5.2 名乗りと出身 — 私を〜と呼ぶ — Epoché
この 課 か でできるようになること 名乗り なのり 、 相手 あいて の 名 な を 尋ね たずね 、 聞き返す ききかえす ことができる。 名前 なまえ を 言う いう 二 に 通り とおり の 形 かたち を 使い分け つかいわけ られる。 ギリシアの 名前 なまえ がほとんど 聖人 せいじん の 名 な であることを 知り しり 、 名の日 なのひ の 話 はなし につなげられる。 前提 ぜんてい : 5.1(あいさつ) あいさつの 次 つぎ は 名乗り なのり です。ギリシア 語 ご には 名前 なまえ を 言う いう 形 かたち が 二 に 通り とおり あり、 日常 にちじょう でよく 使う つかう ほうは、 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ から 見る みる と 少し すこし 変わっ かわっ た 作り つくり をしています。 この 課 か で 覚える おぼえる のは 三 みっ つだけです。 名乗る なのる 形 かたち 、 尋ねる たずねる 形 かたち 、 聞き返す ききかえす 形 かたち 。 この 三 みっ つで、 初 はつ 対面 たいめん のやりとりは 足り たり ます。 名前 なまえ は「 私 わたくし を〜と 呼ぶ よぶ 」で 言う ゆう 語 ご 編 へん 2 課 か で 少し すこし ふれました。ギリシア 語 ご で 名乗る なのる とき、ふつうは 私 わたくし を〜と 呼ぶ よぶ という 形 かたち を 使い つかい ます。 主語 しゅご は 置き おき ません。 誰 だれ が 呼ぶ よぶ のかというと、 世間 せけん の 人 ひと が、ということです。 日本 にっぽん 語 ご で「〜と 申し もうし ます」と 言う いう のに 近く ちかく 、 自分 じぶん を 主語 しゅご にしません。 この 形 かたち の 中 なか に、 型 かた 編 へん 6 課 か で 学ん まなん だ 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし が 入っ はいっ ています。 私 わたくし を、という 一 いち 語 ご が 動詞 どうし の 前 まえ に 立つ たつ 。 日本 にっぽん 語 ご と 同じ おなじ 語順 ごじゅん です。 相手 あいて に 尋ねる たずねる ときは、その 一 いち 語 ご を きみを に 替える かえる だけです。 もう 一 ひと つ、 私 わたくし の 名前 なまえ は〜です という 形 かたち もあります。こちらは 日本 にっぽん 語 ご や 英語 えいご と 同じ おなじ 作り つくり で、 書き言葉 かきことば や 改まっ あらたまっ た 場面 ばめん で 使い つかい ます。 話し言葉 はなしことば では 最初 さいしょ の 形 かたち のほうがはるかに 多い おおい 。 両方 りょうほう とも 正しく ただしく 、 場面 ばめん で 選び えらび ます。 ギリシアの 名前 なまえ は 聖人 せいじん の 名 な ギリシアの 人 ひと の 名前 なまえ は、その 大半 たいはん が 聖人 せいじん の 名 な です。ヨルゴス、マリア、ディミトリス、エレニ。だから 語 ご 編 へん 2 課 か で 扱っ あつかっ た 名の日 なのひ の 習わし ならわし が 成り立ち なりたち ます。 名前 なまえ を 聞け きけ ば、その 人 ひと の 名の日 なのひ がいつかがおおよそ 分かる わかる 。 そして 名前 なまえ には、 決まっ きまっ た 短い みじかい 呼び よび 方 かた があります。 日本 にっぽん 語 ご の あだ名 あだな に 近い ちかい のですが、 誰 だれ が 呼ん よん でも 同じ おなじ 短い みじかい 形 かたち になる のが 違う ちがう ところです。ディミトリスならミミス、コンスタンディノスならコスタス、と 決まっ きまっ ている。 親しく したしく なると 自然 しぜん にそちらで 呼ば よば れます。 もう 一 ひと つ 知っ しっ ておくとよいのは、 孫 まご が 祖父母 そふぼ の 名 な を 受け継ぐ うけつぐ 習わし ならわし です。 長男 ちょうなん は 父方 ちちかた の 祖父 そふ の 名 な 、 長女 ちょうじょ は 父方 ちちかた の 祖母 そぼ の 名 な 。だから 同じ おなじ 家族 かぞく に 同じ おなじ 名前 なまえ の 人 ひと が 何 なん 人 にん もいることがあります。 名前 なまえ を 聞い きい て「おじいさんと 同じ おなじ ですね」と 言う ゆう と、たいてい 当たり あたり ます。 