9.1 歌の形 — 五七五七七・句切れ・体言止め — Epoché
この課でできるようになること 和歌を五・七・五・七・七の五つの句に切り、音数を正しく数えられる。拗音・撥音・長音をどう数えるかが分かる。 初句・二句・三句・四句・結句という呼び名で、歌のどこを指しているかを言える。 文末の形を手がかりに句切れを見つけ、二句切れ・三句切れ・句切れなしを言い分けられる。 体言止めと、「つつ」で言いさす結び方の効き目が分かる。 前提 : 8.8 まで。 ここから歌編「歌」に入ります。第 1 期で読むのは百人一首の一番から二十番まで、二十首です。歌はこの課程にとって都合のよい材料です。三十一音しかないので一首まるごと覚えられ、覚えてしまえば口が古文の形を勝手に思い出してくれます。声に出して読む練習は 音編 8課 で一度しました。この編ではそこに 意味の骨組み を足していきます。 最初の課は、中身に入る前の「かたち」です。歌がどこで切れ、どこで止まっているかが見えないと、意味の取りようがありません。逆に言えば、かたちさえ見えれば、意味の半分は勝手に決まります。この課では歌を五つに切り、音を数え、切れ目を探す——それだけをします。 現代語に残っている形 五音と七音の組み合わせは、いまも身の回りにあふれています。俳句と川柳は五・七・五、標語やキャッチコピーは口に出すと五音か七音に落ち着き、校歌や唱歌は七五調で書かれています。「いまの日本語には音の型など無い」と思っている人でも、字余りの標語を聞くと落ち着かない気がするはずです。 その落ち着かなさが、そのまま和歌の定型の感覚です。 音の数え方も、いまの俳句と同じです。「きょ」「ちょ」のような拗音は一音、「ん」(撥音)と「っ」(促音)はそれぞれ一音、伸ばす音も一音と数えます。「東京」は「と・う・きょ・う」で四音。この数え方をそのまま和歌に持ってくれば、数え間違えることはありません。 体言止めもいまの日本語にあります。新聞の見出しは「首相、来月訪米へ」のように動詞を省いて名詞で止め、写真に添える一言も「夕暮れの海。」で終わります。言い切らないぶん、読む側が続きを埋める。和歌の体言止めの効き目もこれと同じです。 古文ではこうなる 和歌は五つの句からできています。前から順に 初句・二句・三句・四句・結句 と呼び、初句から三句までを 上の句 、四句と結句を 下の句 と言います。かるたで札を分けるのがちょうどこの境目です。音数は五・七・五・七・七の三十一音で、これを外れる句を 字余り (多い)・ 字足らず (少ない)と呼びます。 字余りは間違いではなく、歌人が承知でしていることです。しかも偏りがあります。字余りの句には、たいてい「あ・い・う・お」のような 単独の母音 が含まれています。江戸時代の本居宣長がこのことに気づきました。母音が前の音とつながって、耳では一音ぶんに縮んで聞こえるからだ、と考えられています。ですから字余りの句を見つけたら、まず母音を探してみてください。 次に句切れです。和歌には句読点がありません。それでも一首の途中で文が終わっていることがあり、その位置を 句切れ と呼びます。二句の終わりで切れれば二句切れ、三句の終わりで切れれば三句切れ、最後まで切れなければ句切れなしです。 句切れの探し方は、新しく覚えることではありません。 切編 2課 でやった 文の終わりの形を見る 、これだけです。終止形で言い切っていれば切れる。命令形も切れる。係助詞があってその結びが済んでいれば、そこで切れる( 切編 4課 )。逆に、接続助詞の「ば」「て」「つつ」が付いていたら続きます。連体形のあとに名詞が来るなら、そこも続きます。 句切れは感覚で当てるものではなく、語の形で決まります。 結句が名詞で終わっているものを 体言止め と言います。述語を置かずに、目に映ったものの名前だけを残して終える形です。そして「つつ」で終わる歌は、動作が続いている途中で筆を置く形になります。どちらも、言い終わらないことで余韻を作ります。 原文で確かめる 一番から五番までを、かたちの目だけで見ていきます。歌のあとに、いまの音での読み・骨(誰が・何を見て・何を思うか)・この課で見るところ、の順に書きます。 秋の田の かりほの庵の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ [1] 一番・天智天皇。読み: あきのたの かりほのいおの とまおあらみ わがころもでわ つゆにぬれつつ。骨は「田の番小屋にいる私が、粗い屋根から漏れる露に袖が濡れるのを感じて、秋の夜の寒さを思う」。かたちの目で見ると、まず三句「とまをあらみ」が六音で字余りです。「を」と「あ」という母音が入っています。句切れはありません。結句が「つつ」で、濡れ続けている途中のまま終わります。 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 [1] 二番・持統天皇。読み: はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすちょう あまのかぐやま。骨は「私が、香具山にひるがえる白い衣を見て、夏が来たのだと知る」。この歌はこの課の見本です。二句「夏来にけらし」の「けらし」が言い切りの形なので、 ここで文が終わっています 。二句切れです。そして結句は「天の香具山」という名前だけ。体言止めです。「てふ」は「といふ」が縮んだ形で、読みは「ちょう」。「ちょ」と「う」で二音なので、句は七音のままです。 足引きの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ [1] 三番・柿本人麿。