9.1 訓読という足場 — 返り点は語順の注記である — Epoché
この課でできるようになること 原文と書き下し文を比べ、順が替わった字を指せます。 返り点が必要なところと不要なところを、字の順から判断できます。 書き下し文の短い句を、原文の字の順へ書き戻せます。 代詞・目的語・介詞などの用語を、この編の名前で使えます。 前提 :12.10(最後の門 — 四つの技能を一度に測る)までを終えていること。型編2.36、語編3.30、繁編8.8までの学びを足場にします。 原文と書き下し文を、行き来する 漢文には、現代中国語の語彙だけでは意味を取りにくい語が多くあります。同じ字でも、文の中で別の働きをすることがあります。現代語の学習を捨てるのではなく、どこが同じで、どこを新しく読むかを分けます。 日本語で漢文を読む訓読は、語順を見つける足場になります。原文の字を、日本語ならどの順で読むかを示す方法です。この編では、訓読の作法だけを丸暗記するのでなく、原文の何が動いたかを見ます。 原文、書き下し文、解説は別の文書にあります。原文を読んで分からなくなったところを、書き下し文の同じ句へ照らします。背景や語の説明は解説で読み、また原文へ戻ります。 返り点は、読む順の注記 返り点は、「原文の何番目の字を、何番目に読むか」を示す印です。漢文と日本語で字の順が食い違う所で返ります。同じ順に読めるところなら、そこで順を戻す必要はありません。 原文そのものの字を並べ替えたのではなく、日本語で読む順を注記しています。当館の書き下し文は、すでに日本語の順にした文として置かれています。返り点を打った原文ではありません。 返り点の名 読む順との関係 この課で見る所 レ点 すぐ上の字へ返る 隣り合う字の順が入れ替わる 一二点 間の字をまたいで返る 一つの語のまとまりを先に読む 上下点 一二点をさらにまたいで返る 戻る関係が入れ子になる この課では印を打つ練習はしません。使うのは、原文の字に順番の番号を振り、書き下し文で読む順を数字で書く方法です。番号なら、何を先に読んだかが見えます。 同じ順に読めるところを探す 學而時習之 [1] は「學びて時に之を習ふ」と読みます。 時 は「時に」と読み、原文でも書き下しでも 習 より前に来ます。副詞が動詞の前にあることは、 型編 33課 で学んだ現代中国語とも結び付きます。 ただし、句全体が日本語と同じ順だという意味ではありません。前の部分が同じでも、後ろの動詞と目的語は入れ替わります。一句を丸ごと「同じ」「違う」の二択にする前に、短いまとまりへ分けます。 子曰 [1] を「子曰く」と読むときは、子、曰の順です。この二字の間では返りません。主語と述べる動作の順が同じことを、字で確かめられます。 動詞と、その対象を入れ替える 時習之 [1] を「時に之を習ふ」と読むと、 習 ・ 之 の順が替わります。原文は動詞を先に、その対象を後ろに置いています。 型編 1課 の主語・動詞・目的語の順を、ここでも手がかりにできます。 A 読み B 読み 違い 舉頭望明月 [2] 原文の順:舉・頭・望・明・月 頭を舉げて明月を望む 書き下しの順:頭・舉・明・月・望 頭と、明月という二つの対象を、動詞より先に読む 低頭思故鄉 [2] 原文の順:低・頭・思・故・鄉 頭を低れて故鄉を思ふ 書き下しの順:頭・低・故・鄉・思 頭と故鄉を、それぞれ動詞より先に読む 原文の 舉頭 は頭を上げる動作、 望明月 は明るい月を眺める動作です。二つのまとまりの中で、それぞれ順を入れ替えています。字の意味だけでなく、どの動詞の対象かを結びます。 日本語の「本を見る」に対する現代中国語の 看书 も、動詞と対象の順が逆です。漢文へ来て初めて出会う規則ではありません。既習の基本語順が、返って読む理由を説明してくれます。 場所を表す名詞でも、返る 白日依山盡 [3] は「白日山に依りて盡き」、 黃河入海流 [3] は「黃河海に入りて流る」と読みます。 依山 は「山に依り」、 入海 は「海に入り」で、どちらも二字の順が入れ替わっています。 山や海は、場所を表す名詞です。だからといって、日本語と同じ順になるとは限りません。この句では、それぞれ依る、入るという動詞の後ろにあります。意味が場所かどうかだけでなく、その前に何があるかを見ます。 黄河を主語、海を場所と分けただけでは、返るところを見落とします。 入海 と「海に入る」を一組で比べてください。入と海の順が替わるため、この二字の所で返ります。 返るところが、いつも動詞と目的語だけとは限りません。否定の字、場所などを示す 於 の句、問いの語でも順が食い違う場合があります。