4.4 打消の「ず」「じ」「まじ」 — Epoché
この課でできるようになること 打消の「ず」に二つの系列があることを知り、「ぬ」「ね」「ざる」「ざれ」を同じ一語だと見られる。 打消意志の「じ」と、打消推量の「まじ」を、接続の違いで見分けられる。 「まじ」の意味を、文脈で一つに決められる。 呼応の副詞「え〜ず」を見て、「〜できない」と訳せる。 前提 : 4.3 まで。 打消の家族は三人です。「ず」「じ」「まじ」。三人とも「〜ない」ですが、打ち消しているものが違います。 「ず」は事実を、「じ」は自分の意志と自分の予想を、「まじ」は確かな見込みや当然のことを 打ち消します。前の課までと同じく、まず接続を押さえます。「ず」と「じ」は未然形につき、「まじ」だけが終止形につきます。 「ず」は古文でいちばん多く出る助動詞です。しかも二つの系列を持っていて、姿が六通りもあります。ここを「別の語だ」と思ってしまうと、原文の打消が半分見えなくなります。逆に、二系列を一つの語として見られるようになると、打消はもう怖くありません。 現代語に残っている形 打消は、いまの日本語にもっとも濃く残っている助動詞です。 いまの言い回し 意味 古文の形 言わざるを得ない 言わないわけにいかない 「ず」の連体形「ざる」 まだ見ぬ人 まだ見ていない人 「ず」の連体形「ぬ」 知らねども 知らないけれども 「ず」の已然形「ね」+「ども」 人知れず 誰にも知られないで 「ず」の連用形 あらぬ疑い 事実でない疑い 「あり」の未然形+「ぬ」 忘れじ 忘れまい 打消意志の「じ」 あるまじき行為 あってはならない行為 「まじ」の連体形「まじき」 一行目と二行目を並べてください。「言わざる」と「見ぬ」——意味はどちらも「〜ない」で、どちらも名詞の前にあります。 同じ連体形が二つの姿を持っている のです。これが「ず」の二系列です。三行目の「ね」と、そこに出ていない「ざれ」も同じ関係にあります。 古文ではこうなる 「ず」の二つの系列 「ず」は未然形につきます。系列は二つ。一つめは「ず・ず・ず・ぬ・ね」で、これが骨組みです。文を終えるのも、名詞の前に立つのも、「ば」「ども」や「こそ」の結びになるのも、この系列がやります。二つめは「ざら・ざり・ざる・ざれ」。こちらは「ず」に「あり」が付いてできたと説明され、 下にもう一つ助動詞を続けたいときの形 です。「ず」の下に直接「けり」を付けることはできませんが、「ざり」なら「ざりけり」と続けられます。「ざら」なら「ざらむ」と続けられます。だから、和歌や物語で助動詞が重なるところには、必ずざり系列が顔を出します。命令形「ざれ」もこちらにしかありません。 「じ」——「む」の裏返し 「じ」は未然形につき、 活用しません 。終止形も連体形も已然形も、みな「じ」です。意味は二つで、自分のことなら打消意志「〜まい」、他人やものごとのことなら打消推量「〜ないだろう」。推量の「む」がちょうど裏返しになった語だと考えると分かりやすくなります。「行かむ」が「行こう」なら「行かじ」は「行くまい」です。 「まじ」——「べし」の裏返し 「まじ」は 終止形 につきます。ラ変と同じ変わり方をする語の下だけは連体形につきます。形容詞のシク活用と同じ形に変わり、「まじく・まじかり・まじ・まじき・まじかる・まじけれ」となります。意味は「べし」の打ち消しなので、打消推量(〜ないだろう)・打消意志(〜するまい)・打消当然(〜べきでない)・禁止(〜してはならない)・不可能(〜できそうにない)と、数だけは多い。ここでこの編の合い言葉が効きます。 並べて迷わず、文脈で一つに決める。 主語が自分なら意志、相手への言葉なら禁止、ものごとの成り行きなら推量、というふうに、まず主語を見ます。 呼応の副詞「え〜ず」 副詞「え」は、下に打消を連れてきて 「〜できない」 という意味を作ります。「え行かず」なら「行くことができない」。「え」だけを見て「よい」などと訳すと意味が反対になります。打消とセットで一つの意味になる副詞は他にもあり、語の編でまとめて扱います。 原文で確かめる まず『方丈記』の書き出し。日本語でもっとも有名な打消でしょう。 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。 [1] 読み: ゆくかわのながれは たえずして、しかも もとのみずに あらず。訳: 「行く川の流れは絶えることがなくて、しかももとの水ではない」。「絶え」+「ず」の連用形に「して」が付き、文末は「あら」+「ず」の終止形です。同じ「ず」が、置かれた場所で役目を変えています。 次は和歌。ざり系列がなぜ要るのかが、一首で分かります。 逢ひみての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり [2] 読み: あいみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもわざりけり。訳: 「あなたに逢ってからの今の思いに比べれば、逢う前の恋しさなど、何も思っていなかったのと同じだったのだなあ」。「思は」+「ざり」+「けり」。ここを「思はずけり」とは言えません。 下に「けり」を続けるために「ざり」の姿が要る のです。同じ百人一首から、已然形「ね」の例。 人こそ見えね 秋はきにけり [2] 読み: ひとこそみえね あきはきにけり。訳: 「人は訪ねて来ないけれども、秋はやって来たのだなあ」。「こそ」を受けて已然形「ね」で結んでいます。「こそ〜已然形」の結びの下に文が続くときは「〜けれども」と逆接になる、という読み方も、ここで覚えてしまいましょう。