モンテスキュー――権力は権力によって抑えられる(三権分立・法の精神) — Epoché
近代 啓蒙思想 約 17 分 本文 約 7,400 字 図 3・表 2 原典 1 節 この課の要点 関係・原理・分立の 3 つ 関係 法は人間がつくるので一見ばらばらだが、それぞれの国の政体の本性と原理、気候、土地、暮らし方、宗教、習俗、商業などと関係を持つ。その関係の全体が「法の精神」で、そう見ると奇妙に見えた法も理解できる(『法の精神』第 1 編 第 3 章)。 原理 政体は共和政(民主政・貴族政)・君主政・専制の三つ。治める人の徳ではなく、定まった法によって治めるかどうかで君主政と専制が分かれる。それぞれを動かす原理は徳・名誉・恐怖で、原理が壊れると政体は腐り、専制へ落ちる(第 2 編 第 1 章・第 3 編 第 1 章)。 分立 権力を持つ者は、限りに突き当たるまでそれを悪用しがちである。だから権力が権力を止めるよう、立法・執行・裁判の三つを別の手に分ける。三つが同じ人や同じ団体に集まれば、自由はない(第 11 編 第 4・6 章)。 はじめに モンテスキュー(1689〜1755)は、18 世紀フランスの思想家です。ボルドーの高等法院で長官を務め、11 年のあいだ刑事の裁判を主宰し、監獄の監督や、拷問を含む刑の執行にも携わりました [1] 。1721 年には、二人のペルシア人の目でフランスを描く書簡体の小説『ペルシア人の手紙』を匿名で出し、たちまち評判の作家になりました [1] 。 1728 年からは、イタリア・ドイツ・オーストリアなどを旅し、イングランドには 2 年住みました。その政治の仕組みに強い印象を受け、後の仕事に生かしています [1] 。帰国後は領地にこもって『法の精神』(1748 年)を書き上げました。この本は大きな成功と激しい論争を呼び、1751 年にはカトリック教会の禁書目録に載せられます [1] 。 『法の精神』の説く、立法・執行・裁判の三つの権力を分けるという考えは、今日「三権分立」の名で広く知られています。ただしモンテスキューが説いたのは、三つをただ並べることではありません。権力を持つ者は悪用しがちだという見通しから、権力どうしが止め合う配置を考えたのです [2] 。 前の編のロックの課では、政府の権力は人々から預かったもので、目的を裏切れば人々は抵抗してよい、という考えを読みました。モンテスキューの問いはその一歩手前にあり、初めから悪用されにくい政府をどう組み立てるか、です。この課では、法の精神、三つの政体、権力の分立の順に読みます。 この課の問い 権力が悪用されないようにするには、政府をどう組み立てればよいのでしょうか。そして、国ごとに法がこれほど違うのはなぜで、その違いを理解することは、よい法をつくる役に立つのでしょうか。 この課のことば 法の精神 法が、その国の政体・気候・土地・暮らし方・宗教・習俗・商業などと持つ関係の全体。法を一つだけ取り出さず、何と結びついているかで見る見方です。 政体の本性と原理 本性は、その政体を形づくる仕組み(誰がどう治めるか)。原理は、その政体を動かす人々の情念で、機械でいえば動力にあたります。 政治的自由 何でも好きにできることではなく、自分は安全だという思いから生まれる心の落ち着き。夜道でも隣人を恐れずに暮らせる状態です。 権力の分立 法をつくる立法、法を執り行う執行、罪を罰し争いを裁く裁判の三つの権力を、別の人や団体に持たせること。 法の精神と権力の分立――自由を守るには、政府をどう組み立てればよいのか モンテスキューは、裁判官として刑事の裁判に携わり、各国を旅して法と制度を見比べました [1] 。そうして書いた『法の精神』は、ばらばらに見える人間の法を説明しようとする本です [1] 。この章では、法は風土や習俗と結びつくこと、三つの政体とその原理、権力が権力を止めること、を順に読みます。 法の精神――法は、その国の風土や習俗と結びついている モンテスキューが『法の精神』で目ざしたのは、人間の法と社会の制度を説明することです [1] 。これは無理な企てに見えます。自然の法則は神が定めて保つものですが、人間の法をつくるのは、無知と誤りに陥り、無数の激しい情念に駆られる人間だからです(第 1 編 第 1 章) [1] 。国ごとの法の違いは驚くほど大きく、人間の愚かさの目録にすぎないようにも見えます。 しかしモンテスキューは、この混乱は思ったよりずっと分かるものだ、と考えました。法は、それをつくる人民に、政体の本性と原理に、国の気候に、土地の質・位置・広さに、そして人々の主な暮らし方に合わせるべきだ、と彼は言います。農耕か、狩猟か、牧畜かという違いです。