多数決型と合意型――民主主義の二つの設計 — Epoché
思想 民主主義 約 30 分 本文 約 13,000 字 図 6・表 2 資料 2 節 この課の要点 二つの型・測り方・日本の 3 つ 二つの型 レイプハルトは、権力をぎりぎりの多数に集める多数決型と、分け合い散らし限る合意型を、十の違いと二つの次元で区別した 測り方 有効政党数や得票と議席のずれで違いは数に表れる。ただし一回の選挙の数は型そのものではなく、二つの次元の再現には批判がある 日本 日本は選挙制度に多数代表と比例代表を併せ、改正しにくい憲法・違憲審査・中央銀行の自主性を条文に持つ(本教材の整理) はじめに 民主主義を「人民による、人民のための統治」と言い表すと、すぐに一つの問いにぶつかります。人々の意見が割れたとき、誰が治め、誰の望みに応えるのか、という問いです。政治学者アレンド・レイプハルトは、この問いへの答え方の違いから、世界の民主主義を「多数決型」と「合意型」の二つに分けて比べました [1] 。 この対比は、レイプハルトが一人で考え出したものではありません。彼自身、「多数決型」と「合意型」という語はディクソン(1968)から借りたと書いています。そして、ダールの「人民主義的」と「マディソン的」の民主主義、ライカーの「人民主義」と「自由主義」、マンスブリッジの「対抗的」と「一体的」の民主主義など、似た対比が多くの研究者によって立てられてきたことを挙げます [1] 。それでも政治学には、民主主義を多数決型とだけ同じものとみなし、合意型をもう一つの正当な型として認めない根強い傾向がある、とレイプハルトは指摘します [1] 。 この課程の『多数の専制』の課では、多数の意見が少数の自由を押しつぶす危険を見ました。『ポリアーキー』の課では、参加と異議申し立てという二つの軸で、民主主義の度合いを測る見方を学びました。この課は、選挙が行われた後の段階に目を向けます。選ばれた人々の間で、権力を一つの多数派に集めるのか、多くの党や機関に分けるのか。この課で比べるのは、その設計の違いです。 はじめに、多数決型の代表とされる英国と、合意型の代表とされるスイスの選挙の数を並べます。得票と議席の関係、政党の数が大きく違うことが分かります。次に、レイプハルトがその違いを十の制度の違いと二つの次元に整理した見取り図を読みます。そのうえで、この見取り図に寄せられた批判と、どちらの型が望ましいかという規範の争いを見ます。最後に、日本の衆議院の選挙の数と、憲法などの条文に十の物差しを当ててみます。 読み終えたとき、ニュースで「連立」「ねじれ」「単独過半数」という言葉を聞いたら、それが民主主義のどの設計に関わる話なのかを考えられるようになるはずです。 この課の問い 民主主義の国々は、権力を一つの多数派に集める設計と、多くの党や機関に分ける設計の間のどこに位置するのでしょうか。その違いは数でどう見え、区別はどこまで確かなのでしょうか。 この課のことば 多数決型民主主義 意見が割れたとき「人々の多数」が治めるという答えに立つ型。権力をぎりぎりの多数、ときには最多数の側に集めます。英国が代表例とされます。 合意型民主主義 「できるだけ多くの人」が治めるという答えに立つ型。多数決を最低条件として認めたうえで、権力を分け合い、散らし、限ります。スイスが代表例とされます。 有効政党数 大きな党を重く、小さな党を軽く数えた「実質の党の数」。各党の議席(または票)の割合を二乗して足し、その逆数をとります。 二院制 議会が二つの院に分かれていること。二つの院の強さが同じか、選ばれ方が違うかで、権力を分ける働きが変わります。 中央銀行の独立 物価や金利に関わる通貨の調節を、政府から離れて決められる度合い。日本では日本銀行法が日本銀行の自主性の尊重を定めます。 権力を集めるか、分けるか――民主主義の二つの設計 同じ民主主義でも、選挙の得票と議席の関係、政党の数、議会と内閣の関係は国によって大きく違います。この章では、まずその違いを数で確かめ、次にレイプハルトの見取り図で整理し、批判を読み、最後に日本に当てはめます。 議席の分かれ方――同じ民主主義でもこれほど違う まず、二つの国の選挙の結果を並べてみます。英国の下院(定数 650)の 2024 年 7 月 4 日の総選挙で、労働党は全国の票の 33.70% を得て、411 議席を取りました [5] 。議席の 6 割を超え、一つの党だけで過半数です。英国下院図書館の解説は、この得票率が、戦後に過半数の政府をつくったどの党よりも低いと記しています [5] 。3 人に 1 人ほどの票で、一つの党が議会の多数を握ったことになります。 