3.11 相 ① — 二つの過去のどちらを選ぶか — Epoché
この 課 か でできるようになること 二 ふた つの 過去 かこ のどちらを 使う つかう かを、 場面 ばめん から 決め きめ られる。 選ぶ えらぶ 手がかり てがかり になる 副詞 ふくし を 知り しり 、それを 目印 めじるし にできる。 日本 にっぽん 語 ご では 選ば えらば なくてよい 区別 くべつ を、ギリシア 語 ご では 必ず かならず 選ぶ えらぶ ことを 身 み につける。 前提 ぜんてい : 3.10( 形容 けいよう 詞 し の 一致 いっち と、 置く おく 場所 ばしょ )。 ここがギリシア 語 ご 文法 ぶんぽう の いちばん 大きな おおきな 山 やま です。 形 かたち はもう 作れ つくれ ます。2.6 と 2.7 で 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ 、 形 かたち 編 へん 8 課 か で 続い つづい ていた 過去 かこ 。この 課 か で 扱う あつかう のは どちらを 選ぶ えらぶ か だけです。 先 さき に 言っ いっ ておきます。 この 山 やま は 一 いち 度 ど で 越え こえ られません。 ここで 筋道 すじみち を 通し とおし 、3.12 と 3.13 で 使い つかい 、 読 よみ 編 へん の 物語 ものがたり で 何 なん 度 ど も 出会っ であっ て、だんだん 体 からだ に 入り はいり ます。この 課 か でやることは、 迷っ まよっ たときに 立ち返る たちかえる 一 いち 本 ぽん の 物差し ものさし を 作る つくる ことです。 型 かた の 骨格 こっかく — 出来事 できごと をどこから 見 み ているか 物差し ものさし は 一 ひと つです。 その 出来事 できごと を、 外 そと から 見 み ているか、 中 なか から 見 み ているか。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 見え みえ 方 かた どちらの 過去 かこ か 日本 にっぽん 語 ご でいうと 始まり はじまり から 終わり おわり までを、 外 そと からひとかたまりで 見る みる 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ を 使う つかう 手紙 てがみ を 書い かい た、と 言い切る いいきる 途中 とちゅう の 姿 すがた を、 中 なか から 見る みる 続い つづい ていた 過去 かこ を 使う つかう 手紙 てがみ を 書い かい ていた、と 途中 とちゅう を 言う ゆう 何 なん 度 ど も 繰り返さ くりかえさ れたことを、 習慣 しゅうかん として 見る みる 続い つづい ていた 過去 かこ を 使う つかう 毎日 まいにち 書い かい ていた、と 習慣 しゅうかん を 言う ゆう 二 ふた つ 目 め と 三 みっ つ 目 め が 同じ おなじ 形 かたち になるのは、 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ には 意外 いがい かもしれません。しかし 考え かんがえ てみれば、 繰り返し くりかえし も「 終わっ おわっ ていない」 のです。 一 いち 回 かい で 終わっ おわっ たのではなく、そのころずっとそうだった。 終わり おわり を 指し さし ていない、という 点 てん で 二 ふた つは 同じ おなじ です。 逆 ぎゃく に、 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ は 終わり おわり を 含み ふくみ ます 。だから 終わっ おわっ たことがはっきりしている 出来事 できごと 、 物語 ものがたり で 次々 つぎつぎ に 起こる おこる ことを 言う いう のに 使い つかい ます。 手がかり てがかり の 表 ひょう — 副詞 ふくし が 決め きめ てくれる 迷っ まよっ たときに 助け たすけ になるのが、 一緒 いっしょ に 出る でる 副詞 ふくし です。 表 ひょう は 四 よん 行 ぎょう です。 副詞 ふくし どちらを 呼ぶ よぶ か なぜそうなるか χτες 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ を 呼ぶ よぶ ことが 多い おおい 昨日 きのう と 日 ひ を 切る きる と、その 中 なか で 終わっ おわっ たことになる ξαφνικά 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ を 呼ぶ よぶ 突然 とつぜん は、 途中 とちゅう の 姿 すがた と 両立 りょうりつ しない κάθε μέρα 続い つづい ていた 過去 かこ を 呼ぶ よぶ 毎日 まいにち は 繰り返し くりかえし なので、 終わり おわり を 指さ ささ ない συνήθως 続い つづい ていた 過去 かこ を 呼ぶ よぶ いつもは という 習慣 しゅうかん の 言い いい 方 かた だから ただし、これは 手がかり てがかり であって 規則 きそく ではありません 。 