The Tale of Genji, Chapter 54: 蜻蛉 — Murasaki Shikibu
源氏物語 ひと時は目に見しものをかげろふのあ るかなきかを知らぬはかなき(晶子) 宇治の山荘では 浮舟 ( うきふね ) の姫君の姿のなくなったことに驚き、いろいろと捜し求めるのに努めたが、何のかいもなかった。小説の中の姫君が人に盗まれた翌朝のようであって、このいたましい騒ぎはくわしく書くことができない。 京からの前日の使いが泊まって帰らなかったため、母夫人は不安がってまた次の使いをよこした。まだ鶏の鳴いているころに出立たせたと言っている使いにどうこの始末を書いて帰したものであろうと、 乳母 ( めのと ) をはじめとして女房たちは頭を混乱させていた。何のわけでどうなったかと推理してゆくことができずに、ただ騒いでいる時、浮舟の秘密に関与していた 右近 ( うこん ) と侍従だけには最近の姫君の悲しみよう、 煩悶 ( はんもん ) のしようの並み並みでなかったことから、川へ身を投げたという想像がつくのであった。泣く泣く夫人の送ってきた手紙をあけて見ると、 あまりにあなたが心配で安眠のできないせいでしょうか、今夜は夢の中であなたを見ることすらよくできないのです。眠ったかと思うと何かに襲われて苦しむのです。そんなことで気分もよろしくなくて困ります。移転される日の近くなったことは知っていますが、それまでの間をこの家へあなたを来させていたく思います。今日は雨になりそうですからだめでしょうが。 と書かれてあった。昨夜浮舟の書いた返事もあけて読みながら右近は非常に泣いた。こんな覚悟をしておいでになったので心細いようなことをお言いになったのである、小さい時から少しの隔てもなく親しみ合った主従ではないか、隠し事は 塵 ( ちり ) ほどもなかった間柄ではないか、それだのに最後に自分をおうとみになり自殺の 気 ( け ) ぶりもお見せにならなかったのは恨めしいと思うと、泣いても泣いても足らず 足摺 ( あしず ) りということをしてもだえているのが子供のようであった。悲しんでいたことにはよく気はついていたのであるが、自殺などという恐ろしいことの決行できる方とは見えず、優しい柔らかい心の持ち主だったではないかと、まだ事実を事実として信じることができずにただ悲しいばかりの右近であった。乳母はかえってはげしい驚きのために放心して、 「どうすればいいだろう、どうすれば」 とばかり言っているのである。 兵部卿 ( ひょうぶきょう ) の宮も普通でない 気配 ( けはい ) のある返事をお読みになったため、どんなふうな気になっているのであろう、自分を愛していることは確かであるが、移り気であると自分の言われていることに疑いを持っていたから、大将の手へ行くのではなくどこともなく行くえをくらまそうとするのではあるまいか、と不安でならずお思いになって使いをお出しになった。 使いが来てみると家の中は女の泣き叫ぶ声に満ちていてお手紙を受け取ろうとする者もない。どうしたことかと 下 ( しも ) の女中に聞くと、 「姫君が昨晩にわかにお 亡 ( かく ) れになりましたので、女房がたはだれも気を失ったようになっていらっしゃるのですよ。御用をお取り次ぎしましてもだめでしょう」 と言った。何の事情も知らぬ男であったから、くわしく聞くこともせずに帰ってまいった。そして山荘の出来事を取り次ぎによっておしらせしたのであった。宮は夢とよりお思われにならない。ひどく病をしているというふうでもなく、いつも気分がすぐれぬとは書いてあったが、 昨日 ( きのう ) の返事にはそれも書かず、平生のものよりも情の見えることを言って来たではないかと不思議にばかりお思われになって、 時方 ( ときかた ) に自身で宇治へ行き確かなことを調べて来るようにお命じになった。 「あの大将のお耳にどんなことがはいったのですか、 宿直 ( とのい ) をする者が忠実に役を勤めないというお 叱 ( しか ) りがあったとかで、私の侍が使いにまいったり、帰ったりいたしますのさえ、見つけますと調べ立てるようなことをする者らがあるそうなのですから、口実なしに私が行きまして、それが大将さんへ知れますとあなた様の御迷惑になることが起こるのではございませんでしょうか。そしてまた人が急病でお死にになった所などというものはおおぜいの人が集まってもいるでしょうから」 「だからといって、訳のわからぬままにしておけるものではない。何とか口実を作って行って、こちらの味方になっている侍従などに 逢 ( あ ) って、真相を確かめて来てくれ。どんなことをこういうふうに言っているかをね。下人というものはよくまちがったことを聞いて来たりするものだから」 こう仰せられる宮の御様子においたましいところの見えるのももったいなくて時方はその夕方から宇治へ出かけた。