法はさらに、国制が許す自由の度合い、住む人の宗教・好み・富・人口・商業・習俗とも関係を持ち、法どうしも関係を持ちます(第 1 編 第 3 章) [1] 。この関係の全体を、彼は 法の精神 と呼びました (図 1) 。 一国の法 人間がつくり、国ごとに違って 見える 政体の本性と原理 誰がどう治め、何が政体を動かすか 気候 寒さ暑さと人々の気質 土地 肥えているか、位置と広さ 暮らし方 農耕・狩猟・牧畜 宗教 市民社会にもたらす善との関係 習俗と好み 人々の慣れとふるまい 商業・富・人口 何で豊かになり、何人が住むか 図 1 法が関係を持つもの(第 1 編 第 3 章を本教材が整理)。上から下へ並ぶ七つとの関係の全体を、モンテスキューは法の精神と呼びます。 例を見ましょう。寒い国の人は力強く大胆で、暑い国の人は感覚が強いが長続きしない、とモンテスキューは当時の生理学で説きます(第 14 編 第 2 章) [1] 。これは今日の科学の事実ではありません。土地が肥えた所には君主政が、やせた所には共和政が多い、とも言います(第 18 編) [1] 。宗教も、真か偽かでなく、市民社会にもたらす善との関係だけで扱います(第 24 編 第 1 章)。アラビアで豚肉を禁じ、インドで牛肉を禁じるのは、それぞれの土地に合っている、というのです(第 24 編 第 24 章) [1] 。 教材の作例でも考えてみます。雨の多い国で「家の床を地面から高く上げよ」と法で決め、砂漠の国で「井戸の水を勝手に汲むな」と法で決めたとします。よそから見るとどちらも妙な決まりですが、その土地の気候と暮らしに照らせば筋が通ります。法を一つずつ「正しいか」と裁く前に、それが何と結びついているのかを見よ、というのがモンテスキューの問いです。 この見方には実際の効き目もあります。自国の法が条件にどう合っているかを知れば、不合理に見える所を軽々しく「改革」して政体を弱めることを避けられます。たとえば王の力を強めようと貴族を弱めれば、君主への歯止めがなくなり、君主政は専制へ傾きます [1] 。逆に、残酷な刑や宗教の迫害、奴隷制のように本当に直すべき所を、政体を壊さずに直す道も見えてきます [1] 。モンテスキューは、理想の国を一から描く人ではありません。 ここで間違えやすい 二つの誤解に気をつけましょう。一つは、気候が国民性も政体もすべて決めてしまう、と説いた決定論者だと取ることです。気候と土地は気質や習俗に影響しますが、逆らえないものではなく、法はその影響を考えに入れ、悪い面は打ち消すべきだとされます [1] 。もう一つは、どの国の法もその国では正しい、という相対主義と取ることです。彼は「奴隷の状態はその本性からして悪い」と書きました(第 15 編 第 1 章) [1] 。ただし、ひどく暑い国では奴隷制がより理にかなうとも書いており(第 15 編 第 7 章)、今日の全面的な廃止論と同じものではありません [1] 。 三つの政体と原理――徳・名誉・恐怖 モンテスキューは、政体を三つに分けます。人民の全体か一部が主権を持つ共和政、一人が定まった基本の法によって治める君主政、一人が法も決まりもなく自分の意志と気まぐれですべてを動かす 専制 です(第 2 編 第 1 章) [1] 。共和政のうち、人民の全体が主権を持つものが民主政、一部が治めるものが貴族政です。 この分け方には新しさがあります。アリストテレスのように、治める人に徳があるかどうかで分けるのではありません。君主政と専制の違いは、君主の人柄でなく、定まった法によって治めるかどうかにあります [1] 。そのうえで各政体は、それを動かす人々の情念を持ちます。これを 原理 と呼びます(第 3 編 第 1 章) [1] (表 1) 。 この表で分かること: 三つの政体は、誰がどう治めるか(本性)と、それを動かす情念(原理)で分かれ、原理が壊れるといずれも専制へ向かいます。 政体 誰がどう治めるか 原理 どう腐るか 民主政(共和政) 人民の全体が主権を持つ 徳(法と祖国への愛) 不平等の精神・極端な平等の精神 貴族政(共和政) 人民の一部が治める 節度 貴族どうしの平等が崩れる 君主政 一人が定まった法で治める 名誉 中間の権力を壊し気ままに治める 専制 一人が気まぐれで治める 恐怖 本性からして絶えず腐る 表 1 三つの政体の本性・原理・腐り方。SEP の整理によります [1] 。 民主政の原理は徳です。ここでの徳は、法と祖国への愛で、私の利益より公の利益を常に選ぶことです(第 4 編 第 5 章) [1] 。これは生まれつきのものではなく、つらい自己放棄なので、教育の力のすべてが要ります。モンテスキューは、これを修道士が自分の修道会を愛する心にたとえます。