財政と税――誰が払い誰が受け取るか — Epoché
制度と行動 政策と政治経済 約 29 分 本文 約 12,800 字 図 5・表 2 資料 1 節 この課の要点 中身・払う側・受け取る側の 3 つ 中身 2026 年度の一般会計予算は 1,223,092 億円で、歳出は社会保障・国債費・地方交付税交付金等が大きく、歳入の約 4 分の 1 は公債金です。 払う側 法律で税を納める人と、負担が最終的に行き着く人は違うことがあります。消費税は国内の取引では事業者が納め、財務省の説明では消費者が実質的に負担します。 受け取る側 所得再分配調査では 60 歳以上の再分配係数がプラスです。ただし「再分配」は何を基準に比べるかで意味が変わり、基準の選び方そのものが規範の論争です。 はじめに ある一日を思い浮かべてみましょう。朝、コンビニでおにぎりを買うと、代金には消費税が含まれています。夕方、アルバイトの給料明細を見ると、所得税が引かれています。夜に熱を出して病院に行くと、窓口で払うのは医療費の一部だけです(本教材の作例)。私たちはほとんど毎日のように税を払い、同時に、税や保険料でまかなわれる何かを受け取っています。 では、国全体で見ると、お金は誰が払い、誰が受け取っているのでしょうか。この問いは、思ったより答えにくいものです。税を「納める」人と、その重さを最終的に「負う」人は、同じとは限りません。また、ある人が「受け取る側」にいるかどうかは、何と比べるかによって変わります。何も比べずに「得をしている人」「損をしている人」を言い当てることはできないのです。 この課程の「福祉国家――三つの福祉レジーム」の課では、国によって社会保障の大きさや形が違うことを見ました。この課では、その費用を誰がどのように負担し、誰に渡っているのかを、日本の国の財政を例に考えます。財政の話は数が大きく、ニュースでは「何兆円」という言葉が飛び交いますが、一つひとつの数が何を数えたものかを確かめれば、筋道は追えます。 手がかりは四つです。第 1 節では、2026 年度の国の予算の数を確かめます。第 2 節では、アダム・スミスの税の原則と日本の消費税・所得税から「誰が払うのか」を考えます。第 3 節では、厚生労働省の所得再分配調査と、再分配をめぐる哲学の議論から「誰が受け取るのか」を考えます。第 4 節では、借金(公債)でまかなう分を誰が負担するのかを、法律の条文で確かめます。数と条文で確かめられることと、立場によって答えが分かれることを、分けて読んでいきましょう。 この課の問いには、二つの種類の問いが含まれています。一つは「実際にどうなっているか」という実証の問いで、予算や調査の数、法律の条文で確かめられます。もう一つは「どう分けるのが正しいか」という規範の問いで、論者や立場によって答えが分かれます。この課では、実証の問いには数と条文で答え、規範の問いには誰がどう論じたかを並べます。規範の問いについて、本教材の答えを一つに決めることはしません。読者のみなさんが、自分の考えの筋道を確かめる材料にしてください。 この課の問い 国のお金は誰が払い、誰が受け取っているのでしょうか。数と条文で確かめられることと、何を基準に比べるかで答えが変わることを分けて考えます。 この課のことば 歳入・歳出 国が 1 年度に受け取るお金の全部と、使うお金の全部。家計の「収入」と「支出」にあたります 公債(国債) 国が借金をするときに出す証書。後で利子を払い、返す(償還する)約束です 納税義務者 法律で税を納める義務を負う人。消費税では、国内の取引は事業者、輸入は貨物を引き取る者で、負担が最終的に行き着く人とは限りません 累進税率 所得の多い部分ほど高い率がかかる仕組み。日本の所得税がこの形です 再分配 税や社会保障によって、人々の間の所得の分かれ方が変わること ジニ係数 格差の大きさを 0 から 1 の数で表す物差し。0 に近いほど平等です 国の財布――誰が払い、誰が受け取るのか この章では、国の一般会計の数と法律の条文を手がかりに、財政と税の基本の問いを順に考えます。第 1 節で予算の中身を数で確かめ、第 2 節で税を誰が払うのか、第 3 節で誰が受け取るのか、第 4 節で借りたお金を誰が払うのかを見ます。数と条文で確かめられることと、理論や立場によって答えが分かれることを、分けて読んでいきましょう。 国の財布の中身――2026 年度の予算を数で見る 財政とは、国や地方自治体がお金を集め、使う活動のことです(本教材の言葉づかい)。日本国憲法は、国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならないと定めています [1] 。