7.4 Ένα γράμμα στη μητέρα μου(母への手紙) — Epoché
この 篇 へん でできるようになること 手紙 てがみ の 形 かたち で、 自分 じぶん の 暮らし くらし を 既習 きしゅう 語 ご だけで 書ける かける と 分かる わかる 。 一 いち 人称 にんしょう と 二 に 人称 にんしょう の 持ち主 もちぬし の 形 かたち を、 同じ おなじ 文章 ぶんしょう の 中 なか で 見分け みわけ られる。 第 だい 1 期 き の 四 よん つの 分野 ぶんや の 語 ご が、 一 ひと つの 文章 ぶんしょう にどう 集まる あつまる かを 確かめ たしかめ られる。 前提 ぜんてい : 7.3( 私 わたくし の 家 いえ ) この 文章 ぶんしょう について 四 よん 篇 へん 目 め の 統制 とうせい 作文 さくぶん です。 七 なな 段落 だんらく 、 百 ひゃく 四十 よんじゅう 五 ご 語 ご 。 範囲 はんい 外 がい として 宣言 せんげん したのは、 地名 ちめい の Αθήνα と 人名 じんめい の Γιούι だけです。 手紙 てがみ という 形 かたち をとったのには 理由 りゆう があります。 二 に 人称 にんしょう が 出る でる から です。これまでの 三 さん 篇 へん は 語り手 かたりて が 自分 じぶん のことだけを 語っ かたっ ていたので、 持ち主 もちぬし の 形 かたち はほとんど「 私 わたくし の」でした。 手紙 てがみ では 相手 あいて がいるので、「きみの」が 混ざり まざり ます。 τη φωνή σου 「 το φαγητό σου 」—— 同じ おなじ 位置 いち に 立つ たつ 短い みじかい 語 ご が、 誰 だれ を 指す さす かで 分かれる わかれる 。 内容 ないよう は、 前 まえ の 三 さん 篇 へん のまとめです。 住まい すまい 、 学校 がっこう 、 食べ物 たべもの 、 家族 かぞく 。 第 だい 1 期 き の 四 よん つの 語 ご 編 へん の 語 ご が、この 一 いち 篇 へん に 集まり あつまり ます 。 読み よみ 終え おえ たら、 自分 じぶん でも 同じ おなじ 形 かたち の 手紙 てがみ が 書ける かける はずです。 作 さく 編 へん の 作文 さくぶん の 編 へん は、まさにそこから 始まり はじまり ます。 手紙 てがみ の 作法 さほう についても 一 ひと つ。ギリシア 語 ご の 手紙 てがみ は、 日本 にっぽん 語 ご のように 季節 きせつ の 挨拶 あいさつ から 入り はいり ません。 呼びかけ よびかけ て、すぐ 本題 ほんだい に 入り はいり ます。 結び むすび も 短く みじかく 、 書き手 かきて の 名前 なまえ で 終わり おわり ます。 文法 ぶんぽう メモ この 文章 ぶんしょう の 型 かた も 形 かたち 編 へん と 型 かた 編 へん 3.1〜3.8 の 範囲 はんい です。 命令 めいれい の 形 かたち は 使っ つかっ ていません。 相手 あいて に 頼む たのむ 言い いい 方 かた は 3.15 で 扱い あつかい ます。 一 いち 人称 にんしょう と 二 に 人称 にんしょう の 持ち主 もちぬし ( 型 かた 編 へん 7 課 か )— 「 το σπίτι μου, η φωνή σου 」。どちらも 名詞 めいし の 後ろ うしろ に 立ち たち ますが、 指す さす 相手 あいて が 違い ちがい ます。 本文 ほんぶん では Θυμάμαι τη φωνή σου και το φαγητό σου がその 形 かたち です。 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし は 動詞 どうし の 前 まえ ( 型 かた 編 へん 6 課 か )— 「 οι φίλοι μου με βοηθούν 」。 私 わたくし を・ 助ける たすける の 順 じゅん で、 日本 にっぽん 語 ご と 同じ おなじ 並び ならび です。 本文 ほんぶん では οι φίλοι μου με βοηθούν がその 形 かたち です。 現在 げんざい で 毎日 まいにち のことを 言う ゆう ( 型 かた 編 へん 3 課 か )— 毎朝 まいあさ コーヒーを 飲む のむ 、 毎日 まいにち ギリシア 語 ご を 読む よむ 。 動詞 どうし は 現在 げんざい のまま、 副詞 ふくし が いつものこと を 決め きめ ます。 本文 ほんぶん では Διαβάζω ελληνικά κάθε μέρα がその 形 かたち です。 