1.1 日本語の中のラテン語 — あなたはもう 250 語知っている — Epoché
この課でできるようになること 日本語に入っているラテン語を 30 語、元の綴りと復元式の読みで言える。 カタカナ語の意味と元の意味のずれ(エゴ・ニヒル・ペルソナ)を説明できる。 成句( et cētera ・ cōgitō, ergō sum )を語に分けて読める。 前提 : 0.8 まで。 橋編「橋」は、あなたがすでに持っているラテン語を数える編です。橋は三つあります。日本語に直接入ったラテン語(この課)、英語を通って入った語(次の課)、学名・医学・法学の用語(その次)。合わせると、第 1 期で覚える語の 4 分の 1 は「初めて見る」語ではありません。 数えてみました。日本語の辞書 JMdict (21 万見出し)で語源欄に「ラテン語」とある見出しは 255 。うち常用の印が付くものは 19 語——ウイルス・エゴ・ミサ・レクイエム・ニヒル・フェニックス・ヘルニア・シクラメン・ユーカリ・コギト・エルゴ・スムなど。残りは学名(ホモ・サピエンス・ティラノサウルス)、医学(ヘルニア・クラミジア)、宗教(アヴェ・マリア・クレド)、学術の成句(アプリオリ・タブラ・ラサ)です。フランス語(1,035)やドイツ語(554)より少ないが、ギリシア語(63)より多い。 常用のカタカナ語 — 元の姿と意味 復元式で読み直すと、カタカナと違う音になる語があります。左の列に日本語、真ん中に元の綴り(マクロン付き)、右に元の意味とずれ。 日本語 ラテン語 元の意味と、日本語でのずれ ウイルス vīrus 毒・粘液。「ウィールス」。病原体の意味は 19 世紀に付いた エゴ ego 私(代名詞)。日本語の「エゴ=利己心」は精神分析の用語から エトセトラ et cētera 「そしてその他のもの」。 cētera は中性複数。復元式ではエト・ケーテラ ミサ missa 「行け(解散)」の言葉 Īte, missa est から。後古典ラテン語 レクイエム requiem 「安息を」(対格)。死者ミサの冒頭 Requiem aeternam dōnā eīs ニヒル nihil 「無」。形容詞ではなく名詞。ニヒリズムは 19 世紀ドイツの造語 ヘルニア hernia 「破裂・脱腸」。医学用語はラテン語の主格そのまま フェニックス phoenīx ギリシア語からラテン語へ。 ph はプに近い コギト・エルゴ・スム cōgitō, ergō sum 「私は考える、ゆえに私はある」。動詞 2 つと副詞 1 つの 3 語の文 アプリオリ ā priōrī 「より先のものから」。前置詞 ā +奪格。対は ā posteriōrī ペルソナ persōna 「仮面」→「役柄」→「人格」。英語 person の元 アニマ anima 「息・魂」。 animus ( 音編 1課 )は「心・意志」、 anima は「命の息」 タブラ・ラサ tabula rāsa 「削られた板」(何も書かれていない蝋板)。ロックの比喩 ホモ・サピエンス Homō sapiēns 「知恵ある人」。リンネの二名法。1.3 で扱う デウス・エクス・マキナ deus ex māchinā 「機械仕掛けの神」。 ex +奪格 アド・ホック ad hoc 「このために」。 ad +対格 オプス opus 「仕事・作品」。音楽の作品番号 Op . はこれ インスラ īnsula 「島」→ローマの集合住宅。英語 insular ・ペニンシュラ(半島) ★ 意味がずれた語ほど価値があります。 エゴは「私」でしかなく、ペルソナは「仮面」、ニヒルは「無」。日本語で使っている意味を一度剥がして元の意味を置き直すと、その語を含む古典の文が読めるようになります。第 5 期でデカルトの ego (私)と cōgitō (考える)を原文で読むとき、「エゴ」の日本語の意味を持ち込まないことが最初の一歩です。 成句を語に分ける カタカナで一つの塊として覚えている成句を、語に分けて読みます。音編の規則で強勢を打ってください。 成句 語に分けると cōgitō, ergō sum cōgitō 私は考える / ergō ゆえに / sum 私はある。動詞に主語が含まれている(形編) et cētera et そして / cētera その他のもの(中性複数) ā priōrī ā 〜から / priōrī より先のもの(奪格)。前置詞が格を要求する(型編) deus ex māchinā deus 神 / ex 〜から / māchinā 機械(奪格。語末の ā が長い) tabula rāsa tabula 板 / rāsa 削られた(分詞)。形容詞が名詞の後ろに来る Homō sapiēns Homō 人 / sapiēns 知恵のある(分詞)。