6.36 郁達夫『春風沉醉的晚上』(抄) — Epoché
この篇でできるようになること 住まいの比喩が、人物の状態をどう示すかを説明できます。 長い理由の文から主語と結論を取り出せます。 物を別の形にする文や、理由を二つ並べる文を書けます。 前提 :6.35「魯迅『社戲』(抄)」。今回は郁達夫の小説の冒頭を読みます。本文は別の読書ページにあります。 三度の引っ越しと最初の出会い 語り手は上海で失業し、住まいを移してきました。この抄に抜かれた範囲は、三度目の部屋に移り、隣に住む女工と初めて顔を合わせるところまでです。この後、二人がどう関わるかは、この抄だけからは言えません。 語り手は家財を売り、本を積んで机と寝床を作っています。自分を立派に見せる説明より、暮らしの苦しさや部屋の不便さを先に書きます。読者は、出来事の前に、どこでどのように生きている人なのかを知ります。 住まいの比喩を読む 本文の語句 意味 人物の場所 同鸟笼似的 鳥かごのような 住む人の動きが狭められる。 自由的监房 自由な牢屋 自由であるはずの住まいに、閉じ込められる感じが重なる。 本来只有猫额那样大 もともと猫の額ほどしかない ただでさえ狭い階を、さらに二部屋に仕切る。 最初の住まいには、日が決してささないという修飾が重なります。最後の中心語は 监房 です。太陽を文全体の主語と取り違えず、「どのような牢屋なのか」と、前へ戻って修飾を読みます。 新しい部屋では、外側の住人が語り手の部屋を通って出入りします。そのため家賃が安い。安いという利点だけを言わず、自分に不利な条件も自分で示しています。部屋の配置が、生活の余裕のなさを語っています。 修飾の中の 晒著 の 著 は、ここでは 着 と同じ働きです。日本語の「著す」「著しい」ではありません。状態の継続を表す字として読みます。 理由を二つ数えてから結論へ 我一则喜欢房价的便宜 で始まる文は、まず語り手が喜ぶ理由を二つ並べ、それから借りる決定へ進みます。途中に理由が重なっても、主語の「私」を見失わず、最後に何をしたかまで読みます。 役割 本文の部分 主語 我 一つめの理由 一则喜欢房价的便宜 二つめの理由 二则喜欢这屋里没有别的女人小孩 結論 所以立刻就租定了的 一则 と 二则 は「一つには」「二つには」です。理由を数える順序が文を長くしています。前に読んだ魯迅には短く切る箇所があり、朱自清には整った並列がありました。それらと比べると、ここでは理由を抱えながら進む調子が目立ちます。作家のすべての文を一つの型に決めるのでなく、読んだ箇所どうしで比べます。 長い文では、読点ごとに全部を新しい文として切るのではなく、同じ主語が続いているかを見ます。理由二つと結論を先に取り出せれば、その中の長い修飾も順に戻って読めます。 同情を述べて、すぐ自分へ戻る 女工を見た語り手は、哀れな女性だと感じます。しかしすぐに、自分は生活の問題で気をもんでいると続けます。まだ職を失っていない彼女をいたわる余裕は、自分にはないというのです。同情だけで自分を善い人に見せず、余裕のない自分も書きます。 相手が哀れであることが客観的に確定した、という説明ではありません。顔や体つきがそう見えるという、語り手の感じ方です。語り手は、その感じ方を述べた後に自分の事情を添えます。この一往復が、ためらいのある文体を作っています。 物の形と用途を変える 本文の語句 型 読むこと 房主人却把它隔成了两间小房 把・成 家主が階を二つの小部屋に仕切った。 先把它们叠成了两方堆 把・成 本を二つの四角い山に積み上げた。 