The Tale of Genji, Chapter 49: 総角 — Murasaki Shikibu
源氏物語 心をば火の思ひもて焼かましと願ひき 身をば煙にぞする (晶子) 長い年月 馴 ( な ) れた 河風 ( かわかぜ ) の音も、今年の秋は耳騒がしく、悲しみを加重するものとばかり宇治の姫君たちは聞きながら、父宮の御一周忌の仏事の用意をしていた。大体の 仕度 ( したく ) は源中納言と山の 御寺 ( みてら ) の 阿闍梨 ( あじゃり ) の手でなされてあって、 女王 ( にょおう ) たちはただ僧たちへ出す法服のこと、経巻の 装幀 ( そうてい ) そのほかのこまごまとしたものを、何がなければ不都合であるとか、何を必要とするとかいうようなことを周囲の女たちが注意するままに手もとで作らせることしかできないのであったから、 薫 ( かおる ) のような後援者がついておればこそ、これまでに事も運ぶのであるがと思われた。 薫は自身でも出かけて来て、除服後の姫君たちの衣服その他を周到にそろえた贈り物をした。その時に阿闍梨も寺から出て来た。二人の姫君は 名香 ( みょうこう ) の飾りの糸を組んでいる時で、「かくてもへぬる」(身をうしと思ふに消えぬものなればかくてもへぬるものにぞありける)などと言い尽くせぬ悲しみを語っていたのであるため、結び上げた 総角 ( あげまき ) (組み紐の結んだ 塊 ( かたまり ) )の 房 ( ふさ ) が 御簾 ( みす ) の端から、 几帳 ( きちょう ) のほころびをとおして見えたので、薫はそれとうなずいた。 「自身の涙を玉に 貫 ( さ ) そうと言いました 伊勢 ( いせ ) もあなたがたと同じような気持ちだったのでしょうね」 こうした文学的なことを薫が言っても、それに応じたようなことで答えをするのも恥ずかしくて、心のうちでは 貫之 ( つらゆき ) 朝臣 ( あそん ) が「糸に 縒 ( よ ) るものならなくに別れ 路 ( ぢ ) は心細くも思ほゆるかな」と言い、生きての別れをさえ寂しがったのではなかったかなどと考えていた。 御仏 ( みほとけ ) への願文を 文章博士 ( もんじょうはかせ ) に作らせる下書きをした 硯 ( すずり ) のついでに、薫は、 あげまきに長き契りを結びこめ同じところに 縒 ( よ ) りも合はなん と書いて大姫君に見せた。またとうるさく女王は思いながらも、 貫 ( ぬ ) きもあへずもろき涙の玉の緒に長き契りをいかが結ばん と返しを書いて出した。「逢はずば何を」(片糸をこなたかなたに縒りかけて合はずば何を玉の緒にせん)と薫は歎かれるのであるが、自身のことを正面から言うことはできずに、 洩 ( も ) らす 溜息 ( ためいき ) に代える程度により口へ出しえないのは、姫君のあまりに高貴な気に打たれてしまうことが多いからであった。それで 兵部卿 ( ひょうぶきょう ) の宮と中の君の縁組みのことを熱心なふうに言い出した。 「それほど深くお思いになるのでなく好奇心をお働かせになることが多くて、お申し込みになったのを、冷淡にお扱われになるために、負けぬ気を出しておいでになるだけではないかと、私は考えもしまして、いろいろにして御様子を見ていますが、どうも誠心誠意でお始めになった恋愛としか思われません。それをどうしてただ今のようなふうにばかりこちらではお扱いになるのでしょう。ものの判断がおできにならぬほどの少女ではおられない 聡明 ( そうめい ) なあなたの御意見をよく伺いたいと私は思っているのですが、いつまでも御相談相手にしてくださいませんのは、私の純粋な信頼をおくみいただけない、恨めしいことだと思っています。可否だけでも言ってくださいませんか」 薫はまじめであった。 「あなたの御親切に感謝しておりますればこそ、こんなにまで世間に例のございませんほどにもお親しくおつきあい申し上げているのでございます。それがおわかりになりませんのは、あなたのほうに不純な点がおありになるのではないかと疑われます。少女でもないとおっしゃいますが、実際こんな寄るべない身の上になっていましては、ありとあらゆることを普通の人であれば考え尽くしていなければなりませんのに、どんなことにも幼稚で、ことに今のお話のようなことは、宮が生きておいでになりましたころにも、こんな話があればとかそうであればとか将来の問題としてほかの話の中ででもおっしゃらなかったことでしたから、やはり宮様のお心は、私たちはただこのままで、他の方のような結婚の幸福というようなことは念頭に置かずに一生を過ごすようにとお考えになったに違いないとそう思っているものですから、兵部卿の宮様のことにつきましても可否の言葉の出しようがないのでございます。