9.16 論の序 — 領域・隙間・占有 — Epoché
この課でできるようになること ★ 序が三つの動きでできている ことが分かる。 ★ 領域・隙間・占有 を、自分の文章で置ける。 ★ 扱わないことを書く ことができる。 ★読 F の序の書き出しを、三つの動きで読み分けられる。 前提 : 9.15 まで。読は 8.168 まで。作は 10.16 まで。型は 3.48 まで。 道具 ★ 「はじめに」は、書き出しに困る場所です。 ★ 困るのは、 何を書く場所か決まっていない と思っているから です。 ★ 決まっています。 ★ 序は、 三つの動き でできています。 どの動きか 何をするか ★ 一 領域を置く ★ どの土地の話かを示す ★ 二 隙間を見せる ★ その土地の、空いているところを指す ★ 三 隙間を占める ★ 自分がそこに入ると言う ★ この三つは、土地の言葉で覚えると忘れません。 ★ 地図を広げ、白いところを指し、そこに旗を立てる ——★ 序でしているのは、それだけ です。 ★一 領域を置く ★ いきなり自分の話を始めてはいけません。 ★ 読む人は、 どの話の続きなのか を知りません。 どんな置き方か どう書くか ★ 大事だと言う ★ なぜ気にするに値するか ★ 分け方を示す ★ この土地は二つに分かれる、など ★ これまでを畳む ★ ここまでは決着がついている、と言う ★ 三つめが、いちばん強い置き方です。 ★ 「ここまでは争わない」と先に言ってしまうと、 争う場所が一つに絞られます 。 ★二 隙間を見せる ★ 隙間の見せ方は、三通りしかありません。 どんな隙間か どう言うか ★ 誰もやっていない ★ ほとんど耕されていない ★ やられているが足りない ★ なるほど……だが ★ やられているが間違っている ★ しかし私は否定する ★ 一つめは、使うときに気をつけてください。 ★ 「誰もやっていない」は、 調べ足りないだけ のことがよくあります。 ★ 9.11 論編 の四つの段でいえば、 これは「推した」に当たります ——★ 見ていないものについて「無い」と言っているから です。 ★ 三つめは、いちばん危なく、いちばん実りがあります。 ★ 危ないのは、 相手の言い分を正確に写せていないと全部崩れる から です( 9.7 論編 のわら人形)。 ★三 隙間を占める ★ 占有には、四つの中身があります。 何を書くか なぜ書くか ★ 問い ★ 何を明らかにするのか ★ やり方 ★ どうやって明らかにするのか ★ 順 ★ どの順で進むのか( 9.13 論編 の地図) ★ 扱わないこと ★ どこで線を引くのか ★ 四つめが、この課でいちばん言いたいことです。 ★扱わないことを書く ★ 序で「扱わない」と書くのは、逃げではありません。 ★ 三つの働きがあります。 どんな働きか 誰のためか ★ 読む人が期待を外さずに済む ★ 読む人 ★ 書く人が脱線せずに済む ★ 書く人 ★ 気づいていて外したと分かる ★ 両方 ★ 三つめが効きます。 ★ 扱わないと書いていないと、 書き手が気づいていない と思われます ——★ 9.15 論編 で「直せなかったことも書く」と置いたのと同じ理屈 です。 ★ そして、限界( 9.12 論編 )との違いに気をつけてください。 どこに書くか 何を書くか ★ 序に書く ★ はじめから扱わないと決めたこと ★ 終わりに書く ★ 扱ったが、ここまでしか言えなかったこと ★ 前者は 設計 、後者は 結果 です。 ★ 結果を序に書くと言い訳に見え、設計を終わりに書くと後出しに見えます。 実例 ★ 読 F の三篇から、序の手つきを見ます。 一つめ — 三つの動きが、一続きに出る 8.150 読編 のヒュームは、★ 第 4 節の頭で三つの動きを続けてやっています。 ★ まず、領域 。 All the objects of human reason or enquiry may naturally be divided [1] ★ 「人間の理性ないし探究の対象はすべて、自然に二つの種類に分けられる」。 ★ いきなり分け方から入ります。 ★ 「観念の関係」と「事実」。 ★ これが土地の広げ方です ——★ 話の全体を先に見せ、 そのどこを扱うか をあとで指せるようにしています。 ★ 次が、隙間 。 has been little cultivated, either by the ancients or moderns [1] ★ 「古代の人にも近代の人にも、ほとんど耕されてこなかった」。 ★ cultivate は 土地を耕す という語 です。★ 隙間を土地の言葉で言っているのは、たとえではなく 当時からの言い方 です。 ★ そして、占有 。 