新しく税を課したり、今の税を変えたりするには、法律か、法律の定める条件によらなければなりません(法律そのものでなく、法律が定めた条件による場合もあります) [1] 。国がお金を支出したり債務を負ったりするにも、国会の議決が要ります [1] 。そして予算を作るのは内閣で、内閣は毎会計年度の予算を国会に出し、審議を受けて議決を経なければなりません [1] 。誰がいくら払い、何に使うかを最後に決めるのは、選挙で選ばれた議員が集まる国会だ、という仕組みです(本教材の整理)。 財政法は、一会計年度の一切の収入を歳入、一切の支出を歳出と呼びます [2] 。この節では、国の会計のうち一般会計の予算の数を見ます。財務省の資料によれば、2026 年度(令和 8 年度)の一般会計の予算では、歳入総額と歳出総額はどちらも 1,223,092 億円、およそ 122 兆円です [3] 。 予算の歳出のうち最も大きいのは、社会保障の 390,559 億円で、総額の 31.9%を占めます [3] 。次が国債費の 312,758 億円(25.6%)です [3] 。予算ではその内訳は、利払費等が 130,672 億円(10.7%)、債務償還費(借りたお金を返す費用)が 182,086 億円(14.9%)です [3] 。三番目は、国から地方自治体に配る地方交付税交付金等で、予算では 208,778 億円(17.1%)です [3] 。残りのうち、防衛関係費は 89,843 億円(7.3%)、公共事業は 61,078 億円(5.0%)です [3] 。文教及び科学振興は 60,406 億円(4.9%)、その他は 99,670 億円(8.1%)で、予算ではこの 7 項目で歳出の全体になります [3] (図 1) 。 0 50 100 150 39.1 社会 保障 31.3 国 債費 20.9 交付 税等 9.0 防衛 6.1 公共 事業 6.0 文教 ・科学 10.0 そ の他 122.3 歳出 総額 出典:財務省「令和8年度一般会計予算 歳出・歳入の構 成」 定義:一般会計歳出の主な経費別の予算額(原表の区分: 社会保障・国債費・地方交付税交付金等・防衛関係費・公 共事業・文教及び科学振興・その他)(単位 兆円(原表 の億円を 1 万で割った。表示は小数第 1 位で四捨五入) )/対象 国の一般会計の歳出/時点 令和 8 年度(2026 年度)予算/除外 特別会計は含まない。決算の数ではな い 図 1 2026 年度(令和 8 年度)一般会計予算の歳出の内訳(単位:兆円。原表の億円を 1 万で割った)。項目名は短くした(交付税等=地方交付税交付金等、防衛=防衛関係費、文教・科学=文教及び科学振興)。予算の数で、四捨五入のため合計が合わない場合がある。財務省「令和8年度一般会計予算 歳出・歳入の構成」のうち歳出 [3] 。 図 1 を見ると、社会保障・国債費・地方交付税交付金等の三つを合わせて 912,095 億円となり、歳出のおよそ 4 分の 3(74.6%)を占めることが分かります(本教材の計算)。歳出から国債費と地方交付税交付金等を除くと 701,556 億円になり、財務省の資料の「一般歳出」701,557 億円(57.4%)とほぼ一致します。差の 1 億円は、資料の注にあるとおり、四捨五入によるものと考えられます [3] 。財務省は、一般歳出のうち社会保障関係費の割合を 55.7%としています [3] 。 ここで注意したいのは、歳出の項目の名は「何に使うか」による分け方で、誰の手にいくら渡るかをそのまま示すものではないことです(本教材の整理)。社会保障の予算が、どの年齢の人や、どれくらいの所得の人に渡っているかは、この内訳からは分かりません。第 3 節では、別の調査を使ってこの問いに近づきます。 もう一つ注意したいのは、ここで見た数が予算、つまり国会の議決を経る計画の数だということです。年度が終わった後の実際の数(決算)とは別のもので、財務省の推移の図も、決算・補正後予算・予算を分けて示しています [3] 。では、この歳出をまかなうお金は、誰がどのように払っているのでしょうか。歳入の内訳は、この課の「資料で確かめる」で詳しく読みます。 ここで間違えやすい 予算の数を、その年に実際に使われたお金と同じだと考えないようにしましょう。予算は議決された計画で、実際の数は決算で確かめます。また、歳出の項目の名を、お金を受け取る人の分け方と取り違えないようにしましょう。「社会保障」は使い道の名で、誰が受け取っているかは別の資料で調べる必要があります。 誰が払うのか――税の原則と「納める人」「負う人」 税を誰がどれだけ払うべきかを考える手がかりとして、アダム・スミスが『国富論』(1776)で示した、税の四つの原則を見てみましょう。