11.68 范仲淹 岳陽樓記 — 天下の憂ひに先んじて憂ひ、天下の樂しみに後れて樂しむ — Epoché
この篇でできるようになること 雨と晴れの段の共通する枠と、違う長さを示せます。 喜びと悲しみの理由を述べる形を現代語にできます。 先んじる、後れるという動詞を読み、最後の問いをふつうの語順へ戻せます。 前提 :11.67「柳宗元 種樹郭橐駝傳」。人物の問答から政治へ移る篇の後、楼の景色から人の心へ進む記を読みます。 楼の再建を記す依頼 范仲淹は北宋の政治家です。友人の滕子京が巴陵郡へ左遷され、岳陽樓を建て直して、記を書くよう頼みました。本文は慶曆四年に滕子京が左遷されたことから始め、翌年には政治が行き渡り人が和らぎ、廃れていた事業が起こったと続けます。 范仲淹が実際にこの楼を見て書いたかどうかには説があります。送られた絵をもとに書いたという伝えもあります。 楼の大きな眺めとして、遠い山、長江、広がる水、朝夕に変わる光を置きます。その後の 前人之述備矣 で、景色は前の人々が書き尽くした、と述べます。 ものを見る心は、違うのではないか この地には左遷された人や詩人が集まります。そこで 覽物之情、得無異乎 と、ものを見る心は違ってくるのではないか、と問います。 得無 ・ 乎 は、断定を避けて問う形です。続く二つの段は、景色の種類だけでなく、その景色を見てどう感じるかという、この問いへの答えになります。 最初に景色を書き尽くしたと述べてから、心へ移ります。そのため、雨と晴れの描写を読む時にも、最後の人の気持ちまで追う必要があります。風景を二つ並べただけで終わる文ではありません。 同じ枠に置く、雨と晴れ 雨の段は 若夫 、晴れの段は 至若 で始まります。段の頭で場面を切り替える發語詞です。それぞれ、こういう場合には、と新しい景色へ導きます。 その後に四字句を積み、どちらも 登斯樓也 、この楼に登れば、と人の気持ちへ移ります。終わりは 者矣 で受けます。始め方、景色の置き方、心への移り方が対応します。 A 読み B 読み 違い 若夫 さて、そのような場合には 至若 そのような場合になると 雨から晴れへ段を替える 陰風怒號 陰気な風がうなる 春和景明 春が和らぎ日ざしが明るい 暗く激しい景と明るい景 感極而悲者矣 感極まって悲しむ 其喜洋洋者矣 喜びが満ちあふれる 景色を受ける心の違い 表は対応する読みの手がかりです。晴れの段だけ月夜の句が加わり長くなります。 暗い景色が、身の上の悲しみへ 雨は月を越えて晴れず、風と波が激しく、日や星、山の姿も隠れます。旅人が行けず、船の道具が壊れ、夕暮れには虎や猿の声が響きます。 楼へ登った人は、都を離れ故郷を思い、中傷やあざけりを恐れます。見えるものの寂しさが、自分の身の上への心配とつながり、悲しみが極まると述べます。 単に雨が悪い天気だと評価する段ではありません。何を見たかから、何を思い出し、何を恐れるかへ移る所までが、一つの段です。 晴れの段には、月夜も加わる 晴れでは春の日ざしが明るく、波は穏やかで、空の光と緑の水が広がります。かもめ、魚、岸辺の草の姿を置き、雨の段とは違う景色を見せます。 さらに 而或長煙一空 から、もやが消えた時の月夜が加わります。 皓月千里 、 浮光耀金 、 靜影沈璧 、 漁歌互答 と続き、 此樂何極 で、その楽しみに限りがないと述べます。 このまとまりがあるため、晴れの段は雨の段より長くなります。同じ枠で書くことと、全く同じ長さにすることは別です。 その後、楼に登った人は心が広がり、よい待遇も辱めも忘れると述べます。酒を持って風に向かい、喜びに満ちると続きます。雨の段と同じく、景色からそれを受ける心へ進みます。 どちらとも違う心を考える 二つの段の後、作者は昔の仁ある人の心を求め、 或異二者之爲 と、この二つのあり方とは違っていたようだ、と述べます。 或 は、ここでは推し量る言い方です。 不以物喜、不以己悲 は、外の物事で喜ばず、自分の身の上で悲しまないという対です。 以 は理由を表し、現代語の 因为 に対応します。 全く何も感じない人にするのではありません。次に、朝廷にいれば民を憂え、遠く民間にいれば君を憂えると述べます。自分を取り巻く景色や待遇だけで喜悲を決める心から、別の人々を思う心へ進みます。 二つの風景は、この違いを受け取るための土台です。先に悲しみと喜びを具体的に描いたから、どちらとも違うという言葉の意味を考えられます。 それでは、いつ楽しむのか 是進亦憂、退亦憂 で、進んでも退いても憂えることになります。そこで 然則何時而樂耶 と、それではいつ楽しむのか、と作者自身が問います。 これは、決して楽しめないという答えを決めた反語ではありません。続く文が答えになります。読む人が持ちそうな問いを先に立て、その後で楽しむ時を示す形です。 先天下之憂而憂、後天下之樂而樂 は、天下の人が憂える前に憂え、人々が楽しんだ後で楽しむということです。