It may, therefore, be a subject worthy of curiosity, to enquire what is [1] ★ 「したがって、……を問うのは関心に値する主題かもしれない」。 ★ It may, therefore, be に注目してください。 ★ may で弱め、 therefore で前とつなぐ ——★ 強く言わずに、しかし前の二つから 出てきたことにする 言い方 です。 ★ ここが序の勘どころです。 ★ 占有は、 隙間から自動的に出てくるように書く のが上手い書き方 です。★ 「私がやりたいから」ではなく、「空いているから」 。 二つめ — 済んだことを畳んでから、 But で入る 8.154 読編 のミルは、★ 領域の置き方が違います。 ★ 広げるのではなく、 畳みます 。 The time, it is to be hoped, is gone by, when any defence would be necessary [2] ★ 「弁護が必要だった時代は、願わくは、過ぎ去った」。 ★ 出版の自由のこと です。 ★ つまり ——★ 「ここはもう決着がついている。だからここでは論じない」。 どちらの置き方か 何が起きるか ★ 広げる(ヒューム) ★ どこを扱うかを、地図の上で指せる ★ 畳む(ミル) ★ 争う場所が一つに絞られる ★ そして、畳み終わったところで 向きを変えます 。 But I deny the right of the people to exercise such coercion [2] ★ 「しかし私は、人民がそのような強制を行う権利を否定する」。 ★ ここまで、ミルは 政府 の話をしてきました。 ★ そして、政府が人民と完全に一体だったと 仮に置いた うえで、この一文に来ます。 ★ つまり隙間は、 いちばん都合のいい場合でもなお残る ところに開けられています。 ★ これは強い置き方です ——★ 「政府が悪いなら問題だ」なら誰でも言えます が、★ 「政府が完全に正しくても問題だ」はミルにしか言えません。 ★ 9.7 論編 で「相手の言い分を強い形にしてから反論する」と置きました。 ★ 序でも同じです ——★ 隙間は、 相手にいちばん有利な場所 に開けると強くなります。 三つめ — 扱わないことを、並べる 8.147 読編 のロックは、★ 序に「2. Design .」という見出しを立てて、そこで設計を書いています。 I shall not at present meddle with the physical consideration of the mind [3] ★ 「心の自然学的な考察には、いまは立ち入らない」。 ★ meddle with は 首を突っ込む です。 ★ そのあと、扱わないものを セミコロンで並べます ( 3.45 型編 ) ——★ 心の本質は何か。どんな体の動きで感覚が生じるか。観念は物質に依存するか。 ★ そして、締めます。 as lying out of my way in the design I am now upon [3] ★ 「いま取りかかっている設計にとって、道の外にあるから」。 ★ out of my way が効いています。 ★ 「つまらない」とも「答えが無い」とも言っていません。 ★ 直前で curious and entertaining —— 興味深くて面白い と認めたうえで、 この道では通らない と言っています。 どんな外し方か 読む人はどう受け取るか ★ 価値が無いから外す ★ けんかを売っている ★ 答えが出ないから外す ★ 逃げている ★ 道の外にあるから外す ★ 設計だと分かる ★ 三つめだけが、 誰とも争わずに範囲を切れます 。 ★ もう一つ、ロックは方法を予告しています。 in this historical, plain method [3] ★ 「この、事実に即した、飾らない方法で」。 ★ historical はここでは 歴史の ではなく、 実際に起きたことをたどる という意味 です★ 語の意味は時代で動きます 。 ★ 序でやり方を一言で名づけておくと、 読む人が読み方を決められます 。 言い回し 序の三つの動きに使う言い方を置きます。★ どれも池から取りました。 英文 日本語訳 領域と隙間 Everyone knows that there is something new in this old capital. [4] この古都に何か新しいものがあることは、だれでも知っている。 ★ 誰でも知っている、と言う 。