11.63 宋濂 送天台陳庭學序 — 山水の外に出づる者有る無きを得んや — Epoché
この篇でできるようになること 難所、庭學の旅、作者の事情、古人を引く問いの四つに分けられます。 三つの条件と、ますます増す様子を現代語にできます。 山水の外にあるものを、断定せずに問う結びとして読めます。 前提 :11.62「林嗣環 口技」。音で場面を見せる記の後、旅をした相手に贈る序を読みます。 旅をした人へ贈る序 宋濂は元末明初の文人です。この序は、人を送る時に贈る文章、贈序です。詩を集めたものに付ける序とは種類が違い、陳庭學という相手へ向けて書かれています。 陳庭學は天台の人で、四川へ赴任して成都に至り、三年を経て帰ってきます。宋濂は、蜀の山川がどれほど行きにくいかを先に述べ、そこへ行って詩の腕を高めた相手を迎えます。 本文は 西南山水 からの難所、 天台陳君庭學 からの相手の旅、 予甚自愧 からの作者の事情、 然吾聞古之賢士 からの問いの四つです。旅の価値をたたえるだけで終わらない順に注意します。 陸も水も、容易には進めない 西南の山水では蜀が最もすぐれると述べた後、陸の劍閣と桟道、水の瞿唐と灩澦の険しさを並べます。陸を馬で進めば高い山、上から見下ろせば深い谷があり、肝胆が震えると書きます。 杳莫測其所窮 では、奥深く、どこまで続くか測りようがないということです。 莫測 の否定を、測れないという動作に結び付けます。 水路では岩や波、渦が舟を脅かします。 舟一失勢尺寸,輒糜碎土沉,下飽魚鱉 は、舟が少しでも進み方を誤れば砕けて沈み、下で魚やすっぽんを飽かせるという描写です。 死ぬという言葉を直接置く代わりに、魚やすっぽんの餌になる形で、行く人に起こることを示します。山や川を美しい景色としてだけ見るのでなく、そこまで行く難しさを先に体で感じさせます。 行けない人を、三つの条件で挙げる 非仕有力者,不可以遊 は、官に就いて力のある人でなければ、旅できないということです。 非 で、そのような人であるという判断を打ち消し、後ろへ結果を続けます。 非材有文者,縱遊無所得 は、才や文才のある人でなければ、たとえ旅しても得るものがないということです。 縱 は、たとえ、という譲歩を置きます。行けば必ず得られるとは言っていません。 非壯彊者,多老死於其地 は、体の丈夫な人でなければ、多くはその土地で老いて死ぬということです。多くは、という程度を落として、必ず全員がそうなると強めないでください。 行ける人を順にほめるより先に、どんな条件を欠けば行けず、行っても得られず、帰りにくいかを並べます。後で庭學の旅を読む時、この難しさが、その経験の値打ちになります。 得るものと、足を置く所 無所得 は、得るものがないということです。 無所投足 は、足を置く所がないということです。どちらも 所 の後ろに動作を置きますが、ここでは前者は得るもの、後者は行く場所を指します。 諸葛武侯之所居 では、誰が住んだ所かまで分かります。諸葛武侯は諸葛亮で、 之 の前が住む人、 所居 が住んだ所です。名詞のまとまりとして、成都の説明に入っています。 同じ所の字があるからといって、すべて物理的な場所に訳さないでください。後ろの動作と、この段で何を述べるかを合わせます。 土地の値打ちを、人の名で示す 庭學は、中書左司の属官の職から、大将に従った功績を経て四川へ赴任します。 由中書左司掾 の 由 は、もとの職から、という起点です。 由水道至成都 は、水路を通って成都に至るという経路です。 現代語の 从 ・ 经 と比べ、どこからか、どこを通るかを分けます。介詞の働きは 型編 9課 で確かめられます。 成都については、揚雄、司馬相如、諸葛亮が住んだ所と述べます。その後に英雄の戦いや守備の跡、文人が眺め、飲み、詩を作った場所を挙げます。土地の意味を、そこにいた人と行為から見せています。 庭學はくまなく見て、見たものを詩にし、景物や時代の変化を書き留めます。旅で見たことが詩へつながり、詩がうまくなるという順を追いましょう。 三つの、ますます 其詩益工 は、その詩がますます巧みになるということです。帰ってきた庭學には 其氣愈充,其語愈壯,其志意愈高 と、気が満ち、言葉が力強く、志が高くなる三つを並べます。 愈 と 益 は、どちらもますますという意味で、動詞や形容詞の前に置きます。本文では、何の程度が増しているかを読みます。 三つの 愈 は、現代語の 越来越 で言い換えられます。気、言葉、志という主語を保つと、同じ形の中で何が変わるかが見えます。副詞の位置は 型編 33課 とも比べられます。 旅に出られなかった自分 作者は、若い時には学問が成らず暇がなく、壮年には戦乱で行く所がなかったと述べます。天下が定まった今は老いた、と続けます。庭學の経験をたたえた後で、自分の果たせなかった旅を置きます。 予齒益加耄矣 にも 益 があります。ここでは詩の上達でなく、作者の年齢と老いについて、ますます、と述べています。 この 齒 は歯ではなく年齢です。 耄 は年老いることです。歯の状態の説明にせず、自分が年を取って旅しにくくなったという文として読みます。 三つの時に出られなかった事情を述べ、今から庭學のように旅できるだろうかと問います。ここまでなら、旅をした相手を高く置き、自分の残念さを述べて閉じられそうです。 