8.8 修行者、百鬼夜行にあふ事(宇治拾遺物語) — Epoché
この篇でできるようになること 九百字ほどの説話を、語釈だけを頼りに最後まで読み通せる。 同じ出来事が「けり」で語られ、当人の口では「き」で語られることを、原文で確かめられる。 「こそ」+已然形の結びを、「しか」「たれ」という形で四か所とも見つけられる。 「ぞ」があるのに結びの形が出てこない、結びの流れた文を見分けられる。 前提 : 8.7 まで。 読む前に 読編の最後の篇です。『宇治拾遺物語』巻第一の「修行者、百鬼夜行にあふ事」——題のとおり、旅の僧が 百鬼夜行 に出くわす話です。百鬼夜行というのは、夜、人ならぬ物どもが列をなして歩き回るという言い伝えで、平安から鎌倉にかけての話によく出てきます。出会えば命が無いとされました。ところがこの話の鬼どもは、修行者を食いも殺しもしません。 ただ、座る場所が足りないから、じゃまだと言って縁の下へ出すだけ です。恐ろしい怪異が、宴会の席順という日常の理屈で処理される——そこがこの話の可笑しさで、8.7 の鬼が酒を飲んで舞を見ていたのと同じ味わいです。説話がどういう文章なのかは 世編 1課 にあります。 舞台は二つあります。はじめは 津の国 、いまの大阪から兵庫にかけての摂津国で、修行者は日が暮れて、竜泉寺という古びた無人の寺に泊まります。夜が明けると、そこは 肥前国 ——いまの佐賀・長崎にあたる、九州の西の端です。一晩で四百キロを越えて運ばれてしまった。何が起きたのかは説明されません。鬼が縁の下に置いた、それだけが書いてあります。話は、修行者が京に上って人々にこの出来事を語るところで終わります。 読むときに一つだけ注意してください。 途中から、語り手が「われ」と言い出します 。第四段落の 火をうちふりてわれをつらつらとみて 、 片手してわれを引さげて ——ここまで「修行者が」と三人称で語ってきた地の文に、当人の一人称が混じります。校訂の誤りではありません。この話の後ろに、修行者本人が京で語った話があって、語り手はそれを写しているうちに、当人の言い方に引きずられているのです。最後の段落を読めば、その事情が分かります。この「引きずられ」が、この篇の文法上の主題にそのままつながります。 語釈 ここまでの課程に出ていない語を全部挙げます。読みは現代仮名です。「家族」の欄には、その語がどの課の仲間かを書きました。 修行者 ja しゅぎょうじゃ 諸国を巡り歩いて修行する僧 家族 身分の語 津の国 ja つのくに 摂津国。いまの大阪府北部と兵庫県南東部 家族 地名 ふる ja ふる 古びる。「寺のふりたる」=古びた寺 家族 上二段活用 形編 4課 負 ja おい 背負った荷。笈 家族 名詞 呪 ja じゅ 真言。仏に向かって唱える文句 家族 仏の語 きつどふ ja きつどう 集まって来る 家族 四段活用 形編 2課 えもいはず ja えもいわず 何とも言いようがない 家族 連語 え〜ず ja え〜ず 〜できない。不可能を表す 家族 呼応の言い方 つらつらと ja つらつらと じっと。つくづく 家族 副詞 あたらし ja あたらし 見慣れない。新しい 家族 形容詞 おはす ja おわす 「あり・行く」の尊敬語。「おはせ」は命令形 家族 敬語(敬編) すう ja すう 据える。置く 家族 下二段活用 形編 3課 えん ja えん 縁。堂の外側に張り出した板敷き 家族 名詞 さるほどに ja さるほどに そうしているうちに 家族 接続の語 あかつき ja あかつき 夜明け前の、まだ暗いころ 家族 時の語 ののしる ja ののしる 大声で騒ぐ 家族 古今異義語 語編 3課 とく ja とく 早く 家族 副詞 かし ja かし 〜てくれよ。念を押す終助詞 家族 終助詞 いぬ ja いぬ 立ち去る。「いなん」=去ろう 家族 ナ変 からうじて ja かろうじて やっとのことで 家族 副詞 うちみまはす ja うちみまわす ぐるりと見回す 家族 四段活用 形編 2課 ありし ja ありし さっきまであった。「き」の連体形が付いた形 家族 過去 辞編 1課 来しかた ja こしかた 来た方角。過ぎてきた方 家族 連語 ふみ分く ja ふみわく 草を踏み分けて道をつける 家族 下二段活用 形編 3課 まれまれ ja まれまれ たまたま。ごくまれに 家族 副詞 ぐす ja ぐす 連れて行く。従える 家族 サ変 いづく ja いずく どこ 家族 代名詞 ぞかし ja ぞかし 〜だぞ。念を押す言い方 家族 終助詞 わざ ja わざ こと。できごと。しわざ 家族 名詞 けう ja けう 希有。めったに無い。不思議だ 家族 漢語 みたち ja みたち 御館。