★ 領域を置く(共有の地面を先に敷く) It is true that they talk a lot, but they say little. [5] なるほど彼らはよくしゃべるが、たいしたことは言っていない。 ★ なるほど……だが、と言う 。★ 認めてから隙間を開ける That is not the point in question. [6] それは今問題になっている点とは違う。 ★ 争点はそこではない、と言う 。★ 隙間の場所を指し直す ★ 二つめの形をよく見てください。 ★ It is true that …… but です。★ 前半で相手に点をやり、後半で自分の場所を取ります。 ★ 前半を書かずに後半だけ書くと、 相手を読んでいないように見えます 。 ★ ミルの But の前に長い畳みがあったのは、そのため です。 英文 日本語訳 占有と範囲 What I want to say is this. [7] 私の言いたいことはこのことだ。 ★ 言いたいことはこれだ、と言う 。★ 占有の宣言 First of all, I must say this. [8] まず最初に、私はこのことを言わなければならない。 ★ まず最初にこれを言う、と言う 。★ 順を置く( 9.13 論編 の地図) Let's leave the matter as it is for the present. [9] 当分の間その問題はそのままにしておこう。 ★ 当分そのままにしておこう、と言う 。★ 扱わないことを切る ★ 三つめが、ロックの not at present と同じ働きをします。 ★ for the present —— いまのところは 。 ★ 「永久に扱わない」ではなく「この文章では扱わない」と言えるのが、この形の利点 です。 やってみる 自分が書こうとしているものについて、★ 三つの動きを一文ずつ書く 。領域/隙間/占有。★ 合計三文。それ以上書かない。 ★ 隙間を、三通りで書き分ける 。「誰もやっていない」「足りない」「間違っている」——★ 同じ題について三つとも書き、 いちばん裏の取れるもの を選ぶ。 ★ 扱わないことを三つ書く 。★ それぞれに 「道の外だから」と言える理由 を添える。 ★ 「価値が無い」「答えが出ない」は使わない。 ★ 読 F の序を一つ選んで、三つの動きに印を付ける 。 8.147 読編 / 8.150 読編 / 8.154 読編 / 8.165 読編 のどれでもよい。★ どれか一つが欠けている篇があれば、 なぜ欠けても成り立つのか を考える。 動画で見る この課の内容に近い解説動画です。押すと再生されます(再生は YouTube に接続します)。「画面に固定して見る」を押すと、本文を読みながら見られます。 The CARS Model for Research Introductions Christina M. LaVecchia (5:20, 2023) 序の三つの動き(CARS 模型)そのもの。★CC BY(再利用可) 練習 「実例」に引いたヒュームの三文を 続けて音読 する。★ 領域・隙間・占有が 一息でつながる のを耳で確かめてください。 3 周する。 ★ But I deny the right of the people to exercise such coercion. を そらで言えるまで 音読する。★ But を強く、そのあとを落ち着いて。 「言い回し」の六文を音読する。★ It is true that they talk a lot, but they say little. [5] は 前半と後半で声の高さを変えて 読んでください。 AI への頼み方 序は、 AI に見てもらうと効きが大きい 場所です。★ 自分では、書いてあるつもりになりやすいから です。頼み方を三つ置きます。 何を頼むか 頼み方の型 ★三つの動きを取り出させる 「この序から、 領域・隙間・占有 に当たる文を一つずつ抜き出してください。★ 無ければ、無いと書いてください 」 ★隙間の裏を取らせる 「ここで『ほとんど論じられていない』と書きました。★ 反例になりそうな研究を三つ挙げてください 」——★ 出てきたら、隙間は無い ★扱わないことを出させる 「この問いを扱うなら、 ふつう一緒に論じられるがこの文章には無い話題 を五つ挙げてください」 ★ 二つめの頼み方に、注意書きを一つ。 ★ AI が挙げた研究は、 実在を確かめるまで使えません ( 9.11 論編 )。 ★ けれども、この頼み方では 実在しなくても役に立ちます ——★ 「その隙間は、埋まっていそうに見える」と分かるだけで、調べ直す理由になるから です。 ★ 三つめは、 序を書く前 にやってください。 ★ 五つ出てきたうちのどれを扱い、どれを扱わ