8.8 A Day at Home — 風邪をひいた日 — Epoché
この篇でできるようになること 英語だけで書かれた 306 語の文章を、辞書を引かずに最後まで読める。 語彙の帯に無い語を、持っている語で言い換えた形として読み取れる。 一つの語( by ・ so )が一篇の中で二つのはたらきをすることを、文ごとに見分けられる。 306 語を 1 分あたり 120 語(2 分 33 秒)で読み切れる。 前提 : 8.7 まで。 読編「読」の第 8 篇です。語り手は 8.1 読編 〜 8.7 読編 と同じケン。こんどは具合を悪くして店を閉めた一日の話で、306 語あります。前の篇は 300 語でしたから、6 語ぶん長くなりました。段落は 6 つで、それぞれ 53 語・48 語・50 語・50 語・51 語・54 語。第 16 篇では 350 語ほどになります。 この篇で宣言した帯の外の語は 5 語です—— station (709 番)・ trip (825 番)・ sea (987 番)・ sick (1,716 番)・ ill (1,729 番)。このうち ill と sick が題の語で、残りの 3 語は 8.3 読編 と 8.7 読編 で宣言した町と旅の語をそのまま引き継いだものです。 ここで一つ、この課程がずっと言ってきたことがはっきり出ます。 語の順位は、語のやさしさの順番ではありません。 順位は「あらゆる分野の文章にどれだけよく出るか」で決まります。病気の日に要る語は、どれも早くに覚える語ですが、ふつうの文章にはめったに出てこないので、上位 600 語には入りません。下の表の 11 語のうち 7 語が、CEFR-J でいちばんやさしい A1 の段にあります—— fever ・ quiet ・ cold ・ bed ・ doctor ・ medicine ・ window 。 だからこの篇は、はじめから 無い語をどう言うか という作りになっています。手は二つしかありません。持っている語で言い換えるか、そのことを言わずにすませるかです。この篇は両方を使いました。まず言い換えたほうから見ます。 言いたいこと 帯の外の語(順位・CEFR-J) この篇での言い方 だるい・力が入らない tired 1,331 番・B1 my body would not do what I wanted 熱がある fever 順位なし・A1 My head was full めまいがした dizzy 順位なし・A2 the room moved 熱をみる temperature 1,452 番・A2 put her hand on my face 静かだった quiet 1,313 番・A1 it was another house tired は「だるい」にいちばん近い語ですが 1,331 番で、しかも CEFR-J は B1 です。かわりにこの篇は my body would not do what I wanted と書きました。「体が、わたしがしたいことをしてくれない」——語は一つも新しくありませんが、「だるい」という一語よりも、そのときの感じは細かく出ています。 fever と dizzy にいたっては、語彙表の 2,809 語のどこにも入っていません。かわりの My head was full は「頭がつまっている」で、熱そのものではなく、熱があるときに頭の中で起きていることを言っています。 the room moved (部屋が動いた)も同じ作りで、めまいという名前ではなく、めまいのときに見えているものを書いています。 言い換えは、足りないものを埋める代用品ではありません。一語で言えないときに、人は「その語が何を指しているのか」を考えざるをえなくなります。そうやって組み直した言い方は、しばしば元の一語より正確になります。英語を話す場面で語が出てこなかったとき、黙るか日本語に戻るかしかない、と思わないでください。 a book と by と my hand で「手のそばの本」が言えるように、上位 600 語だけでも言えることは驚くほど多いのです。 もう一つの手が、そのことを言わずにすませることです。この篇には医者も薬もベッドも窓も出てきません。抜けているのに、読んでいて足りないとは感じないはずです。書き手が語れるものだけを選んで語っているからで、これは語彙の少ない言語でものを書くときの、いちばん大きな技術です。 言いたいこと 帯の外の語(順位・CEFR-J) この篇はどうしたか 風邪 cold 867 番・A1 「風邪」とは一度も書いていない。母の口から出るのは ill だけ ベッド bed 694 番・A1 どこで横になっていたかを書かない 眠る sleep 827 番・B1 眠ったとも書かない。四時間「何もしなかった」とだけ書く 医者 doctor 763 番・A1 医者は出てこない。母が顔に手を当てるところで足りる 薬 medicine 1,761 番・A1 薬も出てこない 窓 window 734 番・A1 窓は出てこない。外は聞こえる音だけで書く 表のいちばん上を見てください。日本語の題は「風邪をひいた日」ですが、原文には cold が一度も出てきません。英語の題も A Day at Home ——「家にいた一日」です。 cold は 867 番で帯の外ですし、そもそも「寒い」と同じ形なので、この篇では母の口から出る一語、 ill で足りると考えました。 ill と sick はどちらも帯の外(1,729 番・1,716 番)なので、題の語として宣言しています。 ill と sick は日本語ではどちらも「具合が悪い」ですが、英語では重なりきりません。 ill は具合が悪い状態そのものを言い、 sick はそれに加えて「胃がむかむかする」という意味を持ちます(イギリスではこの狭い意味が強く、アメリカでは ill とほぼ同じに使われます)。この篇では、立ち上がって部屋が動いたところが I felt sick 、母が顔に手を当てて言うのが I was ill です。二つの語が同じ段落に並んでいるので、違いがそのまま読み取れます。 宣言した 5 語の顔ぶれも見ておきます。「カタカナとの差」の欄が「—」なのは、語彙表にカタカナの相棒が載っていないというだけで、耳になじみが無いという意味ではありません。 station en 帯の順位 709 番 カタカナとの差 ステーション → ●○ (5 拍を 2 音節に) I could hear the train at the station, children on the street, and a car going by every few minutes. 駅の電車、通りの子どもたち、数分おきに通り過ぎる車が聞こえました。 The station is on the right. [1] 駅は右側です。 trip en 帯の順位 825 番 カタカナとの差 トリップ → ● (4 拍を 1 音節に) Next month I am going to take a trip to the sea. 