政党――政治家はなぜ集まるのか — Epoché
制度と行動 選挙・政党・市民 約 29 分 本文 約 13,000 字 図 5・表 2 資料 2 節 この課の要点 事実・説明・日本の 3 つ 事実 衆議院の議員のほとんどは会派に属し、どの会派にも属さない無所属は、定数 465(欠員 1)のうち 6 人です(2026 年 9 月 28 日現在)。 説明 バークは原理で結ばれた党を擁護しました。オルドリッチは党を、立候補の調整・有権者の動員・多数派づくりという三つの問題に対処する仕組みとして説明します。 日本 日本では 1994 年に政党助成法ができ、2024 年には比べた 9 党のうち 6 党で、政党交付金が本部の収入の半分を超えました。その評価は立場によって分かれます。 はじめに 選挙のポスターには、候補者の名前と並んで、たいてい政党の名前が書かれています。けれども考えてみると、議員は一人ひとり、自分の名前で選挙を戦って選ばれた人です。それなのに、多くの議員が党に入り、党の方針に合わせて票を投じます。党に入れば、自分の考えと違う方針にも従う場面が出てきます。自由が狭まるのに、なぜ政治家は集まるのでしょうか。 集まることへの疑いも、古くからありました。18 世紀の英国では、政治の結びつきはどれも本来は徒党(自分たちの得のために固まる仲間)であり、解体すべきだという主張がありました。これに正面から反論したのが、この課の資料で読むエドマンド・バークです [1] 。 答えの候補は、大きく三つ考えられます。一つは、同じ考えを持つ人が、その考えを実現するために集まるという答えです。二つ目は、選挙に勝ち、議会で法律を通すという政治家の目的にとって、集まるほうが得だからという答えです。三つ目は、国の制度が、まとまった集団に資格やお金や役割を与えるからという答えです。三つは一つの党の中で重なって働くこともあります。 この課程の『制度と政党の数』の課では、選挙制度が政党の数を左右するという説を見ました。この課では一歩さかのぼり、そもそも政党がなぜできるのかを考えます。まず、議員がどれほど集まっているかを数で確かめます。次に、党を擁護したバークの古典的な定義を読みます。続いて、党を政治家の抱える問題への答えとして説明するオルドリッチの理論を見ます。最後に、政党が国家のお金に支えられるようになったと論じるカッツとメアの議論を、日本の政党助成の制度と統計に当てはめます。 途中では、「党はあるべきだ」という規範の主張と、「党はこういう働きをしている」という説明とを分けて読みます。現実の政党への評価は、立場ごとの違いを並べるにとどめます。 この課の問い 選挙で選ばれる一人ひとりの議員は、なぜ一人で動かず、政党や会派にまとまるのでしょうか。集まることには、どんな理由と、どんな危うさがあるのでしょうか。 この課のことば 政党 選挙に候補を立て、議席や政権をめざして、同じ名前でまとまって動く人々の集まりです。日本の法律では、所属する国会議員の数や得票の割合で「政党」の要件を定めています。 会派 国会の各議院の中で、議員が一緒に行動するためのまとまりです。政党と重なることが多いものの、党に属さない議員が加わることもあり、同じものではありません。 集合行為の問題 みんなが得をすることでも、一人ひとりは「だれかがやるだろう」と他人任せにしがちで、結局だれも動かないという問題です。選挙で支持者を投票所に向かわせることもその例です。 社会的選択の問題 人々の好みを多数決で一つにまとめようとすると、結論が一つに定まらず、ぐるぐる回ってしまうことがあるという問題です。 政党交付金 政党助成法に基づいて、国が要件を満たした政党に配るお金です。使い道に条件は付けられませんが、使い道の報告は求められます。 カルテル政党 既成の政党がそろって国家の資源に頼り、自分たちの生き残りを図るようになったとする政党の型です。カッツとメアが 1995 年の論文で示しました。 政党の成り立ち――一人ではなく集まるのはなぜか この章では、議員が集まっているという事実を確かめたうえで、その理由を三つの角度から考えます。一つ目は、原理で結ばれた人々として党を擁護したバークの見方です。二つ目は、政治家が抱える問題への答えとして党を説明するオルドリッチの見方です。三つ目は、党が国家に支えられるようになったと論じるカッツとメアの見方です。最後の見方は、日本の政党助成の制度に当てはめて確かめます。 集まっているという事実――議員はほぼみな会派に属する まず数を見ましょう。衆議院の定数は 465 です。2026 年 9 月 28 日現在の会派別の所属議員数を見ると、最も大きい「自由民主党・無所属の会」が 315 人です。