国司などの住む建物 家族 名詞 所せばし ja ところせばし 場所が狭い。窮屈だ 家族 形容詞 雨だり ja あまだり 軒先の、雨だれの落ちる所 家族 名詞 かきいだく ja かきいだく かき抱く。抱きかかえる 家族 四段活用 形編 2課 ついすう ja ついすう ぽんと据える。無造作に置く 家族 下二段活用 形編 3課 述語の印 段落ごとに、述語を出てくる順に並べます。 終止形か命令形なら、そこで一文が終わり ます。連体形・連用形・已然形なら、句点があってもまだ続きます。この話は短い言い切りが多く、九つの段落で二十回ほど切れます。 第一段落から第三段落 第一段落 — ありけるが (連体形+が・続く)/ いきたりけるに (続く)/ 人もなきありけり (終止形・切れる)/ やどらぬ所といへども (已然形+ども・続く)/ なかりければ (続く)/ いかがせん (引用の中で言い切り)/ 入てけり (終止形・切れる)。主語はすべて修行者です。 第二段落 — ゐたるに (続く。修行者が)/ 成ぬらん (引用の中)/ おもふほどに (続く)/ をとすなり (終止形・切れる。近づく声が)/ きつどひたり (終止形・切れる。物どもが)/ ちかくてみれば (已然形+ば・続く)。 第三段落 — さまざまなり (切れる)/ 物どもなりけり (切れる)/ 角おひたり (切れる)/ 物どもなり (切れる)/ 思へども (已然形+ども・続く。修行者が)/ ゐたれば (続く)/ みなゐぬ (終止形・切れる。物どもが)。四つの短い文が続けて並びます。 第四段落から第六段落 第四段落 — えゐずして (連用形・続く。鬼の一人が)/ いふやう (言いさし)/ ゐ給たれ (「こそ」の結び・已然形)/ おはせ (命令形・鬼の言葉が終わる)/ すへつ (終止形・切れる)。 第五段落 — かへりぬ (切れる。この人々が)/ おそろしかりける所かな (「かな」で言い切り)/ あけよかし ・ いなん (修行者の心の中)/ おもふに (続く)/ 夜あけたり (切れる)/ うちみまはしたれば (続く)/ ありし寺もなし (終止形・切れる)。 第六段落 — みえず (切れる、二回)/ なければ (続く)/ ゐたるほどに (続く。修行者が)/ 出来たり (終止形・切れる。馬に乗った人どもが)。 第七段落から第九段落 第七段落 — ととへば (続く。修行者が)/ とひ給ぞ ・ 肥前国ぞかし (馬の人が)/ いへば (続く)/ わざかな (修行者の心の中)/ くはしくいへば (続く)/ けうの事かな ・ おくの郡なり ・ みたちへまいるなり (馬の人の言葉)/ いへば (已然形+ば・続く)。 第八段落 — しり候はぬに ・ まいらん (修行者の言葉)/ いひていきければ (続く)/ をしへければ (続く。馬の人どもが)/ のぼりにけり (終止形・切れる。修行者が)。 第九段落 — ありしか (「こそ」の結び・已然形)/ やどりたりしを (連体形+を・続く)/ きて ・ 所せばしとて (続く。鬼どもが)/ おはしませ (命令形・鬼の詞が終わる)/ かきいだきて (続く)/ おもひしに (続く)/ ゐたりしか ・ あひたりしか (「こそ」の結び・已然形)/ 語けるとぞ (語り手が結ぶ)。 助動詞と係り結び この篇を読編の最後に置いたのは、 「き」と「けり」の違いが、一つの話の中で目に見える形で分かれている からです。第八段落までの地の文は、全部「けり」です。 修行者のありけるが 、 いきたりけるに 、 人もなきありけり 、 内に入てけり 、 物どもなりけり 、 京へのぼりにけり 。語り手が伝え聞いて語っているからです。ところが最後の段落、 修行者自身が京で人々に語る言葉に入ったとたん、過去はすべて「き」に変わります 。 かかるあさましきことこそありしか 、 やどりたりしを 、 ついすゆとおもひしに 、 こそゐたりしか 、 こそあひたりしか 。自分が体験した過去だから「き」です。 辞編 1課 と 辞編 2課 で分けた二つが、これ以上ないほどきれいに分かれています。 地の文にも「き」が二つ混じります。第五段落の ありし寺もなし と、第六段落の 来しかた です。後者は「来た方角」という決まり文句として固まった言い方なので、例外と考えて構いません。前者はそうではなく、 語り手の目がすでに修行者の目になっている ところです。「さっきまで自分がいた寺」を言うのですから、伝え聞いた「けり」ではなく、体験した「き」になります。第四段落から「われ」が顔を出しはじめる、あの引きずられ方と同じことが、助動詞の側にも起きています。 係り結びは「こそ」ばかり四つです。第四段落の あたらしき不動尊こそゐ給たれ が「こそ」+已然形「たれ」。