政策過程――課題はどう選ばれるか — Epoché
制度と行動 政策と政治経済 約 27 分 本文 約 12,000 字 図 4・表 2 資料 1 節 この課の要点 注意・合流・安定と急変の 3 つ 注意 政府と公衆の注意は限られ、問題が議題に上るかどうかは深刻さだけでは決まりません。ダウンズは、米国の多くの国内問題で、関心が急に高まりしだいに下がる循環を描きました。 合流 キングダンは、問題・政策・政治の三つの流れが短い「政策の窓」の間に合わさることを、政策が大きく変わる条件としました。土台はコーエンらのごみ箱モデルです。 安定と急変 バウムガートナーとジョーンズは、政策イメージと政策の舞台の相互作用で、長い安定と短い急変を一つの過程として説明しました。 はじめに ニュースを見ていると、解決を待つ問題はいつもたくさんあります。子どもの貧困、空き家、物価、災害への備え、新しい技術の規制などです。けれども、国会や政府がそのすべてに同じように取り組むことはできません。時間も人手も、議員や大臣の注意も限られているからです。去年あれほど話題になった問題が、今年はほとんど聞かれない、という経験をした人も多いでしょう。 この課では、政府の当局者やその周りの人々が、ある時点で真剣に注意を向けている問題の並びを、「議題(アジェンダ)」と呼びます(本教材の言葉づかい)。日常の「会議の議題」より広い意味です。法律や予算が決まる前には、まず問題がこの並びに入らなければなりません。では、どの問題が、いつ、どのようにして議題に上るのでしょうか。問題が深刻であればあるほど取り上げられる、と考えたくなりますが、研究者たちはそれだけでは説明できない現象に目を向けてきました。 この課程の「社会運動――街頭から政治を動かす」の課では、選挙の外から人々が要求を届ける動きを見ました。この課では、そうして持ち込まれる問題を含め、問題が政府の議題に上り、決定に結びつく道筋を考えます。 手がかりにするのは三つの見方です。一つ目は、公衆の関心が急に高まり、やがて下がっていく循環を描いたダウンズの「争点関心サイクル」です。二つ目は、問題・解決策・政治の三つの流れが合わさる時機に注目したキングダンの「多重流路」の見方です。三つ目は、長い安定と短い急変を一つの仕組みで説明しようとしたバウムガートナーとジョーンズの「断続平衡」の見方です。最後に、日本で法律案がどこから出てくるのかを統計と国会の記録で確かめ、2006 年の自殺対策基本法の経過を三つの見方で読んでみます。 この課の問い 社会には解決を待つ問題がいつもたくさんあるのに、政府が取り上げるのはそのうちのごく一部です。どの問題が、いつ、どのようにして政府の議題に上るのでしょうか。 この課のことば 議題(アジェンダ) 政府の当局者やその周りの人々が、ある時点で真剣に注意を向けている問題の並び。会議の式次第より広い意味で使います。 争点関心サイクル ある問題への公衆の関心が急に高まり、しだいに下がっていく循環。ダウンズが五つの段で描きました。 政策の窓 問題・政策・政治の三つの流れが合わさりうる短い時期。キングダンの言葉で、「機会の窓」とも言います。 政策起業家 解決策を前もって用意し、それを採ってもらえる時機を探す人。会社を起こす企業家とは別の意味です。 政策イメージ ある政策について人々が抱く信念と価値の組み合わせ。たとえば原子力を「安い電気」と見るか「危険」と見るかの違いです。 政策の舞台 ある政策を扱って決める制度上の場。議会の委員会や裁判所などで、同じ問題でも舞台によって受け止め方が違うことがあります。 議題設定――なぜある問題だけが取り上げられるのか 政策の過程は、よく「問題の認識→議題→案づくり→決定→実施→評価」という段階の並びで説明されます。全体を見渡すには便利な見取り図ですが、実際の過程がこの順に一方向で進むとは限りません(本教材の整理)。この章では、とくに最初の「議題」の段で何が起きているかを、三つの見方で読みます。 関心は長く続かない――ダウンズの争点関心サイクル アンソニー・ダウンズは 1972 年の論文で、米国の公衆の関心は、国内の一つの争点に長く鋭く向き続けることがまれだと述べました [1] 。社会にとって重要な問題が続いている場合でも、関心のほうは移っていくというのです。そのうえでダウンズは、多くの主要な国内問題について、体系的な「争点関心サイクル」が公衆の態度と行動に強く影響しているようだ、と控えめな言い方で論じました [1] 。 ダウンズによれば、米国の国内の多くの「危機」の受け止めは、実際の状態の変化よりも、関心の高まりと退屈のサイクルの働きを反映しています [1] 。