0.10 多調式 — 1982 年より前の本を読む — Epoché
この 課 か でできるようになること 1982 年 ねん より 前 まえ の 本 ほん ・ 教会 きょうかい の 文章 ぶんしょう ・ 碑文 ひぶん に 使わ つかわ れている 古い ふるい 書き かき 方 かた を、 声 こえ に 出し だし て 読める よめる 。 三 さん 種類 しゅるい の 印 しるし と、 語頭 ごとう の 母音 ぼいん に 付く つく 二 ふた つの 記号 きごう 、 母音 ぼいん の 下 した に 書か かか れる 小さな ちいさな 字 じ の 役目 やくめ を 言える いえる 。 語頭 ごとう の 記号 きごう が、カタカナ 語 ご の ハ行 はぎょう の 音 おと として 化石 かせき で 残っ のこっ ていることを 知り しり 、 綴り つづり を 言い当て いいあて られる。 前提 ぜんてい : 0.9( 書き取り かきとり と 音節 おんせつ )。 字音 じおん 編 へん の 最後 さいご の 課 か です。 ここまでの 九 きゅう 課 か で 扱っ あつかっ たのは、1982 年 ねん に 公式 こうしき の 正書 せいしょ 法 ほう になった 単調式 たんちょうしき —— 印 しるし が 一 いち 種類 しゅるい だけの 書き かき 方 かた でした。それより 前 まえ に 印刷 いんさつ された 本 ほん は、すべて 多調式 たちょうしき で 書か かか れています。 教会 きょうかい の 文章 ぶんしょう 、 碑文 ひぶん 、 古い ふるい 看板 かんばん 、そして 古典 こてん ギリシア 語 ご の 校訂 こうてい 本 ほん も 同じ おなじ です。 図書 としょ 館 かん の 棚 たな に 並ぶ ならぶ ギリシア 語 ご の 本 ほん は、いまも 多調式 たちょうしき のほうが 多い おおい 。 幸い さいわい 、 読む よむ だけなら 簡単 かんたん です 。 多調式 たちょうしき の 記号 きごう は 現代 げんだい 語 ご の 発音 はつおん には 何 なん も 足し たし ません。 全部 ぜんぶ の 印 しるし を 強勢 きょうせい として 読み よみ 、 残り のこり の 記号 きごう は 無視 むし する——それだけで、この 課 か で 読める よめる ようになります。 書ける かける ようになる 必要 ひつよう はありません。 現代 げんだい 語 ご を 書く かく ときは 単調式 たんちょうしき を 使い つかい ます。 三 さん 種類 しゅるい の 印 しるし は、 全部 ぜんぶ おなじ 強勢 きょうせい 多調式 たちょうしき には 印 しるし が 三 みっ つあります。 古典 こてん 語 ご では 高 たか さの 動き うごき を 表し あらわし 分け わけ ていましたが、 現代 げんだい 語 ご ではどれも 同じ おなじ 強勢 きょうせい です。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 印 しるし どこに 付き つき 、 現代 げんだい 語 ご ではどう 読む よむ か 右上がり みぎあがり の 印 しるし どの 音節 おんせつ にも 付く つく 。いちばん 多い おおい 。 強勢 きょうせい として 読む よむ 右下がり みぎさがり の 印 しるし 語 ご の 最後 さいご の 音節 おんせつ にだけ 付く つく 。 強勢 きょうせい として 読む よむ 波形 はけい の 印 しるし 後ろ うしろ から 一 ひと つ 目 め か 二 ふた つ 目 め の 音節 おんせつ に 付く つく 。 強勢 きょうせい として 読む よむ 右下がり みぎさがり の 印 しるし が 語末 ごまつ にあるとき、 多調式 たちょうしき では「この 語 ご のあとに 文 ぶん が 続く つづく 」という 合図 あいず でした。 単調式 たんちょうしき ではこの 区別 くべつ が 消え きえ 、 右上がり みぎあがり の 印 しるし に 統一 とういつ されています。 三 みっ つとも 同じ おなじ に 読む よむ と 決め きめ てしまえば、 多調式 たちょうしき の 本 ほん は 今日 きょう から 読め よめ ます。 語頭 ごとう の 母音 ぼいん に 付く つく 二 ふた つの 記号 きごう 多調式 たちょうしき では、 語頭 ごとう の 母音 ぼいん に 必ず かならず どちらかの 記号 きごう が 付き つき ます。 開い ひらい た 形 かたち の 記号 きごう と、 閉じ とじ た 形 かたち の 記号 きごう です。 古典 こてん 語 ご では、 閉じ とじ た 形 かたち が「この 母音 ぼいん の 前 まえ にハの 音 おと がある」という 印 しるし でした。 