読み: あしびきの やまどりのおの しだりおの ながながしよお ひとりかもねん。骨は「独りで寝る私が、山鳥の長く垂れた尾を思い浮かべて、夜の長さを嘆く」。音数は五・七・五・七・七のちょうどです。句切れはありません。三句が「しだり尾の」と「の」で終わっているのが手がかりで、「の」で続くのだから切れようがない、と分かります。初句「あしびきの」は「山」に掛かる決まり文句で、これを枕詞と言います。枕詞は 9.4 で扱います。 田子の浦に 打出でてみれば 白妙の ふじの高嶺に 雪は降りつつ [1] 四番・山部赤人。読み: たごのうらに うちいでてみれば しろたえの ふじのたかねに ゆきわふりつつ。骨は「私が、田子の浦に出て富士を仰ぎ、降り続く雪の白さに打たれる」。字余りの見本です。初句「たごのうらに」が六音、二句「うちいでてみれば」が八音。どちらにも「う」「い」の母音が入っています。二句の「みれば」は已然形に「ば」が付いた形なので、ここでは切れず、下へ続きます。結句はまた「つつ」です。 奥山に 紅葉ふみ分け なく鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき [1] 五番・猿丸太夫。読み: おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきわかなしき。骨は「私が、奥山で鳴く鹿の声を聞いて、秋の悲しさを覚える」。四句に係助詞「ぞ」があり、その結びが結句の「悲しき」です。 結びが結句にあるということは、文は最後まで終わっていない ということで、句切れなしになります。係り結びは意味を強めるだけでなく、句切れを決める道具でもあります。 三句切れの歌も一つ見ておきます。八番は次の課でもう一度読みます。 わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり [1] 八番・喜撰法師。読み: わがいおわ みやこのたつみ しかぞすむ よおうじやまと ひとわいうなり。三句に「ぞ」の結びの「住む」が来て、そこで文が終わります。三句切れです。上の句で「私はこう住んでいる」と言い切り、下の句で「ところが世間はこう言う」と受ける。 句切れの位置が、そのまま話の折り返し地点になっています。 読み上げと音読 一番から五番までは 原文の文書 にまとめてあります。文書を切り替えて、五首を通しで聞き、通しで音読してください。意味を確かめたいときは 現代語訳の文書 を開きます。最後に読んだ八番だけは範囲の外で、次の課の原文の文書に入っています。 歌は句ごとに息を継いで読みます。五・七・五・七・七の切れ目で軽く間を置き、句切れのあるところではもう少し長く置く。二番なら「なつきにけらし」のあとを深く切り、「あまのかぐやま」は言い切らずに余韻を残して止めます。 句切れを間の長さで表せるようになったら、かたちが身についた証拠です。 読み上げを一度聞き、次は自分の声だけで読んでください。六首を三回ずつ読めば、句の呼び名を思い出さなくても切れ目が耳で分かるようになります。 練習 一番から五番までの音数を、句ごとに数えてください。五・七・五・七・七から外れる句が三つあります。どの歌のどの句か、何音かを挙げ、そこに入っている母音も指してください。 二番と八番の句切れの位置を言い、そう判断した根拠を「どの語のどの形か」の形で書いてください。 六首を、句の切れ目で息を継いで三回、声に出して音読してください。二回目からは読み上げを止め、句切れのあるところで間を長く取って読んでください。 この課のまとめ 句の呼び名を一枚にします。中身は二番のものです。 位置 呼び名 音数 二番での中身 一つめ 初句 五 春過ぎて 二つめ 二句 七 夏来にけらし 三つめ 三句 五 白妙の 四つめ 四句 七 衣ほすてふ 五つめ 結句 七 天の香具山 初句・二句・三句が上の句、四句・結句が下の句です。句切れの手がかりも一枚にします。 句の終わりに見える形 例 切れるか 終止形の言い切り 夏来にけらし 切れる 命令形 見よ 切れる 係助詞の結びが済んだ形 しかぞ住む 切れる 接続助詞の「ば」「て」「つつ」 打出でてみれば 切れない 連体形や「の」で名詞へ続く形 しだり尾の 切れない 結句が名詞(体言止め) 天の香具山 そこで終わる 和歌は五・七・五・七・七の三十一音。句の呼び名は初句・二句・三句・四句・結句。 字余りは間違いではない。単独の母音を含む句に多い。 句切れは文末の形で決まる。言い切り・命令形・係り結びの結びで切れ、「ば」「て」「つつ」と「の」では切れない。 結句が名詞なら体言止め。「つつ」で終われば、続いている途中のまま終わる。 次の課へ 9.2 では、かたちの次に中身を見ます。歌を一文に縮める練習です。「誰が・何を見て・何を思うか」——この三つを言えれば、その歌は読めたことになります。上の句に景色、下の句に心。この型と、型から外れる歌を六番から十番までで見ます。 答え 一番の三句 とまをあらみ が六音(「を」「あ」)。四番の初句 たごのうらに が六音(「う」)、二句 うちいでてみれば が八音(「う」「い」)。二番・三番・五番は五・七・五・七・七のちょうどです。 二番は二句切れ。根拠は二句の けらし が言い切りの形であること。八番は三句切れ。根拠は三句の 住む が係助詞 ぞ の結びで、そこで結びが済んでいること。 音読の答えはありません。句切れで間が長くなっていれば正解です。 参考文献 藤原定家撰『小倉百人一首』1 番〜5 番・8 番(Wikisource 版)。パブリックドメイン。漢字は通行の字体に改めた(聲→声)。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首