John Bull — Washington Irving
年よりの年経た頭につくられた一つの古い歌がある、 年とった立派なだんながありまた、大きな地所をもっていて、 広い広い 古邸 ( ふるやしき ) 、そこで気前のよい暮らし、 門では年より門番が貧乏人を助けてた。 古い書斎はかたくるしい昔の本でいっぱいだ、 偉い牧師は年よりで、一目でそれとすぐわかる、 食堂の 御馳走 ( ごちそう ) 運ぶその窓の戸なんぞこわれて取れている、 年経た 厨 ( くりや ) に年経たコック、その数全部で六人だ。 お宮仕えのおいぼれに、そっくりそのまま…… 云々 ( うんぬん ) ――古謡 イギリス国民が得意とする 滑稽 ( こっけい ) のうちで、彼らがもっとも長じているのは、ものごとを漫画化したり、道化た名称やあだ名をつけたりすることである。こういうふうにして、彼らが名をつけたものは単に個人だけでなく、国民にも及んだ。そして、どこまでもふざけるのが好きなので、自分自身さえも容赦しなかった。ふつうの人が考えれば、ある国民が、自分たちに人間の名をつけるならば、なにか威厳があり、雄々しく、壮大なものを想像するのが当りまえだろう。ところがイギリス人の気性は風変りで、彼らが愛するのは、無愛想で、滑稽で、しかも親しみのあるものなのだ。そういう特徴があらわれたために、彼らは自分たちの国民的な奇矯な性質を具象するものとして、でっぷり 肥 ( ふと ) った、 逞 ( たくま ) しい老人を選び、それに三角帽をかぶせ、赤いチョッキを着せ、なめし革のズボンをはかせ、頑丈な 樫 ( かし ) の 棍棒 ( こんぼう ) をもたせたのである。こうして、彼らは自分のもっとも内密な欠点を面白おかしくさらけだすことに奇妙な喜びを感じた。そして、彼らの描いた絵はじつにうまくできているから、実在の人物でだれが大衆にとってよく記憶されているといっても、あの変人、ジョン・ブルにはとうてい 敵 ( かな ) わないであろう。 このようにして自分について描かれた人物を絶えず注視していたためであろうが、やがてその人物はイギリス国民の上にしっかりと根をおろすようになり、また、最初は大部分想像で描かれたのであろうが、それに真実性がそなわることになってきた。人間というものは、自分が奇妙な性質をもっているのだと常に言いきかされていると、じっさいそういう性質になってしまいがちである。一般のイギリス人たちは、自分が考えたジョン・ブルの理想的なすがたにふしぎなほど夢中になってしまったらしく、片時もはなれずにはっきりと自分の眼の前にある戯画にふさわしいように行動しようとつとめているのである。不幸にして、彼らはときとして自分が偏見をもっていたり、あるいは野卑であったりしたときに、自慢のジョン・ブルをひきあいに出して、言いわけをしようとするのだ。ほんとうに世間知らずの生粋のロンドン育ちのもので、ロンドンのボウ教会の鐘の音がとどかぬところには行ったことがない人たちのあいだでこういうことは特に目についた。そこでは、もの言いが少しぶしつけで、差出がましい事ばかり言う人は、自分こそほんとうのジョン・ブルであると言い、きまって遠慮 会釈 ( えしゃく ) なく物を言う。つまらないことで法外に怒りたてたりするときには、ジョン・ブルとは怒りっぽい男であると言う。もっともこの人は怒りがおさまってしまえば、悪意はまったく持っていないのである。もし彼が、自分の趣味が粗野で、外国の精美なものに無感覚なことをうっかり暴露したときには、彼の言い草は、ありがたいことにおれはそんなものは知らない、おれは正真正銘のジョン・ブルで、うわべの飾りやつまらぬ見せびらかしには趣味がないのだ、というのである。彼が知らない人にだまされて、 馬鹿 ( ばか ) げたものに法外な金を払いやすい傾向があるのさえ、 鷹揚 ( おうよう ) であるという口実で言いのがれ、ジョン・ブルは賢明であるよりも、むしろ常に寛大であると言うのだ。 このように、ジョン・ブルという名を利用して、彼は議論の結果あらゆる欠点を美徳にしてしまおうとし、また、あらゆる人間のうちで自分がいちばん正直な男であるとみずから率直にみとめるのである。 したがって、このジョン・ブルという人物ははじめはイギリス国民の姿にはほとんど似合わなかったかもしれないが、次第に適応して、それにあてはまるようになった。いや、むしろ国民のほうがおたがいに適応しあったのである。外国人がイギリス人の特異性を研究しようとするならば、漫画店の窓に飾ってある、あまたのジョン・ブルの肖像から、さまざまの貴重な知識を得ることができるだろう。しかしながら、このジョン・ブルという男は、はなはだ滑稽の才に富む人で、絶えず新しいすがたをあらわし、見かたによっていろいろな顔つきに見えるのである。