楽しみを捨てるのでなく、その順番を後に置きます。 先 ・ 後 は、ここでは先んじる、後れるという動詞です。単に先、後という場所の名詞にせず、誰に先んじ、誰に後れるかまで訳します。 この人がいなければ、誰とともにするか 微斯人、吾誰與歸 は、この人がいなければ、私は誰とともにしようか、という結びです。 微 が、いなければという仮定を作ります。 吾誰與歸 は、ふつうの語順では 吾與誰歸 です。疑問詞が介詞の前へ出ています。現代語では 跟谁 のように介詞の後へ置けます。 歸 を、一緒に家へ帰る、とだけ読まないでください。ここでは身を寄せる、ともにするという意味です。どのような心の人と歩むかを問う結びです。 斯人 は直接には古の仁人を指します。滕子京への呼びかけを重ねる読みもありますが、ここにその名が書かれるわけではありません。一つの読みとして、冒頭の依頼者との関係を考えます。 再建を記す依頼から始まり、景色を見る人の喜悲、天下を憂える心を経て、自分は誰とともにするかへ至ります。広い景色を通って、最後に書き手自身の問いが残ります。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 謫 動詞 官を落として地方へ出す 滕子京の境遇 謫守巴陵郡 左遷され巴陵郡を治める 霪雨 名詞 長く降り続く雨 雨の段を開く 若夫霪雨霏霏 さて長雨がしきりに降る場合は 景 名詞 日ざし・光 ここでは景色全体ではない 春和景明 春が和らぎ日ざしが明るい 寵辱 名詞 よい待遇と辱め 身の上への評価 寵辱皆忘 よい待遇も辱めも忘れる 或 副詞 あるいは・ようだ ここでは推し量り 或異二者之爲 この二つのあり方とは違っていたようだ 以 介詞 〜のために・〜を理由に ここでは理由 不以物喜 外の物事を理由に喜ばない 先 動詞 先んじる 対象より先に行う 先天下之憂而憂 天下の人の憂いに先んじて憂える 後 動詞 後れる 人々の後で楽しむ 後天下之樂而樂 天下の人の楽しみに後れて楽しむ 歸 動詞 身を寄せる・ともにする ここは帰宅ではない 吾誰與歸 私は誰とともにしようか 練習 雨の段の 日星隱曜 と 商旅不行 に対応する晴れの段の四字句を一つずつ選び、上の表の形で並べてください。晴れだけの月夜のまとまりも取り出します。 字を原文どおりに補って書いてください。 _夫霪雨霏霏 字を原文どおりに補って書いてください。 _若春和景明 字を原文どおりに補って書いてください。 不_物喜、不_己悲 字を原文どおりに補って書いてください。 _斯人、吾誰與歸 不以物喜、不以己悲 を、現代語の 不因为 と 而 を使って言い換えてください。 吾誰與歸 をふつうの語順へ直し、現代語でも言ってください。 先天下之憂而憂、後天下之樂而樂 を、先後の対象を残して現代語へ言い換えてください。 雨の日と晴れの日に楼へ登る人の気持ちを、それぞれ短い現代語の二文で書いてください。 宁静 ・ 兴奋 ・ 失望 ・ 黑暗 ・ 寒冷 を使います。 二つの段の後で 或異二者之爲 と言うことで、それまでの景色はどんな役割になりますか。二文で説明してください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 先天下之憂而憂、後天下之樂而樂歟。 先 と 後 の対をそろえ、ゆっくり落として読んでください。 この篇のまとめ 雨と晴れは共通の枠を持ちますが、晴れには月夜が加わり長くなります。二つの喜悲を土台に、いつ楽しむかを問い、人々の後に楽しむという答えを読みました。 次の篇へ 次の11.69では歐陽脩の醉翁亭記を読みます。山から泉、亭、人、宴へ近づき、多くの文を同じ語で結ぶ形を確かめます。 答え A 読み B 読み 違い 日星隱曜 日も星も光を隠す 上下天光 上も下も空の光 光が隠れるか満ちるか 商旅不行 商人も旅人も行けない 沙鷗翔集 かもめが飛び集まる 動けない人と自由に動く鳥 晴れだけのまとまりは 而或長煙一空、皓月千里。浮光耀金、靜影沈璧、漁歌互答、此樂何極 です。 ほかの組み合わせ(たとえば 波瀾不驚 )も、対応する理由が言えればよいです。 若夫霪雨霏霏 至若春和景明 不以物喜、不以己悲 微斯人、吾誰與歸 不因为外物而高兴。 也不因为自己而悲伤。 吾與誰歸 我还能跟谁在一起呢? 天下人忧虑前,我先忧虑。 天下人快乐后,我才快乐。 雨: 天色黑暗,我感到寒冷。 我很失望。 晴れ: 湖面很宁静。 我登楼后十分兴奋。 雨で悲しみ、晴れで喜ぶ心を、景色とともに具体的に示す役割です。その二つとは違う心を問うための土台となり、天下を憂える考えへ進みます。 参考文献 范仲淹『岳陽樓記』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷9