6.1 古今異義語 一 — 感情の語 — Epoché
この課でできるようになること 形は今の言葉と同じなのに意味が違う語——古今異義語——が、古文を読むときの最大の落とし穴だと知る。 感情を表す二十語について、古文の意味と現代語の意味を言い分けられる。 意味が動いた向き(広がった・狭まった・良し悪しが入れ替わった)を五つの群で整理して覚えられる。 原文の中でその語に出会ったとき、現代語の意味を当てはめずに立ち止まれる。 前提 : 4.4 まで。 ここまでの四つの編で、音の読み替え、文の切れ目、活用、助動詞を片づけました。文法の道具は一通りそろっています。それでも原文が読めない場面が残ります。 語がすり替わっているとき です。文法を間違えれば文が崩れるので気づきますが、語の意味を取り違えても文はきれいに通ってしまう。通ったまま意味だけが反対になる、これがいちばん恐い。 語編ではそういう語を八十、四つの課に分けて扱います。この課はそのうち 感情の語 二十です。感情の語が真っ先に危ないのには理由があります。感情の名前は、その時代の人が何を美しいと思い何を無作法と感じたかに寄りかかっているので、価値観が変われば意味ごと動くのです。動き方には型があり、型で覚えると二十語がばらばらの暗記ではなくなります。 現代語に残っている形 この課の語は、全部が消えたわけではありません。慣用句や複合語の中に、古い意味のまま化石として残っています。まずそれを拾います。 いまの言い回し いまの意味 古い意味が残っているところ もののあはれ しみじみとした情趣 「あはれ」=心が深く動くこと。悲しみに限らない 奥ゆかしい 上品で心が引かれる 「ゆかし」=もっと知りたい・見たい 心憎い演出 憎らしいほど巧みだ 「こころにくし」=奥が深くて心を引かれる めでたし、めでたし 物語の結びの言葉 「めでたし」=すばらしい いみじくも言い当てた まことに巧みに 「いみじ」=程度が並外れている 愛(かな)しい子 いとしい子 「かなし」=いとしくてたまらない 「奥ゆかしい」を「奥が深くて品がある」とだけ覚えている人は多いでしょうが、分解すれば「奥を知りたい」です。 慣用句の中に古い意味が閉じこめられている ので、そこから逆に引くと覚えやすくなります。以下、二十語を五語ずつ四つの群にまとめます。 古文ではこうなる 群一 ほめ言葉が痩せた語 あはれ ja あわれ しみじみと心を動かされる 現代語の意味 かわいそうだ 差 感動一般が悲哀だけに縮んだ をかし ja おかし 趣がある・興味深い 現代語の意味 滑稽だ・変だ 差 知的な明るい感動が笑いに寄った うつくし ja うつくし 小さいものがかわいらしい 現代語の意味 美しい 差 身内への慈しみが美一般に広がった かなし ja かなし いとしい(愛し)/心が痛む(悲し) 現代語の意味 悲しい 差 二方向のうち片方だけ残った らうたし ja ろうたし いたわってやりたいほどかわいい 現代語の意味 使わない 差 語ごと消えた 「あはれ」はもと「ああ」という声から出た語で、 心が深く動きさえすれば、喜びでも寂しさでも「あはれ」 でした。徒然草は季節の移り変わりを をりふしのうつりかはるこそものごとにあはれなれ [1] と書きます。ここを「かわいそう」と読んでは何のことか分かりません。「をかし」は頭で面白がる明るい感動で、 和歌こそなほをかしきものなれ [1] のように鑑賞して感心する場面に出ます。現代語の「おかしい」の笑いは、この語のごく一部です。 「うつくし」はもと、親が子を、年上が年下をいつくしむ気持ちの語でした。枕草子は にくげなるちごを、おのが心地のかなしきままに、うつくしみ、かなしがり [2] と書きます。ここに「かなし」も並びます。 「かなし」は心が締めつけられることで、いとしさにも痛みにも振れます 。「愛し」と当てれば前者、「悲し」なら後者。今は後者しか残っていません。「らうたし」は弱いものをかばう向きの語で、徒然草は理想の妻を よき女ならばこの男をぞらうたくして、あが仏とまもりゐたらめ [1] と描きます。 群二 心が引かれる、引かれない なつかし ja なつかし 心が引かれる・親しみやすい 現代語の意味 昔が恋しい 差 向く先が今から過去へ移った ゆかし ja ゆかし 見たい・聞きたい・知りたい 現代語の意味 「奥ゆかしい」の中だけ 差 心が行きたがる意が薄れた すさまじ ja すさまじ 興ざめだ・殺風景だ 現代語の意味 ものすごい 差 調子外れの意が程度の意に化けた めでたし ja めでたし すばらしい・美しい 現代語の意味 祝うべきだ 差 賞賛一般が慶事に狭まった いみじ ja いみじ 程度が甚だしい(善悪どちらにも) 現代語の意味 ほぼ使わない 差 善悪の中立が失われた 「なつかし」は動詞「なつく」から出た語で、 いま目の前にあるものに心が寄っていく ことです。