1.8 まとめ: 八つの規則で百人一首を読む — Epoché
この課でできるようになること 音編の八つの規則を、一枚の表として持つ。 百人一首の一番から二十番までを、いまの音で最後まで読める。 歌を見て、どの規則がどこで働いているかを言える。 規則が一つも働かない歌もある、と知って身構えなくなる。 前提 : 1.7 まで。 音編はこれで終わりです。ここまで、歴史的仮名遣いを読むための規則を八つ立ててきました。八つしかありません。外国語の入門なら、文字の読み方だけで何十時間もかかるところを、古文は八つで済みます。 ここを越えれば、あとは声に出して読めます。 まとめの練習に百人一首を使います。理由は三つあります。第一に、短い。三十一字の中に規則が二つも三つも詰まっているので、一首読むだけで復習になります。第二に、多くの人がすでに耳にしています。かるたの読み手が読んでいるのは、まさに歴史的仮名遣いをいまの音に直したものです。第三に、この課程の歌編で百首すべてを扱うので、その下ごしらえになります。この課では一番から二十番まで、十首を一緒に読み、残りの十首をあなたが読みます。 現代語に残っている形 かるたを取ったことがあるなら、次の音はもう耳に入っています。左が耳で聞く音、右が札に書いてある字です。 耳で聞く音 札に書いてある字 働く規則 ころもほすちょう 衣ほすてふ 長音 おうさかのせき 逢坂の関 ハ行転呼と長音 ひとりかもねん ひとりかもねむ 助動詞の「む」 こいぞつもりて 恋ぞつもりて ハ行転呼 読み手は勝手に読み替えているのではなく、八つの規則どおりに読んでいます。あなたが札を見て同じ音が出せれば、音編は身についたということです。 古文ではこうなる 八つの規則を一枚にします。左から順に当てはめれば、たいていの本文は読めます。 番号と規則 読み替え 例 課 1 ゐ・ゑ・を い・え・お こゑ →こえ、 をとめ →おとめ 音編 1課 2 語中・語尾のハ行 ワ行 かは →かわ、 思ふ →おもう 音編 2課 3 ぢ・づ じ・ず もみぢ →もみじ、 みづ →みず 音編 3課 4 くわ・ぐわ か・が くわんおん →かんおん 音編 3課 5 長音 あう→おう、いう→ゆう、えう→よう けふ →きょう、 てふ →ちょう 音編 4課 6 撥音・促音は書かれない 「ん」「っ」を足す いはむや →いわんや、 あつて →あって 音編 5課 7 助動詞の「む」 ん あらむ →あらん、 散るらむ →散るらん 音編 6課 8 句読点・濁点 校訂者が補ったもの あらし →あらじ 音編 7課 注意が要るのは規則 2 です。ハ行がワ行になるのは 語の中と語の終わり で、語の頭では変わりません。「わたせる橋に」の「は」は「橋」という語の頭なので「わし」にはならず、「はし」のままです。分かち書きの無い古文では、ここだけは語の切れ目を自分で見ています。機械の変換器はこの判断が苦手で、実際に取り違えます。 語の切れ目が見えるのは、意味が分かっている人だけです。 原文で確かめる 一番から二十番のうち、十首を読みます。読みは音のとおりに書き、助詞の「は」「を」も「わ」「お」と書きます。 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 [1] 二番・持統天皇。読み: はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすちょう あまのかぐやま。「たへ」が規則 2、「てふ」が規則 5。意味は「春が過ぎて夏が来たらしい。真っ白な衣を干すという天の香具山よ」。 足引きの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ [1] 三番・柿本人麿。読み: あしびきの やまどりのおの しだりおの ながながしよお ひとりかもねん。「を」が規則 1、「ねむ」が規則 7。意味は「山鳥の垂れ下がった尾のように長い夜を、独りで寝るのだろうか」。 奥山に 紅葉ふみ分け なく鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき [1] 五番・猿丸太夫。読み: おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきわかなしき。「もみぢ」が規則 3、「こゑ」が規則 1、「秋は」が規則 2。「ふみわけ」の「ふ」は語の頭なので変わりません。意味は「奥山で紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞く時こそ、秋は悲しい」。 天の原 ふりさけ見れば 春日なる みかさの山に 出でし月かも [1] 七番・阿倍仲麻呂。読み: あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも。 この歌には働く規則が一つもありません。 「天の原」の「は」も「ふりさけ」の「ふ」も語の頭だからです。意味は「大空を仰ぐと月が出ている。あれは故郷の春日にある三笠の山に出ていた月と同じなのだなあ」。 わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり [1] 八番・喜撰法師。読み: わがいおわ みやこのたつみ しかぞすむ よおうじやまと ひとわいうなり。「いほ(庵)」の「ほ」、助詞の「は」が二つ、「いふ」の「ふ」が規則 2。「世を」が規則 1、「うぢ」が規則 3。 「住む」の「む」は動詞の一部なので「ん」になりません。 意味は「私の庵は都の東南にあり、このように住んでいる。それを世間の人は、世を憂しと思って住む宇治山だと言っているようだ」。 これや此の 行くも帰るも 別かれては 知るも知らぬも 逢坂の関 [1] 十番・蝉丸。読み: これやこの ゆくもかえるも わかれてわ しるもしらぬも おうさかのせき。「かへる」「ては」が規則 2、「あふさか」は規則 2 と規則 5 が続けて働いて「おうさか」になります。意味は「これがあの、行く人も帰る人も、知る人も知らない人も、別れては逢うという逢坂の関なのだ」。 天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ をとめの姿 しばし留めむ [1] 十二番・僧正遍昭。