The Fool and Death — Hugo von Hofmannsthal
為事室 ( しごとべや ) 。建築はアンピイル式。背景の右と左とに大いなる窓あり。 真中 ( まんなか ) に 硝子 ( ガラス ) の扉ありてバルコンに 出 ( い ) づる口となりおる。バルコンよりは木の階段にて庭に降るるようなりおる。左には広き 開 ( ひら ) き 戸 ( ど ) あり。右にも同じ戸ありて 寝間 ( ねま ) に通じ、この 分 ( ぶん ) は緑の 天鵞絨 ( びろうど ) の 垂布 ( たれぎぬ ) にて覆いあり。窓にそいて左の 方 ( かた ) に為事机あり。その手前に 肱突 ( ひじつき ) の 椅子 ( いす ) あり。柱ある 処 ( ところ ) には硝子の箱を据え付け、その 中 ( うち ) に 骨董 ( こっとう ) を陳列す。壁にそいて右の 方 ( かた ) にゴチック式の暗色の 櫃 ( ひつ ) あり。この櫃には 木彫 ( もくちょう ) の装飾をなしあり。櫃の上に古風なる楽器数個あり。 伊太利亜 ( イタリア ) 名家の 画 ( えが ) ける絵のほとんど 真黒 ( まくろ ) になりたるを掛けあり。壁の 貼紙 ( はりがみ ) は明色、ほとんど白色にして 隠起 ( いんき ) せる模様 及 ( および ) 金箔 ( きんぱく ) の装飾を施せり。 主人クラウヂオ。( 独 ( ひとり ) 窓の 傍 ( かたわら ) に座しおる。 夕陽 ( ゆうひ ) 。)夕陽の照す 濡 ( しめ ) った空気に包まれて山々が輝いている。棚引いている 白雲 ( しらくも ) は、上の方に 黄金色 ( こがねいろ ) の 縁 ( ふち ) を取って、その影は灰色に見えている。昔の 画家 ( えかき ) が聖母を乗せる雲をあんな風にえがいたものだ。山の 裾 ( すそ ) には雲の青い影が 印 ( いん ) せられている。山の影は広い谷間に 充 ( み ) ちて、 広野 ( ひろの ) の 草木 ( くさき ) の緑に灰色を帯びさせている。山の頂の夕焼は最後の光を見せている。あの 広野 ( ひろの ) を 女神達 ( めがみたち ) が歩いていて、手足の疲れる 代 ( かわ ) りには、 尊 ( とうと ) い草を摘み取って来るのだが、それが何だか我身に近付いて来るように思われる。あの女神達は素足で野の花の 香 ( か ) を踏んで 行 ( ゆ ) く朝風に目を覚し、野の 蜜蜂 ( みつばち ) と明るい熱い空気とに身の 周囲 ( まわり ) を取り巻かれているのだ。自然はあれに使われて、あれが 望 ( のぞみ ) からまた自然が 湧 ( わ ) く。疲れてもまた元に返る力の消長の中に暖かい幸福があるのだ。あれあれ、今 黄金 ( こがね ) の 珠 ( たま ) がいざって遠い海の緑の波の中に沈んで 行 ( ゆ ) く。 名残 ( なごり ) の光は遠方の 樹々 ( きぎ ) の上に 瞬 ( またたき ) をしている。今赤い 靄 ( もや ) が立ち昇る。あの靄の 輪廓 ( りんかく ) に取り巻かれている 辺 ( あたり ) には、 大船 ( おおぶね ) に乗って 風波 ( ふうは ) を破って 行 ( ゆ ) く大胆な 海国 ( かいこく ) の民の住んでいる町々があるのだ。その 船人 ( ふなびと ) はまだ船の 櫓 ( ろ ) の 掻 ( か ) き分けた事のない、沈黙の 潮 ( うしお ) の上を船で渡るのだ。 荒海 ( あらうみ ) の 怒 ( いかり ) に 逢 ( あ ) うては、世の常の 迷 ( まよい ) も 苦 ( くるしみ ) も無くなってしまうであろう。 己 ( おれ ) はいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。何だかこの往来、この建物の 周囲 ( まわり ) には、この世に 生 ( うま ) れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、 当 ( あて ) の知れぬ恋なぞが、靄のようになって立ち 籠 ( こ ) めているようだ。(窓に立ち寄る。) 何処 ( どこ ) の 家 ( うち ) でも今 燈火 ( あかり ) を 点 ( つ ) けている。そうすると狭い壁と壁との間に 迷 ( まよい ) や涙で包まれた陰気な世界が出来て、人の心はこの 中 ( うち ) に 擒 ( とりこ ) にせられてしまうのだ。あるいは 幾人 ( いくたり ) か 集 ( あつま ) って遠い処に行っている一人を思ったり、あるいは 誰 ( たれ ) か一人に憂き事があるというと、 皆 ( みんな ) が寄って慰めるのだ。