そこで、今までにもずいぶんいろいろと彼について書かれてきたのだが、わたしは、わたしの眼に映った通りの彼のすがたを簡単にスケッチして見たいという誘惑に勝てないのである。 ジョン・ブルはどう見ても、あけすけな露骨な常識的な男で、詩的情緒にはきわめて乏しいが、散文的情緒には富んでいる。生れつき空想的でないが、自然な感情が強くゆたかである。彼は 機智 ( きち ) があるというよりも滑稽に 秀 ( ひ ) いで、にぎやかで快活というよりはのんびりと上機嫌であり、気むずかしく陰気というよりは物思わしげで 憂鬱 ( ゆううつ ) である。思わずほろりとしたり、あるいは、びっくりして爆笑することもあるが、感傷におぼれるのはきらいで、おどけることは好まない。自分の思いのままにすることができ、自分のことが話題になっていさえすれば、彼は遊び仲間になっているし、また、友人のためには生命も財産も投げだして味方になり、どんなにひどく棍棒でうたれようといとわない。 じつをいうと、この友人のためにつくす点については、彼はいささか早まりすぎる傾向がある。彼はおせっかいな人間で、自分と家族とのことを考えるだけでなく、身のまわり一帯のひとびとのことまで考え、まったく寛大にすべての人を守ってやろうという気になるのである。いつでも近所の人たちに尽力を申し出て、その事件を解決しようとし、もしも相手が自分の意見をたずねないで、なにか重大なことでもしようものなら、大いに機嫌をそこねるのだ。ところが、彼がこういったたぐいの親切な世話をやくときはたいてい、みんなと 喧嘩 ( けんか ) になってしまい、しかも、その人たちが恩知らずであると言ってひどく毒づくのである。彼は不幸にして若いときに立派な護身術の修練をし、手足や武器を用いる技に熟し、 拳闘 ( けんとう ) や棍棒術の達人となったので、それ以来ずっと面倒の多い生活をおくっているのである。喧嘩があると聞きこめば、たとえそれが近所とは言えないようなはなれたところでおこったことでも、すぐに自分の棍棒の頭をなでまわし、この喧嘩に口を出すことは自分の利害のために、あるいは名誉のために、必要であるか 否 ( いな ) かを考えはじめるのだ。じっさい、彼の威光と政策とは近隣一帯に大きくひろがっているので、何か事件がおこると、かならず彼の精巧にはりめぐらした権利や威厳がいくぶんか侵されないわけにはいかない。彼が自分の小さな領地に 坐 ( すわ ) りこんで、こういう細糸をありとあらゆる方向に延べひろげている様は、太鼓腹の、 癇癪 ( かんしゃく ) もちの 古蜘蛛 ( ふるぐも ) のようだ。この蜘蛛は部屋じゅうに巣をはっているので、 蠅 ( はえ ) が一匹飛んでも、風がちょっと吹いても、眠りをおどろかされ、向っ腹を立ててその根城から出撃してゆくのである。 彼は心底はほんとうに情の深い、気立てのよい男なのだが、ふしぎに争いの 真只中 ( まっただなか ) に飛びこむのが好きである。しかし、奇妙な性癖で、彼は喧嘩の最初のほうだけしか楽しまない。いつも喜び勇んで戦いに突入するが、引きあげてくるときには、たとえ勝った場合でも不平をこぼすのだ。彼ほど頑強に戦って、主張を押し通すものはないのだが、戦いがすんで、 和睦 ( わぼく ) するときには、ただ握手するのにさえ夢中になりすぎて、今まで争っていたものをすっかり敵にせしめられてしまいがちだ。したがって、彼がよく警戒してかかるべきものは、戦いそのものではなく、むしろ仲直りのほうである。彼を棍棒でなぐりつけても、びた一文取りあげることすら容易にはできない。だが、機嫌をよくさせれば、それこそ話しあいで彼のポケットにある金を根こそぎまきあげることもできるのだ。彼は 堅牢 ( けんろう ) な船に似ている。どんなに 烈 ( はげ ) しい 嵐 ( あらし ) でも傷つかずにきりぬけてゆくのに、そのあとで風が 凪 ( な ) ぐと、大ゆれにゆれてマストを水につけてしまうのだ。 彼は外へ出て殿様ぶるのが少々好きだ。重い財布をひっぱり出して、拳闘の試合や、競馬や、闘鶏に金をふんだんにまきちらし、「 好事家 ( こうずか ) 連中」のなかで威張りかえっているのが好きなのである。ところが、こういう浪費の発作がさめると、たちまちにして彼は、節約を忘れたというはげしい 呵責 ( かしゃく ) の念にとりつかれ、ほんの 僅 ( わず ) かな出費をもぱったりと差しひかえてしまい、やがて零落して養老院に入れられてしまうだろうなどと 自棄 ( やけ ) になって言うのだ。そして、そういう気分のときには、小売商人の勘定はどんなに少額でも、さんざん言い争ったあげくでなければ、払おうとしない。