読み: あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ おとめのすがた しばしとどめん。「かよひ」が規則 2、「ぢ」が規則 3、「をとめ」が規則 1、「とどめむ」が規則 7。四つの規則が一首に入っています。意味は「空の風よ、雲の中の通り道を吹き閉ざしてくれ。天女の姿をもうしばらくとどめておこう」。 筑波嶺の 峯より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる [1] 十三番・陽成院。読み: つくばねの みねよりおつる みなのがわ こいぞつもりて ふちとなりぬる。「かは」「こひ」が規則 2。意味は「筑波山の峰から落ちる男女川が積もって淵となるように、恋心が積もって深い淵となった」。 立別れ いなばの山の 嶺におふる まつとし聞かば 今帰り来む [1] 十六番・中納言行平。読み: たちわかれ いなばのやまの みねにおうる まつとしきかば いまかえりこん。「おふる」「かへり」が規則 2、「来む」が規則 7。意味は「別れて因幡へ行きますが、峰に生える松のように待つと聞いたなら、すぐ帰って来ましょう」。 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 から紅に 水くくるとは [1] 十七番・在原業平朝臣。読み: ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとわ。「かは」「とは」が規則 2、「くれなゐ」が規則 1、「みづ」が規則 3。 「ちはやぶる」の「は」は変わりません。 一語の中ですが、この語は古くから「ちはやぶる」と読みならわされています。意味は「不思議の多い神代にも聞いたことがない。龍田川が唐紅に水をくくり染めにするとは」。 読み上げと音読 この課の二十首は 原文の文書 にまとめてあります。文書を切り替えて、読み上げを通しで聞き、通しで音読してください。現代語訳の文書もありますが、音編では意味を追う必要はありません。まず音を字に合わせることだけをしてください。 歌は、意味が分からなくても声に出せます。そして 声に出すと意味の輪郭が出てきます 。五・七・五・七・七の切れ目で息を継ぎ、句と句のあいだを少しあけて読んでください。読み上げを聞いてから真似ると、規則の働く場所がそのまま「音が字とずれる場所」として耳に残ります。十首を三回ずつ読めば、八つの規則はもう考えなくてよくなります。 練習 残りの十首です。一首ずつ、読みの変わる場所を見つけてから声に出してください。 秋の田の かりほの庵の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ [1] 田子の浦に 打出でてみれば 白妙の ふじの高嶺に 雪は降りつつ [1] かささぎの 渡せる橋に おく霜の しろきを見れば 夜ぞふけにける [1] 花の色は 移りにけりな 徒に 我が身世にふる ながめせしまに [1] わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人にはつげよ あまの釣舟 [1] 陸奥の しのぶもぢずり 誰故に みだれ初めにし 我ならなくに [1] 君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ [1] 住の江の 岸に寄る浪 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ [1] 難波潟 短き葦の ふしのまも あはで此の世を すぐしてよとや [1] 侘びぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はむとぞ思ふ [1] 十首それぞれについて、読みの変わる場所を挙げ、働く規則の番号を言ってください。 十首のうち、規則 7(助動詞の「む」)が働くのはどれでしょうか。似た形で 働かない ものが一首あります。それも指してください。 二十首すべてを、いまの音で声に出して音読してください。読み上げを止め、自分の声だけで通してみてください。 この課のまとめ 歴史的仮名遣いを読む規則は八つ。音編はこれで終わり。あとは量を読むだけ。 規則 2 だけは語の切れ目を見る。語の頭のハ行は変わらない。 規則が一つも働かない歌もある。当てはめようとして無理に変えないこと。 読めない字が出たら、まず表の八行を上から当ててみる。それで解けなければ、語の意味の問題であって、音の問題ではない。 次の課へ 2.1 から切編「切」に入ります。古文が読みにくい本当の理由は、活用でも助動詞でもなく、 文がどこで切れるか分からない ことです。主語は省かれますが、述語は省かれません。述語を見つけて文を切る——切編はその練習だけをします。声に出して読めるようになったいま、切れ目は耳でも分かるようになっています。 答え 一番: いほ →いお、 とまを →とまお、 衣手は →ころもでわ(規則 2・1)。四番: しろたへ →しろたえ、 雪は →ゆきわ(規則 2)。六番: しろきを →しろきお(規則 1)。「橋に」は語の頭なので変わりません。九番: いたづら →いたずら(規則 3)、 色は →いろわ(規則 2)。十一番: 人には →ひとにわ(規則 2)。十四番: もぢずり →もじずり(規則 3)、 ゆゑ →ゆえ(規則 1)。十五番: 雪は →ゆきわ(規則 2)。十八番: さへ →さえ、 かよひ →かよい(規則 2)、 ぢ →じ(規則 3)、 くらむ →くらん(規則 7)。十九番: なには →なにわ、 あはで →あわで(規則 2)、 世を →よお(規則 1)。二十番: なには →なにわ、 あはむ →あわん、 思ふ →おもう(規則 2・7)、 身を →みお(規則 1)。 規則 7 が働くのは十八番の くらむ と二十番の 逢はむ 。働かないのは十五番の 若菜つむ で、これは動詞「摘む」の一部です。 音読の答えはありません。声が出ていれば正解です。 参考文献 藤原定家撰『小倉百人一首』1〜20 番。パブリックドメイン。漢字は通行の字体に改め(聲→声、戀→恋)、踊り字(ゝ)を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首