カント――対象が認識に従う(コペルニクス的転回) — Epoché
近代 カント 約 15 分 本文 約 6,500 字 図 4・表 1 原典 1 節 この課の要点 方法・転回・限界の 3 つ 方法 数学と自然科学は、ある時に考え方を一変させて確かな学問の道に入った。ガリレイらの実験に学んだのは、理性は自分の計画に従って生み出したものだけを見て取り、生徒としてでなく、証人に問いを突きつける裁判官として自然に向かう、ということだった(第 2 版序文 B xii–xiii)。カントは、争いの続く形而上学でも、この転換に倣ってみよう、と提案する(B xv–xvi)。 転回 これまでは、認識が対象に従わねばならないと考えられてきた。それでは、対象について経験より前に何かを知ることはできない。そこで逆に、対象が認識に従うと仮定してみる。天が観る者のまわりを回ると考えて行き詰まったコペルニクスが、観る者の方を回らせてみたのと同じ試みである(B xvi–xvii)。空間と時間という直観の形式と、悟性の概念が経験の型を与えるので、その型については経験より前に確かに知ることができる。 限界 私たちが物についてアプリオリに知れるのは、自分で物の中に置き入れたものだけである(B xviii)。だから知識は可能な経験の内に限られ、現象にだけ届き、物自体は知られないまま残る(B xix–xx)。カントは「信仰に場所を空けるために、知識を退けねばならなかった」と言う(B xxx)。現象と物自体の区別をどう読むかは、今も二つの物の読みと二つの面の読みに分かれる。 はじめに カントは、東プロイセンのケーニヒスベルクで、母校の大学で四十年ほど教えた哲学者です [1] 。正教授になった後、十年ほど著作を出さずに考え続け、1781 年に『純粋理性批判』を出します [1] 。 この本が問うのは、理性が経験に頼らずに、何をどこまで知りうるか、つまり形而上学はそもそも可能か、ということです [1] 。この課程で読んだライプニッツは理性の原理で世界の成り立ちを説き、ヒュームは因果の「必ず」を心の習慣に帰しました。 初版が誤解されたと見たカントは、1787 年に大きく改めた第 2 版を出します [1] 。この課で読むのは、その第 2 版に新しく書いた序文です。カントはそこで考え方の要を天文学のコペルニクスにたとえました。そのたとえが何を逆にしたのかを、序文の言葉に沿って確かめます。 この課の問い 経験してみなければ分からないことと、経験する前から確かに言えることがあります。数学や物理学は確かな学問の道を歩いているのに、形而上学はなぜ争いばかりなのでしょうか。経験より前に、しかも経験の対象について確かに言えることがあるとしたら、それはどうして可能なのでしょうか。カントは、知る者と知られる物の関係そのものを逆にしてみよう、と提案します。 この課のことば アプリオリ 経験に先立って、という意味です。経験によらずに正しいと分かる知識のことで、「すべての出来事には原因がある」がカントの例です。反対は「ア・ポステリオリ」(経験によって知る)です。 形而上学 経験にまったく頼らずに理性が求める知識の学問です。神・魂・自由のような、経験を超えるものも扱おうとしてきました。 感性 外の物に触れられて、受け身に表象を受け取る心の力です。外の物は空間と時間の中に、自分の心の状態は時間の中に、この力を通して現れます。 悟性 受け取ったものを概念でまとめ、何かの対象として判断する心の力です。カントは、悟性も経験の型(アプリオリな概念)を出すと考えました。 現象 人の感性と悟性の型を通して、私たちに現れているかぎりの物です。人が経験し知ることができるのは現象だけだ、とカントは言います。 物自体 私たちにどう現れるかを離れて、それ自体としてある物です。考えることはできても、知ることはできません。 コペルニクス的転回――認識が対象に従うのか、対象が認識に従うのか カントは 1787 年の第 2 版に新しく書いた序文で、この本の考え方の要を、天文学のコペルニクスにたとえて説きました [1] 。この章では、確かな学問の道とは何か、対象が認識に従うとはどういうことか、そこから知識のどんな限界が出てくるか、を順に読みます。 確かな学問の道――理性は裁判官として自然に問う 序文はまず、学問が「確かな道」を歩いているかどうかの見分け方から始まります。準備ばかりで目当てに着かず、何度も引き返し、仲間どうしで一致しない学問は、まだ手探りの段階にある、とカントは言います(B vii) [2] 。 論理学は早くからこの道に入りました。アリストテレス以来、後戻りも前進もしておらず、完成しているように見える、とカントは言います(B viii) [2] 。