これらは 文編 2課 、 文編 5課 、 文編 9課 で順に見ます。 學而不思則罔 [4] の「學びて思はざれば則ち罔し」では、否定の字が何を打ち消すかも読む必要があります。何を打ち消すかは次の課で見ます。 用語を、同じ名前で使う 用語が替わるたびに別の規則だと思うと、読む負担が増えます。この編では、特別編の語釈と同じ名前で呼びます。以下は、日本語で説明を読むための用語表です。 この編の用語 別の呼び方 ここでの意味 代詞 代名詞 前に出た人や物などを受ける語 目的語 賓語 動詞の対象。前へ出る場合を「目的語の前置」と呼ぶ 介詞 前置詞 場所・道具・相手などとの関係を示す語 助詞 助字 文の終わりや切れ目などで働く語 反語 修辞疑問 問いの形で、答えを求めず強く述べる言い方 被動 受身・受動 「〜される」の言い方 判断 判断文 何かが何であると言い切る文 通假字 当て字と呼ばれることもある 音の同じ別の字を借りて書いたもの 返り点を記号だけで覚える前に、動いた字を見つけましょう。日本語で先に読んだのは何という語で、原文ではどの動詞の後ろにあるかを言えれば、読む順の理由を説明できます。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 學 動詞 学ぶ 日本語では学 學而時習之 [1] 学んで折にふれて復習する 時 副詞 時に・折にふれて ここでは習う動作を修飾する 時習之 [1] 折にふれてそれを復習する 習 動詞 繰り返し学ぶ 目的語が後ろに来る 習之 [1] それを復習する 之 代詞 それ ここでは習う対象を受ける 習之 [1] それを復習する 舉 動詞 上げる 日本語では挙 舉頭 [2] 頭を上げる 頭 名詞 頭 上げる動作の対象 舉頭 [2] 頭を上げる 望 動詞 眺める 眺める対象が後ろに来る 望明月 [2] 明るい月を眺める 明月 名詞 明るい月 二字のまとまり 望明月 [2] 明るい月を眺める 低 動詞 低くする・垂れる ここでは頭を垂れる動作 低頭 [2] 頭を垂れる 思 動詞 思う 思う対象が後ろに来る 思故鄉 [2] 故郷を思う 故鄉 名詞 故郷 日本語では郷の字体が違う 思故鄉 [2] 故郷を思う 依 動詞 寄りかかる・沿う 後ろに寄り添う先がある 依山 [3] 山に沿う 山 名詞 山 依の後ろにある場所 依山 [3] 山に沿う 入 動詞 入る 後ろに入る先がある 入海 [3] 海に入る 海 名詞 海 入る先を示す 入海 [3] 海に入る 盡 動詞 尽きる・沈み切る ここでは日の動き 白日依山盡 [3] 太陽が山に沿って沈む 流 動詞 流れる 黄河について述べる 黃河入海流 [3] 黄河が海へ流れ入る 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 先生が言われた。「学んで、折にふれてそれをおさらいする。なんと喜ばしいことではないか。友が遠いところから訪ねてくる。なんと楽しいことではないか。人が自分を認めてくれなくても恨まない。それこそ君子ではないか。」 輝く太陽は山に寄りそって沈んでゆき、黄河は海へと流れ入る。/千里の果てまで見きわめたいと思い、さらに一階上へとのぼる。 寝台の前に月の光がさしこみ、地面におりた霜かと思うほどだ。/頭を上げては明るい月をながめ、頭を垂れては故郷を思う。 先生が言われた。「学んでも自分で考えなければ、ものごとがはっきりしない。考えても学ばなければ、危うい。」 練習 書き下しから、字の順へ 「時に之を習ふ」を、原文の字の順で書いてください。 「頭を舉げて明月を望む」を、原文の字の順で書いてください。 「故鄉を思ふ」を、原文の字の順で書いてください。 舉頭望明月 [2] の字を左から1〜5とします。書き下し文で読む番号の順を書き、その順に字も並べてください。 低頭思故鄉 [2] を同じように左から1〜5とし、書き下し文で読む順に番号と字を書いてください。 黃河入海流 [3] を左から1〜5とし、「黃河海に入りて流る」の順に番号と字を書いてください。 子曰 [1] ・ 歲寒 [5] ・ 低頭思故鄉 [2] を、字の順がそのままのものと、返るところがあるものに分けてください。 用語表を使い、前に出たものを受ける語、「〜される」の言い方、音の同じ別の字を借りることを、この編の用語で書いてください。 返り点の付く場所は、漢文と日本語の何を示すか、一文で説明してください。 現代語でも、動くところを見つける 各問の三語から一語を選び、動詞とその対象がある現代中国語の文を一つ書きます。日本語にすると順が替わる所も言ってください。 