スミスは第一の原則として、どの国の国民も、できるかぎりそれぞれの能力に比例して、つまり国家の保護のもとで得ている収入に比例して、政府を支えるために負担すべきだと述べました [4] 。この原則が守られるか無視されるかに、税の公平・不公平と呼ばれるものがある、とスミスは言います [4] 。能力を「国家の保護のもとで得ている収入」と言い換えている点に注意しましょう。 第二の原則として、スミスは、各人が払う税は確定していて恣意的であってはならず、いつ・どのように・いくら払うかが、納める人にもほかの誰にもはっきりしているべきだと述べます [4] 。スミスは、かなりの不公平でも、ほんの少しの不確実さほどの害ではないことが、すべての国の経験から見えると思う、とまで書いています [4] 。第三の原則は便宜で、税は納める人に最も都合のよい時期・方法で取るべきだとされます [4] 。第四の原則は、国庫に入る額を超えて人々のふところから取り出したり、ふところに留めさせなかったりする額を、できるだけ少なくすることです [4] 。スミスは、その余分な負担が生じうる道として、徴税の役人の給料だけでなく、人々の勤労の妨げ、脱税の罰による破滅、取り立て役の訪問と調べによる煩わしさを挙げました [4] 。 スミスはさらに、税を一つずつ調べる前に、多くの税は、かけることを意図された収入の源から最終的に払われるわけではない、と断っています [4] 。たとえば、ぜいたく品である消費財にかかる税は、最終的にはすべて消費者が払い、消費者は品物を買うたびに少しずつ払う、とスミスは書きました [4] 。誰に税をかけるかと、誰が最終的に負担するかは、別の問いになりうるのです。 日本の消費税は、この二つの問いの違いをよく示します。消費税法は、消費税を納める義務があるのは事業者で、国内で行った課税資産の譲渡等(売り上げなど)について納めると定めています [5] 。一方で財務省の説明によれば、消費税の実質的な負担者は消費者ですが、納税義務者は事業者です [6] 。製造・卸・小売などの各段階の事業者が納める消費税の合計が、消費者の負担する消費税の額に対応する、という説明です [6] 。法律が決めるのは誰が納めるかで、負担が最終的に誰に行き着くかは、制度の説明とは別に確かめる問いになりうるのです(本教材の整理)。消費税は 1989 年に 3%で導入され、2026 年 1 月時点の標準税率は 10%です(いずれも地方消費税を含む) [6] 。いまは国の消費税 7.8%と地方消費税を合わせて 10%で、酒類と外食を除く飲食料品などには、合わせて 8%の軽減税率がかかります [6] 。 これに対して所得税は、所得の多い部分ほど高い率がかかる仕組みをもっています。所得税法によれば、課税総所得金額を金額の区分に分け、区分ごとに 5%(195 万円以下の部分)から 45%(4,000 万円を超える部分)までの税率を掛けて合計します [5] 。課税総所得金額とは、総所得金額から所得控除をした残りの額です [5] 。所得全体に一つの税率を掛けるのではなく、区分を超えた部分にだけ高い税率がかかる点に注意しましょう。 図 2 は、財務省の表から、一般会計の所得税・法人税・消費税の税収を、消費税が導入された 1989 年度から 2024 年度まで並べたものです [7] 。財務省の表では、1989 年度の税収は所得税 213,815 億円、法人税 189,933 億円に対し、消費税は 32,699 億円でした [7] 。1989〜2024 年度のうち、所得税収が最も多いのは 1991 年度の 267,493 億円、法人税収が最も少ないのは 2009 年度の 63,564 億円です [7] 。 所得税 法人税 消費税 税収(億円) 0 100,000 200,000 300,000 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 212,086 179,102 250,212 消費税の導入 出典:財務省「昭和54年度以降の税収の推移」 定義:一般会計の税収のうち所得税収・法人税収・消費税 収(原表の列名のまま)(単位 億円)/対象 国の一般会 計の税収(国税)/時点 1989〜2024 年度の各年度/除外 地方税(地方消費税など)は含まない。2025 年度は含め ない 図 2 一般会計の所得税・法人税・消費税の税収の推移(1989〜2024 年度、単位:億円)。地方税は含まない。財務省「昭和54年度以降の税収の推移」 [7] 。 表では、2019 年度まで毎年度、所得税収が消費税収を上回っていました。2019 年度は所得税 191,707 億円、消費税 183,527 億円でしたが、2020 年度は所得税 191,898 億円、消費税