この人たちが急いで行けば早く行き着くこともできるのであった。少し降っていた雨はやんだが 泥濘 ( ぬかるみ ) の 路 ( みち ) につかれていたし、はじめから侍風に装っていたのであるし、目だつこともなく門をはいることのできた山荘の中は混雑していた。今夜のうちにお葬儀をしてしまうのであるなどと皆の言っているのを聞いて時方はひどく驚かされた。右近に面会を求めたが逢えない。 「何が何やらわからぬふうになっていまして、起き上がる力もないのです。夜分おそくにでもなりましたらおいでくださいませ。お目にかかれませんのは残念でございます」 と取り次ぎをもって言わせた。 「そうではありましょうが、こちらの御事情がわからぬままでは帰りようがありません。もう一人の方にでも逢わせてください」 時方がせつに言ったために侍従が出て来た。 「とんだことになりまして、だれも想像のできませんようなふうでお 亡 ( な ) くなりになったものですから、悲しいなどと申す言葉では私どもの心持ちは出てまいりません。夢のように思いまして、だれも皆 呆然 ( ぼうぜん ) としておりますとだけ申し上げてくださいませ。少しこうしました気持ちの納りますころになれば、その前にどんなに煩悶をしておいでになりましたかと申すことや、あの宮様のおいであそばした晩に心苦しく 思召 ( おぼしめ ) した御様子などもお話し申し上げることができるかと思います。 触穢 ( しょくえ ) の期間の過ぎました時分にもう一度またお立ち寄りください」 と言って侍従ははげしく泣く。奥のほうにも泣き声が幾いろにも聞こえて、乳母らしく思われる声で、 「お姫様どこへいらっしゃいました。帰っておいでくださいませ。御 遺骸 ( いがい ) さえ見られませんとはなんたる悲しいことでしょう。毎日毎日拝見しても飽くことのないあなた様でした。そのあなた様の御幸福におなりになるのを祈りますことで生きがいのあった私ではございませんか、それにあなた様は打ちやってお行きになりまして、どこへ行ったとも知らせてくださらない。鬼神でもあなた様を取り込めてしまうことはできないはずです。人が非常に惜しむ人は 帝釈天 ( たいしゃくてん ) も返してくださるものです。お姫様を取ったのは人にもせよ鬼にもせよ返しに来てください。御遺骸だけでも見せてほしい」 こう叫んでいるうちに不審な点のあるのに気のついた時方は、 「真相を知らせてください。だれかがお隠しになったのですか。確かに知りたく思召して、御自身の代わりにおよこしになった私は使いです。今ははっきりしないままでも事は済むでしょうがあとでほんとうのことがお耳にはいった節、御報告が違っていたものでしたら使いの罪になります。まただれだれに逢えと、御好意を持つものと思召して御名ざしになったのに対しても相済まぬこととお思いになりませんか。一人の女性に傾倒される方は外国の歴史などにもありますが、宮様のあの方への御熱愛ほどのものはこの世にもう一つとはないと私は拝見しているのです」 と言った。道理なことで、この場合の宮の御感情はさもこそと恐察される、隠しても姫君の普通の死でない 噂 ( うわさ ) は立つことであろうから、今申し上げておくほうがよいと侍従は思い、 「だれかがお隠ししたかという疑いも起こることでしたなら、こんなふうに家じゅうの人が悲しみにおぼれることもないでしょう。お悲しみになってめいったふうになっていらっしゃいましたころに、殿様のほうから少しめんどうなふうの仰せがあったのです。お母様である方も、あのわめいております乳母なども初めからの方へ迎えられておいでになりますことの用意に夢中でしたし、宮様のお志に感激しておいでになりました姫君の思召しはまた別でしたから、それでお 頭 ( つむり ) が混乱してしまったのでしょう、思いも寄らぬことになりまして心身ともに失っておしまいになったので、あの乳母のようなむちゃな叫びもされるのですよ」 さすがに正面から言おうとはせずにほのめかしていることのあるのを内記も知った。 「それではまたお静かになってから改めて伺いましょう。立ちながらの話にしてはあまりに失礼なことになります。そのうち宮様御自身でもおいでになることになりましょう」 「もったいない、それはいけません。今になりましていっさいの秘密の暴露してしまいますことは、お 亡 ( な ) くなりになりました方のためにあるいは光栄なことかも存じませんが、十分隠したく思召したことですから、秘密は秘密のままにしてお置きくださいますほうが御好志になります」 などと侍従は言い、姫君の最後が普通の死でないことをほかへ 洩 ( も ) らすまいとしていても、自然に事実は事実として人が悟ってしまうことであろうと思い、[#「、」は底本では「。」]