語編で学んだ語 冰箱 ・ 身高 ・ 丈夫 から一語を選んで、文を一つ書いてください。 語編で学んだ語 外套 ・ 体重 ・ 妻子 から一語を選んで、文を一つ書いてください。 語編で学んだ語 穿上 ・ 伤害 ・ 护士 から一語を選んで、文を一つ書いてください。 語編で学んだ語 打扫 ・ 呼吸 ・ 导游 から一語を選んで、文を一つ書いてください。 語編で学んだ語 修理 ・ 泪水 ・ 诗人 から一語を選んで、文を一つ書いてください。 二つの音読を比べる 読書ページの『靜夜思』を、▶で手本を聞いてから中国語で二度読んでください。一度目は句読点で区切り、二度目は一続きに読みます。続いて書き下し文も二度読み、句の区切りを比べてください。 この課のまとめ 返り点は、原文を日本語で読む順の注記です。 同じ句の中にも、同じ順のところと返るところがあります。 動詞と目的語だけでなく、 依山 ・ 入海 のような場所との関係も、実際の字の順で確かめます。 この編の用語で働きを呼び、原文と書き下し文を行き来します。 次の課へ 次の9.2では、 不 ・ 未 ・ 非 ・ 無 ・ 莫 ・ 勿 の六字を見ます。何を打ち消しているかを手がかりに読み分けます。 答え 時習之 [1] 舉頭望明月 [2] 思故鄉 [2] 2・1・4・5・3。 頭 ・ 舉 ・ 明 ・ 月 ・ 望 の順です。 2・1・4・5・3。 頭 ・ 低 ・ 故 ・ 鄉 ・ 思 の順です。 1・2・4・3・5。 黃 ・ 河 ・ 海 ・ 入 ・ 流 です。入と海が入れ替わります。 子曰 は「子曰く」、 歲寒 は「歲寒くして」で、どちらも同じ順です。 低頭思故鄉 は、低と頭、思と故鄉の二か所で返ります。 代詞・被動・通假字です。 原文の字を日本語で読むときに、語順が食い違って戻る場所を示します。 見本(三語それぞれ): 我修理冰箱。 他知道我的身高。 她的丈夫喜欢读书。 日本語では「冷蔵庫を修理する」「私の身長を知る」「本を読むのを好む」のように、対象を動詞より先に読みます。 見本(三語それぞれ): 我在商店买外套。 他记录自己的体重。 我的妻子喜欢画画。 日本語では「コートを買う」「自分の体重を記録する」「絵を描くのを好む」のように、対象を動詞より先に読みます。 見本(三語それぞれ): 她穿上大衣出门。 [6] 他不伤害动物。 护士照顾病人。 日本語では「上着を着る」「動物を傷つける」「病人の世話をする」のように、対象を動詞より先に読みます。 見本(三語それぞれ): 他在周日打扫他的房间。 [7] 他呼吸新鲜空气。 我在东京做导游。 [8] 日本語では「部屋を掃除する」「新鮮な空気を吸う」「ガイドをする」のように、対象を動詞より先に読みます。 見本(三語それぞれ): 他修理自行车。 她擦干了泪水。 诗人描写明月。 日本語では「自転車を修理する」「涙をふく」「明月を描写する」のように、対象を動詞より先に読みます。 参考文献 孔子の弟子たち『論語 學而』( 學而時習之 、 子曰 、 時習之 、 習之 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 1篇 李白『靜夜思』( 舉頭望明月 、 低頭思故鄉 、 舉頭 、 望明月 、 低頭 、 思故鄉 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 16篇 王之渙『登鸛雀樓』( 白日依山盡 、 黃河入海流 、 依山 、 入海 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 18篇 孔子の弟子たち『論語 為政』( 學而不思則罔 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 3篇 孔子の弟子たち『論語 子罕』( 歲寒 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 6篇 Tatoeba 文 #1070974( 她穿上大衣出门。 )。簡体字に改めた。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/1070974 Tatoeba 文 #844576( 他在周日打扫他的房间。 )。簡体字に改めた。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/844576 Tatoeba 文 #12422626( 我在东京做导游。 )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/12422626