対話 たいわ その 一 いち — 学校 がっこう の 受付 うけつけ で、 名前 なまえ を 伝える つたえる 話者 わしゃ : 日本 にっぽん から 来 き た 学生 がくせい のユイと、 受付 うけつけ の 人 ひと 。 初 はつ 対面 たいめん なので 丁寧 ていねい な 形 かたち です。 台詞 せりふ 訳 わけ Καλημέρα σας. おはようございます。 Ποιό είναι το όνομά σου; [1] お 名前 なまえ は 何 なん とおっしゃいますか。 Με λένε Γιούι. ユイと 申し もうし ます。 Πώς; もう 一 いち 度 ど お 願い ねがい します。 Γιούι. Είμαι από την Ιαπωνία. ユイです。 日本 にっぽん から 来 き ました。 Χαίρω πολύ. [2] お 会い あい できてうれしいです。 Το όνομά μου είναι Κουζέι. [3] 私 わたくし の 名前 なまえ はクゼイと 申し もうし ます。 Χαίρω πολύ. こちらこそ。 一 ひと つ 目 め 、 三 みっ つ 目 め 、 四 よん つ 目 め 、 五 いつ つ 目 め 、 八 よう つ 目 め は 本 ほん 課程 かてい が 足し たし た 台詞 せりふ です。どれも 四 よん 語 ご 以下 いか です。 四 よん つ 目 め の 一 いち 語 ご は、 聞き取れ ききとれ なかったときの 決まり きまり 文句 もんく で、そのまま 覚え おぼえ てください。 対話 たいわ その 二 に — 学生 がくせい どうし、 名前 なまえ を 交わす かわす 話者 わしゃ : ユイと、 同じ おなじ 学校 がっこう の 学生 がくせい 。 同じ おなじ 年ごろ としごろ なのでくだけた 形 かたち です。 台詞 せりふ 訳 わけ Γεια σου. [4] やあ。 Πώς σε λένε; 名前 なまえ は。 Με λένε Αντρέα. [5] アンドレアだよ。 Εσένα; きみは。 Με λένε Γιούι. ユイ。 Χάρηκα που σε γνώρισα! [6] 会え あえ てよかった。 Κι εγώ. こちらこそ。 二 ふた つ 目 め 、 四 よん つ 目 め 、 五 いつ つ 目 め 、 七 なな つ 目 め が 本 ほん 課程 かてい の 足し たし た 台詞 せりふ です。 丁寧 ていねい な 形 かたち とくだけた 形 かたち で、 動く うごく のは 代 だい 名詞 めいし の 一 いち 語 ご だけだということを 確かめ たしかめ てください。 この 課 か で 使う つかう 型 かた — 既習 きしゅう の 復習 ふくしゅう 表 ひょう は 四 よん 行 ぎょう です。この 課 か の 台詞 せりふ に 出 で ている 型 かた を 並べ ならべ ました。 型 かた どこで 学ん まなん だか この 課 か での 出 で 方 かた 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし は 動詞 どうし の 前 まえ 型 かた 編 へん 6 課 か 私 わたくし を・ 呼ぶ よぶ 、きみを・ 呼ぶ よぶ 。 日本 にっぽん 語 ご と 同じ おなじ 語順 ごじゅん 主語 しゅご の 代 だい 名詞 めいし は 強調 きょうちょう するときだけ 型 かた 編 へん 2 課 か きみは、と 聞き返す ききかえす ときだけ 置く おく 持ち主 もちぬし は 名詞 めいし の 後ろ うしろ 型 かた 編 へん 7 課 か 私 わたくし の 名前 なまえ は、と 言う いう ほうの 形 かたち で 使う つかう 二 に 人称 にんしょう の 複数 ふくすう は 丁寧 ていねい な 形 かたち も 兼ねる かねる 形 かたち 編 へん 4 課 か 受付 うけつけ では 複数 ふくすう の 語尾 ごび 、 学生 がくせい どうしでは 単数 たんすう の 語尾 ごび 語釈 ごしゃく この 課 か で 新しく あたらしく 出 で た 語 ご です。 左 ひだり が 語 ご 、 右 みぎ が 意味 いみ と 使い つかい どころです。 語 ご 意味 いみ 注 ちゅう Πώς σε λένε; el きみの 名前 なまえ は 何 なん 。くだけた 形 かたち の 尋ね たずね 方 かた Πώς σας λένε; el お 名前 なまえ は。 丁寧 ていねい な 形 かたち の 尋ね たずね 方 かた Πώς; el もう 一 いち 度 ど 。 聞き取れ ききとれ なかったときの 一 いち 語 ご εσένα el きみは。 聞き返す ききかえす ときの 強形 きょうけい の 代 だい 名詞 めいし κι εγώ el 私 わたくし も。 