続いて「中道」47 人、「日本維新の会」36 人、「国民民主党・無所属クラブ」28 人、「参政党」15 人、「チームみらい」11 人、「日本共産党」4 人、「志士の会」2 人となっています。どの会派にも属さない無所属は 6 人で、欠員が 1 です [6] (図 1) 。定数 465 のうち欠員 1 を除いた在職の 464 人で見ても、まとまりの外にいる議員は 6 人だけです。 465 議席 無所属 6 その他 459 その他の内訳:自由民主党・無所属の会 315・中道 47・ 日本維新の会 36・国民民主党・無所属クラブ 28・ 参政党 15・チームみらい 11・日本共産党 4・ 志士の会 2・欠員 1 出典:衆議院「会派名及び会派別所属議員数」 図 1 衆議院の会派別所属議員数(2026 年 9 月 28 日現在、定数 465、欠員 1 を含む)。政党ではなく会派の数です。衆議院「会派名及び会派別所属議員数」から [6] 。 ここで注意したいのは、この数が政党ではなく会派の数だという点です。会派は、国会の各議院の中で議員が一緒に行動するためのまとまりです。会派の名前に「無所属の会」「無所属クラブ」とあるように、党に属していない議員が、ある党の議員と同じ会派に加わることがあります。党に属さない議員が、政党の議員と同じ会派に加わることもあるのです。 会派に入ることには、国会の仕組みの上での意味があります。国会法第 46 条は「常任委員及び特別委員は、各会派の所属議員数の比率により、これを各会派に割り当て選任する」と定めています [9] 。法律案を詳しく審査する委員会の席は、会派の大きさに応じて会派ごとに割り当てられるのです。議院の中で仕事の持ち場を得るうえで、まとまりは単位になっています。 会派の大きさは、選挙と選挙のあいだにも変わることがあります。国会法第 46 条第 2 項は、各会派の所属議員数が変わり、委員の割り当ての数を変える必要があるときは、議長が議院運営委員会の議を経て委員を変更できると定めています [9] 。会派の大きさが議院の中の持ち場に結びつく仕組みが、選挙の後も続いているのです。 では、法律の上で「政党」とは何でしょうか。政治資金規正法第 3 条第 2 項は、政治団体のうち次のどちらかに当たるものを「政党」とします。一つは、所属する衆議院議員か参議院議員を 5 人以上有するものです。もう一つは得票の要件です。対象は、直近の衆議院の総選挙の小選挙区か比例代表の選挙と、直近の参議院の通常選挙とその一つ前の通常選挙の、比例代表か選挙区の選挙です。そのどれかで、その政治団体の得票総数が、その選挙の有効投票の総数の 100 分の 2 以上であるものです [8] 。政党助成法第 2 条も 5 人以上を一つ目の要件とし、二つ目の要件では、同じ選挙のどれかでの得票が 100 分の 2 以上であることに加えて、国会議員を有することを求めます [7] 。二つの法律の二つ目の要件は、議員を有することを求めるかどうかで違います。どちらの法律も、ほかの政党に所属する議員がいる政治団体には、この要件を当てはめないという例外を置いています [7] [8] 。法律上の政党であることは、国から政党交付金を受ける前提でもあります(第 4 節)。 数から言えるのは、議員の大部分がまとまりの中にいる、ということまでです。なぜ集まるのかは、数だけからは分かりません。委員の割り当ての仕組みは一つの手がかりですが、それだけでは、選挙の前から党ができることを説明できません。次の節から、理由を説明しようとしてきた議論を順に見ていきます。 ここで間違えやすい 会派と政党を同じものと考えるのは誤りです。会派は議院の中のまとまりで、党に属さない議員を含むことがあります。図1は会派の数で、党の数ではありません。また、法律上の「政党」は議員の数か得票の割合で決まり、綱領や組織の大きさで決まるわけではありません。 原理で結ばれた人々――バークの党の定義 党とは何かを論じた古典として、いまも引かれるのがエドマンド・バークです。バークは 1765 年に、第一大蔵卿、つまり国王の首席の大臣に就いたばかりのロッキンガム侯の私設秘書となり、同じ年に下院議員に選ばれました [2] 。1770 年に出した『現代の不満の原因を論ず』は、出版の前にロッキンガム派の主だった人々が草稿を読み、出版後はこの党の宣言として広く受け取られました [2] 。つまりこの本は、中立の学術書ではなく、党の一員が党を弁護した文章でもあります。出版の後、この小冊子は、駆け出しの政治家が自分の党の存在理由を学ぶ手引きにもなったとされます [2] 。 当時、宮廷の側には、政治の結びつきはどれも本来は徒党であり、解体すべきだという主張がありました [1] 。