ただし論理学は考える形式だけを扱い、対象を扱いません。対象を扱う学問の手本としてカントが目を向けるのは、数学と自然科学です。どちらも、ある時の「考え方の革命」で確かな道に入った、と言います(B xi–xiii) [2] 。 数学では、二等辺三角形の性質を初めて証明した人(タレスか、別の名の人か、とカントは書きます)が、図を眺めても性質は読み取れないと気づきました。自分が概念に従って図の中に描き入れたものから導けばよいのです(B xi–xii) [2] 。自然科学では、ガリレイが重さを決めた球を斜面に転がし、トリチェリが空気に水の柱の重さを支えさせ、シュタールが金属を灰に変えてまた金属に戻しました(B xii–xiii) [2] 。 生徒として待つ理性 ざわざわ ぽとり ? ? 自然の言うことを待つだけ 裁判官として問う理性 どこまで転がるか? 原理 ここまで 自然 問いを先に立て、答えさせる 斜面の球はガリレイの例 図 1 一つ目は、自然が勝手に語るのを待つだけの生徒です。二つ目は、原理を手に、斜面の球の実験で自然に問いを突きつけ、答えさせる裁判官です(第 2 版序文 B xii–xiii)。生徒と裁判官のたとえ、斜面の球はカント本人の例で、人物や木の姿は本教材の描き方です。 この実験から研究者たちが悟ったのは、理性は自分の計画に従って生み出したものだけを見て取る、ということでした。理性は片手に原理を、片手に実験を持って自然に向かいます。先生の言うことを何でも聞く生徒としてでなく、証人に自分の問いへ答えさせる裁判官として、自然から教わらねばならない、とカントは言います(B xiii) [2] (図 1) 。カントは、手探りと争いの場になっている形而上学でも(B xiv–xv)、この転換に倣う試みをしてみる価値がある、と提案します(B xv–xvi) [2] 。 ここで間違えやすい カントが、経験や観察は要らず、理性だけで自然が分かると言っている、と取らないようにしましょう。カントは、理性は自然から「教わらねばならない」とも言っています。言いたいのは、何を問うかを理性が先に決め、実験で自然に問うので、自然の答えが法則として読める、ということです(B xiii) [2] 。 対象が認識に従う――コペルニクスの最初の考え カント自身も、以前は別の道を試していました。1770 年の就任論文では、感性と悟性を別の力とし、空間と時間を感性の形式としたうえで、純粋な悟性は感覚から離れた知性の世界を知る、と考えていました [1] 。ところが 1772 年 2 月 21 日の友人ヘルツ宛ての手紙で、対象に触れられもしない頭の中の表象が、なぜ対象と一致するのか、と問い直します(10:130–131) [1] 。心からまったく独立した世界について、経験より前に知ることは説明できなかったのです [1] 。 そこで序文のカントは、向きを逆にしてみます。認識が対象に従うのなら、対象は経験した後でしか分かりません。対象の方が認識に従うのなら、その従う型については、対象が与えられる前に知ることができます。カントはこれを、天が観る者のまわりを回ると考えて行き詰まり、観る者の方を回らせてみたコペルニクスの「最初の考え」にたとえます(B xvi–xvii) [2] (図 2) 。序文ではこの転換をまだ仮説として示すだけだ、とカントは注で断っています(B xxii の注) [2] 。 天が観る者のまわりを回る 動きの説明がこじれる 認識が対象に従う 観る者の方を回らせる 太陽 観る者の動きを入れると解ける 対象が認識に従う 図 2 一つ目は、観る者のまわりを天がそっくり回ると考えた場合で、惑星の道がこじれて説明がうまく進みません。二つ目は、観る者の乗る地球の方を回らせ、星々を止めた場合です(第 2 版序文 B xvi–xvii)。コペルニクスのたとえは本人の文で、天体の描き方と下の言葉は本教材の描き方です。見え方は天体と観る者の両方の動きで決まります [1] 。 型は二つあります。一つは直観の型で、外の物は空間と時間の中に、自分の心の状態は時間の中に現れます [1] 。もう一つは悟性の型です。経験はそれ自体が悟性を要する認識なので、悟性の規則(アプリオリな概念)に、すべての経験の対象が従います(B xvii–xviii) [2] 。就任論文から変わったのは、主にこの悟性の役割の見方でした [1] 。 こうして、「すべての出来事には原因がある」のような自然の基本の法則を、経験より前に確かに知れる理由が説明できます。人の心がその法則に従って経験を組み立てるので、どんな可能な経験もその法則に従うのです。カントはこれを経験の形而上学と呼びます [1] 。