である は 落とせ おとせ ない ( 形 かたち 編 へん 5 課 か )— 元気 げんき です、 健康 けんこう です、おいしいです。 日本 にっぽん 語 ご なら だ を 落とせ おとせ ますが、ギリシア 語 ご では 落とせ おとせ ません。 本文 ほんぶん では Είμαι καλά και είμαι υγιής がその 形 かたち です。 形容 けいよう 詞 し は 主語 しゅご の 性 せい に 合わせる あわせる ( 形 かたち 編 へん 3 課 か )— 語り手 かたりて は 女性 じょせい なので、 健康 けんこう な という 形容 けいよう 詞 し も 女性 じょせい の 形 かたち になります。 本文 ほんぶん では Είμαι καλά και είμαι υγιής がその 形 かたち です。 否定 ひてい は 動詞 どうし の 前 まえ に 一 いち 語 ご ( 型 かた 編 へん 4 課 か )— 「 Δεν πίνω κρασί 」「 δεν μαγειρεύω καλά 」。 本文 ほんぶん では Δεν πίνω κρασί がその 形 かたち です。 対訳 たいやく お 母 はは さんへ、 アテネから 書い かい ています。 元気 げんき で、 体 からだ もじょうぶです。 私 わたくし の 家 いえ は 小さい ちいさい けれど、 温かい あたたかい です。 部屋 へや が 一 ひと つ、 台所 だいどころ が 一 ひと つ、 浴室 よくしつ が 一 ひと つあります。 窓 まど から 道 みち と 庭 にわ が 見え みえ ます。 こちらの 暮らし くらし はよいものです。 朝 あさ は 学校 がっこう へ 行き いき ます。 毎日 まいにち ギリシア 語 ご を 読ん よん でいます。この 言語 げんご はきれいです。 先生 せんせい は 私 わたくし のためにゆっくり 話し はなし てくれますし、 友だち ともだち が 助け たすけ てくれます。 私 わたくし はたくさん 質問 しつもん して、 先生 せんせい が 答え こたえ てくれます。 食べ物 たべもの はおいしいです。パン、チーズ、 魚 さかな 、サラダを 食べ たべ ます。こちらでは 油 あぶら が 何に なんに でも 入っ はいっ ています。 毎朝 まいあさ 、 牛乳 ぎゅうにゅう と 砂糖 さとう を 入れ いれ たコーヒーを 飲み のみ ます。ワインは 飲み のみ ません。 私 わたくし たちの 家 いえ を 思い出し おもいだし ます。お 母 はは さんの 声 こえ と、お 母 はは さんの 作る つくる ものを 思い出し おもいだし ます。こちらでは 自分 じぶん で 料理 りょうり をしますが、 上手 じょうず ではありません。お 母 はは さんの 料理 りょうり のほうがずっとおいしいです。 お 父 ちち さんはよく 働い はたらい ています。 弟 おとうと は 遊ん あそん でばかりで、 勉強 べんきょう しません。 妹 いもうと は 手紙 てがみ を 書い かい ています。みんなのことを 思っ おもっ ています。 あなたの 娘 むすめ 、ユイより 読み よみ どころ この 篇 へん の 読み よみ どころは、 短い みじかい 語 ご が 交互 こうご に 立つ たつ ところ です。 私 わたくし の 家 いえ 、あなたの 声 こえ 、 私 わたくし の 友だち ともだち 、あなたの 料理 りょうり 。 名詞 めいし の 後ろ うしろ の 一 いち 語 ご だけが 変わり かわり 、それだけで 誰 だれ の 話 はなし かが 決まり きまり ます。 日本 にっぽん 語 ご なら「お 母 はは さんの」と 名詞 めいし で 言う いう ところを、ギリシア 語 ご は 一 いち 音節 おんせつ の 語 ご ですませる。 短い みじかい 語 ご ほど 働き はたらき が 大きい おおきい ——ギリシア 語 ご を 読む よむ ときの 心構え こころがまえ です。 第 だい 五 ご 段落 だんらく を 見 み てください。「 Θυμάμαι το σπίτι μας. Θυμάμαι τη φωνή σου και το φαγητό σου. 」—— 思い出す おもいだす 、が 二 に 度 ど 繰り返さ くりかえさ れます。 同じ おなじ 動詞 どうし を 重ねる かさねる のは、ギリシア 語 ご でも 日本 にっぽん 語 ご でも、 感情 かんじょう を 強める つよめる ときの 書き かき 方 かた です。 文法 ぶんぽう の 型 かた ではなく、 書き かき 方 かた の 呼吸 こきゅう がここにあります。 