けれど妹は若くて、こうした 山陰 ( やまかげ ) に永久に朽ちさせてしまうのがあまりに心苦しゅうございましてね、なにも私と同じ道を取らずともよいはずであるとも考えられまして、ほかのほうのことも空想いたしますが、どんな運命が前途にありますことか」 と言って、物思わしそうに大姫君の歎息をするのが哀れであった。中の君の結婚談にもせよはっきりと年長者らしく、若い貴女は縁組みの話の賛否を言い切りうるはずはないのである、と同情した薫は、別の所で例の老女の弁を呼び出して、 「以前は宮様を仏道の導きとしてお 訪 ( たず ) ねしていたものですが、お心細くお見えになるようになった御 薨去 ( こうきょ ) 前になって、お二方の将来のことを私の計らいに任せるというような仰せがあったのですよ。ところが宮様の御希望あそばしたようになろうとは姫君がたはお思いにならないで、限りなくささげる尊敬と熱情を無視されるのですから、何か別に対象とあそばされる人があるのではないかという疑いとでもいうようなものが私の心に起こってきましたよ。あなたは世間で言っていることも聞いておいでになるでしょう、変わった性情から私は人間並みに結婚をしようというような考えは全然捨てていたものでした。それが宿命というものなのでしょうか、こちらの姫君に心をお 惹 ( ひ ) かれすることになって、今ではもう世間の 噂 ( うわさ ) にも上っているだろうと思われるまでになっているのですから、できることなら宮様の御遺志にもかなう結果を生じさせたいと私の思うのは、勝手なことかはしれませんが、だれからも批難をされないでいいことかと思う。例のあることだしね」 と薫は話し続け、また、 「兵部卿の宮様のことも、私がお勧めしている以上は安心して御承諾くだすっていいものを、そうでないのはお二方の女王様にそれぞれ別なお望みがあるのではないのですか。あなたからでもよく聞きたいものですよ。ねえ、どんなお望みがあるのだろう」 とも、物思わしそうにして言うのであった。こんな時によくない女房であれば、姫君がたを批難したり、自身の立場を有利にしようとしたり試みるものであるが、弁はそんな女ではなかった。心の中では二人の女王の上にこの縁がそれぞれ成立すればどんなにいいであろうとは思っているのであるが、 「初めからそんなふうに少し変わった御性格なのでございますからね。どうして、どうしてほかの方を対象にお考えなどなさるものでございますか。女房なども宮様のおいでになりました当時と申しても何の頼もしいところのある親王家ではなかったのですから、わが身を犠牲にしますのを喜びません人たちは、それぞれに相当な行く先を作ってお暇をとってまいるのでございましてね。昔のいろいろな関係で切るにも切られぬ主従の御縁のある人でも、こんなにだれもが出て行ってしまいますのを見ておりましては、しばらくでも残っているのがいやでならぬふうを見せましてね、そしてまたその人たちは姫君がたに、『宮様の御在世中はお相手によって尊貴なお家を傷つけるかと御遠慮もあそばしたでしょうが、お心細いお二人きりにおなりになったのですもの、どんな結婚でもなすったらいいはずです、それをとやかくと言う人はもののわからぬ人間だとかえって軽蔑あそばしたらいいのです、どうしてこんなふうにばかりしておいでになることができますか、松の葉を食べて行をするという坊様たちでさえ、生きんがために都合のよい一派一派を開いていくものでございますから』などと、こんないやなことを申しましてね、若い姫君がたのお心を苦しめまして利己的に媒介者になろうといたしますが、女王様はそんな浮薄な言葉にお動きになるような方がたではございません。お妹様だけには人並みな幸福を得させたいとお考えになっているようでございます。こうした 路 ( みち ) のたいへんな所へ御訪問をお欠かしあそばさないあなた様の御好意は長い年月の間によくおわかりになっていらっしゃることでもございますし、ただ今になりましてはことさらあなた様のあたたかい御 庇護 ( ひご ) のもとにいらっしゃるわけでございますからね。大姫君は中の君様をお望みになればとそう 希 ( ねが ) っていらっしゃるらしゅうございます。兵部卿の宮様からお手紙は始終おいただきになるのですが、それは誠意のある求婚者だとも認めておられないようでございます」 弁は姫君の意志を伝えようとしただけである。 「宮様の御遺言を身に 沁 ( し ) んで承った私は、生きているかぎりこちらのお世話を申し上げる義務があると思うのですから、両女王のどなたでもお許しくだされば結婚してもいいわけですが、同じことのようで、しかも姫君が中姫君のために私を 撰 ( えら ) んでくださいましたことはうれしいことですが、ともかくも私が捨てたい世にただ一つ深く心の惹かれる感じを味わい、また死後までもこの思いは残ろうと思った方から、ほかの方へ愛を移すことはできるものでありませんよ。