Lost and Adrift — When the Satellite Dot Falls Silent — Epoche C2
場面設定: 夕暮れ、入江を見下ろす古びた家の縁側。ナビゲーション会社の若い技術者テオが、計器を一つも持たず、星と、うねりと、鳥だけで外洋を渡った最後の世代の一人——老航海者サイラスを、録音しに来た。会社の壁には『誰も二度と道に迷わない』と掲げてある。 サイラスさん、お時間を、ありがとうございます。なぜ会社が私を寄こしたか、正直に申します。あなたは、自分の目だけで——星、うねり、鳥だけで——外洋を渡った、最後の生き残りの一人です。私たちは、それを記録しておきたい。私たちが築いたものが、あなたの技(わざ)を、無用にしてしまうからです。だから、消えてしまう前に、敬意を払いたい。私たちの案内ソフトは、世界中の、どんな人間も、二度と道に迷わずに済む、という意味です。それが、会社の壁に掲げた一文です。よりにもよってあなたなら、それを偉業と呼んでくださると、思っていました。 偉業、ね。お座り、若いの。遠路はるばる、訂正されに来たわけだ。お前さんは、道に迷うことを、なくしちゃいない。自分が今どこにいるかを知ること、それをなくしたんだ——同じ上着を着た、正反対のものさ。わしが島々へ渡ったとき、ただの一度も迷わなかったし、ただの一度も、画面の上の点なんぞ持っちゃいなかった。海の全体を、この体に抱えていた——あそこに昇る星、昔の嵐がこっちへ押してくるうねり、一日先の潟(かた)の上に立つ雲の、あの緑。お前さんの船乗りは、見つけているんじゃない。問い返すこともできん声に、小包みたいに、運ばれているのさ。大洋の真ん中でその声を取り上げてみろ、史上どんな人間より、深く迷う。お前さんは、迷いを終わらせちゃいない。お前さんなしじゃ何も見つけられん人間で、惑星を一つ、こしらえたのさ。 でも、それは、割に合う取引では? ええ、その依存は、本物です——でも、それで何が買えるか、ご覧ください。未亡人が、見知らぬ街の病院へ、午前三時に車を走らせて、たどり着く。移民が、見たこともない国境を越えて、生き延びる。怯えた者、不慣れな者、年老いた者——あなたなら、うねりを学ぶ間に溺れさせていたであろう全員が、今や、初回から、無事に着くんです。あなたは、四十年かかり、命を代償にして手に入れた、美しい熟達を、語っていらっしゃる。私たちは、その果実を、電話を持った子どもの手に、渡した。それは、誰かが築いた中で、最も民主的なものでは——自分が今どこにいるか分からない、あの恐怖の、終わりでは? 誤解するな——わしは、溺れることを、美化したりはせん。恐怖は本物だし、母親が病院を見つけるのは、いいことだ。その点を、彼女の手から取り上げたりはせんよ。だが、お前さんが言ったことを、よく聞け——『初回から、無事に着く』。お前さんの案内ソフトがくれるのは、その『初回』だけさ。彼女をそこへ着けて、何ひとつ教えん。翌年、同じ街で、彼女は前と同じように、お手上げだ。なぜなら、その場所を、ついぞ我がものにしなかったから。わしは、一度通った道を、永遠に手に入れた。お前さんの船乗りは、千回渡って、何も手に入れん——その『知』は、機械の中に住んで、決して、彼の中には宿らんのだ。お前さんは、熟達を民主化しちゃいない。それを、廃止して、その廃止を、贈り物と呼んでいるのさ。 もしかすると、熟達というのは、もとから、今や手放せる贅沢だったのでは? なぜ、あらゆる旅人が、航海者にならねばならんのです——あらゆる運転手が、自分で発動機(はつどうき)を鍛え上げるべきではないのと、同じように? わしは自分の心臓がどう血を送るか知らんが、ぴんぴん生きている。私たちは、『知ること』を道具に肩代わりさせて、頭を別のことに使う——それが、文明という物語の、すべてです。あなたが海の全体を体に抱えていたのは、ほかに選択肢が、なかったからだ。今は、ない。あなたの嘆きは、徒弟がもう、あなたの払った歳月の痛みを必要としない、という、老いた師の嘆きに、すぎないのでは? そこには、真実がある。胸に刺さるよ。だから、正直に認めよう——どの男も星を読む必要はないし、わしの技を聖なるものに保つために、世界を溺れる時代へ送り返したりはせん。だが、お前さんは、袖に一枚、札を隠したな。お前さんが分からん機関は、それでも、お前さんが『選んだ』場所へ、連れていく。お前さんが分からん経路は、お前さんの『代わりに選ぶ』。お前さんの案内ソフトは、ただ船乗りを運ぶだけじゃない——旅とは何かを、決めるのさ。最速か、最短か、会社が金をもらって贔屓(ひいき)する道か。それは、世界を一本の青い線にまで切り詰めて、線の外のすべてを、隠す。それに従う男は、着く。それはそうだ。