我的每月的房租要比外间的便宜几角小洋 比 自分の部屋の家賃を外側の部屋と比べる。 此外什么也辨不出来 可能の否定 そのほかには何も見分けられない。 成 は、動作の結果としてどんな形になったかを添えます。仕切ることと二部屋になることを一組で読みます。積むことと二つの山になることも、一組で読みます。結果は 型編 17課 、可能の否定は 型編 19課 の学習を生かします。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 沪上 名詞 上海 地名の別称 在沪上闲居了半年 上海で職もなく半年暮らした 寓所 名詞 住まい 滞在している場所 我的寓所迁移了三处 住まいが三か所へ移った 监房 名詞 牢屋 ここでは住まいの比喩 自由的监房 自由な牢屋 栈房 名詞 宿屋 本文では安宿 在这栈房里又受了种种逼迫 この宿でもさまざまな圧迫を受けた 贫民窟 名詞 貧しい人の密集する街 住まいのある場所 日新里对面的贫民窟里 日新里の向かいの貧民街で 横档 名詞 横木 はしごの足を掛ける部分 中间有几根横档跌落的梯子 途中の横木が何本か抜けたはしご 黑黝黝 形容詞 真っ暗な 黒く暗い様子 黑黝黝的一个二尺宽的洞 真っ暗な二尺幅の穴 猫额 名詞 猫の額 ごく狭いことの比喩 本来只有猫额那样大 もともと猫の額ほどしかない 小洋 名詞 小額の銀貨 当時の貨幣の呼び方 便宜几角小洋 (小洋で)何角か安い 颧骨 名詞 頬骨 顔の骨 颧骨很高 頬骨が高い 同寓者 名詞 同じ家に住む人 ここでは隣室の住人 我与间壁的同寓者的第一次相遇 隣室の同居人との初めての出会い 急景 名詞 暮れやすい日の光 夕方へ急ぐ日ざし 春天的急景已经快晚了 春の日ざしがもう夕方になりかけている 叠成 動詞句 積んで…にする 結果の形を後ろに添える 先把它们叠成了两方堆 まず二つの四角い山に積む 画架 名詞 額縁(絵を入れる枠) 本文では机や寝床に転用する枠 这一堆书和画架白天要当写字台 この本の山と枠は昼には机になる 辨不出来 動詞句 見分けられない 可能の否定 此外什么也辨不出来 ほかには何も見分けられない 凝视 動詞 じっと見つめる 目を向け続ける 我向暗中凝视了几秒钟 暗がりを数秒見つめた 纤细 形容詞 ほっそり細い 体の細さ 半截纤细的女人的身体 女の細い体の上半分 眼帘 名詞 目に映るところ 視野の比喩 方才映到我的眼帘上来 やっと私の目に映った 一则 接続表現 一つには 理由を数える 我一则喜欢房价的便宜 一つには家賃の安さがよかった 二则 接続表現 二つには 次の理由を数える 二则喜欢这屋里没有别的女人小孩 二つには他の女や子がいないのがよかった 照应 動詞 世話する・気を配る これからの付き合いを頼む 以后要请你照应 これからよろしくお願いします 无暇 動詞句 暇がない 余裕がない 也无暇去怜惜这还未曾失业的女工 まだ失業していない女工をいたわる余裕もない 怜惜 動詞 哀れみいたわる 相手を気の毒に思う 也无暇去怜惜这还未曾失业的女工 その女工をいたわる暇もない 対訳 上海で職もなく半年暮らすうちに、失業の結果として、私の住まいは三度移った。はじめに住んだのは静安寺路の南にある、鳥かごのような、日のあたることの決してない自由な牢屋だった。この自由な牢屋の住民は、強盗や小盗人と変わらない凶悪な仕立て屋が何人かいるほかは、みな哀れな名もない文士ばかりで、私は当時その場所に Yellow Grub Street という呼び名を贈った。