徒然草は住まいの気配を いとなつかしう住みなしたり [1] と書く。過去を懐かしむのではなく、その家が親しみやすいのです。「ゆかし」は「行く」に由来し、心がそちらへ行きたがること。石清水の法師は他の参詣者が山へ登るのを ゆかしかりしかど、神へまゐるこそほいなれと思ひて [1] と、見たかったが我慢したと言います。 「すさまじ」は今と正反対に近い語です。枕草子は 梨の花、よにすさまじきものにして、近うもてなさず [2] と言う。ものすごいのではなく、興ざめで人が近づけないのです。「めでたし」は動詞「めづ」に「いたし」が付いた語で、慶事とは限りません。徒然草は水の景色を 岩にくだけて清く流るる水のけしきこそ時をもわかずめでたけれ [1] と讃えます。「いみじ」は「忌む」から出て、触れてはいけないほど並外れている、が原義。良い方にも悪い方にも振れ、 世はさだめなきこそいみじけれ [1] のように無常を讃えるのにも使えます。 訳すときは前後を見て方向を自分で決めます。 群三 良し悪しの物差しが動いた語 おもしろし ja おもしろし 目の前が明るくなるほど趣がある 現代語の意味 興味深い・滑稽だ 差 景色への感動が笑いに寄った こころにくし ja こころにくし 奥ゆかしくて心を引かれる 現代語の意味 ほぼ使わない 差 「憎い」が邪魔をして誤解される はづかし ja はずかし 相手が立派でこちらが気後れする 現代語の意味 自分が恥ずかしい 差 ほめる側とほめられる側が入れ替わった うしろめたし ja うしろめたし 先行きが気がかりだ・不安だ 現代語の意味 やましい 差 不安が良心の呵責に移った ねたし ja ねたし しゃくにさわる・くやしい 現代語の意味 妬ましい 差 くやしさ一般が嫉妬に狭まった 「おもしろし」は「面(おも)」が「白し」、目の前がぱっと明るくなる感じです。 神楽こそなまめかしくおもしろけれ [1] は滑稽なのではありません。「こころにくし」の「にくし」は「近寄りがたい」で、 近寄りがたいほど奥が深い、という褒め言葉 です。 世に事ふりたるまで知らぬ人は心にくし [1] ——流行を知らない人は奥ゆかしい、と兼好は言う。「憎らしい」と取ると文意が裏返ります。 「はづかし」がいちばん厄介です。古文では 気後れさせるほど立派なのは相手のほう で、「はづかしき人」は「こちらが恥ずかしくなるほど立派な人」です。 へだてなくなれぬる人も、程へて見るははづかしからぬかは [1] は、遠慮のない仲でも久しぶりに会えば気後れする、という意味。「うしろめたし」は「後ろ目痛し」で、背後すなわち先行きが気になること。枕草子で乳母を替えよと命じる場面の いとうしろめたし [2] も、やましいのではなく心配なのです。「ねたし」は 殿上人、地下なるも、陣に立ちそひて見るも、いとねたし [2] のように、嫉妬というより「しゃくだ」に近い。 群四 心が沈む、驚く にくし ja にくし 気に食わない・不愉快だ 現代語の意味 憎悪する 差 軽い不快が強い憎しみになった くちをし ja くちおし 残念だ・つまらない 現代語の意味 くやしい 差 期待外れが敗北感に寄った わびし ja わびし つらい・やりきれない 現代語の意味 もの寂しい・簡素で趣がある 差 苦痛が茶の湯の美意識に転じた あさまし ja あさまし 驚きあきれる 現代語の意味 下品だ・見苦しい 差 驚きが軽蔑に変わった おどろく ja おどろく はっと気づく・目を覚ます 現代語の意味 びっくりする 差 覚醒の意が驚愕だけになった 「にくし」は現代語ほど強くありません。枕草子は約束を破られた場面を 返しおこせたるは、すさまじきのみならず、いとにくくわりなし [2] と書きます。憎悪ではなく「気に食わない」。「くちをし」も、期待した水準に届かない残念さです。兼好は言葉の乱れを ただいふことばも、くちをしうこそなりもて行くなれ [1] と嘆く。くやしいのではなく、みっともなく劣化していくという嘆きです。「わびし」は あなわびし [1] のように単純につらい・困ったの意で、「わび・さび」の美意識はここから枝分かれした後の話です。 最後の二語は特に注意が要ります。「あさまし」は 善悪と無関係に、意外さに驚きあきれる 語で、 はては闘諍おこりて、あさましき事どもありけり [1] は「あきれた事件が起きた」。現代語の「浅ましい=卑しい」は、あきれた対象が卑しいものに偏った結果です。「おどろく」は「はっと我に返る」で、眠りから覚める意でよく使われます。