現代 げんだい 語 ご ではその 音 おと が 失わ うしなわ れているので、 どちらも 読み よみ ません 。 ここで 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ に 近道 ちかみち があります。 閉じ とじ た 形 かたち の 記号 きごう が 付い つい ていた 語 ご は、 カタカナ 語 ご や 英語 えいご では ハ行 はぎょう の 音 おと で 入っ はいっ ている のです。 逆 ぎゃく に 開い ひらい た 形 かたち の 記号 きごう だった 語 ご には、 ハ行 はぎょう の 音 おと がありません。カタカナ 語 ご を 知っ しっ ていれば、どちらの 記号 きごう が 付く つく かを 言い当て いいあて られます。 表 ひょう は 八 はち 行 ぎょう です。 語 ご 語頭 ごとう の 記号 きごう と、カタカナ 語 ご での 姿 すがた ὑπέρ は 〜を 超え こえ て 閉じ とじ た 形 かたち 。カタカナ 語 ご のハイパーに ハ行 はぎょう が 残っ のこっ ている ἱστορία は 歴史 れきし 閉じ とじ た 形 かたち 。ヒストリーに ハ行 はぎょう が 残っ のこっ ている ἥρως は 英雄 えいゆう 閉じ とじ た 形 かたち 。ヒーローに ハ行 はぎょう が 残っ のこっ ている ἁρμονία は 調和 ちょうわ 閉じ とじ た 形 かたち 。ハーモニーに ハ行 はぎょう が 残っ のこっ ている ἄνθρωπος は 人 ひと 開い ひらい た 形 かたち 。アントロポロジーに ハ行 はぎょう が 無い ない ἀστήρ は 星 ほし 開い ひらい た 形 かたち 。アストロに ハ行 はぎょう が 無い ない οἰκονομία は 家政 かせい 開い ひらい た 形 かたち 。エコノミーに ハ行 はぎょう が 無い ない ἰδέα は 考え かんがえ 開い ひらい た 形 かたち 。イデアに ハ行 はぎょう が 無い ない この 対応 たいおう は、 英語 えいご がラテン 語 ご 経由 けいゆ でギリシア 語 ご を 取り入れ とりいれ たときに、 閉じ とじ た 形 かたち の 記号 きごう を エイチ の 字 じ で 写し うつし たために 残り のこり ました。 日本 にっぽん 語 ご のカタカナ 語 ご は 英語 えいご から 来 き ているので、そのまま 受け継い うけつい でいます。 二千 にせん 年 ねん 前 まえ の 息づかい いきづかい が、いまの 日本 にっぽん 語 ご の 中 なか に 化石 かせき として 残っ のこっ ている わけです。 もう 一 ひと つ、 語頭 ごとう の ρ にも 閉じ とじ た 形 かたち の 記号 きごう が 付き つき ます。 英語 えいご の rh の 綴り つづり ——リズムやレトリックの 元 もと の 形 かたち ——がその 名残 なごり です。 母音 ぼいん の 下 した に 書か かか れる 小さな ちいさな 字 じ 三 みっ つの 母音 ぼいん の 下 した に、 小さな ちいさな 字 じ が 書か かか れることがあります。 古典 こてん 語 ご では、この 字 じ を 含む ふくむ 二重母音 にじゅうぼいん でした。 現代 げんだい 語 ご では 読み よみ ません 。 見え みえ ても 無視 むし してください。ただし、その 母音 ぼいん は 文法 ぶんぽう 上 じょう の 目印 めじるし になっているので、 古 こ 編 へん で 古典 こてん 語 ご の 格 かく を 扱う あつかう ときにまた 出会い であい ます。 大 だい 文字 もじ で 書く かく ときは 下 した に 入ら はいら ないので、 右 みぎ に 並べ ならべ て 書き かき ます。 古い ふるい 本 ほん の 見出し みだし でたまに 見かける みかける 形 かたち です。 純正語 じゅんせいご という、もう 一 ひと つの 層 そう 多調式 たちょうしき の 本 ほん を 開く ひらく と、 記号 きごう だけでなく 語 ご そのものが 違う ちがう ことがあります。 二十 にじゅう 世紀 せいき のなかばまで、ギリシアには 書き言葉 かきことば と 話し言葉 はなしことば の 二 ふた つの 層 そう がありました。 役所 やくしょ と 新聞 しんぶん と 学校 がっこう で 使う つかう 古めかしい ふるめかしい 書き言葉 かきことば を 純正語 じゅんせいご 、 人 ひと が 実際 じっさい に 話す はなす 言葉 ことば を 民衆語 みんしゅうご と 呼び よび ます。