だが彼は、自分が今どこにいるか、ただの一度も、見ちゃいない。どこで曲がるか、それだけしか、見ちゃいないのさ。 そこは、最も激しく弁護します。あなたは、それを逆さに捉えていると思うからです。曲がり角を見張ることから解放されて、彼はようやく、顔を上げられる。私は子どもの頃、父と古いやり方で旅をした——紙の地図、間違った出口、怒鳴り合い——そして、手に汗握る道中(どうちゅう)の間じゅう、次の分岐点しか、見ていなかった。案内ソフトが『どこ』を引き受けてくれるから、私は『誰』と『なぜ』に心を向けられる——後ろの席の子、丘にかかる光、交わす言葉に。あなたは、それが彼の目を世界から塞ぐ、と言う。私は、それこそ、人が道路から目を上げて、本当にその中に『いる』ことを、初めて許したものだ、と言うんです。 それは、お前さんが言った中で、一番賢く、そして一番危ない。半分は本当だからさ。ああ——『どこ』が引き受けられると、目は、自由になる。だが、何のために、自由になる? お前さんは、目が丘へ上がる、と想像している。いつか、車一台分の連中を、見てごらん——『どこ』は引き受けられ、そして、ことごとくの目が、二台目の、もっと小さな画面へ、落ちている。わしらは、注意を解放しちゃいない。立ち退かせたのさ。そして、それは別の機械へ、逃げ込んだ。それに、お前さんの父親の怒鳴り声が払っていた、お前さんが決して請求書に書かん、もっと深い代償がある。道に迷うこと——本当に迷うこと、間違った谷を一時間さかのぼること——それだけが、世界がお前さんを驚かせる、唯一の道なんだ。お前さんの青い線は、間違った谷を廃止した。それと一緒に、思いがけない牧草地のすべて、見知らぬ者の道案内のすべて、自分では決して選ばず、決して忘れなかった場所のすべてを。お前さんは、到着を完璧にして、発見を、不可能にしたのさ。 でも、あなたは、幸運な少数が牧草地に出くわすかもしれんために、人々を迷わせたままにしておけ、と求めている。一つの詩的(してき)な『間違った谷』につき、冷たく、怯えた、無駄な時間が百ある——逃した葬式、高速道路でトイレを必要とする子ども。偶然による発見は、裕福な者の道楽です。ほとんどの人は、ただ、そこへ着く必要がある。あなたは本当に、疲れ果てた通勤者に、あなたの救いは、間違った出口で降りて『驚くこと』だ、と告げるんですか? それこそ、最も居心地のいい残酷さ——召使いに、家までの遠回りを味わえと説く、主人——では? いいや——そして、お前さんは本物の危険を捉えた。だから、正面から受けよう。病院が要るだけの女に、『失われた谷』を、無理強いしたりは決してせん。お前さんが、何度も跨(また)いでいく、一つの違いがある——『迷っていること』と、『漂っていること』だ。迷うとは、いなければならん場所へ、たどり着けんこと。それは恐怖で、お前さんの点は、慈悲だ。漂うとは、背に港(みなと)を、手に時間を持って、わざと線を手放し、その場所に、好きにさせてやること——そして、それは、この世で一番古い喜びさ。お前さんの案内ソフトは、迷った者には、恵みだ。わしの不服はね、それが、こっそり、誰もが『漂う』やり方を忘れさせちまったこと——自由で、急いでもいない者でさえ、線を下に置けなくしちまったことさ。なぜなら、その線が、今や、大地そのもののように、感じられるから。お前さんは、一つの恐怖を治して、一つの自由を、切り落としたのさ。 『迷うことと、漂うこと』。よろしい——私の製品が与えられず、こっそり挫(くじ)きさえするかもしれん自由が、そこにあることは、認めましょう。でも、その自由は、取ろうとすれば、まだそこにあるのでは? 男が電話をポケットにしまって、さまよい歩くのを、誰も止めはしません。人が漂わないのなら、それは彼らの臆病さであって、私の工学のせいでは、ない。もう誰も楽しみのために航海しない、という事実で、灯台を、責めることは、できんでしょう。 責められるさ、少しはな。理由を言おう。使われん技は、ポケットの中で、行儀よく待っちゃいない——死ぬんだ。お前さんが『取ろうとすればある』と言う、その漂う力は、寄りかかる線が一本もない場所で、その場所を読める体を、要する——そして、その体は、ただ、幾年もの小さな迷いによってのみ、作られる。お前さんの案内ソフトが、子どもの頃から取り除く、まさにそのものによって、な。ただの一度も、自分で学校への道を見つけたことのない少年は、四十になって、ただ『漂おう』と選ぶことは、できん。ポケットの電話を、失った手足のように感じて、引き返すのさ。お前さんは、その自由を、挫くだけじゃない。それを使えたはずの人間を、組み立てそこねるのさ。灯台は、男たちが航海するのを、止めはせん。だが、泳ぎを一度も覚えなかった世代を育ててみろ。それから、彼らが岸を離れるのに、どれほど自由か、わしに教えてくれ。 