この循環は、ある種の国内問題の性質と、主要なメディアと公衆のかかわり方の両方に根ざす、とダウンズは考えました [1] 。すべての問題ではなく「ある種の」問題だという限定に注意しましょう。 サイクルには五つの段があります。段の長さは争点によって違いうるものの、ほとんど常にこの順で起こる、とダウンズは述べます [1] (図 1) 。第 1 段は「問題以前の段」です。ひどく望ましくない社会の状態があるのに、まだ公衆の関心をあまり捉えていません。ただし、専門家や利益集団がすでに警戒していることはあります [1] 。第 2 段は「警戒の発見と熱狂」で、劇的な一連の出来事など(ほかの理由の場合もあります)をきっかけに、公衆が突然その問題に気づいて警戒します [1] 。ダウンズは、1965〜67 年のゲットー(都市の黒人居住区)での暴動を、そうした出来事の例に挙げています [1] 。 1 問題以前 望ましくない状態はあるが、公衆の 関心は低い 2 警戒の発見と熱狂 劇的な出来事などで、公衆が急に 気づき警戒する 3 費用に気づく 解決の費用がとても高いという認識が 広がる 4 関心の低下 落胆などで関心が下がる。別の争点が 注意を奪う 5 問題の後 関心は低いが、作られた制度は残る ことが多い 図 1 ダウンズの争点関心サイクルの五つの段。段の長さは争点によって違い、ダウンズはほとんど常にこの順で起こるとした [1] 。主要な社会問題のすべてがこの循環をたどるわけではない [1] 。 第 3 段では、問題を「解決」する費用がとても高いという認識がしだいに広がります。問題の一部が、誰か(多くは何百万人もの人々)に大きな利益を与えている仕組みから生じていることに、公衆が気づき始めるのです [1] 。第 4 段では、解決の難しさと自分への費用を知る人が増えるにつれ、落胆などの反応が起こり、強い関心が下がっていきます。そのころには、たいてい別の争点が第 2 段に入っていて、より新しい争点として注意を奪います [1] 。第 5 段は「問題の後の段」です。関心が集まった間に新しい制度・計画・政策が作られている場合、それらはほとんど常に残り、関心が移った後も影響をもつことが多い、とダウンズは述べます [1] 。 では、どんな問題がこの循環をたどるのでしょうか。ダウンズは、主要な社会問題のすべてがサイクルをたどるわけではないと断り、たどる問題は一般に三つの特徴をある程度もつとしました [1] 。第一の特徴は、社会の多数が、一部の少数(数の上の少数)ほど問題に苦しんでいないことです。第二は、その苦しみが、多数か力のある少数に大きな利益を与える社会の仕組みから生じていることです。第三は、問題にそれ自体の刺激的な性質がない、またはもう無いことです [1] 。公衆の関心を捉えた問題にこの三つがすべてそろう場合には、まもなくサイクル全体をたどって舞台の中心から消えていく見込みが大きい、とダウンズは論じました [1] 。 メディアの役割も重要です。ダウンズによれば、ニュースは米国の公衆の多く(そしてどこの公衆も)に主に娯楽の一つとして「消費」されるので、問題が関心を保つには劇的で刺激的でなければなりません [1] 。ダウンズは、このサイクルの働きを調べれば、公衆の関心が、効果のある変化を起こすだけの政治的な圧力を生むほど長く続きそうかが分かる、と述べています [1] 。 一方で、関心が去っても何も残らないわけではありません。ダウンズは、サイクルを経た問題は、発見の前の段にある問題より、平均して高い注意や公的な努力をほとんど常に受けるとも述べています [1] 。一度議題に上った問題は、関心が下がった後も、作られた制度や計画を通じて、扱われ続けることが多いということです(本教材の整理)。なお、ダウンズが扱ったのは 1970 年前後の米国の国内問題で、ほかの国や時代にそのまま当てはまるかは、別に確かめる必要があります(本教材の整理)。 ここで間違えやすい 関心が下がったことを、問題が解決したことと取り違えないようにしましょう。ダウンズの第 4 段で関心が下がるのは、解決の費用の高さに気づいて落胆したり、別の争点に注意を奪われたりするからで、問題が片づいたからではありません。また、主要な社会問題のすべてがこの循環をたどるわけではない、というダウンズ自身の限定も落とさないようにします。 三つの流れが合わさるとき――ごみ箱モデルとキングダン 章の初めの段階の図式は、問題を認識し、案を比べ、最善のものを選ぶ、という順を前提にしています。この前提を組織の研究から問い直したのが、コーエン、マーチ、オルセンの 1972 年の「ごみ箱モデル」です。三人は、問題のある選好・不明確な技術・流動的な参加を特徴とする組織を「組織化された無秩序」と呼びました [2] 。