11.100 白居易 長恨歌 — 此の恨みは緜緜として絕ゆる期無からん — Epoché
この篇でできるようになること 寵愛、乱と別れ、帰還後、仙山、形見と誓いという場面の移りを示せます。 七言の切れ目と疊語を読み、有と在、如の比べる向きを説明できます。 最後の誓いの対と、天地と心残りを比べる結びを読めます。 前提 :11.99「漢書 李廣蘇建傳 蘇武」。変わらない決意を語る対面の後、白居易が別れと尽きない思いを歌う長恨歌で、特別編中国古典を終えます。 歴史の人物を、詩の言葉で語る 長恨歌は、白居易の長編の七言歌行です。玄宗と楊貴妃を題材にしていますが、詩では帝を 漢皇 と呼び、漢の時代に置き換えた名で語ります。 楊家有女初長成,養在深閨人未識 は、楊家の娘が成長し、奥深く育てられて人に知られなかったという始め方です。楊貴妃が先に寿王の妃だった史実とは違い、その経緯をこの詩は語りません。伝記の細部と、詩の組み立てを分けて読みます。 原文の 御㝢 の㝢は、宇と同じ字です。天下を治める意味で読みます。親しんだ書き下し文だけでなく、原文の字と中国語の音にも目を向けます。 七字の句を、四字と三字で聞く この本文を句読点で区切ると、七字の句が百二十あります。歌行は、絶句や律詩のような固定の句数で終わらず、場面を変え、韻を換えながら長く語る形です。 春宵苦短日高起 は、春宵苦短の四字と日高起の三字で切れます。 行宮見月傷心色 も、行宮見月と傷心色に分けて読むと、七字の中のまとまりをつかめます。 全てを機械的に同じ強さで切るのではなく、この刻みを足場にして意味のまとまりを聞きます。 寵愛の日々に、軍の太鼓が入る 選ばれること、湯浴み、夜、遅い朝、一族の栄えへと、前半は場面が次々に進みます。 從此君王不早朝 は、寵愛が君王の日々の政務にも及ぶことを示します。 楽の音、ゆるやかな歌舞、弦や笛という耳の言葉が重なります。そこへ 漁陽鞞鼓動地來 、軍の太鼓が地を揺らして来ます。次の 驚破霓裳羽衣曲 は、その音が曲を破るという言い方です。 説明で乱が起きたと言うだけでなく、聞こえていた音を変えることで、場面の切り替えを感じさせます。軍勢とともに西南へ向かう道も、行っては止まる姿として描かれます。 死を短く書き、落ちた飾りを残す 六軍不發無奈何 から 迴看血淚相和流 までの馬嵬の場面は、この本文では六句です。死そのものは 宛轉娥眉馬前死 という七字に置かれます。 誰がどのような命令で殺したかを、この句は詳しく説明しません。その代わり、地に落ちて拾う者のない髪飾りを挙げ、君王が顔を覆っても救えない姿を続けます。 この原文の娥眉は、本によって蛾眉とも書かれます。美しい眉でその人を表す言い方です。 蜀からの帰路にも、失った人が残る 蜀の川や山、旅先の月や夜の雨が、思いを引き戻します。月は心を痛める色、鈴は腸が断たれるような音として感じられます。同じ景や音も、寵愛の頃とは受け取り方が変わっています。 天旋日轉迴龍馭 で都へ帰る段に移りますが、死んだ場所では足が止まります。人は見えず場所だけが残り、君臣の衣が涙でぬれると続きます。帰還しても悲しみは終わりません。 花を見ると、人の顔を思う 歸來池苑皆依舊 は、戻ると池も庭も昔のままだという言葉です。そのまま残る景と、いなくなった人の違いが、次の比喩を生みます。 芙蓉如面柳如眉 は、はすの花があの人の顔のよう、柳が眉のよう、という向きです。顔が花のように美しいという普段の言い方に戻して、如の前後を入れ替えません。 對此如何不淚垂 は、これを見てどうして涙を流さずにいられよう、という反語です。泣かずに済む方法を尋ねる問いではありません。 