それは、こたえます。私たちは、それ以外の何もかもを、測っているからです。私の計器盤(けいきばん)は、節約した分、避けた間違った曲がり角、定刻の到着を、数える——そして、どの数字も、私たちが輝かしく良くなった、と言う。そのどれ一つ、自分の学校を見つけられん少年も、私の曲線が昇る間に、ひっそり痩せ衰えていった『漂うための筋肉』も、見ることはできない。私たちは、到着のために最適化して、自分たちが、自分の居場所に二度と驚けなくなった、最初の世代だということに、ついぞ気づかなかった。私はもしかすると、誰一人、実際に出会うことを許されない世界の、完璧な地図を、築いてきたのかもしれない。 なら、もう一つの方も、築け——お前さんには、その力がある。わしには、ついぞなかった。いつ黙るべきかを知る機械を、作れ。怯えた母親を、病院へ届け、それから、急がぬ日曜に、手に時間を、背に港を持つ彼女に、線をたたんで、ただ、通り過ぎていくものに名を告げてやろうか、と申し出る機械を——彼女に、自分で家への道を見つけさせ、その場所を、ついに学ばせる。間違った谷を、廃止するな。それを、選べるように、安全にしてやれ。迷った者には、慈悲を保ち、漂う自由を、返してやれ。いつも喋る点は、足を折る、松葉杖だ。黙るだけの賢さを持った点は、人を、お前さんなしで、より迷わせるのではなく、お前さんによって、より見つけさせる——史上初めての、道具に、なれるかもしれん。 あなたは、私の宣伝文句を、裏返しにしてくれましたね。『誰も二度と迷わない』——私はそれを誇りに、ここへ来た。そして、あなたは、それが半分は偉業で、半分は盗みだと、見せてくれた。(と、間をおいて)家まで自分の青い線を走らせる前に、一つだけ、教えてください。あの外洋を、ただ自分の体と、空だけで渡ったとき——あなたは、怖くなかったんですか? 迷っていない、とあなたは言う。でも、そこに、独りで、海の全体と、問うべき声も持たずに。それは、私たちがあの点を築いて終わらせようとした、まさにその恐怖では、ないんですか? 怖いか? 渡るたびにさ、若いの。だが、恐怖の種類に、気をつけろ。お前さんのは、小包の恐怖だ——なすすべもなく、運ばれ、何ひとつ確信できず、自分の運命を読む力も、持たん。わしのは、航海者の恐怖だった——目は冴えわたり、五感のことごとくが開き、命は自分の手の中、そして空は、わしが一語ずつ読んでいく、古い友だった。あの点は、二つ目の恐怖を、取り去った。怯えた者のために、わしはそれに礼を言うよ。だが、二つ目の恐怖は、わしがこれまで生きた中で、最も生き生きとした瞬間でもあったんだ。そして、一つ目の種類しか味わったことのない世界は、もう一つがあることすら、知らん。だから、お前さんの機械は、持っておけ。ただ、時おり、外洋の上で、黙ることを、それに教えてやれ——そして、もう一つの魂に、ああいう風に、怖くて、なのに冴えわたり、ただの一度も迷っていない、とはどういうことかを、知らせてやれ。さあ——その代物を消して、年寄りに、星を一つ、見せさせておくれ。 解説: 衛星測位による道案内をめぐるC2の弁証法。正(ナビ技術者のテオ):案内ソフトは『自分がどこにいるか分からない』恐怖を廃した。四十年かかり命を代償にした熟達を民主化し、怯えた者・不慣れな者・老いた者に初回から安全な到着を届け、注意を次の曲がり角から解放する(迷いの終焉という偉業)。反(老航海者のサイラス):それが廃したのは迷いではなく『今どこにいるかを知ること』だ。旅人を、問い返せぬ声に小包のように運ばせ、何も教えぬから熟達は民主化されず廃止される。世界を一本の青い線に切り詰め、到着を完璧にし発見を不可能にし——さらに悪いことに、幼少からの小さな迷いを取り除くことで、いつか漂うことを選べたはずの人間そのものを組み立てそこねる(ソルニットの『迷うこと』、ルイスの太平洋の航海者、萎縮する海馬の認知地図、インゴルドの道を見出す技、ドゥボールの漂流)。合:区別は『迷っていること』と『漂っていること』にある——迷いは恐怖で点は慈悲、漂いは背に港を持って選ぶ最古の喜びであり、いつも喋る点はそれを自由な者からさえ切り落とした。答えは人を迷わせ続けることではなく、黙る賢さを持った機械——迷った者には慈悲を、急がぬ者には漂う自由を返す。二つの恐怖——小包のなすすべなき恐怖と、航海者の冴えわたった恐怖。私たちは、後者が最も生き生きとした瞬間だとも知らぬまま、それを工学で消し去った。 参考文献 Solnit, R. (2005). 『A Field Guide to Getting Lost』. New York: Viking. Lewis, D. (1972). 『We, the Navigators: The Ancien