The House of Usna — Fiona Macleod
はしがき コノール・マック・ネサは西歴の始めごろ、アルスタアの王であって、同時に 愛蘭 ( アイルランド ) 諸王の盟主であった。ある歴史家の言に依れば、コノール王の治世はちょうどキリストが人間としてこの世に在った頃と同時だろうということである。 コノールはレッド・ブランチと名づけられた騎士の一団をつくり――これは主として史詩にのみ唄われているが、実はアーサア王のラオンド・テーブルの先駆とも云うべきものであった――彼の人格と国民の勢力に依って(彼の国民は Ultonians と呼ばれていた) 愛蘭 ( アイルランド ) 全国の王となり、国内の諸国を合せて一国となし、永久に彼と彼の子孫がその上に君臨すべき希望を持っていた。 そういう希望を持ちながら、コノールは予言者の予言も神々の意志も眼中に置かなかった。長いこと計画していたことであったが、彼は残忍な卑怯な手段を以て 蘇格蘭 ( スコットランド ) のゲエル人の勇士ナイシイとその二人の弟たちを殺した、彼等の父なる勇将ウスナは在世中つねにコノールの味方であり、戦争にも平和にもいつも彼と行動を共にしていた人であったが。この劇の時代は、デヤドラとウスナの子たちの伝説に語り伝えられているデヤドラの出奔から四年ほど経った頃である。もっと明瞭な時をいえば、コノール王の大事に育てていたデヤドラ(其時代の最も美しかった婦人で、其誕生当時すでに大なる不幸が予言されてあったにも拘らず、コノールは彼女を自分の王妃とする心算でいた)をナイシイが愛し、デヤドラがナイシイを愛した為にコノールはその執念ぶかい恨を晴らすためナイシイ及びその二人の弟たちを殺してしまった、その翌年の事である。 王としてあるまじきこの不面目なる行為のため、コノールの嗣子コルマック・コンリナスは他の将軍たちと共にコノールを捨てて、王の強敵メーブ女王の軍に投じた、女王はその時中部及び西部の諸軍を率いてコノール王のアルトン国を攻めに行く中途であった。この時、勇士コナイル・カルナ及び彼の有名なる少年英雄クウフリンの二人だけはコノール王に信義を守って敵方に行かず、神々の御心に背いてまでも花々しく勇戦したのであった。 ちょうどこの時、コルマック・コンリナスは再びコノール及びレッド・ブランチ党を援けるために帰国しようと決心したのであったが、 琴手 ( ことひき ) クレーヴシンの妻に対する深い愛を捨てかねて、彼女と二人、クレーヴシンのために焼き殺されてしまった。 この劇の始まる時、コノールはデヤドラに対する癒しがたき失恋の為、また不名誉なる復讐と其結果のため、殆ど狂気になろうとしているのであるが、彼と彼の家また彼の国にこの新しい不幸が来たことをまだ知らないのである。真実のことを言えば、国の南に北に西に東に渡る血の中に 愛蘭 ( アイルランド ) の星の沈む時がもう眼の前に迫っているのであった。 [#改ページ] 人 コノール・マック・ネサ アルスタアの王にして 愛蘭 ( アイルランド ) の大王 デュアック 聖僧 ( どるいど ) コエル 老いたる盲目の 琴手 ( ことひき ) クレーヴシン 琴手 ( ことひき ) 、コナイリイ・モル王の臣 マイネ 少年 アルトン族の勇士等 (このほか舞台に見えないで) コルマック・コンリナスと美人アイリイの焼けた死体を持って哀哭しつつ深林を通り過ぎる人々 琴ひきの唄に 合せる ( コーラス ) 合唱隊の人々 [#改ページ] 第一場 松と樫の茂っている森の中の空地、樹幹の際に落日の静かな火が赤く見えている。乱れた人声が、どこかよほど遠くの方に聞える。この時、髪をふり乱した狂暴な姿の男が鹿皮の衣をまとい緊皮の脛衣を着けて、あたりを見廻しながら馳け出して樹から樹へと隠れて走る。長い黒い巻毛がその不恰好な肩に乱れかかって、左腕は 吊腕 ( うでつり ) 帯でつり上げ、右手は槍を持っている。彼はやがて立ち止まって一心に何かを聴く。不意に彼は槍を持上げたが又 徐 ( しず ) かにそれを下げる、そこへ白衣を着た盲目の老人が、平たい金の輪を腰に帯び頭には樫の小枝の 髪紐 ( かみひも ) を巻き、杖にすがりながら出て来る。 コエル わしの身ぢかにおるのは誰か? わしの耳には、 激 ( せわ ) しい息づかいが聞える……人を追う者か……それとも、追われる者の息づかいのような。 クレーヴシン 聖僧 ( どるいど ) よ、わしは他国のものだ。ここは何という 土地 ( ところ ) であろう? あなたの名は? コエル わしは 聖僧 ( どるいど ) コエル…… 盲目 ( めくら ) の 老人 ( としより ) の 琴手 ( ことひき ) コエルだ。 