「じ」の例も百人一首にあります。 忘れじの 行末までは 難ければ 今日を限りの 命ともがな [2] 読み: わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな。訳: 「「忘れまい」というあのお言葉が末永く続くのは難しいから、今日を限りの命であってほしい」。「忘れ」+「じ」。相手が言った「忘れまい」を、そのまま名詞のように受けて「の」でつないでいます。 「まじ」を『徒然草』から二つ。まず冬の景色を褒める一文。 さて冬がれの景色こそ秋にはをさをさ劣るまじけれ。 [3] 読み: さて ふゆがれのけしきこそ あきには おさおさ おとるまじけれ。訳: 「冬枯れの景色は、秋にはほとんど劣らないだろう」。四段動詞「劣る」の終止形に付いています。「こそ」の結びなので已然形「まじけれ」。「をさをさ」も打消と組む副詞で、「ほとんど〜ない」となります。もう一つは、無常を説く段から。 つかのまも忘るまじきなり。 [3] 読み: つかのまも わするまじきなり。訳: 「ほんの短い間も忘れてはならないのだ」。ここは打消当然、つまり禁止に近い意味です。主語は読み手、書き手が説いている場面ですから、「〜ないだろう」ではなく「〜てはならない」を選びます。 最後に「え〜ず」を『宇治拾遺物語』から。鬼の群れに出会った修行者が、その姿を語るところです。 頭もえもいはずおそろしげなる物どもなり。 [4] 読み: かしらも えもいわず おそろしげなる ものどもなり。訳: 「頭も、何とも言いようがないほど恐ろしげな者どもである」。「え」+「言は」+「ず」で「言うことができない」。同じ書物の別の話には、こんな言い方もあります。 まちてねざらんもわろかりなん [4] 読み: まちて ねざらんも わろかりなん。訳: 「待って寝ないでいるのもきっと具合が悪いだろう」。「寝」+「ざら」+「ん(む)」。ここも、下に「む」を続けるためにざり系列になっています。 読み上げと音読 読み上げは現代の音で鳴ります。「をさをさ」は「おさおさ」、「いはず」は「いわず」、「わろかり」はそのまま「わろかり」です。音読では、 打消のところで一度息を止めてみてください 。「絶えず・して」「あら・ず。」と切ると、打消がどこまで掛かっているかが体で分かります。『方丈記』の一文は、二つの「ず」で二度息を止めると、そのまま無常の呼吸になります。 練習 次の傍線部が「ず」のどの活用形か答えてください。ア「絶えずして」 イ「本の水にあらず」 ウ「人こそ見えね」 エ「思はざりけり」 「思はざりけり」を「思はずけり」と言えないのはなぜですか。一文で説明してください。 『方丈記』の一文と『徒然草』の二文を、現代の音で三回ずつ音読してください。打消のところで息を止め、二回目からは読み上げを止めてください。 この課のまとめ 「ず」「じ」は 未然形 、「まじ」は 終止形 (ラ変と同じ形に変わる語の下では連体形)につく。 「ず」は二系列。ず系列が骨組み、ざり系列は 下に助動詞を続けるための形 。 「じ」は活用しない。「む」の裏返しで、打消意志と打消推量。 「まじ」は「べし」の裏返し。意味は多いが、 主語を見て一つに決める 。 「え〜ず」は「〜できない」。 活用形 ず(骨組み) ざり(助動詞を続ける) どこに出るか 未然形 ず ざら ざらむ ・ ざらば 連用形 ず ざり ずして ・ ざりけり 終止形 ず なし 文を終える 連体形 ぬ ざる 名詞の前( 見ぬ人 ・ 言はざる ) 已然形 ね ざれ 「ば」「ども」、「こそ」の結び 命令形 なし ざれ 「〜するな」 活用形 じ まじ 未然形 なし まじく ・ まじから 連用形 なし まじく ・ まじかり 終止形 じ まじ 連体形 じ まじき ・ まじかる 已然形 じ まじけれ 命令形 なし なし 次の課へ ここまでで、過去・完了・打消の三つの家族を見ました。辞編の残りは第 2 期以降に回し、いったん語彙に移ります。6.1 からは、意味の動いた古今異義語を扱います。「あはれ」「をかし」「うつくし」「ありがたし」——形は同じなのに意味が違う語こそ、いちばん危ない落とし穴です。 答え ア 連用形。イ 終止形。ウ 已然形(「こそ」の結び)。エ 連用形(ざり系列)。 「ず」の終止形の下には助動詞を続けられないから。「けり」を付けるには連用形が要り、その役目はざり系列の「ざり」が持っている。 読みの目安: ゆくかわのながれは たえずして、しかも もとのみずに あらず。/さて ふゆがれのけしきこそ あきには おさおさ おとるまじけれ。/つかのまも わするまじきなり。 参考文献 鴨長明『方丈記』冒頭(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/方丈記_(國文大觀) 権中納言敦忠(『小倉百人一首』第43番、原典は『拾遺集』恋二)、恵慶法師(同第47番、原典は『拾遺集』秋)、儀同三司母(同第54番、原典は『新古今集』恋三)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首 兼好法師『徒然草』折節の移り変わりを述べた段(冬がれの景色)および無常を説く段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 『宇治拾遺物語』巻第一「修行者、百鬼夜行に逢ふ事」および「児のかい餅するに空寝したる事」(國史大系)。パブリックドメイン(作者未詳・成立は鎌倉時代)。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/宇治拾遺物語