8.95 賢者の贈り物(1)— 語り手が読者に話しかける — Epoché
この篇でできるようになること ★ 語り手が読者に話しかける 書き方が分かる。 ★ 金額だけで暮らしを書く やり方に気づける。 ★ 大げさな語で小さいことを言う 働きが分かる。 ★ 短編の書き出し が何をしているか読み取れる。 前提 : 8.94 まで。型は 3.32 まで。語は 4.48 まで。 読む前に 舞台は ニューヨークの安い借家 、 クリスマスの前の日 です。★ 若い夫婦が住んでいます —— デラとジム 。 ★ デラは、ジムへの贈り物を買う金が一ドル八十七セントしかありません。 ★ 何か月もためて、それだけ です。 ★ この家には、二人が誇りにしているものが二つあります —— ジムの金時計と、デラの髪 です。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1046 語、文は 80 本、いちばん長い一文は 36 語です。 書き出しの三文を見ます。 One dollar and eighty-seven cents. That was all. ★ いきなり金額です。 ★ 誰の金かも、何に使うかも書いてありません。 ★ 「それが全部だった」とだけ。 ★ そして三文めで、その内訳が書かれます ——★ 六十セントは一セント玉だった 、と。★ 金額が、さらに細かくなります。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 一ドル八十七セント。それで全部でした。しかも、そのうち六十セントは一セント銅貨でした。食料品屋や八百屋や肉屋を押しまくって、そこまで切り詰めた取り引きが暗にほのめかす、けちだという無言の非難に頬がほてるほどになりながら、一枚、二枚とためた銅貨です。デラは三度それを数えました。一ドル八十七セント。そして、あくる日はクリスマスなのでした。 見すぼらしい小さな長いすに身を投げ出して、泣きわめくほかに、明らかにすることはありませんでした。それでデラはそうしました。そこから、人生はすすり泣きと、鼻をすする泣きと、ほほえみとでできていて、そのうち鼻をすする泣きがいちばん多い、という教訓めいた考えが浮かんできます。 この家の主婦が第一段階から第二段階へとだんだん落ち着いていくあいだに、家の様子を見てみましょう。家具付きのアパートで、週八ドル。筆舌に尽くしがたいというほどではありませんでしたが、たしかに、物乞い取り締まりの班に目をつけられていそうな気配はありました。 下の玄関には、手紙の一通も入りそうにない郵便受けと、どんな人間の指でも呼び鈴を鳴らすことのできそうにない電気の押しボタンがありました。そこにはまた、「ジェイムズ・ディリンガム・ヤング様」という名を記した名札が添えてありました。「ディリンガム」の名は、その持ち主が週に三十ドルもらっていた、かつての羽振りのよい時期に、風に向かって高々と掲げられたものでした。収入が二十ドルに縮んだ今では、「ディリンガム」の文字はぼやけて見え、まるで、つつましく控えめな D 一字に縮まろうと真剣に考えているかのようでした。けれども、ジェイムズ・ディリンガム・ヤング氏が家に帰って上のアパートにたどり着くと、いつも「ジム」と呼ばれ、ジェイムズ・ディリンガム・ヤング夫人に、つまり、すでに デラとしてご紹介した人に、ぎゅっと抱きしめられるのでした。これはまったく結構なことです。 デラは泣きやみ、おしろいの布で頬を手当てしました。窓辺に立ち、灰色の裏庭の灰色の塀の上を歩いている灰色の猫を、ぼんやりと眺めました。明日はクリスマスの日だというのに、ジムへの贈り物を買うお金は一ドル八十七セントしかありません。何か月も、ためられるかぎり一セントずつためてきて、この結果なのです。週二十ドルでは、たいしたことはできません。出費は見積もりより多くかかりました。いつだってそうなのです。ジムへの贈り物を買うのに、たった一ドル八十七セント。彼女のジムへの。何か彼にすてきなものをと考えて、彼女は幸せな時間を何度も過ごしてきました。何か立派で、めったに無くて、本物のもの。ジムの持ち物になるという名誉に、ほんの少しでもふさわしいものを。 部屋の窓と窓のあいだには、細長い姿見がありました。週八ドルのアパートの姿見をご覧になったことがあるかもしれません。とても細くて、とても身軽な人なら、縦に細長く切れた自分の姿をすばやく次々に眺めることで、自分の見た目について、かなり正確な考えを得ることができます。デラはほっそりしていたので、その技を身につけていました。 不意に、彼女は窓からくるりと向きを変え、鏡の前に立ちました。目はきらきらと輝いていましたが、顔は二十秒のうちに血の気を失っていました。