昨日 きのう と 言っ いっ ても、 昨日 きのう ずっと 雨 あめ が 降っ ふっ ていた、なら 続い つづい ていた 過去 かこ です。 最後 さいご に 決める きめる のは、 話し手 はなして がその 出来事 できごと をどう 見せ みせ たいか です。 それでも、 初め はじめ のうちは 副詞 ふくし に 頼っ たよっ てかまいません。 八 はち 割 わり はそれで 当たり あたり ます。 残り のこり の 二 に 割 わり は、 読み物 よみもの で 出会い であい ながら 覚える おぼえる ほうが 早い はやい 。 日本 にっぽん 語 ご ならどう 言う ゆう か 日本 にっぽん 語 ご には「した」と「していた」があり、ギリシア 語 ご の 二 ふた つとよく 対応 たいおう します。しかし 三 みっ つ、 大きな おおきな 違い ちがい があります 。 一 ひと つ、 日本 にっぽん 語 ご は 選ば えらば なくてよい。 昨日 きのう 手紙 てがみ を 書い かい た、と 言え いえ ば 済み すみ ます。 途中 とちゅう だったか 終わっ おわっ たかを 言わ いわ ずにおける。ギリシア 語 ご には その 中立 ちゅうりつ の 形 かたち がありません 。 必ず かならず どちらかを 選び えらび ます。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ がいちばん 困る こまる のはここです。 二 ふた つ、 日本 にっぽん 語 ご の「していた」は 繰り返し くりかえし に 使い つかい にくい。 毎日 まいにち 書い かい ていた、とは 言え いえ ますが、 子ども こども のころは 毎日 まいにち 書い かい た、とも 言え いえ ます。ギリシア 語 ご では 繰り返し くりかえし は 必ず かならず 続い つづい ていた 過去 かこ です。 三 みっ つ、 状態 じょうたい を 言う いう 語 ご は 最初 さいしょ から 決まっ きまっ ている。 である、 持つ もつ 、 知っ しっ ている、 欲しい ほしい —— 形 かたち 編 へん 7 課 か と 形 かたち 編 へん 8 課 か で 見 み たとおり、これらは 続い つづい ていた 過去 かこ しか 持ち もち ません。 選ぶ えらぶ 必要 ひつよう がない ので、その 分 ぶん は 楽 らく です。 実 じつ 文 ぶん で 確かめる たしかめる 十 じゅう 文 ぶん あります。 前半 ぜんはん の 五 ご 文 ぶん が 一 いち 回 かい きり、 後半 こうはん の 五 ご 文 ぶん が 続い つづい ていた 過去 かこ です。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Χθες πήγα στην παραλία. [1] 昨日 きのう は 海辺 うみべ へ 行き いき ました。 行っ いっ て 着い つい た。 終わり おわり まで 含む ふくむ ので 一 いち 回 かい きり Χθες παίξαμε τένις. [2] 昨日 きのう はテニスをしました。 始め はじめ て 終え おえ た 一 ひと つの 出来事 できごと Χθες πήγα στον γιατρό. [3] 昨日 きのう は 医者 いしゃ へ 行き いき ました。 これも 行っ いっ て 終わっ おわっ た 出来事 できごと Πέθανε ξαφνικά. [4] あの 人 ひと は 急 きゅう に 亡くなり なくなり ました。 急 きゅう に という 副詞 ふくし が 一 いち 回 かい きりを 呼ん よん でいる Εκεί πήγα μόνο μια φορά. [5] そこへは 一 いち 度 ど しか 行き いき ませんでした。 一 いち 度 ど と 数え かぞえ ているので、ひとかたまり Χτες ήμουν άρρωστος. [6] 昨日 きのう は 具合 ぐあい が 悪かっ わるかっ たです。 状態 じょうたい なので 続い つづい ていた 過去 かこ 。 選ぶ えらぶ 余地 よち が 無い ない Χτες ήταν Δευτέρα. [7] 昨日 きのう は 月曜 げつよう でした。 である の 過去 かこ 。これも 状態 じょうたい Χτες έκανε κρύο. [8] 昨日 きのう は 寒かっ さむかっ たです。 昨日 きのう が 付い つい ても、 天気 てんき は 続い つづい ていた 状態 じょうたい Χθες έκανε πολύ ζέστη. [9] 昨日 きのう はとても 暑かっ あつかっ たです。 