この Grub Street にひと月住むと、家賃が急に上がったので、私は数冊のぼろ本を引きずって、競馬場の近くの顔なじみの安宿へ移らざるをえなくなった。のちにその安宿でもいろいろとせき立てられ、また移らざるをえなくなって、私は外白渡橋の北岸、鄧脱路の中ほど、日新里の向かいの貧民街に、小さな部屋を一つ見つけて、そこへ移り住んだ。 鄧脱路のこの何棟かの家は、地面から屋根まで測っても一丈いくらしかない。私が住んだ二階のあの部屋は、なおさら低く狭くて話にならない。二階の床板の上に立って伸びをすれば、両手はもう灰黒色の屋根を突き抜いてしまうだろう。前のほうの路地からその家の門を入ると、そこが家主の住まいである。ぼろ布、ブリキ缶、ガラス瓶、古い鉄くずが積み上がったその真ん中を、体を斜めにして二歩ほど入ると、真ん中の横木が何本か抜け落ちたはしごが、壁に立てかけてある。このはしごを使って、上の真っ暗な二尺幅の穴へつなげば、二階へ上がることができる。暗く沈んだこの階は、もともと猫の額ほどの広さしかないのに、家主はそれを二つの小部屋に仕切っていた。外側の一間にはN煙草会社の女工が住んでいて、私が借りたのははしご口のところのあの小部屋である。外側に住む者は私の部屋を通って出入りしなければならないので、私の毎月の家賃は外側の部屋より数角の小洋だけ安い。 私の家主は、五十くらいの腰の曲がった老人だった。顔の青黄色の上に、暗く黒い脂の光が一枚映っている。両の目は片方が大きく片方が小さく、ほお骨がひどく高い。額とほおの何本かのしわには石炭の灰がびっしりつまっていて、毎朝洗っても洗い落とせないようだった。彼は毎日八時か九時ごろに起き、ひとしきりせきをしてから、竹かごをひとそろい天秤棒でかついで出ていく。午後の三時か四時にはたいてい空のかごをかついで帰ってくる。ときには荷をいっぱいにして帰ってくることもあり、そのかごの中身はあのぼろ布や壊れた鉄くずやガラス瓶のたぐいだった。そういう晩には、彼は必ず酒を買ってきて飲み、ひとりで寝床のふちに座って、つかみどころのない言葉をでたらめに罵り散らすのだった。 隣の部屋の同居人とはじめて出会ったのは、越してきたその日の午後だった。春の暮れやすい日ざしがもう傾きかけた五時ごろ、私はろうそくを一本つけて、安宿から運んできたばかりのぼろ本を並べていた。まずそれを二つの四角い山に積み上げ、一つは小さく、一つは大きくして、それから二尺の長さの画の額縁の枠を二つ、大きいほうの山にかぶせた。家財道具はみな売り払ってしまったので、この本の山と額縁の枠は、昼は書き物机になり、夜は寝床になるのだ。枠の板を据え終えると、私はこの本を積んで作った机のほうを向き、小さいほうの本の山に腰かけて煙草を吸った。背中ははしごのつなぎ目のほうを向いていた。煙草を吸いながら、私は机の上のろうそくの火をぼんやり見ていたが、ふいにはしご口で物音がした。振り返ってみると、見えたのは自分の大きく引きのばされた影だけで、そのほかには何も見分けられない。しかし私の耳ははっきりこう告げていた、「誰かが上がってきた」。私が暗がりの中を数秒じっと見つめていると、丸い灰色がかった白い顔と、細い女の体の上半分が、やっと私の目に映ってきた。その顔だちを見て、私はこれが隣の部屋の同居人だと分かった。私が部屋を探しに来たとき、あの家主の老人が、この家には彼のほかは二階に女工がひとり住んでいるだけだと言っていたからだ。私は一つには家賃の安いのを喜び、二つにはこの家にほかの女や子どもがいないのを喜んで、すぐに借りることに決めたのだった。彼女がはしごを上がりきるのを待って、私はやっと立ち上がり、うなずいてこう言った。 