スイスの国民議会(定数 200)の 2023 年の選挙では、最も大きい党の SVP(スイス国民党)でも 62 議席でした [6] 。全体の 31.0%(本教材の計算)にとどまります。議席を得た党は 10 にのぼり、どの党も過半数に届いていません [6] 。法律を通すにも、いくつもの党の賛成を集めなければならない議会です。 この違いを、レイプハルトの言葉に照らしてみます。レイプハルトによると、多数決型の民主主義は政治の権力を「ぎりぎりの多数」に、しばしば多数ですらない「最多数」(いちばん多くの票を得た側)に集めます。合意型の民主主義は、権力をさまざまな方法で分け合い、散らし、限ろうとします [1] 。レイプハルトは英国を多数決型の、スイスを合意型の、比較的純粋な例として描いています [1] 。2024 年の英国の結果は、最多数の党に議会の多数が渡るという前者の姿の一例と読めます(本教材の当てはめ)。 党の「数」を比べるには工夫が要ります。スイスで議席を得た党は 10 ですが、2 議席の党と 62 議席の党を同じ 1 と数えると、実態とずれてしまいます。そこで政治学では、ラクソーとターゲペラが 1979 年の論文で論じた「有効政党数」がよく使われます [2] 。大きさの等しい仮の党がいくつあれば同じだけの分かれ方になるか、を表す数です。計算は、各党の議席(または票)の割合を二乗して足し合わせ、その逆数をとります [2] 。 性質は分かりやすいものです。どの党も同じ大きさなら、有効政党数は実際の党の数と同じになります。一つの党が圧倒的な多数を持つと、1 に近づきます [2] 。同じ論文は例として、1966 年の英国は票では 2.4 党、議席では 2.0 党だったと書いています [2] 。レイプハルト自身も、政党制の違いをこの「議会の有効政党数」で測っています [1] 。 0 2 4 6 2.24 英国 2024 3.52 日本 2024 2.08 日本 2026 5.13 スイス 2023 出典:本教材の計算(ラクソーとターゲペラの式。House of Commons Library・総務省・BFS の公式結果から) 図 1 議席に基づく有効政党数(本教材の計算。1÷各党の議席の割合の二乗の和、無所属は 1 人ずつ数える)。英国 2024 年は英国下院図書館、日本は総務省の 2024 年と 2026 年の総選挙の結果、スイス 2023 年は連邦統計局の結果から。 図 1 は、本教材が公式の結果から計算した、議席に基づく有効政党数です。英国の 2024 年は 2.24、スイスの 2023 年は 5.13 でした。日本の衆議院は、2024 年の総選挙で 3.52、2026 年 2 月の総選挙で 2.08 です [5] [6] [7] [8] 。無所属の当選者は 1 人ずつ別に数え、英国の議長も 1 と数えました。数え方の決め方で小数の位は少し動くので、大まかな位置を見る数として読みます。 ここで大事な注意があります。日本の数は、同じ選挙制度のもとで、一度の選挙の間に 3.52 から 2.08 へと大きく動きました。一回の選挙の数は、その国の「型」そのものではありません。レイプハルトは前著『デモクラシーズ』(1984)で、国の位置を 30〜35 年間の平均の慣行で決め、その後の本でも対象の期間を 1990 年代半ばまで延ばして測りました [1] 。型は、一回の選挙の結果ではなく、内閣のつくられ方や憲法の仕組みまで含めた、長い期間の傾向として測られるのです。 ここで間違えやすい 有効政党数は「議席を得た党の数」ではありません。スイスで議席を得た党は 10 ですが、有効政党数は 5.13 です。また、一回の選挙の数で国の型を決めることもできません。日本の 2024 年と 2026 年の差がその例です。 十の違いと二つの次元――レイプハルトの見取り図 レイプハルトの出発点は、民主主義の定義です。民主主義を「人民による、人民のための統治」と定めると、人々の意見が割れたときに、誰が治め、誰の望みに応えるのかが問題になります [1] 。一つの答えは「人々の多数」です。これが多数決型の核です。少数に従うより多数に従う方が、人民による統治の理想に近いのは明らかなので、この答えは単純で、強い魅力があります [1] 。 もう一つの答えは「できるだけ多くの人」です。これが合意型の核です。合意型も、少数による支配より多数による支配がよいことは認めます。ただし多数決を最低限の条件として受け入れるにとどめ、決定を支える多数をできるだけ大きくしようとします [1] 。レイプハルトはさらに、多数決型は排他的・競争的・対抗的で、合意型は包摂・交渉・妥協を特徴とするので、合意型は「交渉民主主義」とも呼べると述べています [1] (図 2) 。 