改めて心をそう持とうとしても無理なことです。私の望むところは世間並みの恋の成立ではありません。ただ今のようなふうに何かを隔てたままでも、何事に限らず話し合う相手にいつまでもなっていていただきたいだけです。私には 姉妹 ( きょうだい ) などでそうした間柄になりうるような人もなくて寂しいのですよ。人生の身にしむ点も、おもしろいことも、困ることも、その時その時ただ一人で感じているだけであるのが物足りないのです。 中宮 ( ちゅうぐう ) はあまりに御身分が高過ぎて、なれなれしく私の思うとおりのことを何から何まで申し上げられないし、三条の宮様は母とも思われぬ若々しいお気持ちの方ではありましても、子は子の分があって、どんな話も申し上げるというわけにはゆきません。そのほかの女性というものはすべて皆私には遠い遠い所にいるとしか考えられませんで、私にいつも孤独の感を覚えています。心細いのですよ。その場かぎりの戯れ事でも恋愛に関したことはまぶしい気がして、人から見れば見苦しい 頑固 ( がんこ ) な男になっているのです。まして深く恋しく思う方にはそれをお話しすることも困難なことに思われます。恨めしく思ったり、悲しんだりしている恋の 悶 ( もだ ) えもお知らせすることができなくて、われながら変わった生まれつきが憎まれます。 兵部卿 ( ひょうぶきょう ) の宮のことも私がお受け合いする以上は不安もなかろうと思って任せてくだすってよさそうなものですがね」 こんなことを 薫 ( かおる ) は言っていた。老いた弁もまたこの心細い身の上の姫君たちに上もない二つの縁が成立するようにとは切に願うところであったが、二 女王 ( にょおう ) ともに天性の気品の高さに、自身の思うことのすべてが言われなかった。 薫は今夜を泊まることにして姫君とのどかに話がしたいと思う心から、その日を何するとなく山川をながめ暮らした。この人の態度が不鮮明になり、何かにつけて 怨 ( うら ) みがましくものを言う近ごろの様子に、煩わしさを覚え出した姫君は、親しく語り合うことがいよいよ苦しいのであったが、その他の点では世にもまれな誠意をこの一家のために見せる薫であったから、冷ややかには扱いかねて、その夜も話の相手をする承諾はしたのであった。 仏間と客室の間の戸をあけさせ、奥のほうの仏前には灯を明るくともし、隣との仕切りには 御簾 ( みす ) へ 屏風 ( びょうぶ ) を添えて姫君は出ていた。客の座にも灯の台は運ばれたのであるが、 「少し疲れていて失礼な 恰好 ( かっこう ) をしていますから」 と言い、それをやめさせて薫は身を横たえていた。菓子などが客の 夕餐 ( ゆうげ ) に代えて供えられてあった。従者にも食事が出してあった。廊の座敷にあたるような 部屋 ( へや ) にその人たちは集められていて、こちらを静かにさせておき、客は女王と話をかわしていた。打ち解けた様子はないながらになつかしく 愛嬌 ( あいきょう ) の添ったふうでものを言う女王があくまでも恋しくてあせり立つ心を薫はみずから感じていた。この何でもないものを越えがたい障害物のように見なして恋人に接近なしえない心弱さは愚かしくさえ自分を見せているのではないかと、こんなことを心中では思うのであるが、素知らぬふうを作って、世間にあったことについて、身にしむ話も、おもしろく聞かされることもいろいろと語り続ける中納言であった。女王は女房たちに近い所を離れずいるように命じておいたのであるが、今夜の客は交渉をどう進ませようと思っているか計られないところがあるように思う心から、姫君をさまで護ろうとはしていず、遠くへ退いていて、 御仏 ( みほとけ ) の 灯 ( ひ ) もかかげに出る者はなかった。姫君は恐ろしい気がしてそっと女房を呼んだがだれも出て来る様子がない。 「何ですか気分がよろしくなくなって困りますから、少し休みまして、夜明け方にまたお話を承りましょう」 と、今や奥へはいろうとする様子が姫君に見えた。 「遠く 山路 ( やまみち ) を来ました者はあなた以上に 身体 ( からだ ) が悩ましいのですが、話を聞いていただくことができ、また承ることの喜びに慰んでこうしておりますのに、私だけをお置きになってあちらへおいでになっては心細いではありませんか」 薫はこう言って 屏風 ( びょうぶ ) を押しあけてこちらの 室 ( へや ) へ 身体 ( からだ ) をすべり入らせた。恐ろしくて向こうの室へもう半分の身を行かせていたのを、薫に引きとめられたのが非常に残念で、 「隔てなくいたしますというのはこんなことを申すのでしょうか。