5.3 家族と名の日 — いる を 持つ で言う — Epoché
この 課 か でできるようになること 家族 かぞく が 何 なん 人 にん か、きょうだいが 何 なん 人 にん いるかを 言える いえる 。 いる を 持つ もつ という 動詞 どうし で 言う いう ことに 慣れる なれる 。 相手 あいて の 名の日 なのひ を 尋ね たずね 、 名の日 なのひ を 祝う いわう 言葉 ことば を 返せる かえせる 。 前提 ぜんてい : 5.2( 名乗り なのり と 出身 しゅっしん ) 名前 なまえ を 交わし かわし たら、 次 つぎ は 家族 かぞく の 話 はなし です。ギリシアでは 初 はつ 対面 たいめん でも 家族 かぞく のことをよく 聞き きき ます。 日本 にっぽん 語 ご の 感覚 かんかく では 立ち入っ たちいっ て 見える みえる かもしれませんが、 相手 あいて に 関心 かんしん があるという 合図 あいず です。 この 課 か で 要る いる のは、 語 ご 編 へん 2 課 か の 家族 かぞく の 語 ご と、 型 かた 編 へん 7 課 か の 持ち主 もちぬし の 形 かたち 、それに 一 ひと つの 動詞 どうし だけです。 いる を 持つ もつ で 言う ゆう 語 ご 編 へん 3 課 か で「 場所 ばしょ にいるのは である、 所有 しょゆう は 持つ もつ 」と 言い分け いいわけ ました。 家族 かぞく の 話 はなし は 全部 ぜんぶ そちらの 持つ もつ のほう です。 子ども こども がいる、きょうだいがいる、 家族 かぞく がいる——どれも 持っ もっ ている、と 言い いい ます。 日本 にっぽん 語 ご では「いる」と「ある」を、 相手 あいて が 人 ひと か 物 もの かで 使い分け つかいわけ ます。ギリシア 語 ご はそこを 区別 くべつ しません。 子ども こども を 持っ もっ ている も 犬 いぬ を 持っ もっ ている も 本 ほん を 持っ もっ ている も、 同じ おなじ 動詞 どうし です。 人 ひと を 物 もの のように 言っ いっ ているのではなく、ギリシア 語 ご の 持つ もつ が 日本 にっぽん 語 ご より 広い ひろい 範囲 はんい を 受け持っ うけもっ ているだけです。 もう 一 ひと つ。 何人 なんぴと いるかを 聞く きく ときの 語 ご は、 数え かぞえ られるものの 性 せい に 合わせ あわせ て 形 かたち が 変わり かわり ます 。 子ども こども は 中性 ちゅうせい なので 中性 ちゅうせい の 形 かたち 、きょうだいの 男性 だんせい なら 男性 だんせい の 形 かたち 。 日本 にっぽん 語 ご の「 何 なん 人 にん 」「 何 なん 匹 ひき 」「 何 なん 冊 さつ 」という 数え かぞえ 方 かた の 分かれ わかれ 方 かた に、 少し すこし 似 に ています。 名の日 なのひ を 聞く きく 語 ご 編 へん 2 課 か と 話 はなし 編 へん 第 だい 1 期 き 2 課 か で 名の日 なのひ にふれました。ここで 実際 じっさい の 聞き きき 方 かた を 覚え おぼえ ます。 いつが 名の日 なのひ ですか ——これはギリシアでは 自然 しぜん な 問い とい です。 日本 にっぽん 語 ご に 直訳 ちょくやく すると 奇妙 きみょう ですが、 相手 あいて の 名 な を 聞い きい たあとの 定番 ていばん の 話題 わだい です。 答える こたえる ほうは 月 つき の 名 な を 言い いい ます。そして 聞い きい たほうは、その 場 ば では 祝い いわい ません。 名の日 なのひ の 当日 とうじつ に、 多く おおく の 年 とし を という 言葉 ことば をかけます。 誕生 たんじょう 日 ひ にも 新年 しんねん にも 使える つかえる 、ギリシアでいちばん 働く はたらく 祝い いわい の 言葉 ことば です。 そして、 名の日 なのひ には 祝わ いわわ れる 本人 ほんにん がふるまいます 。 菓子 かし を 配っ くばっ たり、 食事 しょくじ に 招い まねい たり。 日本 にっぽん 語 ご の 感覚 かんかく とは 逆 ぎゃく ですが、 覚え おぼえ ておくと 招か まねか れたときに 慌て あわて ません。 手ぶら てぶら で 行っ いっ てよいのかと 迷っ まよっ たら、 花 はな か 菓子 かし を 持っ もっ ていけば 間違い まちがい ありません。 対話 たいわ その 一 いち — 学校 がっこう の 休み やすみ 時間 じかん 、 家族 かぞく の 話 はなし 話者 わしゃ : ユイと、 同じ おなじ 学校 がっこう の 学生 がくせい のアンドレアス。