来月、わたしは海へ旅に出るつもりです。 I took a trip to Tokyo. [2] 私は東京に旅行した。 sea en 帯の順位 987 番 カタカナとの差 — Next month I am going to take a trip to the sea. 来月、わたしは海へ旅に出るつもりです。 sick en 帯の順位 1,716 番 カタカナとの差 — When I stood up the room moved and I felt sick. 立ち上がると部屋が動いて、気持ちが悪くなりました。 I'm sick of your lies. [3] お前の嘘にはうんざりだ。 ill en 帯の順位 1,729 番 カタカナとの差 — My mother put her hand on my face and said that I was ill. 母はわたしの顔に手を当てて、具合が悪いのだと言いました。 I do not want to be ill then. そのときに具合を悪くしたくはありません。 読む前に 語り手はケン、二十歳。山にはさまれた小さな市で母・父と三人で住み、駅から川へ下りていく通りの本屋で働いています( 8.1 読編 〜 8.7 読編 の続きです)。店は週に六日開いていて、休みは日曜だけ。開けるのも閉めるのもケン一人です。母は同じ通りにある学校の先生、父は隣の市の会社へ電車で通っています。 起こることはこれだけです。木曜の朝、ケンは起きられない。母が学校へ行く前に店の戸へ紙を貼りに行き、その日、店は開かない。ケンは一日じゅう家にいて、本も読めず、四時間何もしない。夕方に母が帰り、夜に父が帰る。金曜、ケンは店を開ける。 第 3 段落と第 4 段落だけ、少し立ち止まって読んでください。ここでケンは、朝十時の自分の家にいます。働きに出ている人が、平日の昼間の自分の家にいるという経験——そのとき、いつもは聞こえない音が聞こえる。そして、ずっとほしかった「何もしなくていい一日」が来たのに、その一日で何もできない。この二つが、この篇の中身です。 8.7 読編 で立てた旅の計画は、まだ先のことです。最後の段落でケンがそれに触れるのは、「来月のあの四日を、こんなふうにしたくない」という気持ちからです。 読みどころは 持っていない語のかわし方 ですが、もう一つ、この篇は 打ち消し でできています。打ち消しの語は全部で十一か所—— not が八か所、 nothing が三か所です。何も起こらない一日を書くと、文はこうなります。使われている型は型編の 8 課の範囲だけです。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。6 段落・24 文・306 語。冒頭はこう始まります。 On Thursday I got up at six and knew at once that something was wrong. 先に原文だけを、辞書も訳も見ずに最後まで読んでください。分からないところがあっても止まらず、最後まで行ってから戻ります。それが済んでから、下の「語釈」「構文の骨」「訳」を見ます。この順を守ってください。訳を先に見ると、訳を読んで英語を読まない癖がつきます。 語釈 この篇に範囲外の語は 0 語です。下の 13 語は 知っているのに文の中で意味が動く語 で、どれも帯 600 の中にあります。「この文ではこの意味」という形で確かめてください。 full en 形容詞 つまっている。 My head was full は「頭がつまっている」で、鼻と頭が重い感じを言う。カタカナの「フル」( full の音)は「全部の・最大の」の側だけを取り込んでいる My head was full and my body would not do what I wanted. 頭がつまっていて、体は思ったとおりに動いてくれませんでした。 He is full of new ideas. [4] 彼はアイディアに富んでいる。 once en 副詞 一度。 at once の形で「一度で・すぐに」。 I knew at once は「すぐに分かった」で、回数の話ではない On Thursday I got up at six and knew at once that something was wrong. 木曜、六時に起きて、すぐに何かがおかしいと分かりました。 I do it once a year. [5] 年に一回してるよ。 still en 形容詞 じっとしている。 The letters would not stay still は「文字がじっとしていてくれない」。「まだ」の意味の副詞と同じ形なので、後ろに動詞が続くかどうかで見分ける The letters would not stay still. 文字がじっとしていてくれないのです。 It's still a bit early. [6] まだちょっと早いよ。 yet en 副詞 まだ。 I was not well yet で「まだよくなっていなかった」。打ち消しと組みになって「まだ〜ない」を作る On Friday I was not well yet, but I opened the shop at nine. 金曜はまだよくなっていませんでしたが、九時に店を開けました。 I haven't yet installed it. [7] まだインストールしてないよ。 own en 形容詞 自分の。 her own class で「母自身の授業」。前に her ・ my のような語を置いて、その持ち主を強めるはたらき She was late for her own class, but she did not say so. 母は自分の授業に遅れましたが、そうとは言いませんでした。 I don't own a car. [8] 私は車を持っていません。 another en 形容詞 別の。 it was another house は「(同じ家なのに)別の家だった」。「もう一つの」と「別の」の両方に使え、ここは後のほう I was in the house at ten in the morning, and it was another house. 朝の十時に家にいると、そこは別の家でした。 I won't say another word. [9] もう何も言わないよ。 by en 前置詞 〜のそば/〜のわきを通って。 a book by my hand は「手のそばの本」、 a car going by は「わきを通り過ぎていく車」。8.6 では場所と時の二つの意味で出てきた語で、この篇では場所の意味が二つに割れる I had a book by my hand, but I could not read more than a few lines. 手のそばに本はありましたが、数行より先は読めませんでした。 She sat by me while I ate it and asked me noth