それでも、山水の外にあるものは ところが、作者は顏回や原憲の話を加えます。粗末な部屋を守り、草が戸を覆う暮らしでも志は満ち、天地を包み込むような人がいた、と述べます。 大きな山水を旅したからだけでは説明できない充実が、ここにあります。庭學の旅の価値を消すのではなく、志を満たすものが旅の外にもあるかを問い直す順です。 得無有出於山水之外者乎 は、山水の外に出るものがあるのではあるまいか、という問いです。 得無 ・ 乎 でひとまとまりの形として読み、その間にある問いの内容を受けます。 得るものが無いのか、と字をばらして訳さないでください。問うている中身は、山水の外にあるものがあるか、です。断定を避け、相手に考えを預ける問いとして読みます。 書き下しは「山水の外に出づる者有る無きを得んや」です。書き下しの文書と題では「得ん無や山水の外に出づる者有るを」と、語順を変えて読んでいます。どちらで読んでも、あるのではあるまいか、という問いの意味を押さえます。 最後の 苟有所得,則以告予 は、もし得るものがあれば知らせてほしいという言葉です。相手に教え切るのでなく、自分も教わる側に立って、贈る文を問いで閉じます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 虞 名詞 恐れ・心配 水路の難しさ 水有瞿唐灩澦之虞 水路には瞿唐と灩澦の恐れがある 掉慄 動詞 震えおののく 険しい谷への反応 肝膽爲之掉慄 肝胆がそのために震えおののく 縱 接続の語 たとえ〜しても 旅の結果を保証しない 縱遊無所得 たとえ旅しても得るものがない 壯彊 形容詞 体が丈夫だ 旅をする条件 非壯彊者 体の丈夫な人でなければ 愈 副詞 ますます 程度が増す 其氣愈充 その気がますます満ちる 益 副詞 ますます 詩と老いの両方に使う 其詩益工 その詩がますます巧みになる 齒 名詞 年齢 ここでは歯でない 予齒益加耄矣 私もますます年老いた 耄 動詞 年老いる 作者の今の事情 益加耄矣 ますます年老いた 苟 接続の語 もし 得た場合を条件にする 苟有所得 もし得るものがあれば 練習 字を原文どおりに補って書いてください。 _仕有力者,不可以遊 字を原文どおりに補って書いてください。 _遊無所得 字を原文どおりに補って書いてください。 其氣_充 字を原文どおりに補って書いてください。 其詩_工 字を原文どおりに補って書いてください。 __有出於山水之外者乎 非仕有力者,不可以遊;非材有文者,縱遊無所得;非壯彊者,多老死於其地 を、現代語の 不是 ・ 的人 ・ 就 を使う三文に言い換えてください。 其氣愈充,其語愈壯,其志意愈高 を 越来越 で言い換えてください。 得無有出於山水之外者乎 を、断定しない現代語の問いへ直してください。 是不是 ・ 呢 を使います。 旅をした庭學を思い浮かべ、 长途 ・ 步行 ・ 诗人 ・ 自信 ・ 优秀 ・ 失望 を使う短い現代語の三文を書いてください。 本文の 非 、 不 、 無 、 莫 を、判断、動作、存在、しようがない、という読みと対応させてください。 作者が旅に出られなかった三つの理由と、最後の問い直しを二文で説明してください。 次の句を本文の順に並べ、それぞれが四つの部分のどれの書き出しか答えてください。 予甚自愧 / 西南山水 / 然吾聞古之賢士 / 天台陳君庭學 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 得無有出於山水之外者乎? 書き下し:山水の外に出づる者有る無きを得んや。 「 有出於山水之外者 」はひと続きに読み、最後の「 乎 」は少し上げて問いの調子で終えてください。続けて書き下し文も、「山水の外に出づる者有る」と「無きを得んや」で区切って読みます。 この篇のまとめ 険しい道と三つの条件から、庭學の旅の価値を述べました。作者自身の果たせなかった旅を挟み、山水の外にも何かあるかと相手に問う結びを読みました。 次の篇へ 次の11.64では韓愈の師說を読みます。師の役割を定め、師につくことを恥じる風潮を批判する論を、対になる言葉から確かめます。 答え 非仕有力者,不可以遊 縱遊無所得 其氣愈充 其詩益工 得無有出於山水之外者乎 不是做官有实力的人,就不能出游。 不是有才的人,出游就没收获。 不是强壮的人,就老死在那里。 本文の 多 (多くは)は、 大多 を 就 の前に置いて表せます。 他的精神越来越充沛,话语越来越有力,志向越来越高。 是不是还有超出山水之外的东西呢? 庭学是优秀的诗人。 他走过长途,也步行过山路。 他越来越自信,从不失望。 非仕有力者 は判断、 不可以遊 は旅することの否定、 無所得 は得るものの存在の否定、 莫測 は測りようがないという読みです。 若い時は学問が成らず、壮年には戦乱、今は老いによって出られませんでした。それでも、部屋に暮らして志が満ちた古人を挙げ、山水の外にも得るものがあるのではないかと問います。 西南山水 (難所)→ 天台陳君庭學 (庭學の旅)→ 予甚自愧 (作者の事情)→ 然吾聞古之賢士 (古人を引く問い)です。 参考文献 宋濂『送天台陳庭學序』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷12