議会――法をつくる場か討論の場か — Epoché
制度と行動 統治の制度 約 31 分 本文 約 13,800 字 図 5・表 2 資料 2 節 この課の要点 働き・型・日本の 3 つ 働き 議会の働きは立法だけではありません。バジョットは、内閣を選び支える働きを最も重要と見ました 型 ポルスビーは、提案を作り変える変換型と、討論で違いを示すアリーナ型を両端とする物差しを示しました 日本 日本の国会で成立する法律の大半は閣法ですが、事前の調整や国会の力をどう見るかは研究者の間で分かれます はじめに 通常国会が閉じると、ニュースは「今国会で成立した法律は何件」「政府が出した法案のうち何件が成立した」と伝えます。2025 年の常会では、新たに出された法律案のうち 75 件が成立し、そのうち 58 件は内閣が出したものでした [7] 。この数を見て、国会は政府の出した法案を通すだけの所ではないか、と感じる人もいるでしょう。 日本国憲法は、国会を「国の唯一の立法機関」と定めています [8] 。それなのに、成立する法律の多くを用意するのは内閣の側です。では、国会は名ばかりの立法機関なのでしょうか。それとも、法律の数には表れない働きをしているのでしょうか。 議会の姿を思い浮かべるとき、人によって二つの像があるかもしれません。一つは、議員たちが条文を一つずつ検討し、法律案を作り直していく作業場の像です。もう一つは、政府と野党が向かい合って論じ合い、その様子を国民が見て、次の選挙で判断する舞台の像です。どちらの像も議会の一面をとらえていますが、どちらに重心があるかは国によって違います。そして、どちらの像に立つかで、「国会は仕事をしているか」という問いへの答え方も変わります。作り直した法律案の数を数えるのか、討論が国民に何を示したのかを見るのか、それとも表に出ない調整まで含めて考えるのか、という違いです。この課では、こうした物差しの選び方そのものを考えます。 この問いに答えるには、まず議会が何をする所なのかを考え直す必要があります。この課程の「議院内閣制と大統領制」の課では、議院内閣制の議会が首相を選び、不信任で辞めさせることもできる仕組みを見ました。議会には、法律をつくる働きのほかに、政府をつくって支える働きや、討論を通じて国民に知らせる働きがあります。 この課では、まず 19 世紀イギリスのバジョットの議会論から、議会の働きを広く見ます。次に、アメリカの政治学者ポルスビーが示した「変換型」と「アリーナ型」という物差しで、法をつくる議会と討論の場としての議会を比べます。さらに、成立した法律の数には表れない「見えない影響力」を考え、最後に日本の国会を、閣法・与党の事前審査・会期の仕組みから見ていきます。資料では、バジョット自身の文章と、内閣法制局がまとめた法律案の件数の表を読みます。 この課の問い 議会の力は、成立させた法律の数や、議員が書いた法案の数で測れるのでしょうか。法をつくる議会と、討論で政府と野党の違いを示す議会は、どこが違うのでしょうか。 この課のことば 閣法 内閣が国会に出す法律案のことです。正式には内閣提出法律案といいます。日本の国会で成立する法律の多くは閣法です 議員立法 国会議員の側から出される法律案や、それによってできた法律です。衆議院では議員 20 人以上の賛成で出せます(予算を伴うものは 50 人以上) 変換型の議会 政府や外から持ち込まれた提案を、議会の中で作り変えて法律にする力を持つ議会です。ポルスビーはアメリカ連邦議会を典型としました アリーナ型の議会 政府と野党が国民の前で論じ合い、違いを示す働きが中心の議会です。アリーナは競技場のことです。ポルスビーはイギリスの議会を典型としました 予期された反応 相手の反発を前もって見込んで、自分の行動を変えることです。たとえば政府が、議会で反対されそうな中身を法案から外しておくことです 粘着性 政府の案を止めたり、遅らせたり、変えたりする議会の力です。政治学者ブロンデルの言葉で、日本の国会についてはモチヅキが用いました 議会の役割――法をつくる場か、討論の場か 議院内閣制の課では、議会が内閣を選ぶ仕組みを見ました。この章では、議会そのものが何をしているのかを、働きの種類、議会の型、見えない影響力、日本の国会の順に考えます。 議会は何をするところか――立法だけではない働き 議会と聞くと、多くの人はまず法律をつくる所を思い浮かべます。日本国憲法も第 41 条で、国会を「国権の最高機関」であり「国の唯一の立法機関」と定めています。法律案は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、衆議院と参議院の両方で可決したときに法律になります(第 59 条第 1 項) [8] 。法律をつくる最後の決定は、国会にしかできません。 ところが、イギリスの著述家ウォルター・バジョットは、庶民院(イギリスの下院)の働きを考えるとき、立法をいちばん先には置きませんでした。バジョットが『イギリス国制論』で描いたのは、本人が第 2 版の序で言うとおり、1865〜66 年ごろのイギリスの国制です。その第 5 章「庶民院」で、バジョットは庶民院の働きを五つに分けました [1] (図 1) 。 庶民院の働き(バジョット) 19 世紀半ばのイギリスの下院に ついての整理 選ぶ 内閣を選び支える。最も重要とされる 表出 国民の考えを表す 教える 国民が知らないことを教える 知らせる 不満や訴えを国民の前に示す 立法 重要だが、統治の運営や 政治教育ほどではない 図 1 バジョットが『イギリス国制論』第 5 章で挙げた庶民院の五つの働き [1] 。1865〜66 年ごろのイギリスについての整理です。財政は六つ目の働きとして立てていません。 第一は「選ぶ働き」です。庶民院は内閣を選ぶだけでなく、辞めさせる力も持つので、首相との関係が絶えず続きます。バジョットはこれを、いまや最も重要な働きだとしました。第二は、国民の考えを表す「表出の働き」です。第三は、国民が知らないことを教える「教える働き」です。第四は、さまざまな不満や訴えを国民の前に示す「知らせる働き」です。そして最後に「立法の働き」が来ます [1] 。 なぜ立法が最後なのでしょうか。バジョットによれば、会期が終わるたびに、新聞は「議会はこの会期に何もしなかった」と書きます。しかし本当は、議会が内閣を支え続けたことこそが最大の務めだった、と答えるべきだというのです。バジョットは立法の重要さを否定しません。ただ、国家全体の執行の運営や、議会が国民に与える政治の教育ほどには重要でない、と考えました [1] 。 知らせる働きについて、バジョットは興味深い理由を挙げています。自由な国の人々は、自分の側の意見しか聞かないことが多く、新聞も、読者が好む側の議論ばかりを詳しく載せます。ところが議会での大きな討論は、一定数の議員が支持する意見なら、たとえ誤っていると思われても、少なくとも考えに入れるべき意見として国民に受け止めさせる、というのです。バジョットは、ほかでは聞かずに済ませてしまう意見を聞かせるこの働きを、重要さの点で議会の二番目の働きに数えました [1] 。 お金の扱いについての指摘も興味深いものです。バジョットは、財政を六つ目の働きとして別に立てることはしませんでした。ふつうの事柄ならどの議員も何でも提案できるのに、課税を提案できるのは大臣だけだ、と書いています [1] 。つまり、19 世紀のイギリスでも、政府の財源にかかわる案は政府の側が出すものでした。 日本の仕組みにも、議会と内閣が立法を分け持つ形が表れています。法律案を国会に出すのは議員だけではありません。内閣総理大臣は内閣を代表して議案を国会に提出します(憲法第 72 条) [8] 。内閣法第 5 条は、その議案の中に内閣提出の法律案を挙げています [10] 。内閣が出す法律案を「閣法」、議員の側から出される法律案を「議員立法」と呼びます。本教材の整理として言えば、国会が「唯一の立法機関」であることは、法律案を書くのが議員だけだという意味ではなく、法律を可決して成立させるのが国会だけだ、という点にかかわります。 バジョットの五つの働きは、19 世紀半ばのイギリスについての整理です。それでも、議会の力を立法の件数だけで測らない、という見方は、この課の全体を通して役に立ちます。次の節では、働きの重心の置き方によって、議会をどのように並べられるのかを見ます。 ここで間違えやすい 「国の唯一の立法機関」を、法律案は議員だけが書くという意味に取るのは誤りです。日本国憲法の下でも、内閣は法律案を国会に出しています(憲法第 72 条・内閣法第 5 条)。法律案を可決して法律にするのは国会だという点が大切です。原則は両議院の可決ですが、参議院が衆議院と異なる議決をしても、衆議院が出席議員の 3 分の 2 以上で再び可決すれば法律になります(憲法第 59 条第 2 項) [8] 。 変換型とアリーナ型――ポルスビーの物差し 議会の働きの重心は、国によって違います。アメリカの政治学者ネルソン・ポルスビーは、1975 年の論文「立法府(Legislatures)」で、議会を一本の物差しの上に並べる見方を示しました。片方の端は「変換型」の議会で、例はアメリカ連邦議会です。もう片方の端は「アリーナ型」の議会で、例はイギリスの議会です。どちらの例も、ポルスビーが 1970 年代までに見た姿に基づいています [2] 。 変換型の議会は、政府や外から来た提案を、議会の中で作り変えて法律にする力を持つ議会です。