そして、この 篇 へん には 命令 めいれい の 形 かたち が 一 ひと つも 出 で てきません 。 手紙 てがみ なら「 返事 へんじ をください」と 書き かき たくなるところですが、 命令 めいれい の 形 かたち は 3.15 の 範囲 はんい なのでまだ 使え つかえ ません。そのかわり「みんなのことを 思っ おもっ ています」で 結ん むすん でいます。 制約 せいやく が 文章 ぶんしょう の 形 かたち を 決める きめる —— 統制 とうせい 作文 さくぶん の 面白い おもしろい ところです。 手紙 てがみ の 作法 さほう も 見 み ておいてください。ギリシア 語 ご の 手紙 てがみ は 季節 きせつ の 挨拶 あいさつ から 入り はいり ません。 呼びかけ よびかけ て、すぐ 本題 ほんだい です。 結び むすび も 短く みじかく 、 書き手 かきて の 名前 なまえ で 終わる おわる 。 日本 にっぽん 語 ご の 手紙 てがみ より、はるかに 短く みじかく 始まり はじまり 短く みじかく 終わり おわり ます 。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 読み取る よみとる 原文 げんぶん を 読ん よん で、 次 つぎ に 答え こたえ てください。 語り手 かたりて は 学校 がっこう で 何 なん をしていますか。 三 みっ つ 挙げ あげ てください。 こちらの 食べ物 たべもの について、 語り手 かたりて は 何 なん と 言っ いっ ていますか。 語り手 かたりて が 思い出す おもいだす ものは 何 なん ですか。 二 ふた つあります。 家族 かぞく それぞれについて、 語り手 かたりて は 何 なん と 書い かい ていますか。 練習 れんしゅう 2 — 音読 おんどく 原文 げんぶん の 文書 ぶんしょ を、 呼びかけ よびかけ から 結び むすび まで 声 こえ に 出し だし て 読ん よん でください。 手紙 てがみ は 自分 じぶん に 向かっ むかっ て 読む よむ のではなく、 相手 あいて に 向かっ むかっ て 読み よみ ます 。 第 だい 五 ご 段落 だんらく の「 思い出す おもいだす 」を 二 に 度 ど 、 少し すこし 間 あいだ を 置い おい て 読ん よん でみてください。 同じ おなじ 語 ご を 重ねる かさねる 呼吸 こきゅう が、この 段落 だんらく の 中心 ちゅうしん にあります。 持ち主 もちぬし の 語 ご は 名詞 めいし に 続け つづけ て、 切ら きら ずに。 この 篇 へん のまとめ 手紙 てがみ の 形 かたち をとると、 二 に 人称 にんしょう の 持ち主 もちぬし の 形 かたち が 一 いち 人称 にんしょう と 交互 こうご に 出る でる 。 名詞 めいし の 後ろ うしろ の 一 いち 語 ご だけが 変わり かわり 、それだけで 誰 だれ の 話 はなし かが 決まる きまる 。 短い みじかい 語 ご ほど 働き はたらき が 大きい おおきい 。 第 だい 1 期 き の 四 よん つの 分野 ぶんや の 語 ご が、この 一 いち 篇 へん に 集まる あつまる 。 命令 めいれい の 形 かたち はまだ 使え つかえ ないので、 結び むすび の 言い いい 方 かた がそれに 合わせ あわせ て 変わっ かわっ ている。 ギリシア 語 ご の 手紙 てがみ は 季節 きせつ の 挨拶 あいさつ から 入ら はいら ない。 呼びかけ よびかけ て、すぐ 本題 ほんだい に 入る はいる 。 次 つぎ の 篇 へん へ 7.4 では 手紙 てがみ を 読み よみ ました。 次 つぎ の 7.5 は Στο τραπέζι ( 食卓 しょくたく で)です。4.4 の 食べ物 たべもの の 語 ご で、ギリシアの 食卓 しょくたく を 描き えがき ます。 買う かう ときは 冠詞 かんし なし、 好み このみ を 言う いう ときは 冠詞 かんし あり——3.1 で 学ん まなん だ 言い分け いいわけ が、 一 いち 篇 へん のあいだに 何 なん 度 ど も 出 で てきます。 答え こたえ 練習 れんしゅう 1 の 答え こたえ 1. ギリシア 語 ご を 読み よみ 、 質問 しつもん をし、 友だち ともだち に 助け たすけ てもらっています(「 Διαβάζω ελληνικά κάθε μέρα 」 Ρωτάω πολύ 「 οι φίλοι μου με βοηθούν 」)。 2. おいしいと 言い いい 、 油 あぶら が 何に なんに でも 入っ はいっ ていると 書い かい ています(「 Το φαγη