くだけた 形 かたち です。 台詞 せりふ 訳 わけ Έχεις οικογένεια; [1] 家族 かぞく はいるの。 Ναι. Είμαστε πέντε. うん。 五 ご 人 にん 家族 かぞく 。 Έχω μια αδερφή. [2] 姉妹 しまい が 一人 ひとり いるよ。 Έχεις μεγαλύτερο αδερφό; [3] お 兄 あに さんはいる。 Έχω έναν μεγαλύτερο αδερφό. [4] 兄 あに が 一人 ひとり いる。 Εγώ έχω δύο αδερφές. 私 わたくし は 姉妹 しまい が 二人 ふたり いる。 Έχω δύο παιδιά. [5] 子ども こども が 二人 ふたり いるんだ。 Α, έχεις παιδιά! ああ、 子ども こども がいるんだね。 二 ふた つ 目 め 、 六 むい つ 目 め 、 八 よう つ 目 め は 本 ほん 課程 かてい が 足し たし た 台詞 せりふ です。 七 なな つ 目 め は 同じ おなじ 学生 がくせい の 別 べつ の 話 はなし で、 家族 かぞく の 語 ご がそのまま 自分 じぶん の 子ども こども にも 使える つかえる ことを 見せ みせ ています。 対話 たいわ その 二 に — 名の日 なのひ を 聞く きく 話者 わしゃ : ユイと、 隣 となり の 家 いえ のマリア。 少し すこし 年上 としうえ なので 丁寧 ていねい な 形 かたち です。 台詞 せりふ 訳 わけ Πότε είναι η γιορτή σας; 名の日 なのひ はいつですか。 Τον Αύγουστο. Και εσάς; 八 はち 月 がつ です。あなたは。 Δεν έχω γιορτή. 私 わたくし には 名の日 なのひ がありません。 Α, καταλαβαίνω. ああ、なるほど。 Χρόνια πολλά τον Αύγουστο! 八 はち 月 がつ にはおめでとうを。 Ευχαριστώ πολύ! ありがとうございます。 この 対話 たいわ は 全部 ぜんぶ 、 本 ほん 課程 かてい が 足し たし た 台詞 せりふ です。どれも 四 よん 語 ご 以下 いか で、 池 いけ には 名の日 なのひ を 扱う あつかう 文 ぶん が 無かっ なかっ たためです。 三 みっ つ 目 め の 答え こたえ 方 かた は、 日本 にっぽん の 名前 なまえ には 対応 たいおう する 聖人 せいじん がいないことを 言っ いっ ています。 実際 じっさい にそう 答える こたえる と、たいてい 誕生 たんじょう 日 ひ を 聞か きか れます。 この 課 か で 使う つかう 型 かた — 既習 きしゅう の 復習 ふくしゅう 表 ひょう は 四 よん 行 ぎょう です。この 課 か の 台詞 せりふ に 出 で ている 型 かた を 並べ ならべ ました。 型 かた どこで 学ん まなん だか この 課 か での 出 で 方 かた いる を 持つ もつ で 言う ゆう 語 ご 編 へん 3 課 か 家族 かぞく の 話 はなし は 全部 ぜんぶ この 動詞 どうし 。 人 ひと にも 物 もの にも 同じ おなじ 語 ご を 使う つかう 持ち主 もちぬし は 名詞 めいし の 後ろ うしろ 型 かた 編 へん 7 課 か 名の日 なのひ はいつ、と 聞く きく ときに あなたの が 後ろ うしろ に 付く つく 数詞 すうし は 冠詞 かんし を 取ら とら ない 形 かたち 編 へん 2 課 か 五 ご 人 にん 、 二人 ふたり 、 一人 ひとり 。 数 かず の 前 まえ に 冠詞 かんし を 置か おか ない 二 に 人称 にんしょう の 複数 ふくすう は 丁寧 ていねい な 形 かたち も 兼ねる かねる 形 かたち 編 へん 4 課 か 学生 がくせい どうしは 単数 たんすう 、 年上 としうえ の 隣人 りんじん には 複数 ふくすう 語釈 ごしゃく この 課 か で 新しく あたらしく 出 で た 語 ご です。 左 ひだり が 語 ご 、 右 みぎ が 意味 いみ と 使い つかい どころです。 語 ご 意味 いみ 注 ちゅう Πόσα παιδιά; el 子ども こども は 何 なん 人 にん 。 数える かぞえる 語 ご は 中性 ちゅうせい の 形 かたち μεγαλύτερος el 年上 としうえ の。 μεγάλος の 比べる くらべる 形 かたち 。3.19 で 扱う あつかう Έχω έναν μεγαλύτερο αδερφό. 兄 あに が 一人 ひとり いる。 