The Hostage: A Drama in Three Acts — Paul Claudel
L TA………悦子 FAUSTA………幸子 BEATA………福子 悦。今、春と夏とのさかひ、このひと時…… 幸。 今宵 ( こよひ ) と 明日 ( あす ) とのさかひめに、ひとつ 介 ( はさ ) まるこの時よ…… 福。眠れ、 眠入 ( ねい ) らで、日のまたも 生 ( うま ) るる前に…… 悦。 夜 ( よる ) 無き 夜 ( よる ) に…… 幸。影みせぬ 百鳥 ( もゝとり ) の 羽掻 ( はねがき ) 絶間 ( たえま ) なく、 明 ( あ ) けぬればその歌をきかむ…… 悦。……若葉は 戰 ( そよ ) ぎ、 一聲 ( いつせい ) ほのかに、さゞめき低く、 物音 ( ものおと ) して…… 幸。 瀧 ( たき ) の 音 ( おと ) は遠し、風は吹きすぐ。 悦。春過ぎて、 福。あすは、それ、 眞夏 ( まなつ ) の 初 ( はじめ ) 。 幸。日の 光 ( ひかり ) 無量 ( むりやう ) 。 悦。 地 ( ち ) の 果 ( み ) も 無量 ( むりやう ) 。 幸。日は永し、 福。空清し、 照日 ( てるひ ) 妙 ( たへ ) なり。 悦。さて、いまだ 夜 ( よ ) は 明 ( あ ) けず、 幸。しばし、まだ…… 悦。…… 更 ( かう ) 闌 ( た ) けて 曉方 ( あけがた ) 近く…… 福。今こそは、夏の 來 ( こ ) ぬ 間 ( ま ) の 終 ( はて ) の 夜 ( よる ) 。 幸。あはれ深き、こよひかな。 悦。見よ、 絶間 ( たえま ) 無きかの 相圖 ( あひづ ) を 空 ( そら ) に 聳 ( そび ) やぐあの松林…… 幸。 鬱 ( うつ ) として 嚴 ( おご ) そかに立てる影かな。 悦。歌へ、語れ、呼ばはれ、鳥よ、 容鳥 ( かほどり ) よ。 福。 噫 ( あゝ ) 、われら、 正 ( まさ ) しくも受く 可 ( べ ) き 福 ( さいはひ ) を取らずして、 空 ( むな ) しく 唯 ( たゞ ) に過ぐべきか、 またと無き夜をあだにして。 幸。この 一刻 ( いつこく ) にすべては定まらむ。 悦。一年のいとも貴き 一語 ( いちご ) なり。 憧 ( あこが ) れて、語り 出 ( い ) でたき地の言葉。 幸。また 空 ( そら ) の言葉。 胸もとどろなる空、すべてを知つて時を待つ 空 ( そら ) の言葉か。 悦。 曙 ( あけぼの ) と夕暮とけぢめなき時 幸。夢見る 晝 ( ひる ) の胸の上 眠りてあれば、やうやうに、記憶の綱は解かれ來て、 福。 悔 ( くい ) も 望 ( のぞみ ) も消えうせつ、 悦。殘るはなに。 福。さいはひぞ。 悦。われは聞く、 唯 ( たゞ ) 微風 ( そよかぜ ) の音なひ 咽 ( むせ ) び泣く水の 聲 ( こゑ ) 、 幸。……わが胸の音もきこえず…… 悦。 忽 ( たちま ) ち 流星 ( りうせい ) あり、長く光を 曳 ( ひ ) いて、 終 ( つひ ) に飛散すれど、 福。おん身が聞きえぬならむ。 悦。 天 ( あま ) の戸はしばし開けて、 幸。 唯 ( たゞ ) 夜 ( よる ) を示すのみ。 福。おん身に見えぬならむ。 幸。おん身も何か語り給へ、ここなる 一人 ( ひとり ) とわれとに、吾等 二人 ( ふたり ) に。 福。 粧 ( よそほ ) ひ 飾 ( かざ ) りたるわれら 三人 ( さんにん ) …… 悦。 腕 ( かひな ) も胸もあらはに…… 幸。腰うちかけて…… 福。 空 ( そら ) を仰ぎて…… 幸。ともに皆、顏 見合 ( みあ ) はさず…… 悦。……腰うちかけて、身は 半 ( なかば ) 、 仰向 ( あをむき ) なれば、 式 ( しき ) の 袍 ( うはぎ ) の 裳裾 ( もすそ ) には、 金 ( きん ) を飾れる足の指。 幸。わが愛する人は…… 悦。……あくる朝、わが 夫 ( つま ) となる人、 いつまでも愛し給ふか。 幸。わが愛する人、 旅に 出 ( い ) でゝ遠くある 人 ( ひと ) 、 あすにならば 歸 ( かへ ) り給ふか。 福。わが愛する人は、 世にあらず、いつの朝もわれに返さじ。 悦。さては、はや世に無き君か。 幸。いつの朝もかの君をおん身に返さじ、 福。いつまでも、いつまでも、君は忘れじ。 悦。しかも、おん身はさきのほど、世の 福 ( さいはひ ) を説き給ひぬ。 福。滅ぶるものは身にとりてすべて 空 ( くう ) なり。 幸。すべての 空 ( くう ) となる時に、殘るはなにぞ。 福。 晝 ( ひる ) にあらず、 夜 ( よる ) にあらざるこの 一刻 ( ひととき ) 。 幸。 始 ( はじめ ) ある物は 終 ( をはり ) あり。 福。 唯 ( たゞ ) ひとつ終なきもの、 春と夏とのさかひ、今ひと時。