんだところに、木々の間に半ば隠れて建っており、木の間からは、建物の四方をぐるりと囲む、広くて涼しいベランダがちらりと見えました。屋敷へは、砂利を敷いた車道が通じていて、それは広々とした芝生の間を抜け、高いポプラの絡み合う枝の下をくねくねと続いていました。裏手は、表よりもさらに広々としていました。大きな厩舎があって、十人あまりの馬丁や少年たちが取り仕切っており、つたに覆われた使用人の小屋が並び、離れ家が果てしなく整然と立ち並び、長いぶどう棚や、緑の牧草地や、果樹園や、いちご畑がありました。さらに、掘り抜き井戸のポンプ設備と、大きなセメントの水槽もあり、ミラー判事の息子たちはそこで朝ひと泳ぎし、暑い午後には涼んでいました。 そして、この広大な領地を、バックが治めていました。ここで彼は生まれ、ここで生涯の四年間を過ごしてきたのです。たしかに、ほかにも犬はいました。これほど広い屋敷にほかの犬がいないはずはありません。しかし、ほかの犬は数に入りませんでした。彼らはやって来ては去り、にぎやかな犬小屋に住むか、日本産のパグのトゥーツや、メキシコ産の毛のない犬のイザベルのように、屋敷の奥まったところでひっそりと暮らしていました。この二匹は、めったに鼻を戸外に出したり、地面に足をつけたりしない、変わった生き物でした。一方で、フォックステリアもいて、少なくとも二十匹はいました。彼らは、窓から外を眺めるトゥーツとイザベルに向かって、恐ろしい脅し文句をきゃんきゃんと吠え立てましたが、二匹は、ほうきやモップで武装した大勢の女中たちに守られていました。 しかし、バックは家の中の犬でも、犬小屋の犬でもありませんでした。領地全体が彼のものでした。彼は水槽に飛びこんだり、判事の息子たちと狩りに出かけたりしました。判事の娘のモリーとアリスのお供をして、夕暮れや早朝に長い散歩をしました。冬の夜には、書斎で盛んに燃える暖炉の前で、判事の足もとに寝そべりました。判事の孫たちを背中に乗せたり、草の上で転がしたりし、彼らが厩舎の庭の噴水まで、さらにはその先の、放牧場やいちご畑のあるところまで乱暴な冒険に出かけるときには、その足取りを見守りました。テリアたちの間を、彼は堂々と歩き、トゥーツとイザベルのことはまったく相手にしませんでした。彼は王だったからです。人間も含めて、ミラー判事の屋敷の、はうもの、這い回るもの、飛ぶもの、すべての上に立つ王でした。 父親のエルモは巨大なセントバーナードで、判事の切っても切れない連れでした。そしてバックは、父親の歩んだ道をたどりそうに見えました。バックはそれほど大きくはありませんでした。体重は百四十ポンドしかありませんでした。母親のシェップがスコットランドの牧羊犬だったからです。それでも、百四十ポンドの体に、よい暮らしとみなからの敬意から生まれる威厳が加わって、彼はまさに王者らしく振る舞うことができました。子犬のころからの四年間、彼は満ち足りた貴族の暮らしをしてきました。自分にたいそうな誇りを持ち、少しばかりうぬぼれてさえいました。田舎の紳士が、世間から離れた境遇のせいで、ときにそうなるように。しかし彼は、ただの甘やかされた家の中の犬にならずにすんでいました。狩りやそれに類する戸外の楽しみが脂肪をつかせず、筋肉を鍛えていました。そして、冷水浴をする民族にとってと同じく、彼にとっても、水を好むことが強壮剤となり、健康を保つもとになっていたのです。 そして、これが一八九七年の秋のバックという犬の姿でした。その年、クロンダイクで金が見つかり、世界じゅうから人々が凍てつく北へと引き寄せられていました。しかしバックは新聞を読みませんでしたし、庭師の手伝いの一人であるマヌエルが好ましからぬ知り合いであることも知りませんでした。マヌエルには、どうしてもやめられない罪が一つありました。中国式の富くじが大好きだったのです。そのうえ、賭け事において、彼にはどうしても抜けられない弱点が一つありました。必勝法を信じていたことです。そして、これが彼の破滅を確実なものにしました。必勝法で賭けるにはお金がいるのに、庭師の手伝いの賃金では、妻と大勢の子どもの必要をまかなうと、余りが出なかったからです。 マヌエルが裏切りをはたらいた、あの忘れられない夜、判事は干しぶどう生産者組合の会合に出ており、息子たちは運動クラブを作るのに忙しくしていました。マヌエルとバックが果樹園を抜けて出かけていくのを、誰も見ていませんでした。バックは、ただの散歩だと思っていました。そして、ただ一人の男を除いて、二人がカレッジパークという小さな信号停車駅に着くのを見た者は誰もいませんでした。この男はマヌエルと話をし、二人の間でお金がちゃりんと鳴りました。 「渡す前に、品物を包んだほうがいいぜ」とよそ者がぶっきらぼうに言い、マヌエルは丈夫な綱を二重にして、バックの首輪の下から首に巻きつけました。 「ねじりゃあ、たっぷり首が締まるぜ」とマヌエルが言い、よそ者はうなって、すぐに承知しました。 バックは、静かな威厳をもって綱を受け入れていました。たしかに、それはいつもと違うことでした。しかし彼は、知っている人間を信じ、自分よりもすぐれた知恵を持っていると認めることを学んでいたのです。ところが、綱の端がよそ者の手に渡されると、彼は脅すようにうなりました。彼は不満をほのめかしただけでした。誇り高い彼は、ほのめかすことは命じることだと信じていたのです。ところが驚いたことに、綱が首のまわりで締まり、息が止まりました。かっとなって彼は男に飛びかかりましたが、男は途中で彼を迎え撃ち、喉もとをぐっとつかんで、巧みにひねり、彼を仰向けに投げ倒しました。