クレーヴシン わしも、やっぱり、 琴手 ( ことひき ) だ、 聖僧 ( どるいど ) ではないが。わしは 琴手 ( ことひき ) クレーヴシンというもの、大王コナイリイ・モルの将軍であり楽人の 長 ( かしら ) でもある。 琴手 ( ことひき ) コエル、わしは 至聖所 ( かくれば ) がほしい! 至聖所 ( かくれば ) がほしい……はやく! はやく! コエル だれから隠れるために? この時入り乱れた人声前よりも高く聞えて、次第に高くなり、やがてぱったり止む。 クレーヴシン (槍を振りながら) 彼等 ( あれら ) から隠れるために。 コエル ここにいればお前は無事だ。聞かしてくれ、クレーヴシンとかいう人、コノール大王のお子コルマック・コンリナスは今どこにおられる? コノール王がウスナの子たちを亡して、ウスナの家の誇りであったナイシイの妻デヤドラがその大なる悲しみのため死なれた今、コルマックは一度見捨てた父君をまた助ける為に、いま北に向いておかえりなさるであろうか? クレーヴシン (あらあらしい嘲笑を以て)おう、ネサの子コノールは、まことに偉大なる王である! うつくしいデヤドラの幼い時から我が妻にしようと育て上げたのを、ナイシイが鷹のように 浚 ( さら ) うて北の国に連れて逃げた、二人は恋し合うていて王を笑うた。その後、コノール王は 愛蘭 ( アイルランド ) からアルバの国までナイシイの後を追うて行ったか? いや! コノール王はデヤドラの愛人の胸に剣を突き刺したか? 否! 三年のあいだ王は山かげの狼が遠くの羊の牧を見ているように、手も出さず待っていた……それから、王は優しい言葉でナイシイと其二人の弟の勇士たちと、美しいデヤドラまでも誘うて、尊い王者の保証を与えた……それから、ははっ! それから、剣のひびき、それから、赤い血の泉、ウスナの家は万人に対するにただ三人の勇しい戦をたたかうたのであった……それから、三人の悲しい尊い死があった……そして、デヤドラは、ああ不思議なことよ、コノールは 終 ( つい ) にデヤドラを 奪 ( と ) り得たであろうか? 否! 否! デヤドラは愛した人の側に伏して死んでしまうた、ウスナの子ナイシイの屍の側に伏して! 美しいデヤドラこそは、まことの女王だ! コエル (杖をあげて)お前は誰か? お前は誰か? 此処には、コノール王の敵のための 至聖所 ( かくれば ) はない! クレーヴシン (泣くような哀哭の声を高くして)わしはウスナの家の声だ、永久に、永久に、風の中になげく声だ「王者は塵に横わり、貴人は辱しめられ、強国の勇士は 葦 ( あし ) を振る剣士の如く、草をしごく槍手の如く影を追い影にあこがるる人の如くなろう!」とその声は歎いておる。(しばらく沈黙)ああ、盲人コエル、日にかけて風にかけて言う、わしは、無道にもウスナの子たちを殺した者どもを刺すための、折れた槍だ……コノール王を狂気に突き煽る槍だ! コエル (怒って)愚かな狂人、かくさずに言え、お前はコノール王のおん子コルマック・コンリナスの怒を恐れて逃げたものではないか? クレーヴシン (嘲り笑う)コノール王の子のコルマックか! コルマック・コンリナス! あの金髪のコルマックか! いや、いや、老人、わしは美少年コルマックの怒を恐れて逃げては来ぬ! わしばかりではない、あの美少年のコルマック、太子のコルマック、コノールの子のコルマックから逃げるものは、もう一人もありはせぬ。 コエル (怒って)なに! 王のおん子が死なれたか……人手にかかって死なれたか? クレーヴシン (近く寄り来て、前と違った声で低く語る)老人、わしの国にもデヤドラに劣らぬうつくしい女がいた。女は、コルマックという名の……コルマック・コンリナスという名の、アルトン人を恋した。コナイリイ・モル大王は激怒されて、女の 意志 ( こころ ) を顧みず其男を国外に追い払うた、そして女を此わしに下された、わしはその女を愛して居ったが、女はわしを憎んでいた。わしは女を自分の砦に伴れて行った。が、そのコルマックという男がわしの砦に来て女を見つけ出した……そして、わしは……わしも、やっぱり、不意に砦に帰って来て、コルマックが来ておるのを見つけ出した! 長く引く 哀哭 ( なげき ) の歌声きこえる。 コエル 黙って! あれは何か? クレーヴシン あれか?……あれはコルマックと美しいアイリイの死体をコノールの許に持って来る人々の 哀哭 ( なげき ) の声だ。(不意に飛び退って又高く叫ぶ)ああ盲人コエル、わしは自分の砦に火をつけた、そして二人が寝ておる寝室に赤い 火焔 ( ほのお ) が迫った時わしは笑うた……二人は死んだのだ、コルマックとアイリイが、この 琴手 ( ことひき ) クレーヴシンのうれしい死の唄につれて! 