「すみません、私は今日引っ越してきました。これからよろしくお願いします」 彼女は私のこの言葉を聞いても、返事はしなかった。漆のように黒い大きな目を放って、私をじっと深く一度見ただけで、自分の戸口へ行って錠を開け、部屋へ入っていった。私と彼女とはこうして一度顔を合わせただけだが、なぜだか分からないけれども、私はただ、この人は哀れな女だと感じた。高い鼻すじ、灰色がかった白い長い丸顔、ほっそりと痩せた低い背丈。どれもみな、彼女が哀れであるしるしのように思われた。しかし当時ちょうど暮らしのことで気をもんでいた私には、まだ職を失っていないこの女工をいたわるひまなどなかった。数分たつと、私はまた身動きもせずにあの小さな本の山に腰かけて、ろうそくの光を見ていた。 練習 住まいと文の組み立て 住まいの三つのたとえを本文から抜き出し、「自由な牢屋」が合わせるものを説明してください。 家賃が安い理由と、女工への同情を打ち消す言葉を引き、語り手の描き方を説明してください。 我一则喜欢房价的便宜 で始まる文の主語、二つの理由、結論を分けて書いてください。 穴埋めと産出 把・比・不出来・成 から空欄へ入れ、語句全体を書いてください。 房主人却_它隔成了两间小房 把・比・不出来・成 から空欄へ入れ、語句全体を書いてください。 我的每月的房租要_外间的便宜几角小洋 把・比・不出来・成 から空欄へ入れ、語句全体を書いてください。 此外什么也辨_ 把・比・不出来・成 から空欄へ入れ、語句全体を書いてください。 先把它们叠_了两方堆 部屋の箱を机に改造すること、本を二つの山に積むことを、 把 と動詞の後ろの 成 を使う中国語二文で書いてください。 安くて静かな部屋を選ぶ理由を、 一则 ・ 二则 で二つ述べてから結論へ進む中国語で書いてください。 部屋以外で自分が選ぶ物(店・本・道具など)を一つ決め、選ぶ理由を二つ、同じ形の中国語で書いてください。 戻り語 住まいと暮らしの語で、語り手の生活を中国語で書きます。 黑暗 を使い、部屋の様子を短く中国語で書いてください。 抽烟 を使い、本の山に座る語り手の動作を中国語で書いてください。 独自 を使い、灯を見ている時の語り手を中国語で描いてください。 音読 第二段の、入口からはしごを上るまでを ▶ で聞いて読みます。読点で切り、速さを急に変えず、狭い場所を順に通っていく感じを追いましょう。 この篇のまとめ 住まいの比喩と配置が、語り手の立場を表します。 長い理由の文は、主語・二つの理由・結論へ分けて読みます。 同情の後に自分の余裕のなさも書き、よく見せるだけの語りにしません。 次の篇へ 次の6.37は徐志摩『我所知道的康橋』の抄です。ケンブリッジでの日々を、勢いよく言い切る文体を読みます。 答え 鸟笼 ・ 监房 ・ 猫额 。自由であるはずの住まいと、閉じ込められたような狭さを重ねています。 因为外间的住者要从我的房里出入 と 也无暇去怜惜这还未曾失业的女工 。不利な部屋の条件や、自分に余裕がないことも隠さず書きます。 主語は 我 。理由は家賃が安いことと、他の女や子どもがいないこと。結論は 所以立刻就租定了的 です。 房主人却把它隔成了两间小房 我的每月的房租要比外间的便宜几角小洋 此外什么也辨不出来 先把它们叠成了两方堆 我把箱子改成桌子。 / 我把书叠成两堆。 一则便宜,二则安静,所以选它。 一则不贵,二则好用,所以买它。 他的房间很黑暗。 他坐在书堆上抽烟。 他独自看着烛光。 参考文献 郁達夫『春風沉醉的晚上』。パブリックド