同じ おなじ 組み立て くみたて 。 日 ひ を 切っ きっ ても 続い つづい ていた 過去 かこ Έτσι ήταν τότε τα πράγματα. [10] 当時 とうじ はそういうものでした。 当時 とうじ は 続い つづい ていた 時期 じき を 指す さす 三 みっ つ 目 め と 八 よう つ 目 め を 見くらべ みくらべ てください。 どちらも 昨日 きのう で 始まっ はじまっ ているのに、 選ん えらん だ 過去 かこ が 違い ちがい ます。 医者 いしゃ へ 行っ いっ たのは 終わっ おわっ た 出来事 できごと 、 寒かっ さむかっ たのは 続い つづい ていた 状態 じょうたい 。 副詞 ふくし ではなく、 出来事 できごと の 中身 なかみ が 決め きめ ている ——これがこの 課 か の 芯 しん です。 よくある 誤り あやまり 誤り あやまり その 一 いち 、 日本 にっぽん 語 ご の「した」を 全部 ぜんぶ 一 いち 回 かい きりにする。 昨日 きのう は 寒かっ さむかっ た を 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ で 言う ゆう と、 寒 さむ さが 始まっ はじまっ て 終わっ おわっ た、という 妙 みょう な 意味 いみ になります。 状態 じょうたい は 続い つづい ていた 過去 かこ 。ここは 機械 きかい 的 てき に 決まり きまり ます。 誤り あやまり その 二 に 、 繰り返し くりかえし を 一 いち 回 かい きりにする。 毎日 まいにち 走っ はしっ た、を 一 いち 回 かい きりで 言う ゆう と、 毎日 まいにち ぶんをまとめて 一 いち 回 かい にした 感じ かんじ になります。 日本 にっぽん 語 ご では 自然 しぜん な 言い いい 方 かた なので、この 誤り あやまり は 起き おき やすい。 毎日 まいにち 、いつも、よく が 出 で たら 続い つづい ていた 過去 かこ と 覚え おぼえ てください。 誤り あやまり その 三 さん 、 迷っ まよっ て 両方 りょうほう 使う つかう 。 一 ひと つの 文 ぶん の 中 なか で 行っ いっ たり 来 き たりすると、 聞き手 ききて は 混乱 こんらん します。 迷っ まよっ たら 物語 ものがたり の 骨 ほね は 一 いち 回 かい きり、 背景 はいけい は 続い つづい ていた 過去 かこ という 分け わけ 方 かた に 寄せ よせ てください。 何 なん が 起き おき たかを 一 いち 回 かい きりで 並べ ならべ 、どんな 様子 ようす だったかを 続い つづい ていた 過去 かこ で 挟む はさむ 。 物語 ものがたり はこの 組み合わせ くみあわせ でできています。 広げる ひろげる — 物語 ものがたり の 骨 ほね と 背景 はいけい 読 どく 編 へん 第 だい 1 期 き 7 課 か で 読ん よん だ うさぎとかめ を 思い出し おもいだし てください。あの 物語 ものがたり では、 二 ふた つの 過去 かこ が 交互 こうご に 出 で ていました。 言っ いっ た、 笑っ わらっ た、 走っ はしっ た、 座っ すわっ た、 目 め を 覚まし さまし た——これが 骨 ほね です。 次々 つぎつぎ に 起こる おこる 出来事 できごと で、 全部 ぜんぶ 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ 。 話し はなし ていた、 歩い あるい ていた——これが 背景 はいけい で、 続い つづい ていた 過去 かこ 。 物語 ものがたり を 読む よむ とき、この 二 ふた つを 色分け いろわけ して 見る みる と 筋 すじ がそのまま 浮かび上がり うかびあがり ます 。 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ だけを 拾え ひろえ ば、あらすじになる。 続い つづい ていた 過去 かこ は、その 間 あいだ の 様子 ようす です。 そして 書く かく ときも 同じ おなじ です。8.4 で 日記 にっき を 書き かき ますが、そこで 求め もとめ られるのはまさにこの 使い分け つかいわけ です。 何 なん をしたかを 一 いち 回 かい きりで 並べ ならべ 、どうだったかを 続い つづい ていた 過去 かこ で 足す たす 。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — どちらを 使う つかう か 次 つぎ の 日本 にっぽん 語 ご は、どちらの 過去 かこ で 言い いい ますか。 答え こたえ はこの 課 か の 最後 さいご にあります。 昨日 きのう 、 手紙 てがみ を 書き