バークはこれに反論します。その理由の一つは、結びつかなければ効果のある行動ができないということです。バークは、アン女王の時代のウィッグの人々が、協調して行動しない者は効果のある行動ができないと信じていた、と紹介し、その考えに賛成します [1] 。結びつきの中では、最も目立たない人も全体の重みに加わって役に立ちます。その外では、最大の才能も公のためにまったく役立たない、とバークは書きます [1] 。 さらにバークは、「悪い人々が結びつくとき、善い人々は団結しなければならない。さもなければ、一人また一人と倒れていく」と論じます [1] (図 2) 。相手がまとまっているときに、こちらがばらばらなら、一人ずつ負けていくというのです。 ばらばらの善い人々 結びついた悪い人々の力 一人また一人と倒れていく 団結した善い人々 結びついた悪い人々の力 結びついて持ちこたえる 図 2 「悪い人々が結びつくとき、善い人々は団結しなければならない。さもなければ一人また一人と倒れていく」というバークの言葉を、本教材が絵にしたもの [1] 。上はばらばらの人々、下は腕を組んだ人々です。 そのうえでバークは、党を「全員が一致しているある特定の原理に基づいて、共同の努力によって国民の利益を促進するために結合した人々の集まり」と定義しました [1] 。この定義には、共同の努力、国民の利益、特定の原理での一致という三つの要素があります。党は権力の地位を争いますが、それは原理を実行に移すためであり、地位と報酬を求める奪い合いとは区別される、とバークは言います [1] (表 1) 。 この表で分かること: バークは党を、結びつく理由と権力への向き合い方で、地位と報酬の奪い合いから区別した 観点 党(バークが擁護) 地位あさり(バークが批判) 結びつく理由 全員が一致する原理 地位と報酬 権力を争う理由 原理を実行に移すため 自分の得のため 権力の申し出 党全体が入らない申し出は断る 私的な理由で地位を受ける 表 1 バーク『現代の不満の原因を論ず』による党と地位あさりの区別(本教材の整理) [1] 。 バークは、党を無条件に善いものとしたわけではありません。そうした結びつきの中で、人々が狭く偏った精神を身に付けやすいことを認めています [1] 。政治の結びつきは、公の義務を果たすのに欠かせない一方で、ときに徒党に堕ちうるものだ、というのがバークの見方です [1] 。それでも、空気の悪い場所にある砦の士官は健康に気を付けるべきで、持ち場を捨ててはならない、とたとえて、危うさは結びつきを捨てる理由にならないと論じました [1] 。また、「人ではなく政策を」という決まり文句を、名誉ある約束から抜け出すための言い訳だと退けました。大きな報酬を得ながら、自分の判断に従うと言って長く属した党を離れる人について、党が権力を失った途端に意見が合わなくなるのは出来すぎた偶然ではないか、と皮肉っています [1] 。 これは「党はこうあるべきだ」という規範の主張です。日本の政党助成法も、交付金を受ける政党に、綱領など目的や基本政策を書いた文書を出させています [7] 。ただし法律は、文書を出すことを求めるだけで、党が原理で一致しているかどうかを確かめるわけではありません。 ここで間違えやすい バークの定義を、現実の政党がそうなっているという観察として読むのは誤りです。これは、ある党の一員が、党の結びつきを正当なものとして弁護した規範の議論です。バーク自身も、結びつきが徒党に堕ちうることを認めていました。 政治家にとっての三つの問題――オルドリッチの説明 バークが「党はなぜ正しいか」を論じたのに対し、現代の政治学には「党はなぜできるのか」を、政治家の置かれた状況から説明しようとする議論があります。代表的なのが、ジョン・オルドリッチの『なぜ政党か』(初版 1995 年、改訂版 2011 年)です。オルドリッチは、1790 年代の政党の結成から南北戦争までの米国の歴史を調べ、政党が民主政治の三つの根本の問題に対処していることを示しました [3] 。公職を求める人の数をどう整えるか、有権者をどう動員するか、官職に就いた後に目標を果たすのに要る多数派をどうつくり保つか、の三つです [3] (図 3) 。 政治家ひとりでは解きにくい問題 党はこの三つにまとめて対処する 仕組みと説明される 立候補の調整 公職を求める人の数を整え、票の割れを 防ぐ 有権者の動員 支持者に投票してもらう手間を党が担う 多数派づくり 議会で目標を果たす多数派をつくり保つ 図 3 オルドリッチが挙げる、政党が対処する三つの問題(『なぜ政党か』2011 年版の内容紹介による。各段の短い説明は本教材の言い換え) [3]