じじつ、世の中で彼ほど正確に期限をまもって金を払う人はないのだが、また彼ほどひどく不平をこぼしながら金を払う人もない。ズボンのポケットから、さもいやそうに金を引っぱり出して、びた一文も欠けずに払うのだが、一ギニー出すごとにがみがみと文句を添えるのだ。 ところが、彼は節約、節約としきりに言うのにもかかわらず、家のものには気前よく物をあたえ、客には歓待をつくすのである。彼の倹約は気まぐれなもので、そのいちばん主な目的は、どうしたら大散財をすることができるか、その方法を考えだすことである。自分はビフテキ一枚食べるのも、 葡萄酒 ( ぶどうしゅ ) を一パイント飲むのもけちけちする日があるかと思うと、それは、その翌日に 牡牛 ( おうし ) を一頭丸焼きにし、ビールの 大樽 ( おおだる ) の口をあけ、近所の人に一人残らずもてなしをするためなのだ。 彼の世帯は 莫大 ( ばくだい ) な費用を要する。これは、外観が壮大なためではなく、むしろ充実した牛肉やプディングをさかんに消費し、大勢の召使に衣食をあたえ、また、奇妙な性分のおかげで、ちょっとした仕事に巨額な金を払うからである。彼はしごく親切で情ぶかい主人であり、もし召使たちが彼の風変りな気質を 呑 ( の ) みこみ、ときたま彼の虚栄心に少々へつらいを言い、彼の目の前で無遠慮に金を使いこむようなことさえしなければ、自由自在に彼をあやつることができる。彼の世話になって暮らしているものはなんでも勢いがさかんになり、肥るようである。召使たちは給料をたっぷり 貰 ( もら ) って、わがまま放題していて、しかも用事はほとんどないのだ。馬は毛なみがつやつやして、なまけもので、主人の公式馬車をひくときにはのそのそと威張りくさって歩く。番犬はのどかに門のあたりで眠りこけ、押込み強盗が来ても 吠 ( ほ ) えかかろうともしない。 彼の邸はいくたの歳月をへたために灰色になった古い城のような 荘園邸 ( しょうえんてい ) で、風雨にさらされたとはいえ、たいそう 荘厳 ( そうごん ) な外観を呈している。この邸は整然とした計画によって建てられたのではなく、ただ部分部分が途方もなく大きく積みかさなっているだけで、各部分の趣味や、建てられた時代は種々雑多である。中央部はあきらかにサクソン建築のあとをとどめ、大きな石やイギリス 樫 ( かし ) の古い材木を使って、これ以上堅牢にはできないというほど頑丈につくってある。こういう様式の遺跡の例に 洩 ( も ) れず、この邸にもうす暗い廊下や、こみいった迷路や、陰気な部屋がたくさんあり、現代になってから部分的には明るくされたが、いまだに 暗闇 ( くらやみ ) のなかで手探りしなければならない場所が数々ある。ときに応じて本来の建物に増築がほどこされ、大改造もおこなわれた。戦争や 叛乱 ( はんらん ) のあいだには塔や胸壁が築かれ、平和なときには翼が建てられた。離れ屋や、番小屋や、台所が、さまざまな世代の気まぐれや便宜にしたがって造られた。そして、ついにこの邸ほど広大で、まとまりのない建物は、ほかには想像することもできないようになってしまったのである。一そで全体が家族の礼拝堂になっている。これは尊ぶべき建物で、かつてはきわめて壮麗であったにちがいない。その後さまざまの時代に改変を加えられ、簡素化されたにもかかわらず、依然として厳かな宗教的な華麗な様相をそなえている。その内側の壁にはジョンの先祖たちの記念碑が飾られ、やわらかい 座蒲団 ( ざぶとん ) や、立派な上張りの 椅子 ( いす ) が心地よくしつらえてある。そして、家族のなかで宗教的儀式を好むものは、ここで安楽に居眠りをして、つとめは怠っていることもできるのである。 この礼拝堂を維持するためにジョンはずいぶん金をつかった。しかし、彼は自分の宗教を固く信じており、付近に非国教派の教会がぞくぞく建てられ、彼が喧嘩したことのある近所の人がいく人か強烈なローマ・カトリック信者であるといったような状態だと、やっきになってしまうのである。 礼拝堂の 勤行 ( ごんぎょう ) をおこなうために、彼はたいへんな費用をかけて、信心ぶかい、堂々たる 恰幅 ( かっぷく ) の家庭牧師をやとっている。この牧師はきわめて学識があり、礼儀正しい人物で、ほんとうに上品なキリスト教徒で、つねに老紳士の意見をあとおしし、彼のかるい罪はわざと見のがしてやり、子供たちが言うことをきかないときには 叱 ( しか ) りつける。そしてまた、彼が大いに役立つのは、小作人たちに聖書を読み、 祈祷 ( きとう ) をするようにすすめ、とりわけ、借地料をきちんきちんと納め、不平を言わないように訓戒することである。 家族の住む部屋はいかにも古風な趣味で、いささか重苦しく、た