6.28 봄봄(春、春) — Epoché
前提 ぜんてい : 6.27 まで。 この 篇 へん でできるようになること 時 とき の 言葉 ことば から、 出来事 できごと を 起き おき た 順 じゅん に 並べ ならべ 直せる なおせる 。 人物 じんぶつ の 言葉 ことば を 引用 いんよう の 形 かたち で 短く みじかく まとめ、 語り手 かたりて の 受け取り うけとり 方 かた と 比べ くらべ られる。 方言 ほうげん を 標準 ひょうじゅん 語 ご に 戻し もどし 、「 育っ そだっ たら」という 約束 やくそく が 先延ばし さきのばし になる 仕組み しくみ を 説明 せつめい できる。 この 文章 ぶんしょう について 金 きん 裕 ひろし 貞 てい の 小説 しょうせつ です。「 私 わたくし 」は、 娘 むすめ のチョムスンが 育っ そだっ たら 婚礼 こんれい をさせるという 約束 やくそく で、ポンピルの 家 いえ で 働い はたらい ています。ところが 給金 きゅうきん も 婚礼 こんれい も 得 え られず、 長く ながく 待ち まち 続け つづけ ています。 妻 つま の 親 おや と 住む すむ 婿 むこ を 데릴사위 といいます。この 家 いえ では、 婚礼 こんれい 前 まえ の 約束 やくそく が 働か はたらか せ 続ける つづける 口実 こうじつ になっています。 語り かたり は、 昨日 きのう のけんかから、その 前日 ぜんじつ の 畑 はたけ へ 戻り もどり 、また 区長 くちょう の 家 いえ へ 進み すすみ ます。 思い出し おもいだし た 順 じゅん と、 起き おき た 順 じゅん を 別々 べつべつ に 記す しるす と、 筋 すじ がつながります。 「 育た そだた なきゃ」の 主語 しゅご は、 語り手 かたりて でなくチョムスンの 背丈 せたけ です。 冒頭 ぼうとう で 誰 だれ を 指す さす かを 確かめる たしかめる と、「 私 わたくし 」が 働い はたらい ても 婚礼 こんれい に 近づけ ちかづけ ない 理由 りゆう が 分かり わかり ます。 語釈 ごしゃく — 呼び名 よびな と 方言 ほうげん 語 ご 読む よむ ときの 手がかり てがかり 성례 ・ 사경 婚礼 こんれい ・ 作男 さくおとこ の 給金 きゅうきん 。どちらを 求め もとめ ているかを 追う おう 。 장인 ・ 빙장 ・ 빙모 妻 つま の 父 ちち ・ 妻 つま の 父 ちち への 敬称 けいしょう ・ 妻 つま の 母 はは への 敬称 けいしょう 。 本文 ほんぶん では、 外 そと でどう 呼ぶ よぶ かを 義父 ぎふ が 気 き にする。 구장 ・ 마름 村 むら の 区長 くちょう ・ 地主 じぬし に 代わっ かわっ て 小作 こさく 地 ち を 差配 さはい する 者 もの 。 아파서유 ・ 쳐내슈 底本 ていほん の 字 じ ( 方言 ほうげん )。- 유 ・- 슈 は 目上 めうえ への 丁寧 ていねい な 語尾 ごび で、- 요 ・- 세요 にあたる。 인제 ・ 쇰 底本 ていほん の 字 じ 。ふつうは 이제 ・ 수염 。もう・ひげ。 「 私 わたくし 」は 丁寧 ていねい に 話し はなし ながらも 給金 きゅうきん や 婚礼 こんれい を 要求 ようきゅう します。 義父 ぎふ は 親しい したしい 口調 くちょう で 命じ めいじ 、 罵り ののしり ます。 呼び名 よびな だけでなく、 要求 ようきゅう する 側 がわ と 先延ばし さきのばし する 側 がわ という 関係 かんけい にも 注目 ちゅうもく しましょう。 文法 ぶんぽう メモ — 時 じ をたどる 本文 ほんぶん の「 昨日 きのう 」「その 前日 ぜんじつ 」「 昨夜 さくや 」を 表す あらわす 語 ご に 注目 ちゅうもく します。 場面 ばめん の 初め はじめ の 時間 じかん 表現 ひょうげん を 探し さがし 、 何 なん を 基準 きじゅん にした「 前日 ぜんじつ 」かを 考え かんがえ ます。けんかの 後 あと の 手当て てあて が 先 さき に 語ら かたら れ、その 後 あと でけんかの 途中 とちゅう へ 戻る もどる 箇所 かしょ もあります。 語ら かたら れる 順序 じゅんじょ と、 出来事 できごと の 時間 じかん は 分け わけ て 整理 せいり します。 時 じ の 言葉 ことば を 見つけ みつけ たら、 昨日 きのう ・おととい・ 今朝 けさ のどこに 当たる あたる かを 記し しるし ます。 手当て てあて を 語っ かたっ た 後 あと の「このときはそれを 知ら しら ずに」は、けんかの 最中 さいちゅう へ 戻る もどる 合図 あいず です。 人物 じんぶつ の 言葉 ことば を 短く みじかく まとめるときは、 型 かた 編 へん 18 課 か の 引用 いんよう を 使い つかい ます。 命令 めいれい を 伝える つたえる 形 かたち と、 事実 じじつ や 判断 はんだん を 伝える つたえる 形 かたち を、 元 もと の 言葉 ことば の 働き はたらき から 選び えらび ましょう。 語り かたり の 書き言葉 かきことば の 形 かたち は、 今 いま の 言い いい 方 かた に 次 つぎ のように 対応 たいおう します。- ㄹ뿐더러 は「〜うえに」で、 今 いま の- ㄹ 뿐만 아니라 ( 싱겁기도 할뿐더러 = 味気ない あじけない うえに)。- ㅂ소사 は 神仏 しんぶつ に 願う ねがう 「〜してくださいまし」( 크게 해줍소사 )。- 게 망정이지 は「〜だったからよかったものの」。- 느니만 같지 못하다 は「〜したほうがましだ」で、 今 いま の- 는 것이 낫다 。- 려니 は「〜だろうと( 思っ おもっ て)」。どれも 読ん よん で 意味 いみ を 取る とる 形 かたち で、 自分 じぶん で 言う いう ときは 既習 きしゅう の- 고 ・- 아서 / 어서 ・- 지만 を 使い つかい ます。 対訳 たいやく 「お 義父 ぎふ さん!もうそろそろ、あの……。」 私 わたくし がこうして 後頭 こうとう 部 ぶ をかきながら、 年 ねん も 満ち みち たんだから 婚礼 こんれい をさせてくれなきゃいけないんじゃないかと 言う ゆう と、 返事 へんじ はいつも、 「この 野郎 やろう ! 婚礼 こんれい だの 何 なん だの、まず 育た そだた なきゃだめだろう!」と 言っ いっ て 終わり おわり だ。 この「 育た そだた なきゃ」というのは 私 わたくし のことではなく、 私 わたくし の 妻 つま になるチョムスンの 背丈 せたけ のことだ。 私 わたくし がここへ 来 き て、びた 一 いち 文 ぶん もらわずに 働く はたらく こと 三 さん 年 ねん と、まるまる 七 なな か月 かげつ になった。それなのにまだ 育っ そだっ ていないというのだから、この 背丈 せたけ はいつになったら 伸びる のびる のか、まったくわけが 分から わから ない。 仕事 しごと をもう 少し すこし うまくやれとか、あるいは 飯 めし をたくさん 食う くう といつも 文句 もんく を 言う いう のだから 少し すこし 減ら へら せとか 言う ゆう なら、 私 わたくし にもいくらでも 言い分 いいぶん がある。けれど、チョムスンがまだ 幼い おさない からもっと 育た そだた なければならないというこの 点 てん には、どうにも 手 て の 出し だし ようがなく、ぐるぐる 回る まわる だけで 終わっ おわっ てしまう。 それで 私 わたくし は、そもそも 契約 けいやく が 間違っ まちがっ ていたのが 分かっ わかっ た。 二 に 年 ねん なら 二 に 年 ねん 、 三 さん 年 ねん なら 三 さん 年 ねん と、 期限 きげん をきっちり 決め きめ て 働か はたらか なければいけないはずだ。やみくもに、 娘 むすめ が 育ち そだち しだい 婚礼 こんれい をさせてやると 言っ いっ たのだから、 誰 だれ かがいつも 見張っ みはっ て 立っ たっ ているわけでもなし、その 背丈 せたけ がいつ 伸びる のびる のか 分かる わかる ものか。それに、 私 わたくし は 人 ひと の 背丈 せたけ というものはすくすく 伸びる のびる ものだとばかり 思っ おもっ ていたが、 背丈 せたけ はそのままで 横 よこ にばかり 広がる ひろがる 体 からだ もあるなんて、 誰 だれ に 分かっ わかっ ただろう。 時 じ が 来れ くれ ばお 義父 ぎふ さんがちゃんとしてくれるだろうと 思っ おもっ て、 文句 もんく も 言わ いわ ずにこつこつ 働い はたらい てきた。そうだろう。お 義父 ぎふ さんが 自分 じぶん で 全部 ぜんぶ 察し さっし て、「おや、おまえはよく 働い はたらい た。そろそろ 嫁 よめ をもらえ」と 言っ いっ て、 所帯 しょたい も 持た もた せてくれてこそ、 私 わたくし だっていいというものじゃないか。しらを 切っ きっ て、かえってそんな 話 はなし が 出 で やしないかと、 先回り さきまわり してかんかんになってこの 騒ぎ さわぎ だ。 名 な ばかりは 結構 けっこう な 婿 むこ 養子 ようし だが、 働く はたらく ばかりで 味気ない あじけない うえに、これじゃまったく 何 なん でもない。 間抜け まぬけ な 私 わたくし は、そんなことも 知ら しら ずに、チョムスンの 背丈 せたけ が 伸びる のびる のばかりをひたすら 待っ まっ ていたではないか。 いつだったか、あまりにもどかしくて、 物差し ものさし を 持っ もっ て 飛びかかっ とびかかっ て、その 背丈 せたけ を 一 いち 度 ど 測っ はかっ てやろうかと 思っ おもっ た。けれど、うちらはお 義父 ぎふ さんが、 男女 だんじょ は 顔 かお を 合わせ あわせ てはいけないと 言う いう ので、 向かい合っ むかいあっ て 話 はなし を 一言 いちげん することもない。 井戸 いど への 道 みち でたまに 出くわし でくわし たときに、やっと 目分 めぶん 量 りょう で 測っ はかっ てみるだけなのだが、そのたびに 私 わたくし は 少し すこし 離れ はなれ たところまで 行っ いっ て「くそったれ、あの 背丈 せたけ め!」と、 田 た のあぜにつばをぺっと 吐く はく 。どんなによく 見 み ても、 私 わたくし の 脇の下 わきのした (ほかの 人 ひと より 少し すこし 大きく おおきく はあるが)に 届く とどく か 届か とどか ないかで、いつもこのありさまだ。 犬 いぬ や 豚 ぶた はぐんぐん 大きく おおきく なるのに、どうして 人 ひと はこうも 大きく おおきく ならないのか、しばらく 頭 あたま が 痛く いたく なるほど 考え かんがえ てもみた。ははあ、 水甕 みずがめ をしょっちゅう 頭 あたま にのせるから 骨 ほね が 縮む ちぢむ んだろう、と 思っ おもっ て、 私 わたくし はそれとなく、その 水 みず をかわりに 汲ん くん でやりもした。それだけではない。 薪 たきぎ を 取り とり に 行け いけ ば、 村 むら の 守り神 まもりがみ の 祠 ほこら に 石 いし を 積ん つん で、「チョムスンの 背丈 せたけ を 少し すこし 大きく おおきく してくださいまし。そうしたら 今度 こんど はお 餅 もち を 供え そなえ てお 祭り まつり いたしますから」と、 願かけ がんかけ も 一 いち 度 ど や 二 に 度 ど ではない。どういうできの 背丈 せたけ なのか、これでもどうにもならないのだから……。 だから、 私 わたくし が 昨日 きのう けんかしたのは、けっしてお 義父 ぎふ さんが 憎い にくい とかいうわけではない。 苗代 なわしろ に 種 しゅ をまいていて、じっと 考え かんがえ てみると、また 味気ない あじけない 。この 稲 いね が 育っ そだっ てチョムスンが 食べ たべ て 少し すこし でも 大きく おおきく なるならともかく、そうもならないのに、 私 わたくし が 植え うえ て 何 なん になるのか。 年々 ねんねん 前 まえ にだらりと 突き出 つきで てくるお 義父 ぎふ さんの 下腹 したはら ( 食べ たべ すぎなのも 知ら しら ずに、 持病 じびょう だとか 言う いう 、その 腹 はら )を 太ら ふとら せるために 植える うえる のは、 少し すこし も 気 き が 進ま すすま ない。 「ああ、 腹 はら が 痛い いたい !」 私 わたくし は 種 しゅ をまく 手 て を 止め とめ て、 腹 はら をなでながら、そのまま 田 た のあぜに はい上がっ はいあがっ た。そして、 脇 わき にはさんでいた 籾 もみ の 入っ はいっ た 箕 み を、そのまま 地べた じべた にどさっと 落とし おとし て、 自分 じぶん もどさっと 座りこん すわりこん だ。 仕事 しごと がどんなに 忙しく いそがしく ても、 私 わたくし の 腹 はら が 痛けれ いたけれ ばそれまでだ。 痛い いたい 者 もの が 誰 だれ が 働く はたらく ものか。 青々 あおあお と 伸び のび た 草 くさ を 一 ひと つかみちぎって、 足 あし のヒルをぐいぐい こすり取り こすりとり ながら、お 義父 ぎふ さんの 顔 かお を 見上げ みあげ た。 田 た の 真ん中 まんなか で、お 義父 ぎふ さんも 妙 みょう な 目つき めつき をして、しばらく 私 わたくし をにらんでいたが、 「おまえ、この 野郎 やろう 、なんでまたこうなんだ、ん?」 「 腹 はら がちょっと 痛く いたく ってねえ!」と 草 くさ の 上 うえ にそっと 倒れこむ たおれこむ と、お 義父 ぎふ さんは 頭