あとの三つは最後の段落に固まっていて、いずれも「こそ」+「しか」——過去の「き」の已然形です。「き」は 「き/し/しか」と、終止形・連体形・已然形がすべて違う形 をしているので、結びがはっきり目に見えます。修行者が同じ形を三度も繰り返すのは、「本当にあったのだ」と念を押しているからです。 もう一つ、第四段落の頭に 結びの流れた「ぞ」 が出ます。 ひとりぞまだ所もなくてえゐずして ——「ぞ」があるのに、その下は連用形で続いてしまい、結びの連体形がどこにも現れません。文の途中で言い方が変わってしまうと、こういうことが起きます。2.4 では「係助詞があれば結びがある」と覚えましたが、実際の文章では 結びが流れることも珍しくない と知っておいてください。見つからないときは、無理に探さなくて構いません。 完了では「ぬ」の働きがよく見えます。 みなゐぬ で鬼が座り終え、 かへりぬ で鬼が去り、 のぼりにけり で修行者が京に着く。 場面が閉じるところに「ぬ」が来る という、 読編 7課 と同じ使い分けです。打消は えゐずして の「ず」が要点で、上の「え」と組んで「座ることができない」という不可能になります。「え」だけでも「ず」だけでも意味が出ず、二つそろって初めて働く言い方です。 読み上げと音読 まず原文の文書を開いて、読み上げを最後まで聞いてください。読み替えが起きるのは次の語です。「となへて」はとなえて、「思へども」はおもえども、「いはず」はいわず、「うちふりて」はそのまま、「ゐたれば」はいたれば、「給へ」はたまえ、「かへりぬ」はかえりぬ、「からうじて」はかろうじて、「みまはしたれば」はみまわしたれば、「ふみ分たる」はふみわけたる、「候」はそうろう、「とひ給ぞ」はといたまうぞ、「いへば」はいえば、「おもひしに」はおもいしに、「あひたりしか」はあいたりしか。「いかがせん」「いなん」「まいらん」の「ん」は、もとの「む」が音を変えたもので、 音編 6課 の規則がそのまま当てはまります。 聞き終えたら、自分の声で通して読んでください。この話の音読の要点は 最後の段落 です。ここだけは修行者本人の言葉ですから、地の文とは調子を変えて読みます。 こそありしか 、 こそゐたりしか 、 こそあひたりしか ——同じ形が三度繰り返されるところは、一度ごとに強めて読んでください。人に信じてもらえないような話を、それでも本当だと言い張っている声になります。第三段落の あるひは角おひたり。 のような短い言い切りは、そこで本当に切れますから、間を置いて読みます。 練習 練習 1 — 述語を囲む 原文の最後の段落を書き写して、述語を全部囲んでください。囲んだあと、それぞれの右に「終止形・命令形・已然形(「こそ」の結び)」か「それ以外(まだ続く)」かを書いてください。 練習 2 — 現代語に直す 第四段落の鬼の言葉 我ゐるべき座にあたらしき不動尊こそゐ給たれ。こよひばかりは外におはせ を、現代語に直してください。「あたらし」が何を言っているか、「ゐ給たれ」がなぜ「ゐ給たり」でないか、「おはせ」が誰に向けた命令かが分かるように訳せば正解です。 練習 3 — 音読 原文を三回、声に出して読んでください。一回目は読み上げに合わせて。二回目からは自分の声だけで。三回目は、最後の段落だけを、修行者本人になったつもりで読んでみてください。 この篇のまとめ 地の文は「けり」、当人の語りは「き」。同じ出来事でも、 誰が語るかで過去の形が変わる 。 「き」は「き/し/しか」と三つの形が全部違うので、「こそ」の結びが目に見える。 「ぞ」があっても結びが現れないことがある。文の途中で言い方が変われば、結びは流れる。 「え」+「ず」で「〜できない」。二つそろって初めて働く。 これで読編の第 1 期分は終わり。『宇治拾遺物語』の八話を、語釈だけで読み通したことになる。 次の篇へ 次は 9.1 から、歌の編に入ります。ここまでは散文ばかりを読んできましたが、今度は五七五七七の三十一文字を扱います。歌は短いぶん、一語一語の働きが重く、助動詞一つで意味が裏返ります。読編で身に付けた「述語の形で切れ目を決める」やり方は、歌では「句切れ」を見つける技になります。読む対象が変わるだけで、道具は同じです。 答え 練習 1 の答え : ありしか (已然形・「こそ」の結び)/ やどりたりしを (連体形・続く)/ きて (連用形・続く)/ 所せばし (終止形・引用の中)/ おはしませ (命令形・切れる)/ いひて (連用形・続く)/ かきいだきて (連用形・続く)/ おもひしに (連体形+に・続く)/ ゐたりしか (已然形・「こそ」の結び)/ あひたりしか (已然形・「こそ」の結び)/ 語けるとぞ (語り手が結ぶ)。 練習 2 の答え : 「わたしが座るはずの席に