しかし己は慰めという事を、ついぞ経験した事がない。ほんに世の中の人々は、 一寸 ( ちょっと ) した 一言 ( ひとこと ) をいうては泣き合ったり、笑い合ったりするもので、己のように手の指から血を出して 七重 ( ななえ ) に 釘付 ( くぎづけ ) にせられた 門 ( かど ) の扉を 叩 ( たた ) くのではない。一体己は人生というものについて何を知っているのだろう。なるほどどうやら己も一生というものの 中 ( うち ) に立っていたらしゅうは思われる。しかし己は 高 ( たか ) が身の 周囲 ( まわり ) の物事を傍観して理解したというに過ぎぬ。己と身の 周囲 ( まわり ) の物とが一しょに織り交ぜられた事は無い。 周囲 ( まわり ) の物に心を 委 ( ゆだ ) ねて 我 ( われ ) を忘れた事は無い。果ては人と人とが物を受け取ったり、物を 遣 ( や ) ったりしているのに、己はそれを 余所 ( よそ ) に見て、 唖 ( おし ) や 聾 ( つんぼ ) のような心でいたのだ。己はついぞ 可哀 ( かわい ) らしい唇から誠の 生命 ( せいめい ) の酒を 呑 ( の ) ませて 貰 ( もら ) った事はない。ついぞ誠の 嘆 ( なげき ) にこの体を 揺 ( ゆす ) られた事は無い。ついぞ一人で 啜泣 ( すすりなき ) をしながら寂しい道を歩いた事はない。どうかした拍子でふいと自然の好い 賜 ( たまもの ) に触れる事があってもはっきり覚めている己の目はその 朧気 ( おぼろげ ) な 幸 ( さいわい ) を明るみへ引出して、余りはっきりした名を付けてしまったのだ。そして 種々 ( いろいろ ) な余所の物事とそれを比べて見る。そうすると信用というものもなくなり、幸福の影が消えてしまう。たまたま苦労らしい 嘆 ( なげき ) らしい事があっても、己はそれを 考 ( かんがえ ) の力で分析してしまって、色の 褪 ( さ ) めた気の抜けた物にしてしまったのだ。ほんに思えばあの 嬉 ( うれ ) しさの影をこの胸にぴったり 抱 ( だ ) き寄せるべきであったろうに。あの苦労の影を 熟 ( よ ) く味ったら、その 中 ( うち ) からどれ程嬉しさが 沸 ( わ ) いたやら知れなんだ物を。ああ、 悲 ( かなしみ ) の 翼 ( つばさ ) は己の体に触れたのに、己の 不性 ( ぶしょう ) なために 悲 ( かなしみ ) の 代 ( かわり ) に詰まらぬ不愉快が出来たのだ。(物に驚きたるように。)もう暗くなった。己はまた詰まらなくくよくよと物案じをし出したな。ほんにほんに人の世には 種々 ( いろいろ ) な物事が出来て来て、 譬 ( たと ) えば変った子供が生れるような物であるのに、己はただ 徒 ( いたずら ) に疲れてしまって、このまま寝てしまわねばならぬのか。( 家来 ( けらい ) ランプを 点 ( とも ) して持ち 来 ( きた ) り、置いて帰り 行 ( ゆ ) く。)ええ、またこの 燈火 ( あかし ) が照すと、己の部屋のがらくた道具が見える。これが己の求める物に達する 真直 ( まっすぐ ) な道を見る事の出来ない時、 厭 ( いや ) な 間道 ( かんどう ) を探し損なった記念品だ。(十字架の前に立ち留まる。)この十字架に掛けられていなさる 耶蘇殿 ( ヤソどの ) は定めて身に覚えがあろう。その 疵 ( きず ) のある 象牙 ( ぞうげ ) の足の下に身を倒して甘い 焔 ( ほのお ) を胸の 中 ( うち ) に受けようと思いながら、その胸は 煖 ( あたた ) まる 代 ( かわり ) に冷え切って、 悔 ( くやみ ) や 悶 ( もだえ ) や恥のために、身も世もあられぬ 思 ( おもい ) をしたものが 幾人 ( いくたり ) あった事やら。(一面の古画の前に立ち留まる。)お前はジョコンダだな。その秘密らしい背景の上に照り輝いて現われている美しい手足や、その 謎 ( なぞ ) めいた、甘いような苦いような口元や、その夢の重みを持っている 瞼 ( まぶた ) の 飾 ( かざり ) やが、己に人生というものをどれだけ教えてくれたか。己の方からその中へ入れた程しきゃ出して見せてはくれなかったでは無いか。(身を返して櫃の前に立ち留まる。)この 盃 ( さかずき ) の冷たい 縁 ( ふち ) には 幾度 ( いくたび ) か快楽の唇が 夢現 ( ゆめうつつ ) の 境 ( さかい ) に触れた事であろう。この古い琴の 音色 ( ねいろ ) には 幾度 ( いくたび ) か人の胸に 密 ( ひそ ) やかな 漣 ( さざなみ ) が起った事であろう。