0.4 古典の地図 — Epoché
この課でできるようになること 上代・中古・中世・近世の四つの時代を、およその年と代表作で言える。 この課程で読む作品が、地図のどこにあるかを指せる。 時代によって文体が変わる理由(仮名の成立・武士の言葉・漢文訓読)を一言ずつ知っている。 前提 : 0.3 まで。 古文と一口に言っても、『万葉集』と『おくのほそ道』のあいだには九百年あります。いまの日本語と『おくのほそ道』の差より、『おくのほそ道』と『万葉集』の差のほうが大きい。だから、読もうとしている作品が地図のどこにあるかを知らないと、規則の当てはめ方を間違えます。この課は一枚の地図です。細かい背景は世編「世」で扱うので、ここでは全体の形だけ持ってください。 現代語に残っている形 いまの日本語にも、時代の層があります。「いとをかし」と聞けば平安、「ござる」「〜でござる」なら江戸の武士、「〜候」なら手紙の文体。テレビの時代劇で、言葉づかいが時代を示していることを、あなたはすでに知っています。古文の地図は、その感覚を四つの時代に整理したものです。 古文ではこうなる 時代 およそ 言葉の特徴 この課程で読む作品 上代(奈良まで) 〜794 年 仮名がまだ無く、漢字で音を写す(万葉仮名)。母音が八つあったとされる 『万葉集』『古事記』(特別編) 中古(平安) 794〜1185 年 仮名が成立し、和文が花開く。敬語が濃く、主語を省く。この課程の文法の基準 『竹取物語』『古今和歌集』『土佐日記』『枕草子』『源氏物語』『更級日記』『大和物語』 中世(鎌倉・室町) 1185〜1600 年 和文に漢語が混じる(和漢混淆文)。武士の言葉、仏教の語。説話・随筆・軍記 『宇治拾遺物語』『方丈記』『徒然草』『平家物語』『太平記』『新古今和歌集』 近世(江戸) 1600〜1868 年 町人の文学。俳文・浮世草子・浄瑠璃。文語と口語が分かれ、文語は擬古文になる 『おくのほそ道』『雨月物語』西鶴・近松 この課程の文法は、 中古(平安)の和文を基準 にしています。理由は二つあります。一つは、高校の古文文法がそこを基準にしていて、辞書もそれに合わせて作られていること。もう一つは、中世・近世の文語がすべて平安の和文を手本にして書かれていることです。平安の和文が読めれば、後の時代の文語は「平安の和文+漢語」として読めます。 ただし、読む順は時代順ではありません。第 1 期の読み物は中世の『宇治拾遺物語』です。説話は文が短く、敬語が少なく、話が面白い。平安の『源氏物語』は敬語が最も濃く主語の省略が最も多いので、第 5 期に置いてあります。 地図は時代順、順路は易しい順 です。 時代ごとに何が変わるか 仮名の成立(上代→中古)。 漢字で音を写していたのが、平仮名・片仮名になる。これで和文が書けるようになり、女性の日記と物語が生まれる。 漢語の流入(中古→中世)。 『平家物語』の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」は、漢語(音読み)が和文に混じる文体。仏教の語も増える。語編で漢語をまとめて扱う。 文語と口語の分離(中世→近世)。 話し言葉は変わり続けたが、書き言葉は平安を手本にし続けた。だから近世の文語は、話し言葉から遠い「擬古文」になる。芭蕉の文が平安の文法で読めるのは、このため。 原文で確かめる 四つの時代から一文ずつ並べます。読めなくて構いません。 手ざわりの違い だけ感じてください。 田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ [1] 上代の歌人、山部赤人。『百人一首』では四番。語は全部いまの日本語にあり、「つつ」で歌が終わる形だけが古い。 今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹をとりつつ、万の事につかひけり。 [2] 中古の物語、『竹取物語』の書き出し。「けり」で文が終わり、「いふ」「つかひ」に歴史的仮名遣いが見える。 つれづれなるままに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。 [3] 中世の随筆、『徒然草』。文体は平安の和文そのままで、これが「後の時代も平安を手本にした」ということ。 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。 [4] 近世の俳文、『おくのほそ道』の書き出し。「百代の過客」は漢語で、李白の文の引用。和文の骨に漢語を載せている。 読み上げと音読 四つの文を、読み上げで続けて聞いてください。歌は五七五七七の切れ目で息が入り、物語と随筆は「、」ごとに、俳文は漢語のところで重くなります。 時代の違いは、耳でも分かります。 そのあと、四つとも声に出して読んでください。「うち出でて」は「うちいでて」、「いふ」は「いう」、「つかひけり」は「つかいけり」、「行きかふ」は「ゆきかう」です。 練習 次の作品を四つの時代に振り分けてください: 『源氏物語』『平家物語』『万葉集』『おくのほそ道』『枕草子』『宇治拾遺物語』。 「地図は時代順、順路は易しい順」の理由を、『宇治拾遺物語』と『源氏物語』を例にして一文で説明してください。 四つの時代の文を、読み上げのあとで一度ずつ音読してください。 この課のまとめ 上代(〜794)・中古(〜1185)・中世(〜1600)・近世(〜1868)。この課程の文法は中古の和文が基準。 変化の節目は三つ: 仮名の成立、漢語の流入、文語と口語の分離。 読む順は易しい順。第 1 期は中世の説話から。 次の課へ ここで門は終わりです。1.1 から音編「音」に入り、歴史的仮名遣いをいまの音で読む八つの規則を、一つずつ片づけます。最初は「ゐ・ゑ・を」です。 答え 上代: 『万葉集』/中古: 『源氏物語』『枕草子』/中世: 『平家物語』『宇治拾遺物語』/近世: 『おくのほそ道』。 (例)『宇治拾遺物語』は中世で時代は後だが、文が短く敬語が少ないので第 1 期に読む。『源氏物語』は中古で時代は先だが、敬語が濃く主語の省略が多いので第 5 期に回す。 読みの目安: たごのうらに うちいでてみれば しろたえの ふじのたかねに ゆきはふりつつ/いまはむかし、たけとりのおきなというもの ありけり。のやまに まじりて、たけをとりつつ、よろずのことに つかいけり。 参考文献 山部赤人の歌。『小倉百人一首』四番(Wikisource 版)。パブリックドメイン。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首 『竹取物語』冒頭(國民文庫)。パブリックドメイン。漢字は通行の字体に改め、踊り字を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/竹取物語_(國民文庫) 兼好法師『徒然草』序段(國文大觀)。パブリックドメイン。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 松尾芭蕉『おくのほそ道』冒頭(Wikisource 版)。パブリックドメイン。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/おくのほそ道