規則がふつうの情念を育てるものを断つほど、残った一つの情念、つまり自分を苦しめる規則そのものへの情熱が強くなる、というのです(第 5 編 第 2 章) [1] 。だから民主政の国は小さく、財産は平等に近く保つべきだとされます [1] 。 君主政では、王の力が、貴族や独立した裁判所のような 中間の権力 を通して流れます(第 2 編 第 4 章) [1] 。原理は名誉、つまり位や栄誉を求める心で、これは生まれつき持ちやすいものです。各人が自分の野心から動いても、それが国の役に立つところに、君主政の強さと安定があります [1] 。専制の原理は恐怖です。臣民は奴隷と変わらず、恐怖が心を押さえつけて、野心のかけらも消します(第 3 編 第 9 章) [1] 。 原理が壊れると、政体は腐ります。共和政も君主政も、腐れば専制に落ちます。安定した君主政や共和政をつくるのは「立法の傑作」で、めったに成りません。ところが専制は、人々を十分に脅しさえすれば、誰にでもつくれます(第 5 編 第 14 章) [1] 。専制の原理は、その本性からして腐っているので、絶えず腐り続けます(第 8 編 第 10 章) [1] 。 ここで間違えやすい 三つの政体のうち共和政がいちばんよい、と説いたと取るのは早すぎます。民主政の徳はつらく生まれつきでないもので、小さな国でなければ保ちにくい、と彼は見ます [1] 。君主政も、中間の権力があり法が守られれば、穏和で安定した政体になります。はっきり退けるのは専制です(本教材の読み方)。また、名誉を立派な道徳と取るのも違います。君主政の名誉は、位や栄誉を求める野心を含みます [1] 。 権力が権力を止める――立法・執行・裁判を別の手に では、自由はどうすれば守れるのでしょうか。モンテスキューによれば、 政治的自由 は、何でも好きにできることではありません。他人を害する自由があれば、他人も私を害せるので、誰も安心できないからです [1] 。自由とは、自分は安全だという思いから生まれる心の落ち着きで、一人の市民がほかの市民を恐れなくてよい状態のことです(第 11 編 第 6 章) [1] [2] 。政治思想家のシュクラーは、これを「恐怖の自由主義」と呼びました [1] 。 自由は穏和な政体にしかなく、そこにも、権力が悪用されないときにだけあります。権力を持つ者はみなそれを悪用しがちで、限りに突き当たるまで進みます。これは永遠の経験だ、とモンテスキューは言います。「徳そのものにも限りが要る」とも書きます。だから、物事の配置によって、権力が権力を止めなければなりません(第 11 編 第 4 章) [2] 。よい人に任せれば安心だ、とは考えないのです。 どの国にも三つの権力がある、と彼は言います(第 11 編 第 6 章) [2] 。法をつくり、直し、やめる立法の権力、和戦や外交、防衛を行う執行の権力、罪を罰し、私人の争いを裁く裁判の権力です。原文では後の二つを「万民法に属する事柄の執行の権力」「市民法に属する事柄の執行の権力」と呼び、後者を「裁く権力」と言い直します。三つが同じ手に集まれば自由はなく、トルコでは三つがスルタンに集まり、恐ろしい専制が支配している、と彼は書きます [2] 。 分けたうえで、どう止めるのでしょう。立法と執行のあいだには、止め合う仕掛けを置きます。税を決めるのは立法だけにして、執行が勝手をすれば資金を断てるようにします。執行は立法の議決を拒めます。立法は二つの院に分け、互いに止め合わせます(第 11 編 第 6 章) [1] [2] 。裁判は扱いが違います。常設の身分や職業に預けず、人民の中から臨時に選んだ人々が裁き、法を決まったやり方で事件に当てはめます。こうして、恐ろしい裁く力が「いわば目に見えないもの」になり、人は職を恐れても裁判官を恐れなくなります [1] [2] (図 2) 。 分けたとき 立法 執行 裁判 立法と執行は止め合う 裁判は離す 集めたとき 立法 執行 裁判 すべては失われる(第 11 編 第 6 章) 図 2 権力の分立を三つの扉と鍵で描いた教材の作例です(原典の例ではありません)。一つ目は、三人が自分の扉の鍵だけを持ち、立法と執行が止め合い、裁判は離して置かれる場面です。二つ目は、一人が三本の鍵を束ねて持ち、扉がすべて開いたまま、人々が縮こまる場面です。 図 2 は教材の作例です。一つ目の絵では、三人が自分の扉の鍵だけを持ち、誰もほかの扉は開けられません。二つ目の絵では、一人が三本の鍵を束ねて持ち、自分で決まりを書き、行い、裁けます。モンテスキューが「すべては失われる」と言うのは、この状態です。自由と刑法を結びつけて考える彼の議論は、のちのベッカリーアのような刑法の改革者を動かしました [1] 。 ここで間違えやすい 三権分立を、三つの権力が同じ重さで並び