1976 年 ねん に 民衆語 みんしゅうご が 公式 こうしき の 言語 げんご になり、1982 年 ねん に 単調式 たんちょうしき が 正書 せいしょ 法 ほう になりました。この 課 か で 扱っ あつかっ ている 記号 きごう の 話 はなし と、 同じ おなじ 流れ ながれ の 中 なか の 出来事 できごと です。 純正語 じゅんせいご の 名残 なごり は、いまも 法律 ほうりつ ・ 宗教 しゅうきょう ・ 学術 がくじゅつ の 文章 ぶんしょう に 残っ のこっ ています。 型 がた 編 へん で 書き言葉 かきことば を 扱う あつかう とき、そして 古 こ 編 へん で 古典 こてん への 橋 はし を 渡る わたる ときに、この 層 そう をもう 一 いち 度 ど 見 み ます。いまは そういう 層 そう がある と 知っ しっ ていれば 十分 じゅうぶん です。 読ん よん でみる 多調式 たちょうしき で 書か かか れた 語 ご を、 単調式 たんちょうしき に 直し なおし ながら 読み よみ ます。やることは 三 みっ つ。 印 しるし はどれも 強勢 きょうせい として 読む よむ 。 語頭 ごとう の 記号 きごう は 読ま よま ない。 母音 ぼいん の 下 した の 小さな ちいさな 字 じ も 読ま よま ない。 表 ひょう は 六 ろく 行 ぎょう です。 多調式 たちょうしき の 姿 すがた 単調式 たんちょうしき ではこう 書き かき 、こう 読む よむ ἄνθρωπος άνθρωπος と 書く かく 。 人 ひと という 意味 いみ で、 強勢 きょうせい は 語末 ごまつ から 三 みっ つ 目 め ὥρα ώρα と 書く かく 。 時間 じかん という 意味 いみ で、 強勢 きょうせい は 語頭 ごとう ἡμέρα ημέρα と 書く かく 。 日 ひ という 意味 いみ で、 強勢 きょうせい は 真ん中 まんなか οἶκος οίκος と 書く かく 。 家 いえ という 意味 いみ で、 強勢 きょうせい は 語頭 ごとう ψυχή 単調式 たんちょうしき でも 同じ おなじ 綴り つづり 。 魂 たましい という 意味 いみ で、 強勢 きょうせい は 語末 ごまつ φιλοσοφία 単調式 たんちょうしき でも 同じ おなじ 綴り つづり 。 哲学 てつがく という 意味 いみ で、 強勢 きょうせい は 後ろ うしろ から 二 ふた つ 目 め 最後 さいご の 二 に 行 ぎょう のように、 語頭 ごとう が 子音 しいん で 始まる はじまる 語 ご は 多調式 たちょうしき でも 単調式 たんちょうしき でも 同じ おなじ 姿 すがた です。 記号 きごう が 増える ふえる のは 語頭 ごとう が 母音 ぼいん のときだけなので、 見 み た 目 め の 違い ちがい は 思う おもう より 小さい ちいさい 。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ の 近道 ちかみち この 課 か でいちばん 得 とく なのは、 語頭 ごとう の 記号 きごう とカタカナ 語 ご の ハ行 はぎょう の 対応 たいおう です。ハイパー、ヒストリー、ヒーロー、ハーモニー、ハイドロ、ホモ——どれも 閉じ とじ た 形 かたち の 記号 きごう を 持っ もっ ていた 語 ご です。 逆 ぎゃく に、アントロポ、アストロ、エコ、イデア、オプティカルには ハ行 はぎょう がない。 知っ しっ ているカタカナ 語 ご が、 古い ふるい 綴り つづり を 教え おしえ てくれる という 関係 かんけい は、 橋 はし 編 へん の 橋 はし でもう 一 いち 度 ど 、もっと 大きな おおきな 規模 きぼ で 使い つかい ます。 もう 一 ひと つ。 多調式 たちょうしき を 読める よめる ようになると、 図書 としょ 館 かん の 棚 たな が 一気 いっき に 広がり ひろがり ます 。ギリシア 語 ご で 書か かか れた 本 ほん の 大半 たいはん は 1982 年 ねん より 前 まえ の 印刷 いんさつ で、 当館 とうかん が 集め あつめ ている 古典 こてん の 校訂 こうてい 本 ほん もそうです。 現代 げんだい 語 ご の 課程 かてい を 進め すすめ ながら、いつでも 古い ふるい 本 ほん を 開ける あける ——この 課 か がその 鍵 かぎ になります。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 単調式 たんちょうしき に 直す なおす 次 つぎ の 語 ご を 単調式 たんちょうしき で 書き直し かきなおし てください。 印 しるし は 一 ひと つ