宇治拾遺の稚児の話で、僧が 僧の物申さぶらはんおどろかせ給へ [3] と呼びかけるのは「お目を覚ましください」であって、驚かせようとしているのではありません。 原文で確かめる ここまでの語がまとまって出る一節を読みます。まず徒然草。月と露のどちらが良いかを言い争う場面です。 ある人の「月ばかりおもしろきものはあらじ」といひしに、またひとり、「露こそあはれなれ」とあらそひしこそをかしけれ。 [1] 訳: 「ある人が『月ほど趣のあるものはあるまい』と言ったのに、別の一人が『いや露こそしみじみとよい』と言い争ったのが面白かった」。一文に三語が並び、どれも褒め言葉です。次は住まいの描写。 内のさまはいたくすさまじからず、心にくく、火はあなたにほのかなれど、物のきらなど見えて、俄にしもあらぬにほひ、いとなつかしう住みなしたり。 [1] 訳: 「家の中はひどく殺風景でもなく、奥ゆかしく、灯りは向こうにほのかだが、調度の輝きが見えて、急にたきしめたのではない香が、たいそう親しみやすく住みなしてある」。三語とも現代語の意味で置き換えると、この家の魅力が消えます。 枕草紙にも、「こしかた恋しきもの、かれたる葵」とかけるこそいみじくなつかしう思ひよりたれ。 [1] 訳: 「枕草子に『昔が恋しくなるもの、枯れた葵』とあるのは、実にみごとに心引かれる思いつきだ」。「いみじく」は「たいそう」です。 僧の物申さぶらはんおどろかせ給へ [3] 訳: 「僧が『申し上げます、お目を覚ましてください』と言うのを」。餅ができるのを待って寝たふりをする稚児を起こす場面です。 にくげなるちごを、おのが心地のかなしきままに、うつくしみ、かなしがり、これが声のままに、言ひたることなど語りたる。 [2] 訳: 「憎らしげな幼児を、自分の気持ちがいとしいままに、かわいがり、いとしがり、その子の声色をまねて言ったことを人に語る」。清少納言はこれを聞き苦しいものとして挙げています。 「かなし」「うつくし」がどちらも愛情の語だと分かる例です。 読み上げと音読 読み上げは現代の音で鳴ります。「あはれ」は「あわれ」、「をかし」は「おかし」、「はづかし」は「はずかし」、「くちをし」は「くちおし」、「まゐる」は「まいる」です。音読では、 その語のところで少し声を張ってみてください 。「あはれ」「をかし」「いみじ」は感嘆の語なので、平らに読むと意味が消えます。声に出して感嘆できるかどうかが、意味を取り違えていないかの一番簡単な検査になります。 練習 次の傍線部を現代語に訳してください。ア「露こそあはれなれ」 イ「いとなつかしう住みなしたり」 ウ「世に事ふりたるまで知らぬ人は心にくし」 エ「あさましき事どもありけり」 「はづかし」「うしろめたし」「ねたし」の三語について、現代語の意味を当てはめると文意がどう狂うかを、それぞれ一文で説明してください。 上の五つの原文を、現代の音で三回ずつ音読してください。感情の語のところで声を張り、二回目からは読み上げを止めて自分の声だけで読んでください。 この課のまとめ 古今異義語は 文法では気づけない 。文は通ったまま意味だけが変わる。 あはれ・をかし・うつくし・かなし・らうたし——感動の幅がもとは広かった。 なつかし・ゆかし・すさまじ・めでたし・いみじ—— 向く先と程度 がずれた。「いみじ」は善悪中立。 おもしろし・こころにくし・はづかし・うしろめたし・ねたし——褒めているのか責めているのかを取り違えやすい。 にくし・くちをし・わびし・あさまし・おどろく——現代語のほうが強い、または方向が偏っている。 次の課へ 6.2 では、同じ古今異義語のうち 評価と程度を表す語 二十を扱います。「ありがたし」「やさし」「かしこし」「なかなか」「げに」——ものごとの善し悪しを測る物差しそのものが動いた語の群です。 答え ア 「露こそしみじみと趣がある」。イ 「たいそう親しみやすく住みなしている」。ウ 「世間で古びるほどになるまで流行を知らない人は奥ゆかしい」。エ 「あきれるような事件がいくつも起きた」。 「はづかし」を「自分が恥ずかしい」と取ると、相手を褒めた文が自分の反省の文に変わる。「うしろめたし」を「やましい」と取ると、他人を案じる文が自分の後ろ暗さの告白になる。「ねたし」を「嫉妬する」と取ると、しゃくにさわっただけの場面に根深い感情を読み込んでしまう。 読みの目安: あるひとの「つきばかり おもしろきものはあらじ」といいしに、またひとり、「つゆこそあわれなれ」とあらそいしこそ おかしけれ。 参考文献 兼好法師『徒然草』(國文大觀)。パブリックドメイン。漢字は通行の字体に改め、踊り字を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 清少納言『枕草子』。パブリックドメイン。漢字は通行