この道具のどれかが己をそういう目に 遇 ( あ ) わせてくれたなら、どんなにか有難く思ったろうに。この 木彫 ( きぼり ) や 金彫 ( かねぼり ) の様々な 図 ( ず ) は、 瓶 ( かめ ) もあれば天使もある。羊の足の神、羽根のある 獣 ( けもの ) 、不思議な鳥、または 黄金色 ( こがねいろ ) の 堆高 ( うずたか ) い果物。この 種々 ( いろいろ ) な物を彫刻家が刻んだ時は、この 種々 ( いろいろ ) な物が作者の 生々 ( いきいき ) した 心持 ( こころもち ) の 中 ( うち ) から生れて来て、譬えば海から 上 ( あが ) った 魚 ( うお ) が網に包まれるように、芸術の形式に包まれた物であろう。己はお前達の美に縛せられて、お前達を 弄 ( もてあそ ) んだお 蔭 ( かげ ) で、お前達の 魂 ( たましい ) を仮面を隔てて感じるように思った 代 ( かわり ) には、本当の人生の世界が己には霧の中に隠れてしまった。お前達が自分で 真 ( まこと ) の泉の 辺 ( ほとり ) の 真 ( まこと ) の花を摘んでいながら、己の体を取り巻いて、己の血を吸ったに違いない。己は人工を弄んだために太陽をも死んだ目から見、物音をも死んだ耳から聴くようになったのだ。己は 何日 ( いつ ) もはっきり意識してもいず、また丸で無意識でもいず、浅い 楽 ( たのしみ ) 小さい 嘆 ( なげき ) に日を送って、己の生涯は丁度半分はまだ分らず、半分はもう分らなくなって、その奥の方にぼんやり人生が見えている 書物 ( しょもつ ) のようなものになってしまった。己の 喜 ( よろこび ) だの 悲 ( かなしみ ) だのというものは、本当の喜や悲でなくって、 謂 ( い ) わば未来の人生の影を取り越して写したものか、さもなくば本当に味のある万有のうつろな図のようなものであって、己はつまり影と相撲を取っていたので、己の 慾 ( よく ) という慾は何の味をも知らずに夢の 中 ( うち ) に 草臥 ( くたび ) れてしまったのだ。振返って己の生涯を見れば、走って道が 捗 ( はかど ) らず、勇を 振 ( ふる ) って戦いに勝たれず、不幸があっても悲しくないし、幸福があっても嬉しくないし、意味の無い問には意味の無い答が出て来る。 暗 ( やみ ) の 閾 ( しきい ) から朧気な夢が浮んで、幸福は風のように 捕 ( とら ) え難い。そこで 草臥 ( くたびれ ) た高慢の中にある 騙 ( だま ) された耳目は 得 ( う ) べき物を 得 ( う ) る時無く、己はこの部屋にこの町に辛抱して引き 籠 ( こも ) っているのだ。世間の者は己を省みないのが癖になって、己を平凡な 奴 ( やつ ) だと思っているのだ。(家来来て 桜実 ( さくらんぼう ) 一皿を机の上に置き、バルコンの戸を 鎖 ( とざ ) さんとす。)戸はまあ開けて置け。( 間 ( ま ) 。)何をそんなに 吃驚 ( びっくり ) するのだ。 家来。申上げても 嘘 ( うそ ) だといっておしまいなさいましょう。(半ば 独言 ( ひとりごと ) のように、心配らしく。)ははあ、あの 離座敷 ( はなれざしき ) に隠れておったわい。 主人。 誰 ( たれ ) が。 家来。何だかわたくしも存じません。厭らしい奴が大勢でございます。 主人。 乞食 ( こじき ) かい。 家来。 如何 ( いかが ) でしょうか。 主人。そんなら庭から往来へ出る処の戸を閉めてしまって、お前はもう寝るが 好 ( い ) い。 己 ( おれ ) には構わないでも好いから。 家来。いえ、そのお庭の戸は 疾 ( とっ ) くに閉めてあるのでございますから、気味が悪うございます。何しろ。 主人。どうしたと。 家来。ははあ、また出て来て、庭で方々へ 坐 ( すわ ) りました。あのアポルロの石像のある処の腰掛に腰を掛ける奴もあり、井戸の 脇 ( わき ) の 小蔭 ( こかげ ) に 蹲 ( しゃが ) む奴もあり、一人はあのスフィンクスの像に腰を掛けました。丁度タクススの樹の蔭になって 好 ( よ ) くは見えません。 主人。 皆 ( みん ) な男かい。 家来。いえ、男もいますし女もいます。乞食らしい 穢 ( きたな ) い 扮装 ( みなり ) ではございません。 銅版画 ( どうばんえ ) なんぞで見るような古風な着物を着ているのでございます。そしてそのじいっと坐っている様子の気味の悪い事ったらございません。 死人 ( しにん ) のような目で空を 睨 ( にら ) むように人の顔を見ています。おお、気味が悪い。あれは人間ではございませんぜ。 旦那様 ( だんなさま ) 、お 怒 ( おこり ) なすってはいけませ