安心を求める三つの道 — Epoché
解説 安心のために、何を求めているか 「これから評判を失うかもしれない」という不安を、教材上の作例として比べる。エピクロスの快は、身体の苦痛と心の乱れがない状態に関わる。欲望を分け、富や名声を際限なく求めることが、求める安心に役立つのかを考える。 すべての欲望を捨てるのではない。目先の快が後の苦痛になることもある。同じ症例へ本人がこの処方を出したという史実ではなく、現代の不安への万能治療でもない。 出典1 何を善悪と判断しているか ストア派の観点では、外の評判と、それをどう受け止めて同意するかを分ける。徳という理性の優れたあり方だけを真の善とし、評判などの獲得自体が幸福を増減させるとは考えない。ただし外のものにも通常選ぶ価値はある。 同意は受け止めをそのとおりと認めること。因果の決定を認めつつ責任を考える立場であり、結果を自由に操作できるとは言わない。情念を判断と関連づけるが、よい感情や初期反応まで消す理想ではない。 出典3 根拠が決め手になるかを調べる セクストスのピュロン主義では、対立する見え方や考えを調べても決め手がなく、同意も否定も控える判断保留を説明する。これは、どちらが正しいかへの第三の確定回答ではない。 保留に平静が伴ったとされても、痛みや渇きは残る。必要や技能に沿って暮らすと説明するが、信念を持つかには解釈の争点がある。探究を止めることや「何も知りえない」との断定にしない。 出典2 同じ作例を、異なる問いで比べる 観点 作例で見ること 欲望と安心 名声の追求は何に役立つか 価値判断と同意 評判と、自分の受け止めを分ける 根拠と判断保留 調べても決め手がない場合を分ける 教材上の比較で、古代の直接対決や、一つの治療効果を保証する表ではない。 参考文献 [1] David Konstan「Epicurus」。 出典 [2] Vogt, Katja「Ancient Skepticism」。 出典 [3] Durand, Marion; Shogry, Simon; Baltzly, Dirk「Stoicism」。 出典