ヒュームが習慣に帰した因果の「必ず」に、別の答えを与えたと読めます(本教材の読み方)。 ここで間違えやすい コペルニクスは人を宇宙の中心から外したのに、カントは人の心を中心に据えたのだから、たとえが逆さまだ、と取らないようにしましょう。たとえの要は、観る者の側の寄与を説明に組み入れることにあります。コペルニクスでも、天の見え方は天体の動きと地球の動きの両方で決まります [1] 。また、世界は心の作った夢だ、と取るのも誤りです。現象は、受け身に受け取る感覚の素材と、心の与える型の両方から成ります [1] 。 知識の限界――現象は知れるが、物自体は知れない ところが、この転回からは、カント自身が「とても奇妙な」と呼ぶ結果が出ます。私たちが物についてアプリオリに知れるのは、自分で物の中に置き入れたものだけです(B xviii) [2] 。だから、この能力では可能な経験の限界を越えられず、認識は現象にだけ届き、物自体は、それ自体として実在しながら、私たちには知られないまま残ります(B xix–xx) [2] (図 3) 。 物自体 それ自体として在るが、私たちには 知られない 感性(受け身) 感覚の素材を受け取る。型①:空間と時間 悟性(能動) 概念でまとめ判断する。型②:原因などの 概念 経験 現象を対象とする認識。型①②は前もって 知れる 図 3 経験が成り立つまでの流れです(本教材の整理)。点線の段は物自体で、それ自体として実在するとされますが、知られません(B xx)。物自体が感官を触発するとしても、どうしてかは知れず、その関係の読み方は分かれます [1] 。 転回は、経験の対象についての形而上学には確かな道を与えます。しかし、経験を越えたいという形而上学のいちばんの目的には逆らうように見える、とカント自身が言います(B xviii–xix) [2] 。神・魂・自由のように経験を超えるものを知る、超越的な形而上学は不可能になるのです [1] 。 ただし、知識が現象に限られれば、神や魂の不死や自由を否定する証明もできなくなります。カントは「信仰に場所を空けるために、知識を退けねばならなかった」と言います(B xxx) [2] 。自然の必然の法則は現象にだけ当てはまるので、物自体の側に自由の余地が残ります [1] 。 現象と物自体の関係は、今も読みが分かれます。心の中の表象と心の外の物という、二種類の物と読む伝統的な読み(二つの物の読み)と、同じ一つの物の、私たちに現れる面と現れない面と読む読み(二つの面の読み)です [1] 。早くからヤコービは、物自体を前提しなければこの体系に入れないが、前提すればそこに留まれない、と嘆きました [1] 。知れないはずの物自体が感官を触発すると言えるのか、という批判です。 ここで間違えやすい カントが、物自体は存在しない、あるいは現象は本物でない幻だ、と言った、と取らないようにしましょう。カントは、物自体は「それ自体として実在する」が知られない、と言い(B xx) [2] 、現象も物自体と同じく実在するとします。経験の判断の真偽も、経験の内のアプリオリな原理に従って決まります [1] 。また「知識を退けて信仰に場所を空ける」を、科学より信仰を上に置いた、と取るのも誤りです。科学の確かさを現象の中で保ったまま、道徳に基づく信念と矛盾しない場所を示すのが狙いです [1] 。 原典を読む 第 1 章で見たコペルニクスのたとえを、序文の言葉で読みます。訳は本教材によります。 カント『純粋理性批判』第 2 版序文 B xvi–xvii 対象が私たちの認識に従うと仮定してみる 直前でカントは、形而上学でも数学と自然科学の革命に倣ってみよう、と言いました。 1 これまでは、私たちの認識はすべて対象に従わねばならない、と考えられてきた。しかしこの前提のもとでは、対象について概念によって何かをアプリオリに見定め、それで私たちの認識を広げようとする試みは、ことごとく潰えた。 2 そこで一度、こう試してみよう。対象の方が私たちの認識に従わねばならない、と想定すれば、形而上学の課題でもっとうまく前へ進めるのではないか。この想定は、対象が私たちに与えられる前に対象について何かを確定するという、求められているアプリオリな認識の可能性と、それだけでもう、よりよく合っている。 3 これは、コペルニクスの最初の考えとまったく同じ事情である。彼は、星の軍勢がそっくり観る者のまわりを回ると想定したのでは天の運動の説明がうまく進まなかったので、観る者の方を回らせ、星々を止めておいたらもっとうまくいかないか、と試みたのである。 4 さて形而上学でも、対象の直観にかんしては、同じような仕方で試みることができる。 5 もし直観が対象の性質に従わねばならないのなら、どうして直観について何かをアプリオリに