こんな会談を長くしていることも避けねばならぬと思う心から時方を促して去らしめた。 雨の降る最中に 常陸 ( ひたち ) 夫人が来た。遺骸があっての死は悲しいといっても無常の世にいては、どれほど愛していた人でもある時は甘んじて受けなければならぬのが人生の 掟 ( おきて ) であるが、これは何と思いあきらめてよいことかと悲しがった。苦しい恋の結末をそうしてつけたことなどは想像のできぬことで、身を投げたなどとは思い寄ることもできず、鬼が食ってしまったか、 狐 ( きつね ) というようなものが取って行ったのであろうか、昔の怪奇な小説にはそんなこともあるがと夫人は思うのであった。また常に恐れている大将の正妻の宮の周囲に性質の悪い乳母というような者がいて、 薫 ( かおる ) が浮舟をここへ隠して置いてあることを知り、だまして人につれ出させるようなことがあったのではあるまいかと、召使いに疑いをかけて、 「近ごろ来た女房で気心の知れなかったのがいましたか」 と問うた。 「そんなのはあまりにこちらが寂しいと申していやがりまして、 辛抱 ( しんぼう ) もできませんで、京へお移りになればすぐにまいりますというような 挨拶 ( あいさつ ) をしまして、仕事などだけを引き受けて持って帰ったりしまして、現在ここにいるのはございません」 答えはこうであった。もとからいた女房も実家へ行っていたりして人数は少ない時だったのである。侍従などはそれまでの姫君の煩悶を知っていて、死んでしまいたいと言って泣き入っていたことを思い、書いておいたものを読んで「なきかげに」という歌も 硯 ( すずり ) の下にあったのを見つけては、騒がしい響きを立てる宇治川が姫君を 呑 ( の ) んでしまったかと、恐ろしいものとしてそのほうが見られるのであった。ともかくも死んでおしまいになった人が、どこへだれに 誘拐 ( ゆうかい ) されて行っているかというように疑われているのは気の毒なことであると右近と話し合い、あの秘密の関係も自発的に招いた過失ではないのであるから、親である人に死後に知られても姫君として多く恥じるところもないのであると言い、ありのままに話して、五里霧中に迷っているような心境をだけでも救いたいと夫人を思い、また故人も遺骸を始末するのが世の常の営みなのであるから、そのまま空で悲しんでばかりいることをしていては日が重なるにしたがい秘密は早く世の中へ知られてしまうことでもある、その体裁も相談して作るほうがよい、どうしても真実を母夫人に知らす必要があるとして、ひそかに兵部卿の宮との関係、そののち大将に秘密を悟られて姫君が煩悶した話をするのであったが、語る人も魂が消えるようになり、聞く人もさらに予期せぬ悲哀の落ち重なってきたふためきをどうすることもできないふうであった。それではこの荒い川へ身を投げて死んだのかと思うと、母の夫人は自身もそこへはいってしまいたい気を覚えた。流れて行ったほうを捜させて遺骸だけでも丁寧に納めたいと夫人は言いだしたが、もう大海へ押し流されたに違いない、効果は収めることができずに人の噂だけが高くなることははばからなければならぬことを二人は忠告した。どうすればよいかと思うと胸がせき上がってくる気のする常陸夫人は、どうと定めることもできずに 茫 ( ぼう ) としているのを二人がたすけて、車を寄せさせて姫君の常に 坐 ( ざ ) していた敷き物、身近に置いた手道具、もぬけになっていた夜具などを入れ、乳母の子の僧と、それの 叔父 ( おじ ) にあたる 阿闍梨 ( あじゃり ) 、そのまた親しい 弟子 ( でし ) 、もとから心安い老僧などで忌中を 籠 ( こも ) ろうとして来ていた人たちなどだけに真実のことを知らせ遺骸のあってする葬式のように繕わせて出す時、乳母は悲しがって泣き 転 ( まろ ) んだ。宇治の五位、その 舅 ( しゅうと ) の 内舎人 ( うちとねり ) などという以前に 嚇 ( おど ) しに来た人たちが来て、 「お葬式のことは殿様と御相談なすってから、日どりもきめてりっぱになさるのがよろしいでしょう」 などと言っていたが、 「どうしても今夜のうちにしたい 理由 ( わけ ) があるのです、目だたぬようにと思う理由もあるのです」 と言い、その車を川向かいの山の前の原へやり、人も近くは寄せずに、真実のことを知らせてある僧たちだけを立ち合わせて焼いてしまった。火は長くも燃えていなかった。 田舎 ( いなか ) の人はこうした作法はかえって都人より大事にするもので、そしてこの場合の縁起を言ったりすることもうるさいほどにするものであったから、大家の夫人の葬儀とも思われぬ貧弱な式であったと 譏 ( そし