如何不 …は、答えを求めない反語です。 型編 3課 の疑問詞の働きと比べられます。 失った人が比べる基準になっているので、目の前の花や柳から人の姿へ思いが戻ります。景色の美しさを紹介するだけの二句ではありません。 重ねる語が、長い夜を聞かせる 帰還後は春の花にも秋の雨にも悲しみがあり、楽人や女官の老いも描かれます。灯心をかき立て尽くしても眠れず、鐘鼓と星河の夜へ進みます。 遲遲 はゆっくりした様子、 耿耿 は明るく光る様子です。 悠悠 は遠く長く続く様子です。同じ字を重ねる疊語が、進まない夜や隔たりを耳にも残します。 ほかに、旗の 搖搖 、探しても見つからない所の 茫茫 、結びの 緜緜 があります。どの場面でどんな様子を示すかを一語ずつ確かめます。 魂魄不曾來入夢 は、魂が夢にさえ来ないという言葉です。思いが深いからすぐ夢で再会できる、と読み替えません。 仙山で会うのは、使いの道士 臨邛道士鴻都客 から、道士が魂を探す話へ移ります。天と地を探しても見つからず、ふと海の仙山を聞きます。この場面で太真に会うのは道士であり、君王本人が仙山へ行くのではありません。 忽聞海上有仙山,山在虛無縹緲間 では、有で初めて仙山の存在を出し、次の在で、その山の位置を述べます。 型編 5課 の有と在にも同じ使い分けがあります。 知られていないものを、場所の後ろに有で出し、次は分かった山を話題にして在で置きます。二句の順が、探す側に新しい行き先が分かる流れにも合っています。 仙女にも、寝起きの姿がある 太真は使いが来たと聞き、衣を取り、枕を押して起きます。髪は寝乱れ、花冠も整わないまま降りて来ます。人間から遠い仙女としてだけでなく、目覚めたばかりの姿で描かれます。 花冠不整下堂來 の下と來は、降りて来る方向を示します。 型編 18課 の方向補語を使う現代語へ直す時も、どこからどちらへ動くかを保ちます。 顔に流れる涙は、春雨を帯びる梨の花になぞらえられます。この箇所では人の姿を花へ、帰還後の箇所では花を人の顔へ重ねています。二つの箇所で、比喩の向きも確かめられます。 割った形見から、変わらない心へ 唯將舊物表深情 として、昔の品で深い思いを伝えます。金の釵と箱は、片方ずつ分けた形見です。一つの品をそのまま渡すのでなく、離れた二人が分け持つ物として描かれます。 但令心似金鈿堅 は、ただ心が金や螺鈿のように固くあれば、という条件です。再会を支えるものが、形見そのものから心の変わらなさへ置き直されます。 七月七日の長生殿で、二人だけが知る誓いを交わしたという言葉が続きます。 在天願作比翼鳥,在地願為連理枝 は、在と願をそろえ、天と地、鳥と枝を向かい合わせる対です。 最後は天地もいつか尽きるのに、この心残りは尽きないという比較です。 此恨緜緜無絕期 の緜緜は、本によって綿綿と書かれます。恨を相手への怒りだけに狭めず、長く残る思いとして読み終えます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 御㝢 動詞 天下を治める 㝢は宇と同じ 御㝢多年求不得 長年治めても求める人を得ない 娥眉 名詞 美しい眉、美しい人 本によって蛾眉 宛轉娥眉馬前死 美しい人が馬の前で死ぬ 遲遲 形容詞 ゆっくりしている 時の遅さを感じさせる 遲遲鐘鼓初長夜 ゆっくり鐘鼓が鳴り長い夜が始まる 耿耿 形容詞 明るく光る ここでは星河の様子 耿耿星河欲曙天 星河は明るく空は明けようとする 悠悠 形容詞 遠く長く続く 別れの時間 悠悠生死別經年 生死を隔てた別れが長く年を経る 縹緲 形容詞 かすんではっきりしない 仙山の場所の様子 山在虛無縹緲間 山はうつろにかすむ所にある 花冠 名詞 花の冠 ここでは身につける冠 花冠不整下堂來 花冠を整えず堂を降りて来る 緜緜 形容詞 長く続いて絶えない 綿綿とも書く 此恨緜緜無絕期 この心残りは長く続き終わりがない 練習 次の七句を本文の順に並べ、寵愛・乱・馬嵬坡・蜀からの帰路・帰還後・仙山への探索・形見と誓いに対応させてください。 