彼女はすばやく髪をほどき、いっぱいの長さまで垂らしました。 さて、ジェイムズ・ディリンガム・ヤング夫妻には、二人ともたいそう誇りにしている持ち物が二つありました。一つは、ジムの父親のもので、その前は祖父のものだった、ジムの金時計です。もう一つはデラの髪でした。もし通気用の吹き抜けをはさんだ向かいのアパートにシバの女王が住んでいたら、デラはある日、ただ女王陛下の宝石や贈り物の値打ちを下げるためだけに、髪を窓の外に垂らして乾かしたことでしょう。もしソロモン王がすべての財宝を地下室に積み上げてこの建物の管理人をしていたら、ジムはそばを通るたびに時計を取り出したことでしょう。ただ王がうらやましさにあごひげをむしるのを見るためだけに。 そこで今、デラの美しい髪は、茶色の滝のように波打ち、輝きながら、彼女のまわりに垂れました。それはひざの下まで届き、ほとんど彼女の衣のようになりました。それから彼女は、そわそわと手早く、また髪を結い上げました。一度、彼女は一分ほどためらって立ちつくし、そのあいだに涙が一粒、二粒、すり切れた赤いじゅうたんに落ちました。 古い茶色の上着をはおり、古い茶色の帽子をかぶりました。スカートをひるがえし、目にはまだきらきらとした輝きを宿したまま、彼女はひらりと戸口を出て、階段を下り、通りへ出ました。 彼女が足を止めたところの看板には、「マダム・ソフロニー。髪の品なんでも」とありました。デラは一階分を駆け上がり、息を切らしながら気を落ち着けました。マダムは大柄で、白すぎて、冷ややかで、とても「ソフロニー」という名には見えませんでした。 「わたしの髪、買ってくださる?」とデラは尋ねました。 「髪なら買うよ」とマダムは言いました。「帽子を取って、どんな様子か見せとくれ。」 茶色の滝が波打って流れ落ちました。「二十ドル」と、マダムは慣れた手つきで髪の束を持ち上げながら言いました。 「早くちょうだい」とデラは言いました。 ああ、それからの二時間は、ばら色の翼に乗って軽やかに過ぎていきました。ごたまぜの比喩は忘れてください。彼女はジムへの贈り物を探して、店という店をくまなく探し回っていたのです。 とうとう彼女はそれを見つけました。それはきっと、ほかの誰でもなくジムのために作られたものでした。どの店にも、ほかにそれと同じものはありませんでした。彼女はどの店も裏返すほど探したのです。それはプラチナの時計鎖で、意匠は簡素で品がよく、けばけばしい飾りではなく、ただその素材だけで、ふさわしく自らの値打ちを示していました。すべての良いものがそうあるべきように。それは あの時計 にさえふさわしいものでした。見たとたん、彼女はそれがジムのものにならなければならないとわかりました。それは彼に似ていました。物静かで、値打ちがある。その言葉は両方にあてはまりました。店はそれに二十一ドルを取り、彼女は八十七セントを持って家へ急ぎました。時計にその鎖をつければ、ジムはどんな人たちといっしょのときでも、堂々と時間を気にすることができるでしょう。時計は立派なものでしたが、鎖の代わりに使っている古い革ひものせいで、彼はときどきこっそりと時計を見ていたのです。 デラが家に着くと、彼女の陶酔は少しばかり分別と理性に道をゆずりました。彼女はヘアアイロンを取り出し、ガスに火をつけ、愛に気前のよさが加わって生じた荒廃の修復に取りかかりました。それはいつだって、親愛なる皆さん、とてつもない仕事なのです。途方もなく大きな仕事なのです。 四十分のうちに、彼女の頭は小さな、ぴったりと寄り合った巻き毛で覆われ、学校をさぼった男の子に驚くほどよく似た姿になりました。彼女は鏡に映った自分の姿を、長いあいだ、注意深く、厳しい目で見つめました。 語釈 帯の外の語は 117 語です。★ 読 D でいちばん多い篇の一つ です。★ 大げさな語が多いのは、わざとです (下の節を読んでください)。 語(品詞) 意味 注 Christmas en 名 クリスマス( 8.74 読編 ) Every child in the village looked forward to Christmas morning. 村の子どもたちは皆、クリスマスの朝を楽しみに待っていました。 Della en 名 デラ。妻 Della’s en 名 デラの Dillingham en 名 ディリンガム。ジムのミドルネーム Goods en 名 品物(複数)。 Hair Goods で髪の品 Goods of every kind filled the crowded market stalls today. 今日、市場の混み合った屋台には、あらゆる種類の品物が並んでいました。 James en 名 ジェイムズ。ジムの本名 Jim en 名 ジム。