11.85 史記 項羽本紀 垓下の圍み — 此れ天の我を亡ぼすなり、戰ひの罪に非ざるなり — Epoché
この篇でできるようになること 垓下、東城、烏江を、従う人数と発言に結び付けられます。 天が自分を滅ぼすという三か所の発言を、実際の句で示せます。 歌の二つの問いを訳し分け、渡し船を断る理由を説明できます。 前提 :11.84「史記 項羽本紀 鴻門の會」。同じ項羽本紀で、宴を逃れた劉邦の側に追われる項羽を読みます。 楚の歌を聞いて、驚く 垓下で項羽の軍は何重にも囲まれ、兵と食糧が乏しくなっています。 垓 は gāi と読む地名の字です。夜に聞こえたのは、四方の漢軍からの楚の歌でした。 項羽は、漢がすでに楚を手に入れたのかと問い、 是何楚人之多也 と驚きます。ここで驚きの対象になるのは、包囲されている事実そのものではなく、楚の人が多く漢の側にいるように聞こえることです。四面楚歌という成語は、この場面から来ています。 この後は、帳の中の歌、東城での戦い、烏江での決断という三つの場面を追います。先に結末を知っていても、各場面で何を言い、何をしたかを分けて読みましょう。 力から、そばにいる人へ 歌は、山を抜く力と世を覆う気から始まります。次に時の不利へ、さらに進まない愛馬の騅へ、最後に虞へと近づきます。大きな力を述べた後、身近な馬や人をどうしたらよいかと歌います。 力拔山兮氣蓋世 は三字・ 兮 ・三字の並びです。最後の句だけは、名を二度呼びます。 兮 は語気詞で、ここでは息を継ぎ、歌の調子を作ります。 兮 は訳に出しません。名を繰り返す声を、説明の言葉だけに置き換えずに聞きます。 二つの問いの、間にある字 騅不逝兮可柰何 は、騅が進まないのをどうしたらよいか、という問いです。 可柰何 には、相手を示す字を挟んでいません。 虞兮虞兮柰若何 では、 柰 と 何 の間に、そなたを指す 若 があります。虞よ、そなたをどうしたらよいか、と相手に向き合います。 柰 は nài と読み、奈と同じ字の働きです。 歌った後には項羽の涙と、顔を上げられない周囲の人々が書かれます。問いの形を確かめたら、誰に向けた声なのかを、この描写へ戻して読みます。 従う人数が減る 夜に囲みを破って南へ出る時は、騎馬で従う者が八百人余りです。淮水を渡った後には百人余り、東城では二十八騎になります。本文は、その数を次々に置いて進みます。 陰陵で道を失った時、項羽は農夫に尋ねます。 田父紿曰「左」 の 紿 は dài、だますという意味です。左へ行くと大きな沼に入り、漢軍が追いつきます。農夫がだました理由は、ここでは説明されません。 人数の変化と、この短い道案内の言葉を結んで読みます。人物の内心を想像して補う前に、どこで追いつかれ、何人になったと書かれるかを確かめます。 天が滅ぼす、という三か所の言葉 東城で項羽は、それまでの戦いを語り、 此天之亡我,非戰之罪也 と言います。その後、味方の前で戦って見せる目的として 令諸君知天亡我,非戰之罪也 と続けます。二か所とも、戦いのせいではないという主張を含みます。 烏江では 天之亡我,我何渡為 です。天が自分を滅ぼすという考えは三か所に出ますが、全てが一字一句同じではありません。東城の二か所目には 之 がありません。烏江では、戦いの罪を否定する句の代わりに、渡らないという反語が続きます。 これは項羽自身の発言で、語り手が天命を事実と認めた文ではありません。項羽が、味方に戦いを見せる時と、船を断る時とで、どう言葉をつなぐかを読みます。 宣言と、描かれた三つの戦い 項羽は必ず三度勝つと言い、囲みを破り、将を斬り、旗を刈ることを挙げます。その後、漢の将を一人斬り、赤泉侯を退かせ、都尉を一人斬る戦いが描かれます。 宣言の三つと描かれた三つの戦いは、順に対応するとは書かれていません。まず宣言を読み、次に実際に描かれた行動を別に確認します。 辟易 は bì yì、驚いて退く意味です。赤泉侯は最後に封じられる楊喜を、後の爵名で呼んだものです。別の人物を増やして読まないようにします。 集まった騎兵を数えると、失ったのは二騎だけです。項羽の 何如 は、戦いのせいではないと示す、という宣言どおりだったかを確かめる問いです。騎兵は 如大王言 と、そのとおりだと答えます。 渡れるのに、渡らない理由 烏江の亭長は船を用意し、江東でも王になるには十分だと勧めます。船を岸に着ける字は、ここでは 檥 です。艤とも書き、yǐ と読みます。項羽は、渡る手段がないからではなく、勧めを断ってとどまります。 我何渡為 の末尾の 為 は問いの語気です。「何のために渡るか」と目的を尋ねる文にしません。「どうして渡ったりしようか」という反語で、渡らない意を表します。 型編 3課 の疑問と 型編 35課 の語気を足場に読めます。 江東の若者八千人と西へ渡り、今は一人も帰っていない、と項羽は言います。父兄があわれんで王にしてくれても、どんな顔で会えるのか。誰も言わなくても、自分の心に恥じないでいられるのか。ここでは勝てるかどうかだけでなく、帰る自分への問いが重ねられています。 馬を与えてから、歩いて戦う 項羽は亭長に馬を与えます。自分は渡らないのに、馬を殺すには忍びないと述べます。歌では進まない馬をどうしようと問い、ここでは馬を生かす行動を選びます。 乃令騎皆下馬步行 では、騎兵をみな下馬させて歩かせます。追跡を命じる 令騎將灌嬰以五千騎追之 と同じく、令、人、動作の兼語文です。 型編 27課 の 让 に結べます。 項王身亦被十餘創 の 被 は、傷を身に受ける動詞です。 十餘創 がその目的語です。 型編 25課 の受け身の印として、後ろに動詞を探す文にはしません。同じ史記にも受け身の用法があるので、文ごとに働きを確かめます。 最後に、恩賞の記録が残る 項羽は呂馬童を昔なじみとして呼びかけます。 馬童面之 は、顔をそむけたと読む説と、顔を向けたと読む説があります。 吾為若德 は、そなたのために恩を施してやろう、という言葉です。項羽は首に懸けられた恩賞を語って死に、その後は遺体をめぐる争いと五人の封侯が記されます。首を取った王翳を含む五人の名と爵名が並ぶ結びです。 項羽の最後の言葉で文を閉じず、得た者への恩賞まで書く順に注目します。歌う人の近い声から始まった篇が、最後には記録する調子へ移ります。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 垓下 地名 項羽が囲まれた場所 地名 項王軍壁垓下 項王の軍は垓下に砦を築いた 騅 名詞 項羽の愛馬の名 名として読む 騅不逝 騅が進まない 柰 動詞 どうする 奈と同じ働き 柰若何 そなたをどうしたらよいか 紿 動詞 だます 曰 の前に置き、だまして言う 田父紿曰「左」 農夫はだまして左と言った 刈 動詞 刈る 旗を切り倒す動作 刈旗 旗を刈り倒す 辟易 動詞 驚いて退く 人馬の動き 辟易數里 数里退いた 檥 動詞 船を岸に着ける 艤とも書く 檥船待 船を岸に着けて待つ 若 代詞 そなた ここでは相手を指す 若非吾故人乎 そなたは昔なじみではないか 練習 八百余人、百余人、二十八騎、二騎を失う、を原文の句と場面に結んでください。 原文の字を補って書いてください。 騅不逝兮可_何 原文の字を補って書いてください。 虞兮虞兮柰_何 原文の字を補って書いてください。 天之亡我,我何渡_ 原文の字を補って書いてください。 此天之亡我,非戰之_也 我何渡為 と 籍獨不愧於心乎 を、反語の意味を保って現代語の問いに書き換えてください。 項王身亦被十餘創 を 受 で言い換え、 漢軍及諸侯兵圍之數重 を 被 の受け身に書き換えてください。二つの働きも説明してください。 英勇 ・ 激动 ・ 泪水 ・ 步行 を全て使い、項羽の描写と読んだ印象を短い現代語の三文で書いてください。 宣言に挙がる行為と、その後の三つの戦いを分け、最後の問答が何を確かめるか二文で説明してください。 縱江東父兄憐而王我,我何面目見之 と 籍獨不愧於心乎 を引いて、項羽が渡し船を断る理由を二文で書いてください。 可柰何 と 柰若何 の違いを一文で説明してください。 天が自分を滅ぼすという項羽の言葉を本文から三か所抜き出し、それぞれの場面を書いてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可柰何,虞兮虞兮柰若何! 歌は 兮 で息を継いで間を置き、 虞兮虞兮 は名を二度ゆっくり呼んでください。 この篇のまとめ 人数の減少を三場面に結び、天が滅ぼすという発言の違いを読みました。戦いの宣言と描写を分け、渡し船を断る時には、父兄への顔向けと自分の心への恥が問われることを確かめました。 次の篇へ 次の11.86は、史記 廉頗藺相如列傳の完璧歸趙です。十五の城と璧をめぐり、藺相如が秦王と交渉する言葉を読みます。 答え 騎從者八百餘人 は垓下を出る時、 騎能屬者百餘人耳 は淮水を渡った後、 乃有二十八騎 は東城、 亡其兩騎耳 は都尉を斬った戦いの後です。 騅不逝兮可柰何 虞兮虞兮柰若何 天之亡我,我何渡為 此天之亡我,非戰之罪也 我何必渡江呢? 难道我心里不惭愧吗? 项王身上也受了十多处伤。 项王的军队被汉军围住了。 原文の前者は傷を受ける動詞です。後者の現代語は、項王を囲まれる側に置く受け身です。 我觉得项羽很英勇。 他很激动,流下了泪水。 他让骑兵下马步行。 宣言は囲みを破る・将を斬る・旗を刈ることで、描かれた戦いは将を斬る・赤泉侯を退ける・都尉を斬る場面です。最後の問答では、戦いのせいではないと示すという宣言どおりだったかを項羽が確かめ、騎兵がそのとおりだと答えます。 父兄があわれんで王にしてくれても、江東の若者八千人を一人も連れ帰れなかった自分は、どんな顔で会えるのかと項羽は言います。たとえ誰も責めなくても、自分の心に恥じないではいられないので、船を断ります。 柰若何 は 柰 と 何 の間に相手の 若 を挟んで「そなたをどうしたらよいか」と問い、 可柰何 は相手を挟まずに「どうしたらよいか」と問います。 此天之亡我,非戰之罪也 (東城で騎兵に語る)/ 令諸君知天亡我,非戰之罪也 (東城で戦って見せる目的を言う)/ 天之亡我,我何渡為 (烏江で亭長に答える) 参考文献 司馬遷『史記 項羽本紀』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/史記/卷007