学名は名詞+形容詞 分けてみると、まだ習っていない文法(格・分詞・語順)がもう顔を出しています。 成句は文法の見本 です。形編・型編でこれらの形を学ぶとき、成句に戻って確かめてください。 実文 — 「私」と「無」と「魂」 セネカとウルガタから、 ego ・ nihil ・ corpus を含む短い文。カタカナ語の元の意味で読めるはずです。 原文 日本語訳 見るところ Nihil mihi tecum, fortuna. [1] 運命よ、私には君と何の関わりもない。 nihil (何も)・ mihi (私に)・ tēcum (君と)。動詞が無い Ego autem non quæro gloriam meam: [2] しかし私は自分の栄光を求めない。 ego は強調。 glōriam (グロリア) hoc est corpus meum. [3] これは私の体である。 corpus (体)。英語 corporation ・コーパス Ars enim vitae est. [4] というのも、(哲学は)生きる術だから。 ars (術・技芸)。アート Quid est ergo ratio? [5] では理性とは何か。 ratiō (理性・計算)。レシオ・レーション ★ここでも est (〜である)が 3 文に出ました。音編から数えて sum の形はもう 12 回。次の形編の最初に活用表で全部そろえます。 新出語 語(品詞) 意味 注 persōna la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 仮面、役柄、人格 日本語との差 英語 person 。日本語のペルソナは「外面」の意味に寄る anima la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 息、魂、命 日本語との差 animus (心・意志)と区別。英語 animal ・ animation opus la 名詞・第 3 変化・中性( operis ) 仕事、作品 日本語との差 音楽の Op .。英語 operate ・ opera Nobis opus est indagatore veterano ad puerum perditum inveniendum. [6] 迷子になった子供を見つけるには、老巧な追跡者が必要です。 Opus faciebam. [7] 働いてたよ。 īnsula la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 島、集合住宅 日本語との差 英語 insular ・ peninsula (ほとんど島) Quot vīcī in hāc īnsulā sunt? [8] この島にはいくつの村がありますか。 cōgitō la 動詞・第 1 活用( cōgitāre , cōgitāvī , cōgitātum ) 考える 日本語との差 cōgitō, ergō sum 。英語 cogitate Non cogito, ergo non sum. [9] 我思わず、故に我なし。 Cogito ergo sum. [10] 我思う、故に我あり。 tabula la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 板、書字板、表 日本語との差 英語 table ・ tablet 。「テーブル」は食卓より先に「板」 Is sum qui tabulam hanc pinxi. [11] この絵を描いたのは私です。 corpus la 名詞・第 3 変化・中性( corporis ) 体、物体、集成 日本語との差 英語 corpus ・ corporation ・コーパス hoc est corpus meum. これは私の体である。 Thomas corpum suum cremari non vult. [12] トマスは自分の体を焼かれたくないと思っている。 ars la 名詞・第 3 変化・女性( artis ) 術、技芸、学芸 日本語との差 英語 art 。「芸術」より広く「技」全般 Ars enim vitae est. というのも、(哲学は)生きる術だから。 Ars longa, vita brevis. [13] 芸術は長く人生は短し。 ratiō la 名詞・第 3 変化・女性( ratiōnis ) 計算、理性、理由 日本語との差 英語 ratio ・ reason ・ rational 。第 5 期の学術ラテン語の中心語 Quid est ergo ratio? では理性とは何か。 Eurō est ratiō ærāria Eurōpæa. [14] ユーロはヨーロッパの通貨である。 