夫 Jim’s en 名 ジムの Madame en 名 マダム。髪の店の女主人を指す Madame, might I trouble you for a moment of your time? マダム、少しお時間をいただけますでしょうか。 Majesty’s en 名 陛下の Her Majesty's ships guarded the harbor throughout the long war. 陛下の艦隊は、その長い戦争の間ずっと港を守っていました。 Mme en 名 Madame の略 Mr en 名 Mister の略 Mrs en 名 Mistress の略( 8.91 読編 ) Queen en 名 女王 The old queen ruled the small country for forty years. その老女王は、四十年もの間その小さな国を治めていました。 Sheba en 名 シバ。聖書の女王の国 Sofronie en 名 ソフロニー。髪を買う店の名 Solomon en 名 ソロモン。聖書の富める王 Youngs en 名 ヤング家の人たち agile en 形 身の軽い The agile cat leapt easily onto the highest garden wall. その身の軽い猫は、庭のいちばん高い塀にも簡単に飛び上がりました。 airshaft en 名 建物の間の空気抜き Cold air rose steadily through the narrow airshaft of the building. 冷たい空気は、その建物の狭い空気抜きを絶えず上がっていきました。 appertaining en 動 付属している Several small duties appertaining to the office fell to him. その役職に付属しているいくつかの小さな務めが、彼に回ってきました。 backyard en 名 裏庭 The children built a small fort in the backyard. 子どもたちは、裏庭に小さな要塞を作りました。 basement en 名 地下 Old furniture and boxes were stored in the damp basement. 古い家具や箱は、湿っぽい地下に保管されていました。 beard en 名 あごひげ The old fisherman had a long gray beard. その老漁師は、長い白髪のあごひげを生やしていました。 beggar en 動 beggar description で「言葉にならない」 The old painting's beauty seemed to beggar every word I knew. その古い絵の美しさは、私の知っているどんな言葉にも言葉にならないほどでした。 blurred en 形 にじんだ The old photograph had grown blurred and faded with time. その古い写真は、時が経つにつれてにじんで色あせていました。 breeze en 名 そよ風 A cool breeze drifted gently through the open window. 涼しいそよ風が、開いた窓を通ってそっと吹き込んでいました。 brilliantly en 副 きらきらと The stars shone brilliantly above the quiet, sleeping town. 星々は、その静かに眠る町の上できらきらと輝いていました。 bulldozing en 動 押しの一手で値切ること He kept bulldozing the merchant until the price finally dropped. 彼は商人を押しの一手で値切り続け、ついに値段が下がりました。 butcher en 名 肉屋 The butcher wrapped the fresh meat in brown paper. 肉屋は、新鮮な肉を茶色の紙で包みました。 cascade en 名 小さな滝 Water fell in a bright cascade down the mountain rocks. 水は、山の岩肌を輝く小さな滝となって流れ落ちていました。 chaste en 形 飾り気のない The design of the necklace was simple and chaste. そのネックレスの図案は、簡素で飾り気のないものでした。 chilly en 形 冷ややかな The