二つの焼焦げの丸木をあのなげく者どもは今になうて行く……ああ、ああ! 彼がかく叫ぶ時一本の槍が舞台を左から右に横切って飛び来る、また一本、また一本、三本目の槍がクレーヴシンの足もとの地に突き通る。物すごい叫声きこえる――突進する人々――六人あるいは八人ぐらいのアルトン族の勇士等叫びながら飛び来てクレーヴシンを捕える。 勇士たち 死ね、 琴手 ( ことひき ) よ!――死ね、王のおん子を殺した 琴手 ( ことひき ) クレーヴシン! [#改ページ] 第二場 舞台の後方、月のひかりに、樹木になかば隠れた古城の壁がぼんやり見える。右手、月のささぬ暗い陰に、一本の樫の樹がある。コノールは白い上衣をまとい、黄金の 髪紐 ( かざり ) を頭に巻き、無言のまま樫の樹によりかかっている。王の前方に、月光の中に、少年マイネ、鹿皮の衣をつけて、地に横たわり王の方を見ながら、七つの孔ある 蘆 ( あし ) の笛を物しずかに吹いている。 コノール しっ! マイネふきやめる……。 コノール (ゆっくり進み出る)デヤドラはどこにいる? マイネ (身じろぎもせず、和らかく笛を吹く) コノール ( 徐 ( しず ) かに進み来て、マイネのすぐ側に立って無言で彼を見下ろす)デヤドラはどこにいる? マイネ (彼の口から笛を離して、低く長くひく 哀哭 ( かなしみ ) の声でいう)デヤドラは死なれた、うつくしいデヤドラは死なれた、死なれた! コノール わしの夢の声もそういうておる。 マイネ デヤドラは死なれた! うつくしいデヤドラは死なれた、死なれた! コノール (口のうちにつぶやく) 智者 ( かしこい ) デュアックは…… 智者 ( かしこい ) デュアックはどこにおる? かれはこう言うた「よるの木の葉のささやきに、新しい風の 最初 ( いやさき ) の歎きの息に、波の声のなかに、 嘗 ( かつ ) てありしことは聞かれ、やがて来るべきことも知らされる」と。おう、わが心のこころ……デヤドラよ、わが恋、わが 欲望 ( のぞみ ) ! マイネ (立ち上がり無言のまま樫の樹の下に行き、樹に寄りかかり、影の中に身を置く) コノール わがこころの心、デヤドラ! わが恋のなかの恋、すべての 欲望 ( のぞみ ) の中の一つの 欲望 ( のぞみ ) ――あの静かなところにいては、ロアンのように赤いあの赤い唇から何の声も出すことは出来ないのか? この世に、王の 悲哀 ( かなしみ ) のごとき 悲哀 ( かなしみ ) はない。夢のなかの夢、わしはわが 欲望 ( のぞみ ) の達する日まで 凡 ( すべ ) ての夢を踏みにじっていた、そして其日が来た時、お前はわしの手から盗まれてしまうた。心の中を見れば、王だとて豚の 守 ( も ) りする豚飼もおなじこと、奴隷もおなじことである。うつくしいナイシイを殺したのは、わしであったか? ウスナの子たちを殺したのは、わしであったか? 日にかけて、月にかけて、わしではなかった! デヤドラの美しさがあの人たちを殺したのだ。ああ、あまりにすぐれた、痛みを覚えるほどの美しさ! わが愛の愛デヤドラ、わが 悲哀 ( かなしみ ) の中のかなしみ、わが歎きのなかのなげき! この悲しみのために、わしは老いてしまうた。いかなる偉大な王と 雖 ( いえど ) も、女の愛のためには滅びることを免れ得まい。 彼女 ( あれ ) は眠っている、眠っている、死んだのではない! わしは 居室 ( へや ) に行って呼んで見よう、美しいものよ、眼をさませ! わしだ、コノール王だ! と言って見よう。 彼女 ( あれ ) に聞えるかも知れぬ、彼女は白い両手を森のしげみにかくれる白鳩のように髪の毛の中に入れるであろう、星のような 彼女 ( あれ ) の眼をわしは見ることが出来よう、 黎明 ( しののめ ) のように蒼じろく美しい 彼女 ( あれ ) の顔も、あけぼのの水のような 彼女 ( あれ ) の唇も見ることが出来よう。 彼女 ( あれ ) は溜息するかも知れぬ。そしたら、わしの心は夏の日の草に消える風のように消えるであろう、そしてわしは笑おう、自分が全世界の王となり、むかしの代の神々の如きものとなって、その神々よりも 最 ( も ) っと偉大であることを、その神々よりも最っと偉大であることを! マイネ (陰の中よりしずかにうたう)デヤドラは死なれた! 美しいデヤドラは死なれた、死なれた! コノール ( 徐 ( しず ) かに身をふり向けて、その声の来る陰の方を見る)ものいうたのは誰か? 沈黙。 コノール 今ものいうたのは誰か?(再び元の方に向いて)わしの心の脈の音だったか。デヤドラが死んだという者は嘘をいうておる。ウスナの子たちは死んだ。ナイシイの 屍体 ( ちり ) は、地の虫どものなかに朽ち果てよ。彼こそ