唯將舊物表深情 / 漁陽鞞鼓動地來 / 歸來池苑皆依舊 / 漢皇重色思傾國 / 臨邛道士鴻都客 / 天旋日轉迴龍馭 / 六軍不發無奈何 空欄に原文の字を入れて、中国語の文を完成させてください。 忽聞海上_仙山,山_虛無縹緲間 空欄に原文の字を入れて、中国語の文を完成させてください。 芙蓉_面柳_眉 空欄に原文の字を入れて、中国語の文を完成させてください。 對此__不淚垂 忽聞海上有仙山,山在虛無縹緲間 を、存在を出してから場所を言う現代語の二文に直して書いてください。 對此如何不淚垂 を涙が出ることを強める反語に、 花冠不整下堂來 を方向の分かる現代語に直して書いてください。 帰還後の夜を読んで想像する場面を、 泪水 ・ 鲜花 ・ 做梦 ・ 醒 ・ 寒冷 を全て使い、短い現代語の三文で書いてください。 最後の誓いの二句の対応と、その後の天地との比較を二つに分けて説明してください。 次の疊語の意味を、下の四つから一つずつ選んでください。 遲遲 / 耿耿 / 悠悠 / 茫茫 (遠く長く続く様子・広くて果てしない様子・ゆっくりした様子・明るく光る様子) 次の句を四字と三字に分け、切れ目に/を入れて書いてください。 漁陽鞞鼓動地來 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 在天願作比翼鳥,在地願為連理枝。天長地久有時盡,此恨緜緜無絕期。 どの句も七字を四字と三字のまとまりで読みます。 在天願作 と 在地願為 は同じ調子でそろえ、四句を一つずつ間を取って、最終句をいちばん静かに読んでください。 この篇のまとめ 七言の刻みで場面を追い、音の変化、落ちた飾り、長い夜の疊語を読みました。有と在、比喩の向き、対句の誓いから、終わりのない思いを残す結びを確かめました。 次の篇へ この篇で特別編中国古典は終わりです。気に入った篇を原文だけでもう一度声に出して読み、主路の学習へ戻ってください。 答え 漢皇重色思傾國 が寵愛、 漁陽鞞鼓動地來 が乱、 六軍不發無奈何 が馬嵬坡、 天旋日轉迴龍馭 が蜀からの帰路、 歸來池苑皆依舊 が帰還後、 臨邛道士鴻都客 が仙山へ探しに行く段、 唯將舊物表深情 が形見と誓いです。 忽聞海上有仙山,山在虛無縹緲間 芙蓉如面柳如眉 對此如何不淚垂 听说海上有一座仙山。 仙山在虚无缥缈之间。 看到这些,怎么不流泪? 她没整理花冠就走下堂来。 宫里有鲜花,可是她不在。 夜里很寒冷,他没有做梦。 他醒着,眼里有泪水。 在と願が同じ位置にあり、作と為もなるという動作として対応します。天と地、比翼の鳥と連理の枝が向かい合います。 天地にもいつか終わりがあるのに、この心残りには終わりがないと比べ、長く続く思いを強めて結びます。 遲遲 =ゆっくりした様子、 耿耿 =明るく光る様子、 悠悠 =遠く長く続く様子、 茫茫 =広くて果てしない様子です。 漁陽鞞鼓/動地來 参考文献 白居易『長恨歌』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は全文。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/長恨歌