それから綱は情け容赦なく締まり、バックは狂ったようにもがき、舌は口からだらりと垂れ、大きな胸はむなしくあえぎました。生まれてこのかた、これほどひどい扱いを受けたことはなく、生まれてこのかた、これほど怒ったこともありませんでした。しかし力は抜けていき、目はどんよりとし、列車が合図で止められ、二人の男が彼を手荷物車に放りこんだときには、何もわからなくなっていました。 次に気がついたとき、彼は、舌が痛むことと、何かの乗り物に揺られて運ばれていることを、ぼんやりと感じていました。踏切で汽笛を鳴らす機関車のかすれた悲鳴を聞いて、自分がどこにいるかがわかりました。判事とあまりに何度も旅をしてきたので、手荷物車に乗っている感じがわからないはずはなかったのです。彼が目を開けると、その目には、さらわれた王の抑えきれない怒りが宿りました。男が彼の喉に飛びかかりましたが、バックのほうが素早く上回りました。彼のあごは男の手にかみつき、再び意識が締め出されるまで、ゆるむことはありませんでした。 「そうさ、発作を起こすんだ」と男は言い、争う物音を聞きつけてやって来た手荷物係から、ずたずたになった手を隠しました。「親方の言いつけで、こいつをサンフランシスコまで連れていくところさ。向こうの腕利きの犬医者が、治せると思ってるんだ」 その夜の道中について、男は、サンフランシスコの波止場にある酒場の裏の小さな小屋で、自分のためにじつに雄弁に語りました。 「おれの取り分は、たったの五十だ」と彼はぼやきました。「千ドルの現金をもらったって、二度とやるもんか」 彼の手は血まみれのハンカチで包まれ、ズボンの右の脚は、ひざから足首まで裂けていました。 「もう一人のやつは、いくらもらったんだ」と酒場の主人が問いただしました。 「百だ」という答えでした。「一スーもまけねえって言うんだ、ほんとさ」 「じゃあ、しめて百五十か」と酒場の主人は勘定しました。「こいつにはそれだけの値打ちがある。でなきゃ、おれはとんまだ」 誘拐した男は、血まみれの包みをほどいて、裂けた手を眺めました。「もし狂犬病にかからなかったら――」 「そりゃあ、おまえが縛り首になるように生まれついてるからさ」と酒場の主人は笑いました。「ほら、ずらかる前に手を貸してくれ」と彼は付け加えました。 頭がぼうっとし、喉と舌の耐えがたい痛みに苦しみ、命を半ば絞り取られながらも、バックは自分を苦しめる者たちに立ち向かおうとしました。しかし彼は投げ倒され、何度も首を絞められ、とうとう男たちは重い真鍮の首輪をやすりで切って首から外してしまいました。それから綱が外され、彼は檻のような木箱に放りこまれました。 その木箱の中で、彼は長くつらい夜の残りを横たわって過ごし、怒りと傷ついた誇りをかみしめていました。彼にはこれがどういうことなのか、まったくわかりませんでした。この見知らぬ男たちは、自分をどうしようというのだろう。なぜ自分をこの狭い木箱に閉じこめておくのだろう。理由はわかりませんでしたが、何かよくない災いが迫っているという漠然とした感じに、彼は押しつぶされそうでした。夜の間に何度か、小屋の戸ががたがたと開くと、判事か、せめて息子たちの姿が見えるかと思って、彼はぱっと立ち上がりました。しかしそのたびに、獣脂ろうそくの弱々しい明かりのもとで彼をのぞきこむのは、酒場の主人のふくれた顔でした。そしてそのたびに、バックの喉で震えていた喜びの吠え声は、ねじ曲げられて荒々しいうなり声に変わりました。 読んだあとで 一 — 犬を、王の語で書く ★ king が 3 回 出ます 。★ ほかにも 治める・領地・威張って ——★ どれも人の、しかも 王の語 です。 And over this great demesne Buck ruled / The whole realm was his he was king,—king over all creeping, crawling, flying things of Judge Miller’s place, humans included ★ 最後の humans included が効きます ——★ 人まで この犬の下に置かれます 。★ 冗談のように書いてありますが、 この篇の話はここから落ちていきます 。 ★ だから、さらわれた場面でも 王の語が使われます —— the unbridled anger of a kidnapped king 。★ もう鎖につながれているのに、 語り手は「王」と呼び続けます 。★ この一語で、 失われたものの大きさが出ます 。 ★ 8.201 読編 では 人を体の語で 書いていました 。★ ここでは 犬を王の語で ——★ どちらも 持ってきた語が、その者の格を決めています 。 二 — 崩した綴りが、話す人を分ける ★ 台詞に、ふつうと違う綴りが 4 語あります 。★ 語り手の地の文には 一つもありません 。 どの語か ふつうの形 だれの言い方か takin’ ’m ★ taking him ★ さらった男 an’ I wouldn’t ★ and I would not ★ 同じ男 plentee ★ plenty ★ 庭師の助手 ★ ほかにも ’Frisco (町の名の略)や you was born が出ます 。★ どれも 学校で習う形ではありません 。 ★ これは書き手の手ぬきではなく、 人を分けるための道具 です。★ 語り手は正しい綴りで書き、 犬を売り買いする者には崩した綴りを与えます 。★ 読む人は、 綴りだけでその者の育ちを知らされ