και, εγώ が 縮まっ ちぢまっ た 形 かたち Κι εγώ. こちらこそ。 όνομα el 名前 なまえ 。2.3 のマの 型 かた なので 中性 ちゅうせい Το όνομά μου είναι Κουζέι. 私 わたくし の 名前 なまえ はクゼイと 申し もうし ます。 επώνυμο el 名字 みょうじ 。 名 な の 上 うえ に 載る のる もの、が 元 もと の 意味 いみ άγιος el 聖人 せいじん 。ギリシアの 名前 なまえ の 大半 たいはん は 聖人 せいじん の 名 な 使える つかえる 言い回し いいまわし この 課 か で 覚える おぼえる と、そのまま 口 くち から 出せる だせる 形 かたち が 三 みっ つあります。 一 ひと つ、 名乗る なのる 形 かたち 。 私 わたくし を、という 一 いち 語 ご のあとに 動詞 どうし 、そして 自分 じぶん の 名前 なまえ 。 三 さん 語 ご で 名乗れ なのれ ます。 日本 にっぽん 語 ご の「〜と 申し もうし ます」とほぼ 同じ おなじ 長 なが さです。 二 ふた つ、 尋ねる たずねる 形 かたち 。どのように、という 語 ご を 頭 あたま に 置き おき 、あとは 名乗る なのる 形 かたち の 代 だい 名詞 めいし を きみを に 替える かえる だけ。 丁寧 ていねい に 言う ゆう なら あなたがたを に 替え かえ ます。 三 みっ つ、 聞き返す ききかえす 形 かたち 。どのように、の 一 いち 語 ご だけで「もう 一 いち 度 ど お 願い ねがい します」になります。 名前 なまえ は 聞き取り ききとり にくいので、この 一 いち 語 ご は 必ず かならず 要り いり ます。 言え いえ ないと、 相手 あいて の 名前 なまえ が 分から わから ないまま 会話 かいわ が 進ん すすん でしまいます。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ がやりがちな 言い いい 方 かた やりがちな 言い いい 方 かた なぜ 通じ つうじ にくいか 正しい ただしい 形 かたち 私 わたくし は〜です、と 名乗る なのる 間違い まちがい ではないが、 名前 なまえ ではなく 身分 みぶん を 名乗っ なのっ たように 響く ひびく 私 わたくし を〜と 呼ぶ よぶ 、の 形 かたち を 使う つかう 聞き返さ ききかえさ ずに 分かっ わかっ たふりをする 相手 あいて の 名前 なまえ を 覚え おぼえ られず、 次 つぎ に 呼べ よべ ない どのように、の 一 いち 語 ご で 聞き返す ききかえす 名字 みょうじ だけで 名乗る なのる ギリシアでは 名 な のほうを 先 さき に 交わす かわす 名 な を 言い いい 、 必要 ひつよう なら 名字 みょうじ を 足す たす 三 みっ つ 目 め について 補い おぎない ます。ギリシアでは 名前 なまえ のほうが 先 さき です。 役所 やくしょ や 書類 しょるい では 名字 みょうじ を 使い つかい ますが、 人 ひと と 人 ひと が 会う あう ときは 名 な で 呼び合い よびあい ます。 日本 にっぽん 語 ご の 感覚 かんかく で 名字 みょうじ だけを 名乗る なのる と、 少し すこし 他人 たにん 行儀 ぎょうぎ に 響き ひびき ます。 そして 名字 みょうじ は、 聞き取れ ききとれ なくても 構い かまい ません。 名 な を 覚える おぼえる ほうが 大事 だいじ です。 名の日 なのひ の 話 はなし ができるのも、 名 な を 知っ しっ ているからです。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 名乗る なのる 次 つぎ のことをギリシア 語 ご で 言う ゆう と、どんな 形 かたち になりますか。 答え こたえ はこの 課 か の 最後 さいご にあります。 私 わたくし はマリアといいます。(くだけた 場面 ばめん ) お 名前 なまえ は 何 なん とおっしゃいますか。( 丁寧 ていねい に) 名前 なまえ は 何 なん 。( 友だち ともだち に) もう 一 いち 度 ど お 願い ねがい します。 練習 れんしゅう 2 — 丁寧 ていねい とくだけたを 言い換える いいかえる 一 ひと つ 目 め の 対話 たいわ の 台詞 せりふ を、 二 ふた つ 目 め の 対話 たいわ のくだけた 形 かたち に 言い換え いいかえ てください。 動く うごく のは 代 だい 名詞 めいし だけです。 お 名前 なまえ は 何 なん とおっしゃいますか。 ご 出身 しゅっしん はどちらですか。 練習 れんしゅう 3