何を望んでいるのかがはっきりせず、仕事の仕組みもよく分からず、決定に加わる人が入れ替わる組織です。三人によれば、この三つの性質はどの組織にも一部分・一部の時間には当てはまり、公共・教育・非合法の組織では特に目立ちます。ただし、この理論が描くのはほとんどの組織の活動の一部で、すべてではないとも断っています [2] 。 三人は、選択肢を作り、帰結を調べ、目的に照らして評価し、最後に決定する、という順を想像するのは便利だが、実際に起こることの記述としては多くの場合よくない、と述べました [2] 。代わりに三人は、組織の中の比較的独立した流れのうち、問題・解決策・参加者・選択の機会の四つの関係に目を向けます [2] 。選択の機会とは、組織が「決定」と呼べる行動を出すことを求められる場面のことです [2] 。三人は、この選択の機会を、参加者が問題と解決策を生まれるそばから投げ込む「ごみ箱」と見ることができるとしました [2] 。 このモデルで目を引くのは解決策の扱いです。三人によれば、解決策は誰かの産物であり、問いを積極的に探している答えです [2] 。たとえば、ある部署が新しい情報システムを入れたいと考えていれば、その部署は、それで片づきそうな問題が持ち上がるのを待っているかもしれません(本教材の作例)。こうして、ごみ箱の過程では問題と選択が部分的に切り離され、選択は、問題・解決策・決定者の移り変わる組み合わせが行動を可能にしたときにだけ行われる、と三人は結論しました [2] 。ただし、これはコンピュータのシミュレーションで調べたモデルです。三人自身、現実の組織がこのとおりに描き尽くされることはなく、それでもシミュレーションの振る舞いはほとんどの組織で時に、大学などでは頻繁に観察できる、と述べています [2] 。 ジョン・キングダンは、このごみ箱モデルを米国の政治体制の研究に使いました [3] 。ケアニーとジョーンズの整理によれば、キングダンの研究は、一つの場所(米国)、一つの時期(戦後から 1980 年代まで)、少数の政策分野(保健と運輸)に絞られていました [3] 。二人は、キングダンがごみ箱モデルから引き継いだ要素をいくつか挙げています。その中には、注意をめぐる競争(議題の頂上に届く問題は少ない)や、決定の過程が包括的に合理的でも直線的でもないことなどが含まれます [3] 。 キングダンの中心の主張は、ケアニーとジョーンズによれば次のとおりです。政策が大きく変わるには、三つの別々の「流れ」が同時に、しかも短い「機会の窓」の間に合わさらなければならない、というものです [3] (図 2) 。一つ目の問題の流れでは、注意がある政策問題に急に向きます。政策決定者の注意を受けるのは問題のごく一部で、注意の移りは、焦点となる出来事や、よく練られた解決策がすでにあるという感覚と関係することがあります [3] 。二つ目の政策の流れでは、問題への解決策が用意されています。注意は争点から争点へ急に移りますが、実行できる解決策が育つには時間がかかります [3] 。三つ目の政治の流れでは、政策決定者が解決策を政策にする動機と機会をもちます。決定者が考える要素には、自分の信念、「国民のムード」、利益集団や政党からの反応などがあり、多くの場合、政権の交代が動機と機会の両方をもたらします [3] 。 問題の流れ 政策の流れ 政治の流れ 注意が急に向く 解決策が育つ 動機と機会 政策の窓 短い間に三つが合わさる 合わさることが大きな変化の条件 図 2 キングダンの三つの流れと政策の窓のたとえ(ケアニーとジョーンズの整理による) [3] 。三つの流れが合わさることは大きな変化に必要な条件で、合わされば必ず変わるという意味ではない。 流れをつなぐ役として、キングダンは「政策起業家」を挙げました。ケアニーとジョーンズの整理では、政策起業家は将来の問題を見越して解決策を用意し、関連する問題を通じて自分の解決策に注意を集める時機を探す人々で、これを「問題を追いかける解決策」とも呼びます [3] 。ごみ箱モデルの「問いを探す答え」とよく似た考え方です。ただし、政策起業家は環境が許す以上のことはできません。キングダンのたとえでは、彼らは大波を待つサーファーであって、海を支配するポセイドンではないのです [3] 。 この見方は分かりやすく、多くの国や分野の研究に使われてきました。その一方で、ケアニーとジョーンズによれば、キングダンの見方を使った実証の応用の多くは、広い政策理論に表面的にしか関わっていません [3] 。三つの流れの名前を事例に貼るだけでは、説明にならないという指摘です。 ここで間違えやすい 「窓が開けば政策は必ず変わる」と読むのは誤りです。キングダンが言うのは、大