多数決型 合意型 答え:人々の多数が 治める 答え:できるだけ 多くの人が治める 権力:ぎりぎりの 多数(ときに 最多数)に集める 権力:分け合い、 散らし、限る 進め方:競争と対抗 進め方:包摂と 交渉と妥協 図 2 レイプハルトによる二つの型の原理(第 2 版 第 1 章から本教材が要約)。 この二つの原理から、民主主義の主な制度について十の違いが導かれます (表 1) 。①〜⑤は、内閣・執政と議会の関係・政党・選挙制度・利益集団に関わるまとまりで、レイプハルトは「執政府・政党の次元」と呼びます。⑥〜⑩は、中央と地方・二院制・憲法の改正・違憲審査・中央銀行に関わるまとまりで、その多くが連邦制と単一制の対比に結びつくので「連邦制・単一制の次元」と呼びます [1] 。十の違いは二者択一の形で書かれていますが、どれも、国が両端のどちらかにも、その間のどこにも位置しうる連続の変数です [1] 。 この表で分かること: 十の違いは、①〜⑤の執政府・政党の次元と、⑥〜⑩の連邦制・単一制の次元に分かれる 違い 多数決型 合意型 ①内閣 一党の過半数内閣に集中 広い多党の連立で分け合う ②執政と議会 執政府が優位 力が釣り合う ③政党制 二党制 多党制 ④選挙制度 多数代表で比例しない 比例代表 ⑤利益集団 自由に競い合う多元主義 調整と協調のコーポラティズム ⑥中央と地方 単一で集権 連邦で分権 ⑦議会の院 一院に集中 強さが等しく構成の違う二院 ⑧憲法の改正 単純な多数で変えられる 特別な多数が要る ⑨違憲審査 議会が最終の判断 裁判所が審査する ⑩中央銀行 執政府に従う 独立している 表 1 レイプハルトの十の違い(第 2 版 第 1 章の列挙を本教材が短く訳した) [1] 。 同じ原理から導かれたのなら、十の特徴はみな一緒に現れそうです。ところが、それまでの研究では、特徴ははっきり分かれた二つのまとまりになりました [1] 。最初にそれを示したのは 1984 年の前著ですが、そのときの変数は今の十とは違い、第一のまとまりが五つ、第二のまとまりが三つでした。第 1 版(1999)で、争点の次元を外して利益集団を加え、憲法の硬さを改正の難しさと違憲審査の強さに分け、中央銀行の独立を加えて、五つと五つの十に組み替えたのです [1] 。なぜ二つなのでしょうか。連邦制の古典的な理論家は、連邦制には、中央と地方の権限の分割の保障という主の意味と、強い二院制・改正しにくい憲法・強い違憲審査という副の意味があると説きます。分割の保障がうまく働くには、一方的に変えられない憲法、争いを裁く中立の審判、地方が強く代表される院が要るからです [1] 。 しかしレイプハルトは、この説明だけでは、なぜ二つの次元がこれほど別々なのか、なぜ中央銀行の独立が第二の次元に入るのかを説明できないとします。彼がより説得的とするのは、グッディンの区別です。第一の次元は、内閣や議会の中で多くの党が顔を合わせて責任を共にする「共同の責任」の形に、第二の次元は、別々の機関に権力を分けて置く「分けられた責任」の形に当たる、という見方です [1] 。注では、ツェベリスの「制度の拒否権プレイヤー」と「党派の拒否権プレイヤー」の区別も似ていると述べています [1] 。 レイプハルトの診断では、純粋またはほぼ純粋な多数決型はまれで、英国、1996 年までのニュージーランド、カリブ海の旧英領(執政府・政党の次元についてだけ)に限られます。多くの民主主義は、はっきりした、あるいは主として合意型の特徴を持つといいます [1] 。彼は、政権交代を民主主義の安定の試験とする見方も、多数決型の前提に立つと批判しました。分析した国のうち、民主主義の歴史が最も長いのは 20 か国です。その中でルクセンブルク、オランダ、スイスは、1940 年代末から 2010 年まで、政権が全部入れ替わる交代を一度も経験していません [1] 。内閣は何度も替わったのに、です。多党の合意型では、政府の交代はふつう、党の組み合わせの一部が替わることを意味するからです [1] 。 ここで間違えやすい 合意型は全員一致の制度ではありません。多数決を最低条件として認めたうえで、決定を支える多数をできるだけ大きくしようとする型です。また、多数決型は「多数決で決める」という一つのルールの名前ではなく、内閣・政党・選挙制度など十の制度のそろい方の名前です。 二つの次元は確かか――再現の試みと規範の争い レイプハルトの主張は、型の分類にとどまりません。2012 年の第 2 版で彼は、合意型の民主主義は民主主義の質の多くの指標で有意に高く、統治の効果でもよりよい記録を持つが、後者の差はそれほど大きくない、とまとめています。そのうえで、合意型は多くの点で多数決型より