ポルスビーの追悼文を書いたケインは、ポルスビーがアメリカ連邦議会を、世界の多くの議会にはできない程度に立法をつくり、修正できる「変換型」と論じた、とまとめています [3] 。ブラジル議会を扱った研究の序論は、ポルスビーの整理を紹介して、変換型の特徴に、政策づくりにかかわる広さと深さや、複雑な組織を挙げています [2] 。 アリーナ型の議会は、政策を独自につくる影響は大きくありません。その代わり、誰が政府で誰が野党か、政府がどんな責任を負っているかを、有権者にはっきり示します。議会での討論は世論に知らせ、国民を教育する働きをします。組織は、透明さと説明の責任を保つために、より単純で分かりやすいものになります [2] 。アリーナとは競技場のことで、与党と野党が国民の前で論じ合う舞台、というたとえです (図 2) 。 工房:案を作り変える 持ち込まれた案を議会の中で直す 変換型の議会 舞台:国民の前で論じ合う 賛成 反対 政府・与党 野党 有権者は違いを見比べる アリーナ型の議会 図 2 変換型とアリーナ型のたとえ(本教材の絵で、ポルスビー本人の絵ではありません)。上の絵の工房では、持ち込まれた案を議員たちが机の上で作り変えています。下の絵の舞台では、政府・与党と野党が論じ合い、それを有権者が見ています。ポルスビーの二つの型は、こうした働きの重心の違いを両端とする物差しです [2] 。 アメリカの仕組みを見ると、変換型の姿が分かります。合衆国憲法は、憲法が与える立法の権限をすべて連邦議会に与えています(第 1 条第 1 節)。歳入を集める法案は下院から始めなければならない、という定めもあります(第 1 条第 7 節)。大統領について憲法が定めるのは、議会に連邦の状況を知らせ、必要と判断する施策を議会の審議に推薦することです(第 2 条第 3 節) [11] 。下院では、議員が法案の提出者となり、法案は議長によって担当の委員会に付託されます。下院の説明によれば、法案が最も詳しく検討されるのは委員会の段階です [12] 。議会調査局の報告は、立法の案の出どころとして、議員や委員会と並べて、大統領を含む行政府や利益団体などを挙げています [12] 。 イギリスでは事情が違います。議院内閣制の課で見たとおり、首相と大臣は議会の多数派から出ます。議会研究者のラッセルとカウリーによれば、ポルスビーはイギリスをアリーナ型の主な例とし、政策をつくる機械というより討論の場と見ました。その理由の一つは、政党のまとまりの強さでした。比較議会の研究者メジー(1979)も、アメリカ連邦議会を「能動的」な議会、イギリスを含む議院内閣制の議会の多くを「反応的」な議会と分類しました [4] 。本教材の補足として言えば、与党の議員が党の方針どおりに投票するかぎり、政府の法案は議会の中で大きく作り変えられることなく通りやすくなります。 大切なのは、これが二つの箱ではなく、両端のある物差しだという点です (表 1) 。ブラジル議会は、委員会などの大きな組織を持つ一方、統治にかかわる権限と責任はアメリカ連邦議会と比べてせいぜい中くらいです。ブラジル下院の研究は、そのような議会がどちらの型に当たるのかを問いました [2] 。一つの議会が、ある面では変換型に、別の面ではアリーナ型に近いこともあります。 この表で分かること: 二つの型は、働きの重心が違います 観点 変換型 アリーナ型 典型の例 アメリカ連邦議会 イギリスの議会 政策への影響 広く深く政策づくりにかかわる 独自の影響は大きくない 討論の重心 提案を作り変える作業 政府と野党の違いを示す 組織 複雑な組織 単純で分かりやすい組織 表 1 ポルスビーの二つの型(Leston-Bandeira ほか 2016 の要約による [2] )。両端の型で、実際の議会はその間のどこかに位置します。 この物差しを使うときは、どの働きを見ているのかをはっきりさせることが大切です。法案を作り変える力を見れば変換型の端に近い議会でも、国民に向けた討論の面ではアリーナ型の働きをしていることがあります。次の節では、アリーナ型の典型とされたイギリス議会を、もう一度見直した研究を取り上げます。 ここで間違えやすい アリーナ型を「何もしない議会」と考えるのは誤りです。アリーナ型の議会は、政府と野党の違いを国民の前に示し、討論で世論に知らせる働きに重心があります。働きの重心が違うのであって、働きが無いのではありません。 見えない影響力――成立率では測れないもの 政府の法案がほとんど成立し、議員の修正案がほとんど通らないなら、その議会は無力だと言えるでしょうか。イギリスの議会研究者ラッセルとカウリーは、そう考えるのは早いと論じました。議会を無力とする議論は、