fortūna la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 運、運命、財産 日本語との差 英語 fortune 。ローマでは女神 Nihil mihi tecum, fortuna. 運命よ、私には君と何の関わりもない。 Nihil eripit fortuna, nisi quod dedit. [15] 運命は自分が与えたもの以外、何も奪わない。 日本語へ入った三つの道 日本語のラテン語は、三つの道を通って来ました。最初は 16 世紀の キリシタン の時代で、ポルトガル語経由でデウス( Deus )・パードレ( pater )・クルス( crux )・オラショ( ōrātiō 祈り)が入り、一部はいまも長崎の隠れキリシタンの祈りに残っています。二つ目は 19 世紀の 蘭学と明治の学術 で、医学・法学・生物学の用語がオランダ語・ドイツ語を通して入りました(カルテ・ヘルニア・学名)。三つ目は 20 世紀の 英語 で、ウイルス・エゴ・エトセトラ・アドリブのようにラテン語の成句や語が英語の中の外来語として入っています。 道が違うと音も違います。キリシタン語彙はポルトガル語の音(デウス)、明治の学術語はドイツ語の音(カルテ)、20 世紀の語は英語の音(シーザー)。前の編で学んだ復元式は、そのどれとも少しずつ違います。だから カタカナ語を橋にするときは、音・意味・形の三つを戻す 必要があります。音は復元式に、意味は元の意味に、形は辞書の見出しの形に。この課の表はその三つを一度に見せるために作りました。 橋は便利ですが、渡り方を誤ると落ちます。よくある誤りは、カタカナ語の意味でラテン語の文を読んでしまうこと。セネカが animus と書けば「アニムス(精神分析の元型)」ではなく「心・意志」、アウグスティヌスが persōna と書けば「ペルソナ(外面)」ではなく神学の「位格」。橋は 見出し語を思い出す ための道具で、意味は辞書と文脈で確かめる——この順序を守ってください。 練習 練習 1 — 元の綴りに戻す 次のカタカナ語を、ラテン語の綴り(マクロン付き)と復元式の読みに戻してください。 ウイルス エトセトラ ペルソナ アプリオリ オプス ホモ・サピエンス 練習 2 — ずれを言う エゴ・ニヒル・ペルソナ・アニマについて、日本語での意味と元の意味を一文ずつで対比してください。 練習 3 — 本文を隠して復唱する 上の 5 文を、音編で決めた 3 段(聞く → 隠して復唱 → 見て確かめる)で読んでください。 nihil ・ glōriam ・ corpus の強勢が規則どおりかを確かめます。 この課のまとめ 日本語にはラテン語源の見出しが 255(常用 19)。 すでに知っている語から始める 。 カタカナ語は意味がずれている(エゴ=私、ペルソナ=仮面、ニヒル=無)。元の意味に置き直す。 成句は文法の見本( cōgitō, ergō sum =動詞に主語が含まれる)。 学者のラテン語名( Cartesius )と学名( Homō sapiēns )は次の課で。 次の課へ 第 1.2 課は 英語経由の橋 です。核心 1,000 語のうち 2 割強——200 語ほど——は、英語の単語を通してすでに知っています。 causa → cause 、 scientia → science 。その対応と、当てにならない「偽の友」を見ます。 答え 練習 1 : vīrus ウィールス/ et cētera エト・ケーテラ/ persōna ペルソーナ/ ā priōrī アー・プリオーリー/ opus オプス/ Homō sapiēns ホモー・サピエーンス。 練習 2 (例): エゴ——日本語では利己心、元は「私」という代名詞。ニヒル——日本語では虚無的な態度、元は「無・何も〜ない」という名詞。ペルソナ——日本語では外向けの人格、元は舞台の「仮面」。アニマ——日本語では心理学の元型、元は「息・命」。 参考文献 Sen . Ep . 20.118.4( Nihil mihi tecum, fortuna. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Vulg . Ioh . 8:50( Ego autem non quæro gloriam meam: )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Matt . 26:26( hoc est corpus meum. )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Sen . Ep . 19.117.12( Ars enim vitae est. )。 Perseus Digital Library (