μικρότερος el 年下 としした の。 μικρός の 比べる くらべる 形 かたち 。これも 3.19 αδέρφια el きょうだい。 男女 だんじょ をまとめて 言う いう ときは 中性 ちゅうせい の 複数 ふくすう Έχω μια αδερφή. 姉妹 しまい が 一人 ひとり いるよ。 Αύγουστος el 八 はち 月 がつ 。 聖母 せいぼ の 名の日 なのひ がある 月 つき で、マリアはこの 月 つき に 祝う いわう Χρόνια πολλά τον Αύγουστο! 八 はち 月 がつ にはおめでとうを。 Πότε; el いつ。 時 とき を 尋ねる たずねる 一 いち 語 ご εσάς el あなたは。 丁寧 ていねい に 聞き返す ききかえす ときの 強形 きょうけい Α! el ああ、という 短い みじかい 声 こえ 。 気づい きづい たときに 出る でる Α, έχεις παιδιά! ああ、 子ども こども がいるんだね。 Α, καταλαβαίνω. ああ、なるほど。 使える つかえる 言い回し いいまわし この 課 か で 覚える おぼえる と、そのまま 口 くち から 出せる だせる 形 かたち が 三 みっ つあります。 一 ひと つ、 何 なん 人 にん 家族 かぞく かを 言う いう 形 かたち 。 私 わたくし たちは である、そして 数 すう 。 三 さん 語 ご で 足り たり ます。 日本 にっぽん 語 ご の「 五 ご 人 にん 家族 かぞく です」とほぼ 同じ おなじ 長 なが さです。 二 ふた つ、 きょうだいや 子ども こども の 数 かず を 言う いう 形 かたち 。 持つ もつ という 動詞 どうし に、 数 すう と 名詞 めいし を 続け つづけ ます。 冠詞 かんし は 置き おき ません。 数 かず がすでに どれだけか を 言っ いっ ているからです。 三 みっ つ、 名の日 なのひ を 尋ねる たずねる 形 かたち 。いつ、である、 祭り まつり 、あなたの。 四 よん 語 ご です。 答え こたえ は 月 つき の 名 な だけで 足り たり ます。 日 ひ を 細かく こまかく 言う いう 必要 ひつよう はありません。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ がやりがちな 言い いい 方 かた やりがちな 言い いい 方 かた なぜ 通じ つうじ にくいか 正しい ただしい 形 かたち 子ども こども がいる を である で 言う ゆう 場所 ばしょ にいる、という 意味 いみ になってしまう 持つ もつ という 動詞 どうし を 使う つかう 数 すう の 前 まえ に 冠詞 かんし を 置く おく 特定 とくてい の 五 ご 人 にん 、という 限定 げんてい の 意味 いみ になる 数 すう を 言う いう ときは 冠詞 かんし を 置か おか ない 名の日 なのひ をその 場 ば で 祝う いわう 祝う いわう のは 当日 とうじつ 。 早 はや すぎると 不吉 ふきつ に 取ら とら れることがある 当日 とうじつ に、 多く おおく の 年 とし を と 言う ゆう 三 みっ つ 目 め は 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ が 気づき きづき にくいところです。 日本 にっぽん 語 ご では 誕生 たんじょう 日 ひ を 前 まえ もって 祝う いわう ことがありますが、ギリシアでは 先回り さきまわり して 祝わ いわわ ない という 感覚 かんかく があります。 当日 とうじつ か、そのあとに 言う ゆう 。 逆 ぎゃく に、 名の日 なのひ を 過ぎ すぎ てから 言う いう のは 構い かまい ません。 遅れ おくれ ました、と 添えれ そえれ ば 自然 しぜん です。 早い はやい より 遅い おそい ほうがよい と 覚え おぼえ ておいてください。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 家族 かぞく を 言う ゆう 次 つぎ のことをギリシア 語 ご で 言う ゆう と、どんな 形 かたち になりますか。 答え こたえ はこの 課 か の 最後 さいご にあります。 四 よん 人 にん 家族 かぞく です。 子ども こども が 二人 ふたり います。 姉妹 しまい が 一人 ひとり います。 兄 あに が 一人 ひとり います。 練習 れんしゅう 2 — どちらの 動詞 どうし か 次 つぎ の 日本 にっぽん 語 ご で、である と 持つ もつ のどちらを 使い つかい ますか。 子ども